十三話 破戒の足音
イルマちゃんの隣りの椅子によいしょと座り直し、机を挟んでアルアリア母子とまっすぐに対面して、今度こそつつがなく場の仕切り直しを果たした俺。
みんながちょっと驚いたような眼で見てくるけど、そんなのは何も問題ではないしなんならきみ達は四六時中この俺だけを見つめているといい。
さておき、今はそれより注視すべき発言があったような気がしなくもないので、俺はなんの気なしにシャノンさんに聞き返した。
「シャノンさん。俺はなんだか、『少しだけ』信じがたい話が、あなたの愛らしい唇の間から漏れ聞こえたような気がするんだ。もう一度、きちんと説明してもらってもいいかな?」
「……………え、あ、あの、あなた……。髪、いきなり『白く』なってるけど……?」
「男の髪なんか白でも黒でもどうだっていいじゃないか。それより、早くおはなしを聞かせてごらん?」
「ヒェッ。ちょ、ちょっと、パス、アリアパァス……!!」
なぜか、アリアちゃんを盾にしてその後ろへ引っ込み、ガクブル震えるシャノンさん。なんだろう、唐突に風邪かな?
風邪の女の子に無理強いは良くないか……と仕方なく身を引いた俺に、アリアちゃんが「んっとねー」と考え考えしながら望まれた話をしてくれた。
「わたしもよく知らないけど、おかあさんが言ってるのってたぶん、『わたし達が生きる世界の、外の世界』のニンゲン達の話だと思う。そんな感じの知識、わたしの中に有るから」
「……人間のイントネーションすら怪しいマジで人間嫌いなアリアちゃんに戦慄した話はともかくとして。
なんか、不思議な言い回しするなぁ……。そういう話を本で読んだとか、歴代アルアリアから【権能】と共に秘術によって継承した知識、みたいな?」
「秘術で正解。……あと、実はわたし、真っ当に生まれた『人間』じゃなくて、どっちかっていうと人造精霊? 元祖以外のアルアリアは、知識以外にも【眼】とか色んなものを、そうやって無理矢理次代に継承してきたー」
「きちゃったかー。唐突に出生のヒミツ来たなぁー……。でもそうか、だからパパアリアの影も形も無かったわけな。謎が解けてスッキリしたわ、ありがとなアリアちゃん!」
「ふへへぇー♪」
俺が心からの笑顔でさらりと感謝を伝えれば、アリアちゃんがゆるゆるに表情を緩めて恥ずかしそうに照れ笑い。こうして世界は平和になり、シャノンさんが言ったような気がしないでもないありえねー未来は永遠に訪れないのであった。
完!
「…………って、何をなにもかも円満解決してハッピーエンド迎えたような顔をしてるのよあなた達はっ!! ちょっと、〈智〉の……じゃなくて、イルマっ! あなたもこの脳内お花畑さん達に何か言っ――なんで貴女までそんなだらけきった猫さん顔なの!!?」
「や。だって、おにーちゃんが『こう』なった以上、たぶんもうガチでハッピーエンドしか無いですよ? だったら、もう難しいこと考えるだけ無駄かなっていうか」
「難しいこと考えるのはちっとも無駄じゃないわよ!!?? あなた今、あなた自身や私の一族の存在意義にケンカを売ったわね!!?」
「お言葉ですが。我はべつに難しいこと考えたいわけじゃなくて、鍛えたプレイヤースキルを駆使して技巧を凝らし、他者を二重三重四重五重に罠に嵌めてゲラゲラ笑うのが好きなだけです。
あとついでに言うなら、貴女方一族の最高傑作と称される最新型のアルアリアさんが『コレ』なので、あなたも一度、己の一族の存在意義とやらをきちんと見つめ直してみるべきでは? でないとそのうち、非情な現実(という名の最新型ぽんこつアルアリア)に打ちのめされて、あなたもあえなくハッピーエンドですよ」
「……なんで、そこでハッピーエンドなのよ……」
「だって、おにーちゃんがいますし。ねー、おにーちゃーん?」
「え? ごめん、今アリアちゃんとの笑顔見せ合いっこに忙しくて話聞いてなかった」
「―――――ゼノおにーちゃんは、BAD END希望、と。OK、我に任せてください。六重七重十重二十重の心折られる惨劇が、息つく暇無く貴男を殺す」
「なにゆえ」
「KILL」
「なにゆえ」
肩を揺すろうがごめんなさいしようが頑なに兄への殺意を覆さない妹を前に、俺は成す術無く敗れ去って先程までの全能感をあえなく手放した。
黒髪俺くん再降臨です――いや、なんか戻りきってない感じするな。三割くらい白いメッシュの入ったビジュアル系イケメンみたいになってそう。まあええわ、ブランニュー俺くんを今後ともヨロシクってことで。
「それ、戻らないんですねKILL」
「きみの語尾も戻らないんですね……。まあ、髪の色は気にしないでいいよ。魔力が昂ぶると髪白くなる厨二病体質なだけだから」
「……昂ぶると、白いの出ちゃう、おにーちゃん……」
いもーとー? いついかなる時も、女の子は慎みを忘れたらダメなんだぞー? ってお小言言おうかと思ったけど、うっかりっぽく下ネタ言っちゃった当の本人が若干恥ずかしそうな雰囲気出してたので、優しいおにーちゃんはにっこりと微笑んでいもーとの失言をスルーしてあげました。
そうそう、それやで! 女の子は羞恥に頬を染めてる姿こそが、いっとー激カワなんやで?(←個人的主観)
とまあ。そんな個人的主観を持つ俺なので、必要性や大義名分があるからと言われても、ドスケベ種付け以外の目的で女性へ精液提供というのはちょっと乗り気になれないはずなのです。
……本来であれば、だけど。
「話戻すけど――――ああ、やっぱいいや。シャノンさんの話は荒唐無稽なあり得ないものだったので、改めて聞く必要無し。そんなことより、みんなで楽しくゲームとかしようぜ!!」
「勝手に話終わらせないでっ!?! ……どんな状況もそれなりに受け容れて愉しめる私はともかくとして、エスタや、アリアや、それに魔女以外の女達だって、このままじゃ敗戦して悲惨な目に遭う未来」
「無いが?」
「えっ」
「いや、そんな未来は無いんだが? 女の子達はみんな悲惨な目になんて遭わないし、敗戦も在り得ないんだが……? いったいどこから出てきたトンデモ予想なのそれ……」
「え、えぇぇぇ……??」
俺の回答に困惑しか湧いていない様子で唸ってるシャノンさんではあるが、そんな様子を見せられた俺の方こそ困惑だけしか湧いてこない。
正しいリアクションが取れていないのは、俺なのか、シャノンさんなのか。その判断をオーディエンスに求めようとして視線を向けるも、アリアちゃんはよくわかってない様子できょとんとするばかりだし、逆にイルマちゃんは何もかもわかりきった様子で投げやりにうんうん頷いてるばかりである。
仕方なく、本当に仕方なく、ひとまずシャノンさんの危惧へ多少譲歩した前提を想像して話を進めようと試みるも、やっぱり在り得ない前提すぎて、言葉が口から出てくる前に『やっぱ無ぇな』と自己完結してしまって結果無言。
や、だって、無くない? 外の世界の男共との戦争に、魔女さん達が負けて、何だっけ、ナントカ奴隷になるだっけ? 何奴隷だっけ? よく思い出そうとするたびに視界が白く染まり、ついでに髪の白髪率が上がるばかりで、ありえない与太話の中身がよく思い出せない。
思い出せないなら、大したことじゃないだろう。だがあんまり何度も蔑ろにするのもシャノンさんにわるいから、じゃあこうしよう。
「『外の世界のニンゲン』とやら、ひとまず絶滅させようか」
そうすりゃ、シャノンさんを悩ませるものはひとまず無くなるんだよな? じゃあそうしよう。あ、一応こっち側陣営のアタマであるエルエスタにも報告入れとかないとだな。
まあ、どうせ大した出来事でもないし、後で事後報告でええやろ。




