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九話 にゃんにゃん!(隠喩)

「ただいまでーす――って、二人とも何してるんです……?」


 当然のように俺の部屋へ帰宅してきたイルマちゃんが、笑顔から即座に怪訝顔へと移行する。


 イルマちゃんに「おかえり」と声をかけようとした俺は、けれどアリアちゃんに速攻で「ちゃんと集中して」と怒られてしまい、素直に平謝り。ちなみに俺らが今何してるかっていうと、別段いかがわしい何某かというわけではなく、ただのカード遊びでただのババ抜きである。

 二人でババ抜き。つまりは速攻で持ち札が二枚VS一枚というアホな戦いになるわけなんだけど、こういうカード遊びをしたことがないというアリアちゃんへのチュートリアルとしてはむしろこのくらい簡単な方がいいかなってことで、軽い気持ちでひとまずやってみた次第。


 けれど、これがよくなかった。数字と絵柄の書かれた札の、組み合わせ、確率、乱数、そういった数学的思考に一瞬で思考が飛んでしまったアリアちゃんが、もう遊びじゃなくて完全に飢えたマッドサイエンティストの目つきで何度も何度も再戦を催促してくるのだ。

 いや、予想以上に食いついてくれたっていうのは嬉しいっちゃ嬉しいんだよ? でもどこまでも果てしなくコレジャナイ感がまじパねぇ。


 わきあいあいとした空気とは完全に無縁の、殺し合いでも始めそうな表情で俺の手札を睨みつけているアリアちゃん。喜べばいいのか泣けばいいのかわからない俺は、半笑いの涙目となりながらイルマちゃんに視線で助けを求めた。


 それに呆れ百パーセントの溜め息で応えたイルマちゃんは、すたすたとアリアちゃんに歩み寄って彼女の頭をぺしりと引っぱたく。


「あだっ!!? …………い、いるまちゃん???」


「折角密室でおにーちゃんと二人きりだったのに、あなた一体何やってるんですか……。そりゃ、もっといかがわしいことしとけとは言いませんよ? でも、アリアさんと楽しく遊びたかっただけのおにーちゃんがもう完全に泣いちゃってるじゃないですか。見てみなさいな、この情けない顔」


「泣いてねぇし」と意味無く強がる俺氏、声までわりと震えてたので咄嗟に口を噤む。


 だが時既に遅し。ハッとした様子でカードではなく俺の顔を久方ぶりに直視したアリアちゃんは、びっくら仰天したように目を見開いてのけ反ると、一転してカードをその辺にほっぽり出しながら俺に詰め寄ってくる。


「ごごごごごめんごめんごめんなさい、ごめんなさい、ぜのせんぱいっ!!!! わた、わたしっ、集中しちゃうと、そのっ、ぜんぜん、まわり、みえなく、あの、あのっ!!!」


「ああ、いや、いいよ。俺の予想した方向性とは違かったけど、そんなに集中するくらい楽しんでくれたんなら、俺も本望ってことで。な、イルマちゃん?」


「そこで無関係の我に話振る必要あります? せっかくおにーちゃんのためにアリアさんへ苦言を呈したというのに、肝心のおにーちゃんが『いや、いいよ』とか言ってしまったことで完全なる余計な口出しをしてしまった立場に貶められてしまった我に、おにーちゃんはこの上一体どんな気の利いたセリフを求めていらっしゃるのです??」


「腹掻っ捌いてお詫びしていい?」


「気持ちだけ受け取っておきます」


 受け取るだけで許しはしませんけれど、とそんな副音声が聞こえてきそうなイルマちゃんに気圧されて押し黙っている俺を捨て置いて、イルマちゃんはアリアちゃんの頭を雑に両腕で抱きしめて「はいはい、よしよし」とてきとーに宥めて落ち着かせる。


「はいはい、どーどー、はいどーどー。おーよしよし。おーおーよしよし」


「…………いるまちゃん、撫で方、雑ぅ……」


「生意気に不満言ってんじゃありません。――おにーちゃんの気持ちを無碍にしたこと、実はちょっぴりガチで怒ってますからね?」


「はらかっさばいてお詫びしていい?」


「あなた達の中で、我って割腹自殺フェチか何かなんです……? いいですよ、もう。二人とも許します。はい、この件はこれで終了!!」


 ハグを解き、完全に投げやりになって手をぱんぱんと叩くイルマちゃん。その宣言に従うように、アリアちゃんと俺は改めて向き直ると「ごめんね、ぜのせんぱい」「こっちこそ、ごめんね」と謝罪を交わし合い、そして今度は二人でイルマちゃんへと向き直ってぺこりと頭を下げながら唱和。


『ありがとう、いるまちゃん』


「……我には、ごめんじゃないんですね? いえ、どっちでもいいんですけど」


「いるまちゃんには、ごめんより、隙あらばいっぱいありがとうを伝えていきたいしょぞんです!! なんとなく!」


「あ、俺も俺も。なんかこう、イルマちゃんっていつも健気で献身的というかすごく尽くしてくれるから、申し訳ないことは申し訳ないんだけど、それより何よりまず真っ先に心の底からありがとうっていう気持ちが先に来る――」


「我、もう帰っていいです?」


『なんで!!??』


 せっかく俺待望のわきあいあいとした空気になったというのに、それをもたらしてくれた張本人が『清い川には住めねぇぜ』とばかりに死ぬほど居心地悪そうにしてる不思議。


 これはめちゃめちゃ歓待して引き止めねば……! と謎の使命感に燃えた俺は、志を同じくするアリアちゃんとアイコンタクトを交わすと、瞬時に行動を開始した。俺はテーブルの方行って接待用お食事の用意、そしてアリアちゃんは布団にがばりと潜り込んでお昼寝――いやなんでキミ寝ようとしてんの?? さっきのアイコンタクトは『食事の準備出来るまで寝てていいよ』じゃないよ???


「いるまちゃん、ほら、こっちこっち!」


 単に寝るわけではなかったらしい。アリアちゃんは布団をめくって自分の隣の空きスペースをぽんぽんと叩きながら、謎のドヤァ……! 顔でイルマちゃんをベッドへ誘う。


 予想外の行動と提案を受けて若干キョドったイルマちゃんは、俺とアリアちゃんをきょろきょろと見比べると、躊躇いがちに俺の方へ――向けかけた足から靴を脱ぎ、アリアちゃんの横へいそいそと潜り込む。


「いらっしゃ〜い♡ こんやは、ねかせねーぜっ!!」


「この痴女め」


「だからなんで!!?!」


 イルマちゃんにまで痴女呼ばわりされて全力でびっくらこいてるアリアちゃんだけど、キミはマジで一度きちんとした性教育というか情操教育を受けた方がいいと思う。あとわかってるか知らないけど、そのベッド俺のだからね?


 やっぱ、さっきの思いつき週末イベントは開催必須か……と思いながら食器を並べてた俺に、イルマちゃんが涙目のアリアちゃんと戯れながら言葉だけ放ってくる。


「あ、おにーちゃん。思いつき週末イベントの件ですけど、できれば日程ずらしていただいてもいいですか? あと、食事の用意を我々以外に一人分追加してもらえたらなぁと」


「うむ。いいかげん余計なことはツッコまないけど、追加で一人分? っていうのは、週末の食事の話? それとも、今?」


「今で。あと日程ずらしてほしいっていうのは、今夜ちょうどいい感じに時間あるので、『週末じゃなくて今日じゃダメですか?』と。あ、ちなみに追加メンバーはシャノンさんです」


「シャノン……、え、ママアリアさん??」


 いきなり予想外の名前が出てきたことに驚いたのは俺だけではなかったようで、アリアちゃんもきょとーんとしながら「おかあさん???」と俺以上に疑問符を浮かべていらっしゃる。


 そういやイルマちゃんって、アリアちゃん抜きでもママアリアさんと親交有るんだっけか? なんか不思議な感じするなぁ……というのはさておき。


 ママアリアさんか……。いや、べつにママアリアさんに思う所があるわけじゃなくて、俺、子持ち女性相手に性教育講座しなくっちゃいけないの……? ああいや、もしかして逆にママアリアさんから教育を受けようというお話か? でも確かママアリアさんって、自称処女で、アリアちゃんの実の母親ではないとかなんとか言ってたような……。


 布団の中でもぞもぞしてこちらへ向き直ったイルマちゃんが、へんてこな表情しか浮かべられない俺へさくっと補足を入れてくれた。


「シャノンさんを呼びたいのは、講師や生徒としてどうこうじゃなくて、別件で用事があるからです。

 ほら、シャノンさんからおにーちゃんに頼みたいことがあるっていう話、結局まだちゃんと出来ていないでしょう? それです、それ」


「ああ、そういや……。え、でもあれって今度の大戦で力を貸してくれーとか、エルエスタの正規総帥就任を後押ししてくれーとか、そういう用事じゃなかったの?」


「それがなかったとは言わないですけど、本題は別ですね。じゃあ本題は何だったのかっていうのは、おにーちゃん主催ニャンニャン勉強会の後とか合間にでもお時間を取ってもらえればなぁと」


「にゃんにゃん!」とアリアちゃんがめっちゃ瞳をキラキラさせてるけど、俺は「にゃんにゃん……」と謎の脱力感に肩を落としながら反芻することしかできなかった。にゃんにゃんて……。


 まあ、にゃんにゃんはともかくとして。ママアリア――シャノンさんを今日呼びたいっていうのは、たぶん、シャノンさんから橋渡し役を頼みまれたイルマちゃんとしては、できるだけ早く責任を果たしたいってところだろうか?

 俺と引き合わせた時点で契約満了してそうな気もするけど、イルマちゃんって責任感強いしワーカーホリックのケも有るから、シャノンさんと俺がきちんと『本題』について話し終えるまでは自主的にあれこれ世話を焼きそうでもある。


 んー。じゃあまあ、そうな。


「じゃあ、ママアリアじゃねぇや、シャノンさんも呼ぶとするかぁ。アリアちゃんも、どうせ飯食うならお母さん一緒の方が嬉しいでしょ?」


「え、べつに」


「………………………………………………………そ、そっか……」


 深淵一家の闇が深ぁいッ………!

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