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十一話・4 深淵の底の底

◆◇◆◇◆


 暗がりに満たされた密室に、ぽぅ、と魔力の光が幻想的に灯る。


 それと同時に、術者たる彼女の『義眼』が反射以外の要素で蒼く輝き、やがては華奢な全身さえも淡く発光し始め、神聖にして静謐なるそれらの輝きの全てが彼女のたおやかな手へとゆっくりと収束していく。


 夜の雪原へ白い息の尾を引くように、彼女――先代〈深淵の魔女〉シャノンは、そっと言ノ葉を紡いだ。


「――――――《凝結錬成》」


 マテリアライズ。主に《抽出還元》の後工程として併用されるこの錬金術は、カタチ無きモノへと分解された任意の要素を、再び形有る物としてこの世へ再構築する術である。


 抽出還元は、既に滞りなく成功している。あまりに滞りなさ過ぎたせいで『あれ? 私、何か間違ってる……?』と拍子抜けしてしまい、そのせいで、彼女にとって本来は呼吸するより簡単に行えるはずの凝結錬成に対して『ここから何か落とし穴があるのかも』といった疑念や冷や汗と共に臨まざるを得なくなってしまったのが現在の状況。


 だが、じっくり時間をかけて行使した《凝結錬成》は、手癖でさくっと行使した場合も何も変わらなかっただろうなと思うくらいに予想通りの手応えしか返って来ず。


 ――なんなら、見習い錬金術師がやった所で過程から終わりまで何も変わらなかったんじゃないかと思うほど、予定調和の如く目的の物質はつつがなく完成してしまった。


 ……完成して、しまったのだ……。


「……………………嘘でしょ…………」



 どこぞの〈智〉の小鳥が一時的に拝借してきた、オリジナルの魔導機関。それを目にしてからこれまでの年月のほぼ全てを、シャノンはその『ゼロから魔力を創り出す』というバカげた魔導具の再現の為に費やしてきた。


《還元抽出》も、《凝結錬成》も、当然それ以外の多種多様にして膨大に過ぎる秘術秘奥の数々も、毎日飽きるほどに繰り返した。元からカンストしていた錬金の熟練度は、今ではもう確実に歴代〈アルアリア〉史上最高の腕前に至ってしまったと自負している。

 使う素材にだって、勿論こだわり抜いた。元から万年金欠の身ではあったが、そこから更に雨水とカビたパンの一欠片で飢えを凌がなければならない生活に陥るくらいに私財を投入して希少素材を買い漁り、一時は呆れた智の小鳥にバイトを振ってもらわなければガチで餓死してたくらいの状況になりながらも、とにかくひたすらにあの日見た『奇跡の秘宝』の再現だけを目指してきた。


 他者の研究の後追いというのは、正直、自殺したくなるほどに癪ではある。だがそれより何より、魅せられ、魅入られ……そして、楽しかった。


 いつの世も、己の思い付きのままに自らが時代の最先端を行き、孤高の才人として生まれ、孤独に死んでいくことを宿命付けられた〈アルアリア〉の伝承者達。

 その血筋の中で、シャノンは唯一、『目標』と『憧れ』を胸に誰かを追いかける悦びを味わっていた。


 追いつきたい。会いたい。振り向かせたい。――捕まえたい。


 べつに本当に会ってどうこうしたいというわけではなく、技術的な意味において、シャノンはただひたすらに憧れの背中だけをまっすぐに見据えて追いかけ、研鑽と研究を積み重ねてきたのだ。


 その結果が、



◆◇◆◇◆



「……………………え、まじで原材料の違いだけだったの……? え、嘘でしょう……? え、嘘、嘘よ、こんなの嘘よ、こんなの悪い夢よ……ふ、フフ、ふふ、ふ…………あ、もう寝よ。夢の中で寝ればきっと夢から覚めるもの……うふふ……」


「シャノンさんが壊れたー。はーい、おにーちゃんにペナルティいちまーい。アリアさん、ごー」


「いぇっさー!」


 再び明かりの戻った室内に、石抱きの刑ならぬ座布団抱きの刑を執行される哀れな罪人の姿有り。床に直で正座させられた俺のふとももへ、両脇に立ったイルマちゃんとアリアちゃんが俺の罪の数だけ座布団を交互に重ねていく。

 ちなみに、もうふとももから顎までみっちり詰まってるのでもうこれ以上乗らないんだけど、アリアちゃんが座布団持ってうずうずしてるので俺は無理矢理座布団を圧縮して顎下にもう一枚挟んでもらった。現在十四枚。尚、上限はまだまだ更新されていく模様。

 ちなみに俺は言われるがままにずっと己の限界を超えていく覚悟なので、最終的には石よりカッチカチになった座布団の塊が出来ると思う。


 シャノンさん、早く復活してこの子らを止めてくれないかなぁ……。彼女、机に突っ伏してひたすら現実逃避しちゃってるけど、やっぱ俺の子種が原材料ってのはあまりに予想の斜め上過ぎて認めたくなかったんだろうな……。幸い怒る様子は無いけど、あそこまで意気消沈されてしまうと、むしろ怒ってくれた方がまだ良かったよ……。


 でも、よくよく考えたら俺べつに悪いことしてなくない? や、そりゃ自分の子種使って錬金術してたらドン引きくらいはされるかもだけどさ、でも世の中の錬金術師ってそれ以上にえげつないアレやコレやしてるはずだし、なんならマッド魔王様ことアルアリアってその最たる血族のはずだろ?


「……今更すけど、錬金術に男の精子使ったことって無かったんですか? 魔女なら、その程度のありふれた素材なんててっきり研究し尽くしてるもんかと」


「……………………ねえ、知ってる? 雑草ってね、いくら研究しても雑草なの。薬草じゃないの。【深淵】の権能を以てしても、毒にも薬にもなれないものが、この世にはあるのよ……」


「…………つまり、ハナから雑草扱いしてた『野郎共』の、あまつさえ『子種』なんて、まったく眼中に無かったと……。や、でも、そういう一見ありえない可能性からの再発見ってのも、分野の進歩の鍵だったりしそうな感じしないですか?」


「………………そこは、だから……、私、【深淵】持ってたから……。歴代アルアリアも、みんな、同じ権能持ってたから……」


「……深淵の権能って、本当に一体何ができるやつなんです……?」


 べつに馬鹿にしてるわけではなく、具体的に何ができるのかがマジで疑問になってきただけである。だが、これが深淵を覗くような行為ってやつだろうか?


 ちょっと不安になって来た俺だけど、視線どころか言葉さえこちらに投げてくれなくなったシャノンさんに代わり、最新型アルアリアたるアリアちゃんが「えっとねー」と座布団の次弾をぱふぱふ叩いて弄びながらあっさり回答してくれた


「【深淵】はね、『観える』の。


 ――で、観たものを、好きに『いじれる』の。


 でも、なんでも好き勝手にいじれるわけじゃなくて、自分の元々持ってたいめーじのせいで、変な風に『誤変換』されちゃったり。

 あとは、赤色を薄い赤に変えたりは簡単に出来るけど、赤色を青色に変えるのは、『ちょっとだけむずかしかった』り?」


「……序盤でわりとやべー能力かと思ってゾクッとしたけど、途中で術者にさえ完全に制御できないて言われたも同然でゾクッとしたし、更になんか最後にくそやべー雰囲気の文言が飛び出てきてゾクッとしたわ。

 あれ、この娘やっぱり生粋の魔王様じゃね? 背筋寒い……」


「さむいの? ……じゃあ、あの、えいっ」


 俺の訴えを聞いてくれたアリアちゃんは、こてんと小首を傾げたかと思ったら、手にしてた座布団を俺の背中にぽふりと押し当て、そのまま両手で抑えてくれた。ああ、あったけぇよぅ……完全に魔王様のマッチポンプだけど、とりあえず心遣いがあったけぇよぅ……。


 つか、よく考えたら俺のブレザーどこ行ったの? なんで俺シャツ一枚よ。なんかさっきシャノンさんにまでバトンのように回っていったはずだけど、今シャノンさんべつにブレザー羽織ってないしな……。あれ、まじでどこいった??


「おにーちゃん。無駄な思考に意識を割いてないで、ほら、次の座布団いきますよ」


「なんで? ねえ、なんで俺は意味も無くまたひとつペナルティを加えられようとしているの?」


「乙女の秘密を暴こうとしたからです。万死です、万死」


「深淵を覗いた者の末路というわけか……」


 まあ、魔女にとっての【権能】って、イコールで切り札とか生命線だから、本来こんなあけっぴろげに解説をねだっていい代物じゃないしな。確かに俺ギルティだわ。謹んで刑に服すとしよう。あとアリアちゃんとシャノンさんには、後でお詫びとして俺の『切り札』の内いくつか贈っとこう。


 そんな風に覚悟を決めた俺の顎下から、まるでジェ〇ガみたいに座布団が「てーい」と蹴り飛ばされて引っこ抜かれた。え、なんで? なんで唐突に刑期終了??


「終了してませんよ? 一番下の一枚まだ残してますし、その上にこれから載せますし」


「お、おう。どんと来いやで!!」


「……………ん。じゃ、はい」


 くるりとこちらに後ろを向けたイルマちゃんは、俺の目の前でスカートのお尻のあたりを丁寧に抑えると、おもむろに俺のふとももの上へぽふりと腰を下ろしてきた。


 …………………………。


 ぱーどぅん???????????


「罰なので」


「えっ」


「罰なので。謹んで受け入れてください」


「えっ、あっ、えっ、やだ――これはご褒美なので、死んでも絶対に罰だなんて呼べない、俺にとってはとってもご褒美なので、謹んで受け入れるけどこれは罰ではないので、ご褒美なので、そこのとこ決してお間違えなきよう、おっふ、おっふ」


「……………まあ、いーですけどね、なんでも、べつに……」


 あっぷあっぷ通り越しておっふおっふと醜く喘ぐことしかできないいっぱいいっぱいのおにーちゃんに、イルマちゃんが何やらぶつくさ文句を言いながらもゆっくりと体重をかけてくる。


 そんな彼女の小さな体を、思わず背後から抱きしめてしまう俺。


 ――の背中に、座布団が石にまで圧縮されそうなレベルでぐいぐいと体重以上の圧をかけてくるアリアちゃん。


「ぜのせんぱい。いるまちゃんと、仲良いねぇー?」


「は、は、はい、あの、えっと、はい、でも、あの、アリアちゃんとも、俺ってばとってもとっても、仲良しさんなので、はい」


「………………むー」


 不満そうな唸りと共に、ぺしんと地面へ叩き落される、アリアちゃんの手を離れた座布団。

 そしてその上に膝立ちで座り、またも「むぅー!」と鳴き声を上げながら、背後から俺ごとイルマちゃんを抱きしめるアリアちゃん。


 はい、せーのォ!!!


「ぱーどぅ――」


『うるさい』


「さ、さーせん」


 思いっきり息吸って一世一代の雄叫びを上げようとしたら、アリアちゃんのみならずイルマちゃんはおろかシャノンさんにまで女の子総出で怒られてしまった……しょぼーん……。


 しょぼくれた心を前門のイルマちゃんと後門のアリアちゃんの体温で慰めてもらってたら、ようやっと机から顔を引きはがしたシャノンさんが頬杖突きながらもんすんごい胡乱な目つきでこちらを睨め付けて来た。


「ヒトが落ち込んでるっていうのに、まったく、あなた達はほんと目を離すとすぐイチャコラし出すんだから……」


「いちゃこらだなんて、やだなぁ、そんな、へへへ、へへ、へ」


「鏡、見せてあげようか?」


「…………俺の童貞ハートが耐え切れないので、そんな残虐非道な真似はどうかおやめください……」


「ふん」


 俺を今一度ヘコませたことで多少は溜飲が下がったのか、シャノンさんはそれ以上こちらをなじることなく、代わりとばかりについ先程生まれたばかりのシャノン製『オリジナル核』をひょいと摘まみ上げて忌々し気に眺めた。


「……最初は、まさか男の子種でなんて、とは思ったけど……。でもこれ、貴方の精液以外で作っても『こう』は成らないわよね?」


「あの、今更ですけど、あんまり精液とか、そういうストレートな表現使うのはちょっと」


「あ?」


「はい、成りません!!! 『赤龍の陰嚢』に溶解寸前まで魔力ブチ込む方法でお茶を濁そうとか考えてましたけど、たぶんそれでも似て非なるモノしか出来ないと思います!!」


「…………まあ、そうよねぇ……。龍種だって、結局強いのは人間と同じでメスだけだもの。喩え【深淵】を使ったとしても、龍の陰嚢『ごとき』じゃどう弄ったってこうはならない……。

 劣悪な素材を改変してレア素材にまで引き上げる程度はちょくちょくやるけど、それでも『創造』なんて他に例の無い意味不明な属性を獲得する所までいけるかっていうと、そんなのは論じるまでもなく到底不可能。もしそれでもやろうとするなら、陰嚢使うより雌の子宮を媒体にしてより上位種の精子から創造近似属性を抽出還元した方が可能性有りそうだけど、赤龍より上位種ってなると真龍か神級生物くらいしか候補がいなくて、そんな生きてる内に一度会えるかどうかわからない上に戦闘と破壊が存在意義みたいな連中の素材なんてそう何度も採れるわけじゃない、というかそもそも勝てるかもわからない。ナーヴェとエスタに頼めば勝てる見込みも有るけど、わざわざそんなことしなくてももう目の前にこうして創造属性を生み出せる友好的なレア生物がいるという状況が存在しているのだから、迂遠で不確実な方法を取るよりもっと確実且つ手軽な方法を選択するのが


 合理的よね?」


「あ、はい。合理的だと思います」


 途中早口過ぎて何言ってるかわかんなかったけど、言葉の最後だけは聞き取れたしなんか同意求められたからとりあえず頷いといた。男はね、女の子の言うことにはハイかイエスしか返答が赦されない生き物なのさ。


 イルマちゃんにはなんか喉元をごんごん頭突きされてるし、アリアちゃんにも側頭部をごんごん頭突きされてるけど、そんな二人の抗議のせいでむしろあったかいしきもちいいしいいにほひするしで頭がまったく回らない。



 あ、やべ。射〇しそう。



「ひっ!!? お、おにーちゃん、我のお尻の下でしれっと何しようとしてるんですか!! といれっ、今すぐといれかおふろへごー!!!」


「ごめんちょっと間に合わない」


「ぜのせんぱい、といれ行くの? ……するとこ、見てていい? それ、ちょっと、気になるかも」


「ごめんちょっと何言ってるかわかんない」


 いやマジでちょっと何言ってるかわかんなさすぎて、一周回って逆に冷静になってしまった。〇精の危機、間一髪で回避である。


 俺とイルマちゃんに至近距離からガン見されて、アリアちゃんはちょっとぽやぽやとした表情で――ぽかぽかと上気したほっぺに人差し指を軽く当てながら、「んーと」と考え考えしつつ言葉を紡いだ。


「ぜのせんぱい、といれで、『しゃせー』、したいんだよね? いまのぜのせんぱい、そんな『色』、してるから」


「………………いやそれどんな色……?」


「アレの色」


 あれ、とアリアちゃんの指さす先には、机上の物体Xに収められたココナッツミルクことゼノディアスミルク。そっかー、あれの色かー。キミの眼ってマジで優秀だねー。今だけはその眼を閉じていてほしかったよ、ぼくは……。


 つか、射精って知ってるのな。なんでそこは知識有るんだ。口ぶりからして射精=性的な何某かっていうのはまるで理解しちゃいない様子だから、これもアリアちゃんの十八番である『勉強だけは出来る』ってやつなんだろうか。


 で、まるで理解しちゃいないはずなのに、なんかこの娘の顔の蕩け具合とか俺へのもたれかかる所作とかからして、なーんかこの娘ったら今ちょっとアレじゃない? 有り体に言って、ほら、あれ、なんかアレじゃない??






「―――――見たいな。……ねえ、ぜのせんぱい、だめ……?」







「教育的指導ォォぉぉおお!!!!!」


「あ痛ぁあ!!?!?」


 自らのお尻の下から座布団を引っこ抜いたイルマちゃんによる、立ち上がり様のフリスビーじみた一線がアリアちゃんの側頭部を『すぱーん!』と弾き飛ばす。解かれる抱擁、離れる女体、そそくさと這いずり逃げる俺、そしてにゃーにゃーじゃれ合うイルマちゃんとアリアちゃん。


 た、助かった――


「あら、いらっしゃい♪」


「……………………ほへ???」


 這いながら、急いで隠れた、机の下。


 とってもごきげんさんな歓迎のセリフにつられて、目線を上げた俺の目の前。


 そこには、とってもいたずらっぽい、けれどなんだかすごく恥ずかしそうな照れ笑いを浮かべたシャノンさんのかわいいご尊顔と――














 痴女の名をほしいままにする血族による、セルフスカートたくしあげでのおぱんつ様開帳が待ち受けていた。
























 俺は射精した。























 ……そして、人目をはばからずしくしくと泣いた。


 とっても、気持ちよかったです。まる。

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