表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

140/145

一話 裏切りうらぎり

「――ああ、『魔女殺し』の特性ですかぁ? いえいえ、ちゃぁんと発動されてましたよ? 魔女さん、嘘つかなーい!」


 小一時間後。軍の大半と愛馬をその場に置き、他国の王や十数人の護衛を伴って、少年の元へと歩む道中にて。


 自軍側の『本命の策』がまるで不発に終わったことについて、カタルナハトはエンリを若干なじるような思いで問い詰めていた。


「…………だが、ナタルセンは実際ああして……。まさか、あれは物理的な狙撃だったのか?」


「いいえ? 普通に魔術……とも呼べない適当極まるものではあれど、普通に魔力が作用した結果ではありましたね。ただあのしょーねん、なんだか私と同じく【時空】操れるタイプっぽいので、あんな風に距離無視して体内をピンポイント爆破されちゃうと威力減衰までの時間がまるで足りないっていうか、焼け石に水っていうか。

 というか、あの膨大な魔力のありえねー収束率からして、たぶん外側から攻撃されてたとしても普通に魔女殺しフィールドを貫通されてましたね。まあそもそも、アレに時空なんてぶっ壊れ属性への耐性はそんなに無いですけど」


「………………そんな重要な話、お前、一度もしなかっただろう……?」


「だって、時空操るなんてありえねー魔術、私以外に使える人なんかいるわけなかったんですもーん。しかも、私とは違う完全に未知の理屈で無尽蔵に魔力捻出してるっぽくて、ますますありえねーですし。

 そんな、ありえねーオブザキングがヒトの形してやってくるなんて、事前に備えるどころか考えるだけでもはや時間と労力の無駄じゃないです??」


「………しかし、お前という前例がいる以上、絶対にいないとは言い切れなかったはずだろう?」


「それを言うなら、カタルくんだってその可能性を想像しておいて然るべきだったのでは? 私ばっかり怒られるの、なーんか釈然としないです。おこです、ぷんぷん!」


「………………。そう、だな。すまなかった」


 ――そもそも、お前が総帥閣下の研究結果などというモノを持ち込んでこなければ、初めからこんな無謀な侵略戦争などしなかった。


 とは、言わない。そもそもの話として、カタルナハトはエンリと出会う前から、自国内の反乱分子を合法的に始末する為の方便としてこの遠征を企画していたのだ。

 そこに後からエンリがどんな何某を持ち込んで来たとしても、それを加味して尚計画続行を決断したのもカタルナハト自身であるのだから、これ以上は本当に言いがかりや八つ当たりにしかならない。


 だから、カタルナハトが今問うべきは、彼女の罪についてではない。


「お前なら、奴をどうにかできるか?」


 目と鼻の先に迫りつつある悪魔のような少年をまっすぐに見つめながら、祈るような、或いは縋るような思いで自らの斜め後ろへ台詞を投げる。


 そんなカタルナハトに対し、台詞をしっかりと受け取ったエンリはというと、





「仮にできたとして、そこまでやる気も義理も無いですね」





 まるで、やるだけやったけど無理だったとでも言わんばかりに、安堵半分、投げやり半分くらいの塩梅で気の抜けた態度を返してきた。


 カタルナハトは、瞑目し、軽く息を吐いて。自分もまた、肩の力をゆっくりと抜いた。


「…………そうか」


「そうです」


「―――――そうか」


「ですです」


 どうやら。



 どうやら、彼女の復讐は、ここまで。ということらしい。



 元より、身体の元の持ち主である『エンリ』への義理立て、という以上のモチベーションは持ち合わせていなかった彼女だ。エンリを受け入れてくれなかった世界への復讐が果たされようと果たされなかろうと、或いはこうしてろくにドンパチやらない内から計画が頓挫しようとも、彼女にとってはなるようになれといった他人事でしかなかった。


 彼女のそんな内心を、カタルナハトは知っている。もし知らなければみっともなく彼女の足元に縋りついて助力や情けを願う事も出来たかもしれないが、それもまたタラレバというやつだ。


 ならば――、もう、いい。


「〈魔女〉よ」


「はい」


「……我が蘇芳は、貴様を食客として遇することを辞める。即刻、荷物をまとめて何処へなりとも往くがいい」


「いえ、最後の置き土産としてあなた方の助命嘆願くらいはちゃんとしますので安心してくださいね?

 どっちみち私は予定通りトンズラこきますけど、流石にお世話になった土地の方々や『友達』のカタルくんが全員首無しライダーになっちゃったら、ちょこっとだけ寝覚めが悪いので」


「………………………………すまない、助かる」


 ちょこっとかー……しかも、トモダチかぁ……とやるせない気持ちになったカタルナハトは、わかりきっていたことではあるが、己の『初恋』が全く実る気配が無いことにようやっと見切りをつけると、ようやく前を向いた。


 助命、嘆願してくれるってよ。じゃあいいじゃん。やったね、カタルくん。ハハハ、ははは、は、はは……は……。


「カタルくん、泣いてます? 死なずにすむの、そんなに嬉しかったですか??」


「……嬉しいに、決まってるだろォォォ……!!」


「そ、そうですか……? 失礼しました……」


 べつにまだ死なずに済むと決まったわけでもないのだが、おとなしく引き下がった魔女にそれ以上ねちっこく絡むことはせず、カタルナハトとその一行はとうとう件の少年の眼前へと到着する。



◆◇◆◇◆



 ソファーに腰かけながら、こっちに向かってくる首脳陣っぽい集団を漫然と眺めてた俺は、なんとなく風魔術で盗み聞きしてた敵魔女さんとスオウカタル? くんの嚙み合わない想いに気付いて人知れず涙を流した。


 スオウくん、明らかに敵魔女さんのこと女の子として意識してるっぽいのに、敵魔女さんは感性が普通に〈魔女〉のソレっぽいから全然異性として見てもらえてなぁい……。

 戦場で馬に相乗りしてるのを見た時は思わずうっかりイケメン死ねと思ってしまったが、スオウくんがあまりに可哀そうすぎてこのまま皆殺しにするのちょっと気が引けちゃうよぉ……ふぇぇ……。


「お待たせした。我が名はカタルナハト。蘇芳国国王にして、此度の旧世界凱旋を目的とした多国籍遠征軍の盟主である。……それで、其方は?」


「お、おお、スオウくんいらっしゃい……。あ、俺、ゼノディアス。一応、こっち側の領地を実質統治してる【魔女機関】って所の、新入りというか下っ端やってます。よろしく」


「う、む? よろしく……?」


 いきなり馴れ馴れしくスオウくん呼びしてしまったことで若干戸惑わせてしまったようだが、割と素直に挨拶に応じてくれたのでひとまずよしとしよう。


 だが、そんな素直なスオウくんや、その後に挨拶の順番待ちしてたお行儀の良い敵魔女さんの横から、突如嚙みついてくる壮年男性が三人ほど。


「おい、小僧ッ!!! 貴様、随分と奇妙な手品」


「死ねなどと先程世迷言をほざきおったのは貴様」


「一人で来るとは身の程知らずも良い所だな、魔」




 ぱぁん。ぐちゃっ。✕3。




 ついでに、突然剣抜いて襲いかかってきた近衛兵も、七人ほどぱぁん、ぐちゃっ。




 さらについでに、遅れて剣を抜いた兵士も追加で五人ほど、ぱぁん、ぐちゃっ。




 そのさらについでに、懐から飛び道具取り出そうとした貴族だか国王だかっぽいおっさんを二人ほど、ぱぁん、ぐちゃっ。




 首だけ潰すとか魔術使うとかめんどいので、魔力放出の圧だけで都合二十人くらいをてきとーに吹っ飛ばして肉塊に変えた。そうして出来上がったスプラッタ映像を見てるだけで不快になったので、圧でさらに周囲の空気や大地ごと適当に地平の彼方へ『ブゥゥン!!』と吹っ飛ばしてお掃除完了。

 そうして残ったのは、お星さまになった肉塊を呆然と眺めるスオウくん他首脳三名と近衛数名、あとは肉塊なんぞに目もくれず俺だけを見つめてにへらっと笑ってる敵魔女さんだけ。


「あー、これこれ。すっごく魔女、ていうか極上の〈力有る魔女〉って感じですねぇ~。怒って殺すでもなく、嬲って愉しむでもなく、ただただ呼吸するように目の前のゴミを片付ける。うーん、私の中のエンリが思わず復讐忘れて尊敬の念を抱いちゃってますよー!」


「ん……? あれ、エンリって貴女の名前じゃないん? 私の中のって、それどういう表現……?」


「あ。私、二重人格設定(仮)ってことで。この肉体は元々『エンリ』のものなんですけど、今の人格は私こと『アリス』のものなんです」


「二重人格て、いきなりブッこんで来たな――っていうのも、失礼な言い方か。いやでも、(仮)ってなんやねん」


「あー……。正確には、二重人格じゃなくて、今世でエンリとして生まれた私が訳有って死んでしまった結果、前世の私であるアリスの人格が蘇った、というか……」


「……え、俺と同じ……? いや、俺は最初から前世の記憶有ったけども……」


「え? あなたも、前世持ちなんです???」


 またしても思わぬ共通点を見つけてキャッキャと盛り上がる俺達に、ソファーの『影』に潜む姿無き女の子達からの声無きヒソヒソ話がグサグサと刺さる。


「おにーちゃん、まーた新しい女といちゃいちゃしてるー……。この男、そろそろ本格的に手足縛ってきちんと性欲管理してあげないとダメですかねぇー?」


「あっ、わたし、知ってる! それ、しゃせー管理だ!! さっきいるまちゃんに借りた本の中にあった!! あ、ねえ、あのシリーズは次の巻もう無いの?」


「次巻はこっちよー? でもまだ私が読んでるから、アリアには貸したげなーい。……ていうか、ねえイルマ、あなた本のラインナップちょっと偏りすぎじゃない? なんで全部、純朴な男の子と年下少女による狂愛モノばっかりなのよ。しかも、大体無理心中エンドだし……」


「文句言うなら返してください。ほら早く返して、返し、かえ……、返せぇ!!!」


「や、やぁよ? まだ読んでるもの――あ、ちょっ、やだやだ、パス、アリアぱぁす!!!」


「わーい♪ 次の巻来ちゃー♡」


 ……あちらはあちらで、何やらキャッキャと大盛り上がりのご様子である。異能使って完全に地中潜ってるせいで具体的に何言ってるのかまでは聞き取れないが、ひとまずこちらへの剣呑な視線は引っ込めてくれた様子なので無駄にツッコむのは自重しておく。

 ただでさえ、俺の身勝手な暴走のせいでいきなりこんな戦場最前線へ無理矢理連れて来る形になっちゃってるのだ。人類絶滅と聞いて大喜びしてたアリアちゃんはともかく、『我(私)の緻密で完璧な計画がー!!?』と半泣きになってたイルマちゃんやシャノンさんを下手に刺激したくはない。


 なので、エンリ――もといアリスさんとの前世談義もそこそこに、俺はスオウくんら首脳陣へと声をかける。陣っつっても、護衛含めても両手で数えられそうな人数しかいなくなっちゃったけど。


「で、だ。……おたくら、ウチの領土に何の用? マジで侵略が目的だって言うなら、あんたらごと外の世界の人類ども全員絶滅させなくちゃいけなくなるから、何か俺が納得出来る真っ当な理由が有ると有り難いんだけど?」


「………ぬかしおって……」


「はい、そこの爺さんアウトー。あんた、スオウくんの隣の隣あたりの軍の人だっけ? じゃあ、まずあんたの軍抹消な」


「何を――」


「ざっくり一万……、いや十万人くらいか? なんかもっと多い気がするけど、まあええやろ」


 ひとまず爺さん自身はほっといて、爺さんが着ているのと同じデザインの鎧着てる兵士達の方を眺め、ひーふーみーと数えてみる。ちなみに単位はてきとーに一万。

 でも途中で数えるのめんどくさくなっちゃったので、まあマックス百万かな、キリ良いし。で終了。


 さすがにそれだけの数を挽き肉にするにはちゃんとした魔術を使わないといけないけど、まあ『宇宙に漂うそのへんの岩』でも呼び寄せて落とせば一回でイケるだろ。いわゆる、メ◯オ。


 そう結論した俺は、ソファーに座ったままで片手を軽く頭上へと掲げると、自らの髪を輝く『白』へと染め――


「あ、お待ちください、下っ端魔女さまー」


「……ん、何か? アリス嬢」


「いえー。私、実は助命嘆願くらいしますよーって、一応ついさっき約束しちゃった身でしてー、このまま静観してたら嘘つき魔女さんになっちゃうかなーって。シタッパー様も、魔術で話聞いてたでしょう?」


「聞いてたけど……。それはスオウくんとか、精々スオウくんの国の兵だけの話だろ?

 何か勘違いされてたら嫌だから一応言っとくけど、一応曲がりなりにもこうして会談の時間を設けたのは、二十歳そこそこでそちらの全陣営纏めてるらしいスオウくんへの関心(+勝手な童貞同士のシンパシー)と、あとは『魔術が使えない』って触れ込みの土地で予想外に出くわした〈力有る魔女〉への興味だけが理由だぞ」


「あ、私、正確には〈力有る魔女〉ではないですよ?

 力有り過ぎな魔女ほどこの辺アバウトになりがちなんですけど、正式な〈力有る魔女〉っていうのは、魔女の権能を持ってることの他に何より『そのチカラを歴史の中で実戦ないし実践証明し、それによって魔女機関や魔女達から二つ名を与えられた』っていうのが最重要の条件ですから。

 勿論、わかっていて使う場合は全然良いんですけど、漫然と癖でそこらへんの感覚を蔑ろにしちゃうと、普段はともかく公式な場では要らない恥をかいちゃうかもですねーゲラゲラゲラ!!」


「………し、知ってるけどさぁー? そんくらい……。でも、アリス嬢だってどうせそういう二つ名持ちだろ? なら、いいじゃん……結果オーライじゃん……」


「二つ名って言っても、私が持ってるのなんて『裏切り者』とか『身の程知らず』とか『大戦犯』とかの汚名だけですしー。

 まあ、お外の世界に出てからは『下界にこっそり舞い降りた豊穣と殺戮の神』みたいな呼び名はいっぱいもらってますけど、言ってるの全員魔女じゃないどころか魔術も使えない一般人ですしー」


「……………。で、結局、何が言いたいん?」


「つまり、こうです」


 俺との会話を一旦中断したアリス嬢は、先程のぬかしおって爺さんらの方へくるりと振り返ると、びくりと震え上がる彼らへゴキゲンに言い放った。






「おい、じじーども! お前ら、死にたくなかったらおとなしく軍引いてクニに帰れ。

 なお、言う事きかなかったり、あまりに不平を漏らすようであれば、シタッパー様でもカタルくんでもなく、『こっそり』しなくなったこの神様ちゃんが『天罰』下して回りまーす!!」






 そんなあらゆる意味で無理有り過ぎな命令、こんな頑固そうで耄碌までしてそうな老人共がおとなしく聞くわけないだろ……と、呆れた半眼で眺めていたら。



「………………ぬ、ぬぅ、ぅ……」



 などと、ぬかしおって爺さんはおろかその他国主(?)や屈強なる近衛兵達までもが完全に弱腰の及び腰に。

 カタルくんだけは『まあ、そういう反応になるよな……』と悟りや諦念すら滲む納得顔でうんうん頷いてたので、なるほど、どうやら世界の内でも外でも身内でもそれ以外でも、魔女はやっぱり魔女だったってことらしい。


 つか、さっきまで突っかかって来てた偉そうなおっちゃん爺さん連中が元気だったの、『豊穣と殺戮の神』がまがりなりにも自分達の陣営に付いててくれてたからってのもあるんじゃないかな? たぶん……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ