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十一話・3 断罪のアリア

 でも二人とも、身体離した代わりになぜかお手々を繋いでくれたので、俺くん無事死亡回避。わぁい、おんにゃのこのお手々やわこいですぅ♡ ウフフっ♪


「信頼の話は、さて置いて。なにやら脳味噌とろけてるゼノおにーちゃんに代わって、我が少しの間だけ話を先導してもいいですか? 込み入った技術指導が始まる前に、今日の集まりの元々の主題だった思い付き突発イベントをさくっと消化しておきたいので」


「いべんとー! ………………あれ、集まったのってご飯食べるだけじゃなかったの??」


「じゃなかったんですよー、アリアさん。年頃の男子の部屋に来ておきながらご飯食べるだけ以外の可能性を一ミリたりとも想像できない、そんな貴女に危機感を抱いたおにーちゃんによる社会常識講座こそが本日の主題だったのです。ね、おにーちゃん?」


「う、うむ」


 もし性教育と言われてたら反射的に首を横に振ってたとこだけど、なるほど、社会常識。そうそう、それだよ、俺が言いたかったのは初めからそれなのさそれ以外ありえないのさ。さっすがイルマちゃん、俺のことよくわかってるぅ!


「あら、そうなの? それは、なんだか悪いことをしたわねぇ。割り込んで関係無い話を持ち込んじゃったことだけじゃなくて、このあっぱらぱー娘がなんだかとってもお手数とご迷惑をおかけしちゃってることもね」


「あっぱら……!?! おかあさん、またわたしの悪口言った! ぜのせんぱい、怒って!! いるまちゃんもほら、何か言い返して――なんでふたりともすっごくイイ笑顔なの!?!?」


『あははははー』


 いやだって、ねぇ? と顔を見合わせて笑うことしかできない先輩と友達のせいで、突如裏切られてしまったアリアちゃんがガーンとショックを受けてしおしおと萎れてしょげ返る。


 いや、だって、ねぇ……。今日の放課後だけで考えても、男子寮に帰る俺にしれっとくっついて来て密室に二人きりになったり、俺の布団に躊躇なく潜り込んで『今夜は寝かせねーぜ』とか言ってたり、抱き着いて来たり手握って来たりとまるで擁護できない危機感の無さなんですもの。

 まあ、男子寮にしれっと忍び込んできて過度のスキンシップに及ぶという点だけで言うと、わりとイルマちゃんも一緒なのだけれども。でもそこ指摘しちゃうといもーとちゃん相手に負け確の舌戦を繰り広げなくちゃならないので、懸命なおにーちゃんはいもーとのオイタには目を瞑らせていただく所存である。


 繋いだ手をぶんぶん振りながらふくれっ面してるアリアちゃんを無視し、俺はイルマちゃんから目線で主導権を受け取って会話を引き継いだ。


「まあ、そういうわけで。危ない目に遭う前に、おたくのお子さんにちょっとした社会常識を学んでもらおうとしていたわけでして。って言ってもそんなに深い話をしようってわけじゃないんで、少しだけ時間もらってもいいですか?」


「『えぇ~??』って抗議の声を上げたい所だけれど、私の不始末が原因だものねぇ。異存は無い……というより、報酬として信頼ポイントを更に1ポイントあげちゃうから、どうぞよろしくお願いするわ」


 お、ラッキー。ポイントゲットだぜ! これ何ポイント集めたら一夜のお供券と交換できるのかな――ハッ、殺気!!?


「い、いもーとちゃん? あの、あ、あはは、あはは」


「ははははははははは。やっぱりおにーちゃんは脳味噌が蕩けてる様子なので、ここからは我が引き継ぎますね? おにーちゃんはしばらく黙ってるように。返事は?」


「イェス・マム」


「黙ってろと言いました」


「(イェス・マム)」


 ひっかけ問題に思いっきりひっかかってしまったので、最後は脳内に直接返答させていただきました。俺は石、石には口など無いのさ、ははは。


「まったく……」と呆れたように鼻息を吐いたイルマちゃんは、事有るごとにチラつかせていたナイフを懐へしまい込むと、代わりに絶対そこに収まらないだろとツッコみたくなる木製のヤシの実みたいな物体を取り出して机上へゴトリと置いた。女の子のお胸、マジでミステリー。


 なんだこれ……と中身のわからない物体Xに一同の視線がじーっと集まる中、イルマちゃんはさくっと告げた。





「これには、魔導機関の『核』の原料が入っています」





『待って』


 唐突に告げられた台詞に対し、俺とシャノンさんの待ったの声が重なった。


 アリアちゃんだけは「ほー……?」と興味深そうにXを眺めて順応してるけど、この子は相変わらず話の流れマジで気にしてないだけなので、普通に話を聞いてたシャノンさんと俺は困惑するしかない。


「……ねぇ、今って、魔導機関の話はひとまず置いておいて、一般常識のお勉強するぞーって流れだったのよね?

 というか、ねえ、あなた今ふつーにこれ取り出したけど、私がずっと頭捻って研究漬けになりながらあれこれ悩んで暴れてた間も、そしてそれを見ながらあなたがゲラゲラ笑い転げてた間も、あなたこれずっと持ってたってことよね……? えっ、どうしよ、ひとまず顔面十発くらい殴らせて??」


「やだやだぷー。うわーん、おにーちゃん助けてー! かわいい我の顔面がぼっこぼこにされちゃうよぅ!」


「やだぷーとか煽っときながらよく泣き付けるなぁ……まあ身命を賭して全力で護るけれども。でもそれはそれとして、やっぱり話の流れ無視しすぎだし――




 ――――大体、なんでイルマちゃんが『ソレ』持ってるん?」




「くすねた」


「くすねた!?!??」


 Oh……。正直なのは美徳だけれど、今だけはおにーちゃんの心労を慮ってもうちょっと優しい嘘をついてくれても良かったのよ……?


 つか、あー、そうね。

 そっか、自他公認の対ゼノディアスストーカー・イルマちゃんだもんな……。そりゃ、魔導機関の核の『原料』も知ってれば、それをくすねる機会だっていくらでも有っただろうし、それに一般常識教育――もとい『性教育』って話題が出た時に『ついでにシャノンさん誘いっていいですか』なんて話に繋がったわけか。おにーちゃんは、いもーとちゃんの言行と思考回路についてまるっと理解しましたよ。


 でもね、いもーとちゃん。


「何はさておきまず真っ先に弁明しておきたいんだけど、俺、教育にも指導にもべつに『それ』使うつもり無かったからね?」


「わかってますよ、おにーちゃんにそんな度胸有るわけ無いですし。アリアさんへの教育は差し障りない程度の内容をふつーに口頭だけでお話しするつもりで、シャノンさんへの技術指導も原材料は代用品で済ませるつもりだったんですよね?

 この対ゼノディアスストーカーこと【聖天八翼】第二位・〈智天〉のイルマちゃんの神がかった洞察力を馬鹿にしないでいただきたいですね、ぷんぷん!」


「その仰々しい肩書、使う場面は本当にここなのか……?」


「此処が我の鉄火場ですッ!!!」


「さ、さよか。了解やで」


 鉄火場って、博打打つ所かなんかだったっけ……? イルマちゃんは今、一体何を相手に捨て身の大勝負してるんだろう……。くすねてた件で、俺に怒られないよう敢えて強気に出てる、とかだろうか?


 ならばその目論見は大成功、というかそもそもべつに怒ってすらいない。黙ってくすねたのは倫理的に良くないかと思わなくもないが、まあ、物が物だけに直接ねだるのが躊躇われるのはわかるし、そもそも俺にとって『コレ』はまさしくゴミ程度の価値すら無い代物だし。


 そんな風に一人納得してぼーっとしてた俺に、シャノンさんが未だ憤懣やる方ない憤懣遣る方無いといった様子で拳をぶんぶん振りつつアピールしてくる。


「ちょっと、あなた何平和な顔でぬぼーっとしてるのよ!? くすねたって、それ、貴重な錬金素材を泥棒されたってことでしょう!!? いくら妹ちゃんがかわいいからって、今こそ教育的指導が必要な場面でしょうに!!」


「やー、ははは……」


「無駄ですよ。おにーちゃんにとって『これ』は全然貴重でもなんでもないですし、なんならそれこそゴミ同然だとか思ってますから。

 ……ただ、我に言わせてもらえれば、全然ごみなんかじゃないですよって心の底から伝えてあげたい感じのアレではあるんですけれどもそれは余談なのでスルーでおなしゃー」


「そりゃゴミなわけないでしょう!?!?? 私がどれだけこれを求めてたと思ってるの!!!! 貴重品も貴重品、金銀財宝やミスリルやヒヒイロカネなんかよりもずっとず~っと貴重なお宝に決まってるでしょうがッッッ!!!!!」


「ですって、おにーちゃん。良かったですね?」


「……やー……はは、は……」


 ――俺、後で真実を知ったシャノンさんに殺されるかもしんない……。


 荒ぶりながら擁護してくれてるシャノンさんにも、にこにこ笑顔のイルマちゃんにも顔を向けられず、俺は心持ちアリアちゃんの方へすすっと擦り寄りながらこしょこしょと囁いた。


「……あの、アリアちゃん。ちょっとお願いがあるんだけれども」


「せーし」


「そう、制止。イルマちゃんは最早処置無しだからともかく、キミのお母さんにはちょっとクールダウンしていただかないとね、ちょっと困るかなってね、だからね」


「せいし」


「そう、静止。ひとまず場が落ち着きさえすればね、俺の巧みな話術とヘタリ精神によって穏便且つ穏当な方向へ流れを軌道修正できるからね、そのためにはまずそうキミにお母さんを」


「精子」


「ねえ深淵の魔女さん、お願いだからその【権能】絶賛発動中のお目眼で謎のココナッツを透視してないできちんと俺の方を見て、ほら見て、お願いだからそっち見ないでこっち見て」























「これ、中身、ぜのせんぱいの『精子』だ!!!!!」























 ようやく、俺の願いを聞いて、キラッッッッキラに輝く満天の星々みたいなお眼々でこちらを向いてくれた、アリアちゃん。


 そんな彼女の、まるで良く描けた絵を母親に見せる童女のようなうっきうきの『告発』が、この場の全てを制止させ、静止させ、永久の沈黙を力いっぱいブチ撒けた。次回、裁判。被告・俺。

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