十話 早々と投入される切り札
『シャノンさんを迎えに行ってきます』と告げたイルマちゃんが、『いてらー』と見送ろうとしたアリアちゃんの首根っこを捕まえてずるずる引き摺りながら退室していき、それから数十分後。
飯の準備が万端整ってしまった卓を眺めながらぬぼーっと突っ立ってた俺は、入口のドアが控えめにコンコンと叩かれたことに気付き、わけもなくちょっぴり緊張しつつ「どうぞ」と声をかける。
「……ええと、お邪魔するわね……?」
こちらもなんだか緊張した様子のシャノンさんが、そっとドアを開けて顔だけ覗かせてくる。そして俺と目が合うと、お互いにちょっとぎこちない笑みを交換し合った。
「……入っていいかしら?」
「もちろんですよ。いらっしゃい、シャノンさん!」
両手を広げてオーバー気味に歓迎の意を表しまくる俺に、シャノンさんはくすりと小さく笑い、すっかり弛緩した面持ちとなりながら入室してきた。
まったく関係ないことだけど、すぐ後ろにくっついてきたアリアちゃんやイルマちゃんのために敢えて大きく扉を開けてくれたあたり、シャノンさんの好ましい気質が伺えて実に良き良き。
「入っていいかしらー」
「もちろんですよアリアさーん」
などと小娘同士で仲良く再現VTRごっこしながらアリアちゃんとイルマちゃんも再入室を完了し、もうこれ以上メンバーのおかわりはありませんよと示すかのようにドアがぱたんと閉じられる。
さて。ここからはひとまずご飯の時間、ってことにしてもいいんだろうか?
いいかげん『ゼノディアスくんは困るとすぐご飯に頼るー』とか皆に呆れられそうではあるんだけど、女の子を相手取った時の俺の手札の貧困っぷりは身内達にとって既に既に広辞苑や古事記に載ってるレベルで周知の事実と化してるからそんなご指摘は超今更である。
大体、あれだよ。仮にこのハリキリすぎて空回り感ほとばしってるハッピーディナーセットを一旦無視したとして、他に一体なんの話題を振ればいいというのぉ?? あーはぁん???
「おにーちゃん? なんか、わざと本題忘れようと画策してません? 間が空いたせいでうっかりちょっと冷静になっちゃったからって、自分が発案したはずのイベントを速攻で有耶無耶にしようとするのは、さすがにどうなのかなって」
「あー、本題、本題な!! そうだったそうだった、俺シャノンさんになんかお願い事されるんだったなー!! その極めて重要な本題についてお話しなくっちゃなー!!!」
「いえ、そっちじゃなくて」
「それ以上言うとイルマちゃんだけ飯抜きな」
嘘だけど。飯抜かないけど。むしろ一生養ってあげるけど。あとアリアちゃんも当然養ってあげるよ? この研究者気質で引きこもり気質の人見知り赤貧娘は、少しほっとくとうっかり餓死してそうな気配あるので。
「……あ、そだ。そういや俺、アリアちゃんの飯代、ってか全財産奪ったままだったっけ? あれっ、やべ、どこやったっけ……」
後輩女子を自分で飯も買えない状態に追い込んでおいて、どの口が一生養うとか言っとんねん。いやそれはある意味一貫した行動言えるけど、俺はそんな経済的DVによって女を自分に依存させようとするクズ男のようなゲスい所業に手を染めたいわけではない。
しかし現状、俺って普通に恐喝犯。しかも、巻き上げた金は財布ごと行方不明ときてる。これってありと最低では……?
背中からにわかにぶわっと冷や汗が溢れ出すのを感じながら、全身のポケットをくまなくぺたぺた触って行方不明者を必死こいて捜索するも、手がかりゼロ。え、待って、ヤバい、普通にヤバい。
「……ぜのせんぱい? ……おさいふ――」
「ま、待って、探してるから、今超探してるから!!」
きょとんとしながら無垢なお目々で見上げてくるアリアちゃんを直視できず、とにかく全身全霊でポケット引っ張り出して裏返しにまでして、それだけではなく上着脱いで外も中も漁ってみるけどやっぱり見つからない。
――が。そこで、イルマちゃんが「脱ーげ! 脱ーげ!」と無責任に囃し立てている姿を見て、俺はふと思い出す。
「……よく考えたら、アリアちゃんから直接財布受け取ったのって、イル」
「絶対ですか?」
「え?」
「おにーちゃんは、百ぱーせんとの確信を持って、この愛らしいいもーとこそがアリアさんのお財布をネコババないし紛失させたという容疑をかけようとしているのですか???」
「い、いや、そんなまっさかぁ。ハ、ハハ……」
うん、やっぱ失くしたのは俺だな。素直に謝ろう。
「ごめん、アリアちゃん。きみのお財布と有り金、たぶんどっかに落としちゃったっぽい――じゃなくて。
………俺が、失くしました。本当に、ごめんなさい……」
幾百幾千の想いを込めて、アリアちゃんに向かって誠心誠意頭を下げる。
しばしぽかーんと口を開けて目をぱちくりしていたアリアちゃんは、やがて、そんなお顔のままで小さく首を傾げた。
「……失くした? ……ぜのせんぱいが???」
「う、うん……。本当、ごめんね? あの、代わりに、あの、あっ。とりあえず、代わりにこれあげるね……」
言葉に窮した俺は、とにかくごきげんを取ろうと必死に頭を回転させた結果、何故か手にしていた脱ぎたてのブレザーを献上していた。いやなんでだよ、テンパりすぎじゃね?
そりゃあ、売れば多少の金にはなるだろうけど、だからといって男の古着なんぞもらって女の子が嬉しいわけ――ぐわしっ。
「もらった!!!!!」
「え?」
「もらった!!!!!!!」
「え、あ、うん。あげました」
「フひュッ。ふへ、ウへへぇ……♡」
何、その二次元堪能中のオタクみたいな、余人に見せちゃいけない笑顔……? 引っ込めかけた俺の手に飛び付くようにしてブレザーをもぎ取ったアリアちゃんは、まるで愛猫を胸に抱きしめるかのようなポーズで俺のブレザーにほっぺをすりすり、ご満悦。
なんだろ。男子にとって女子の制服が永遠の秘宝であるのと同様に、女の子にとっても男の制服って実はなんか価値が有るもんだったりするの? もしくは魔女っ子らしく、良い付与魔法が刻めそうな上等な衣服を貰えて超ラッキー☆ みたいな?
何にせよ、財布紛失の件なんてすっかり頭から飛んじゃうレベルでお喜び頂けた様子なので、これにて一安心である。
「よかったですね、アリアさん」
「よかった!!!!! ……あっ。イルマちゃんも、一緒に吸お?」
「吸うてあなた、みーちゃんのお腹じゃないんですから……」
異世界にも有った猫吸いの概念に驚く俺を他所に、アリアちゃんに誘われたイルマちゃんが苦言呈しつつもいそいそと寄り添い、なんか二人して俺のブレザーに顔寄せてくんくんと匂いを嗅ぎ始める。
この娘達、いったい何をしていらっしゃるのでしょうねー……。痴女? 痴女なの? やっぱりあれね、この娘らには一度きちんと性教育とかそのへんの機微とかをお勉強させてあげないとアカンね。じゃないと、俺ばっかこんな恥ずかしい思い味わわされて不公平だもんっ!
でも、とりあえずは片付けておくべき案件が優先か。
「ママアリア――じゃねぇや、シャノンさん。ひとまず今日は、まだちゃんと話せてなかった『俺にさせたい仕事』とやらについて聞こうかなと思ってお招きした次第なんだけど、それって飯食いながらでも話せる感じの案件? それとも、きちんと襟を正して向き合わないとダメ?」
若干白い目で匂いフェチ娘共を見てたシャノンさんは、そのままの目でじーっと俺を見てから(なにゆえ)、やがて気を取り直したようにほんわか笑顔を浮かべて「んー」と軽く吐息を漏らした。
「そうねぇ……。私としては、きちんと真面目に聞いて欲しいとは思うけど、それはそうとゼノディアスくん、私あなたにおっぱい押し付けながら『はい、あ〜ん♡』」とかしてあげたいから席はあなたの隣でいいわよね?」
「本題前にまず性的な接待で骨抜きにしようとしてくるその頑ななポリシーは何なの? アルアリアの血統って、ほんと根っからの痴女な」
『だから痴女とか言わないで!?!?』
新旧アルアリアが声を揃えて全力で心外をアピールしてるけど、現状のキミ達に反論の余地は一ミクロンたりとも無いと思うんだ。
はあ、まったくやれやれだぜ……なんて呆れた風を装うことで性的な展開への熱烈な期待をなんとか冷ましつつ、俺はテキトーに引いた椅子にシャノンさんを座らせ、次いでアリアちゃんとイルマちゃんにも着席を促した。
結果。アリアちゃんとイルマちゃんに両脇を挟まれて若干窮屈そうなシャノンさんと、その対面に一人で優雅に座す俺という構図へ。ただこれだけだと男側が一人しかいない合コンみたいで俺が心細いので、亜空間から取り出した大きめサイズのクマさんぬいぐるみ二体(自作)を俺の両脇へ座らせた。よし、万全!
が、しかし。
「くま――」
アリアちゃんがぬいぐるみ見てちょっと物欲しげにぽそっと呟いたので、俺の右腕であったはずのクマ吉はアリアちゃんのお膝の上へプレゼント。
「あっ」
とイルマちゃんが若干不満というより羨ましそうな気配を漂わせる前に、我が左腕たるクマ助をイルマちゃんのお膝の上へフォウユー。
お目々をぱちくり瞬かせてきょとんとしている少女達を眺めながら、良い仕事した俺は額の汗を爽やかに拭う。やはりこの身はゼノディアス、愛する女の子達の笑顔のためならば服でも腕でも笑顔で献上してなんぼっちゅーもんよ。
ただ、こうなってくるとシャノンさん一人にだけ何もあげないというのは据わりが悪い。じゃあ何あげよっかな……と思考を巡らせ始めた俺の眼前、なぜかアリアちゃんとイルマちゃんが二人で仲良く俺のブレザー(元)をシャノンさんの肩へふぁさりと羽織らせてあげた。
謎の連携に巻き込まれて「え、あの……」とキョドるシャノンさんに、イルマちゃんとアリアちゃんが訳知り顔で頷いてみせる。
「今この空間は、おにーちゃん時空なので。この場にいる女の子は皆、おにーちゃんからの愛に平等に満たされなければならないのがルールなのです。ね、アリアさん?」
「んっ! ……あ、でもこれ、おかあさんにあげるわけじゃないからね? 成分抽出のためにこっそり持ち帰ってったりしたら、わたし、すごく、すっっっごく、本気で怒るからね。わかった?」
「え、えぇ……、そんな、成分抽出とか、しないわよぉ……。あなた、最新のアルアリアのくせして、由緒ある血統に自ら風評被害刷り込もうとするのはどうかと思うわよぉ……?」
「あ、我ちょっと予言していいです? シャノンさんは小一時間後には速攻で手のひらクルーさせて、『ゼノディアスくんの分泌物を貰えるまで絶対帰らない!!!』とか全力で駄々をこねる展開になると思います。ちなみにこの分泌物とは普通におにーちゃんの子種のことだったりするので、いやぁ、さすがはアルアリアっていうか」
『さすがの使い方おかしくなぁい!?!?」
あ、ツッコむ所そこなんだ。もっと何をさておいてでも真っ先に食い付くべき衝撃的なワードがあったような気がするんだけど、俺の狂った願望が聞かせた幻聴だったのかしら?
まあ、そうよな。幻聴よな。ゼノディアスくんったら、実はお腹の空き過ぎで血糖値不足により意識があやふやになっているに違いないわね。あらやだ、こんな時こそとにかく飯食ってさっさと正気を取り戻さなくっちゃ……!!!




