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十一話 血に定められし秘伝の奥義

 いきなりがつがつ飯食い始めた家主につられて、みゃーみゃーやり合ってた女の子達もなんだかんだでお食事タイムへ突入。

 みんなお行儀が良いのか何なのか、あんまり食べながら会話をドゥンドゥン弾ませるってことはなかったけど、さりとて無言というわけでもなく、食べ終える頃にはみゃーみゃー猫さん達もなんだかすっかり和やかな雰囲気となっておりました。


 やはり、飯は全てを救うのか。異世界最強のジョブは、やはりご飯係でファイナルアンサーなのか……?


「おにーちゃんがそれでいいんなら、いいんですけどね、べつに……」


 心読める系のいもーとちゃんが完全に呆れたような目で中々辛口なコメントを放ってくるけど、俺今わりと本気でご飯係最強説を信じ始めてるのでほぼノーダメージである。

 というか俺、マジでご飯作る以外に誇れる物も縋れる物も無いので、どうか俺の心の拠り所を揺るがそうとしないでくだされ、いもーとよ。


「いや、もっといっぱい誇れるものも縋れるものもあるでしょうに。そうじゃなきゃ、我やアリアさんやシャノンさんがただご飯に釣られただけの食いしん坊キャラになってしまうではないですか」


「じゃあ、俺が他に誇れるものって、たとえば?」


「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………人柄」


「…………………………お、おう」


 答えるなりぷいっとそっぽ向いちゃったいもーとちゃんの、ちょっと恥ずかしそうな拗ねてるような、なんとも言えない横顔にドギマギ。


 そうか。人柄か。他にも魔術やら錬金術やら客観的に褒められそうなポイントは一応有るのに、きみは敢えて俺にとって一番の取り扱い注意な部分を『誇れるもの』として挙げてくれるのか……。しかも、じわじわほっぺた赤くしながらどんどん不貞腐れ具合いを増していってる所から見て、なんだかめちゃくちゃガチっぽい……。


 この娘、実は俺のこと相当好きなのでは――あ、嘘、うそ、冗談なのでそのかわいい握り拳をどうか引っ込めて、あっ、あっなんで、嘘って言ったのになんでっ!!?


「ていっ、ていっ、ていていっ、てってってーい」


「あ、やめっ、アフ、あふぅ、ブッ」


 軽い掛け声とは裏腹にわりとガスガス殴りつけてくるイルマちゃんにより、俺のもちもちほっぺがもう青アザ不可避。逃げようとすると機先を制するように鋭い視線が飛んでくるので、俺はひたすらサンドバッグに徹するしか道が無い。


 最初はテーブル越しのアウトファイターだったイルマちゃんが、俺の隣に椅子ごと回り込んできて完全なるインファイターへと転向を果たした頃。

 シャノンさんと母子トークに興じてニコニコしてたアリアちゃんが、ふとこちらの様子に気付いてお目々をぱちくり。そして何を思ったか、ローブの袖の中をごそごそ漁って見覚えのある試験管を取り出し――おい待てや小娘、何期待の眼差しで流血待ちしとんねん。数年ぶりの再会を果たした母との会話の時よりうっきうきのわっくわくな顔しおってからに、きみは本当にそれでええのか……?


「ぜのせんぱい、はい、ほら、はいっ」


 イルマちゃんとは逆サイドにやはり椅子ごと回り込んできて、取り出した追加の試験管を俺の手にぐいぐい押し付けて来るアリアちゃん。セルフ採血? 一方的に殴られてグロッキー寸前になってる俺に、セルフ採血を強要? 鬼か、こやつ。


「あっ、いるまちゃん、ナイフとか居る?」


「是非ください」


 鬼は二匹居た。え、君たちそれまさかマジで言ってる? 嘘でしょ? ねえ、うそでしょう??




 結論から言うと、嘘じゃなかった。


 ただし、ナイフはあくまで脅しの道具だった模様。どこからともなく縄を取り出してアリアちゃんのナイフとトレードしたイルマちゃんは、アリアちゃんがああでもないこうでもないと試行錯誤しながら俺の手足を縛っていくのを眺めつつ、ナイフの腹で俺の青アザほっぺをペチペチと叩く。


「ふふ。おにーちゃん、つーかまーえたっ♪」


「まえたー♪ いぇーい!!」


「いぇーい!!」


 片手で行き過ぎたSMグッズを弄びながら空いている方の手でぱちーんと軽快にハイタッチを交わすいもーとと後輩女子の姿に、俺は恐怖を通り越した畏怖の念を抱かずにはいられなかった。


 正気か、こいつら……。どっちか一人だけでもわりかしヤベェ娘なのに、二人合わさるともう完全に手が付けられねぇぞこれ。


 でも、実はちょっぴり嬉しかったり。や、べつに殴られたり縛られたりすることに悦びを覚えてるわけじゃなくて、アリアちゃんとイルマちゃんが仲良くきゃっきゃしてるのを見ると、思わずほっと安堵してしまう。


 ――安堵である。癒やされるより先に、安堵。その理由は、まあ、聞かないでおくれ、うん……。


「………………」


「な、なんだよぅ」


「べぇっつにぃ〜?」


 食後のお茶を啜ってたシャノンさんが、すっごく何か言いたげなジト目を向けてくるけど、べつにだそうである。べつにか、そうか。じゃあいっか。べつにだしな……。


 お茶の残りをぐいっと飲み干したシャノンさんは、湯呑みをトンとテーブルに置いて澄んだ音を響かせると、一同の視線が自分に集まったことを確認してから改めて本題を切り出した。


「……で、ね、ゼノディアスくん。……………………………………………取り敢えず、私のおっぱい揉んどこう? ね??」


「何はさておき女を武器にして初手で弱みを握りに行く、その鋼のような決意はマジで何なんすか……。見てよ、歳下の女の子達のこのハニワみたいな虚無の眼。こんな目で見られながら不埒なあれこれなんぞできるわけないでしょうが。四肢を拘束された刺殺体が出来上がっちゃうでしょーが」


「だ、だって、他に手っ取り早くあなたにマウント取る方法が、あんまり思いつかなくて」


「だから、なにゆえそうもマウント取りたがるのか?」


「…………仮にも〈アルアリア〉の看板を背負っていたこの私が、まさかウチの家門の専門分野において、しかもあろうことか男に教えを請うなんて、そんなの素直に出来るわけないでしょう?? 魔女界隈は、メンツが命や貞操より大事。はいこれテストに出まぁーす!!!」


 なんかヤケクソだなぁ。何のテストだよ。魔女認定試験○級とか有るんだろうか? もしくは魔女機関総合職採用試験とか。


 でも、まあ。これでようやっと、シャノンさんがやたら俺より優位なポジションの確保に拘っている理由が理解出来たか。


「……つまり、魔術とか錬金術関連で、俺に教わりたいことがあると?」


「違うわ」


「え」


 俺としては『つまり』とか付ける意味を感じない程にほぼオウム返しな、完全に確認の為だけの台詞だったんだけど、なんか完全に見当違いなことを言っちゃったっぽい。

 ……ああ、もしかして『アルアリアの専門分野』とやらが魔術関係の何某かではない可能性も有る、のか? 魔女にとっての専門分野ってことで、そんへん完全に決めつけてかかってたな。失敗した。


 早とちりを悔いて口をつぐみながらちょっと項垂れてしまう俺とは対照的に、シャノンさんは腕を組み脚を組みしてふんぞり返りながら堂々と宣言した。


「私が教わるんじゃなくて、あなたが勝手に教えるのよ!!! あなたが、勝手に擦り寄ってくるの!!!!」


「帰れ」


「なんで!?!?」


 なんでじゃねえだろ、それが人にモノを教わる態度かっちゅーねん。どんだけ体面に拘ってんだよ、素直に反省して完全に丸損こいたわ。


 まるっきり予想外の返答されたと言わんばかりに驚愕をあらわにしたシャノンさんが、縋るような涙目でイルマちゃんとアリアちゃんの顔を見回す。それを受けて、二人はしばし顔を見合わせると、ひとつ頷いてから真顔で言った。


「おかあさんの言ってること、わりと、けっこう、すこぶる、最低だと思う……。命はともかく、目的のために身体売るとか、ぜのせんぱいに嫌な思い強いるとか、わたし絶対無理……」


「メンツのためになりふり構わないせいで、逆に自分の家名に自分で泥を塗る結果になってないです? 一回自分の胸に手を当てて、己が身を振り返るといーです」


「……ぐぬぬゥ……、社会の厳しさを知らぬ小娘どもが、言いたい放題言いおってぇぇ……!!」


 今にも殴りかからんばかりに握り拳をぷるぷる震えさせながら、食いしばった歯の間から地獄の怨嗟を漏らすシャノンさん。それでも実際に暴力に走らないのは、多少なりとも自分の非を認めているからか、はたまたナイフや荒縄や数的不利にビビったからなのか。


 ともあれ。今度こそ俺は、シャノンさんが俺に求めているものをまるっと理解した。どうやら俺は、シャノンさんのプライドが傷付かぬようひたすら下手に出て媚びへつらいながら、魔術関連の何某かの技術や知識についてお教え差し上げなければならないらしい。


 …………うーん。や、べつにいいんすけどね? 媚びへつらうのも、技術提供するのも。

 勿論、相手がどっかのいけ好かない高慢ちきな貴族のおっさんだとかなら当然願い下げなんだけど、相手シャノンさんだし。若干幸薄そうで儚げで細っこくてお胸貧しくて、そんな可憐な外面に反して、度々調子をおこきあそばされては毎回自爆する系のとっても愉快なお姉さんだし。多少のお茶目くらいは大目に見ましょうとも。


 でもこの流れでオッケー出したら、俺に味方してくれてるはずの年下少女達が即座に手のひら返して折檻カマして来そうで怖ぁい……。事件性の塊みたいな様相の刺殺体がひとつ出来上がる未来しか見えなぁぁい……。


「……ちなみに、教えてほしいこと――じゃなくって、俺が教えて差し上げたくて辛抱タマラン何某かの技術って、具体的にはどんなやつなんです?

 正直俺、技術畑の人間ってわけじゃなくて、教本に全力こそフルパゥワーしか載ってない某晴嵐流の門弟なんですけど……」


『場合によっては、ジャンルのミスマッチにつきやむを得ずお断りせざるを得ませんよ?』という否定的なニュアンスを暗に含ませることで、俺が喜び勇んでシャノンさんに尻尾を振ってるわけじゃないんだぞと年下女子達へ姑息にアピール。

 しかも、お断りの理由がそもそもの畑違いということであれば、たとえ本当に断らざるを得ないような内容であっても誰も傷つかずに円満に話を終了させることが可能となる。


 策士……っ! 圧倒的策士ッッ……!! 見たか自称策士(笑)のいもーとちゃんよ、これこそが酸い甘いを噛み分けた大人のダーティな処世術というものあたた痛い痛い、ナイフ、ナイフちょっと刺さってるから!!?


「大丈夫よ。私が聞きたい――じゃなくって、あなたが教えたくって教えたくって教えたくって教えたくって教えたくって、もうね今すぐ誰かに教えちゃわないと胸が張り裂けて汚い花火になってしまいそうな」


「お帰りはあちらです」






「―――――――『魔導機関』、作り方、教えひぇぇぇぇ……!!!!」

 





 お調子こいて謎のドヤ顔でマウント取りに来たかと思ったら一転、どしゃあぁと崩れ落ちるようにして机上へ突っ伏す疑似土下座を披露しながら懇願してきたシャノンさんの姿になんかデジャヴ。

 うん。この人、やっぱマジでアリアちゃんの血縁だね!!


 ……それでいいのか、〈深淵〉一族……?

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