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七話 コミュニケーションって難しい

 いやこれほんとどういう状況? 


 マイロッカーにいつの間にか入ってた果たし状byいもーとちゃんに命じられるまま、『そういや激辛メニューってなんだろ、タバスコで出来た池の一気飲みでもやらされんのかな』などと戦々恐々しつつ来てみれば、そこにあったのは池は池でも血の池でした。ちなみにその生産者は大罪人ゼノディアスくんではなく、なぜか無関係のレナ令嬢である。


 一応、もしこれだけなら、『おにーちゃんがよその女にうつつをぬかすから、こんな凄惨な事件が起きてしまったんですよ? フフフ……♡』という激辛すぎる精神攻撃かと思わなくもない。

 だが、レナ令嬢より結構な贔屓してたはずのモニカ閣下は血の池の横に無傷で立ってるから、なんで生贄がレナ令嬢の方なんだろうという疑問が残る。


 もしかして、ちょっと捻って、モニカ閣下を使って『お前のせいでレナ様がこんな目に!!』と俺を責めさせる算段か? と思って黒幕少女の反応を伺うも、なーんかイルマちゃんったら俺のことそっちのけでアリアちゃんとらぶらぶチュッチュ♡ するのに忙しいみたいで、待望のゼノディアス様ご登壇にまるで気付いてすらいねぇ。

 見ろ。もっとこの俺様を見ろォ!!! なんて朝礼中の校長先生みたいな魂の叫びは上げませんよ? なぜならこの身はゼノディアス、尊い百合の花園の守護神を自負する身ですのでね! ムフフ、やっぱり百合は尊いのぅ、めんこいのぅ♡♡


 じゃあどうしよ……。とりあえず、


「モニカ閣下、今ヒマ? よければ状況説明お願いしたいんだけど――あ、ちなみに『お前のせいでレナ様がこんな目にぃ!!』係だったりする? できればそれはやめてね、俺に効くので」


「………………………」


「…………閣下?」


 なんだろう。こっちを向いてくれたモニカ閣下だけど、両手を股の前で軽く重ねた貞淑な御令嬢ポーズのまま、軽く目礼してくるのみである。

 俺を責めるとかなじるとかの気配は感じないけど、なんだかそもそも俺との会話自体する気が無いっぽい――どころか、もしやこれ積極的に俺のこと避けてね? 礼してくれたはずのお目々が、気まずげに伏せられたままでスッと横へスライドしちゃったんですけど。


 ああ、また自分で気付かないうちに何か嫌われるようなことやっちまったのかな……と密かに傷付く俺に、ようやっとアリアちゃんのキス攻勢を『べりっ』とすげなく引き剥がしたイルマちゃんが声をかけてくる。

 ちなみに、この段になってもアリアちゃんはまだ俺に気付きもせずにイルマちゃんにご執心。見ろ、もっと俺を見ろォオ!!!


「おにーちゃん、我はいつもいつでもいつまでもあなたの全てをまるっと見てますのでご心配なく。自分のおタマのシワの本数とかとかなどなど、色々余さず報告してほしいです?」


「一生知りたくないないですです、その世界転覆級の極秘情報は貴女様の心の中だけにどうぞ留めておいてください」


「…………我が知ってる分には、いいのです……? ……いえ、これむしろすごく嬉しがっ」「モニカ閣下、改めて事情説明オナシャッス!!!!!」


 言わせねぇぜ智天さんよォ……!! そんな多次元宇宙全崩壊レベルの禁忌、それこそ口に出したらぜったいアカンやつなんやで? メッでしょ。メッ!


 ひたすらモニカ閣下だけを熱い視線で見つめ続けてたら、ようやくこっちを見てくれた閣下はしかし、すぐさま目を逸らす。逸らした先で既に半分死んでるレナ令嬢を目の当たりにして小さく唇を噛み、やがて意を決したように俺――ではなくイルマちゃんとアリアちゃんへ真っ直ぐな眼差しを向ける。


「…………あの、……上司……」


 今この娘、イルマちゃんのこと上司って言いおったぞ。そうか、貴様は裏世界に根を張るゼノディアス教団の尖兵ではなく、遍く闇を統べる陰の眷属ちゃんの忠実なる下僕ちゃんだったんだね……いやどっちも大して変わんねぇわ。


「ふむ」


 何事かを考えながらアリアちゃんの様子をちらりと横目に見たイルマちゃんは、ちゅー拒否られてしょぼーんしてた涙目アリアちゃんの頭を半笑いで撫でながら、モニカ閣下へ声だけ寄越す。


「……まあ、いいでしょう。正直、今回のアクシデントは我としても想定外でした。『眼前に垂らされた希望の糸』に飛びつかなかった貴女の誠実さと聡明さも考慮して、今回は特別におにーちゃんへの嘆願を許可します。

 あ、ついでにおにーちゃんのオーダー通り、良い感じの状況説明もしといてあげてくださいね。ちなみにこれ査定対象ですからね、気張ってがんばってくださいね、我はアリアさんと遊んであげるのに忙しいので全部任せましたよ部下っ!!」


「………上司……、………いえ、有り難うございます」


 ぱっと笑顔になったと思いきや、若干じっとりとした白い目を向けたり、けれど結局何かを堪えて飲み下すように頭を下げたり。

 そんな忙しないモニカ閣下だったが、やがてスッと背筋を伸ばすと、俺に向かって静かに口を開いた。


「ある――じゃなくて、ゼノディアス様」


「うん、あるナントカじさまじゃなくてゼノディアス様だね、よくできました。で、何だい?」


「…………誠に心苦しいのですが、もしできましたら、少しばかりお願イヒッ」


 なんかアリアちゃん方面から不穏な魔力の波動が飛んできて、ビクンと痙攣するモニカ。


 アリアちゃんが見てる。すげぇこっち見てる。遥かなる【深淵】の水底からこっち、ってかモニカ閣下をガン見してる。え、なんで権能発動してんの……?



「おまえ」



 なんだか一瞬アリアちゃんの可愛いお口からは未だかつて発せられたことのないはずの二人称が飛び出てきた気がしたけれど、イルマちゃんに頭をわしゃわしゃ撫でくり回されてるうちに段々お気を鎮めていき、やがて超不満そうにぷぅっと頬を膨らませつつも【深淵】は解除してくれた。

 ただ、何故かこっちをガン見したままなんですけどね……。フフ、何がなんだかよくわからんけどすこぶる怖ぁい……。


 か弱き少女のモニカ閣下に至っては俺以上にガクガクガタガタ震え過ぎて震度10くらい超えてそうだったけど(流石に怖がり過ぎでは?)、それでも閣下はなんとか平常を装い、気丈にもアリアちゃんをきちんと視界に入れたままで俺へと改めて向き直った。


「………あ、あらためっ、ま、して、ゼノディアッフぅさま……」


「そう、この俺こそがかつてゼノディアスと呼ばれし現ゼノディアッフぅ様さ。で、お願いがあるんだっけ? 少しだけ深呼吸してから、落ち着いて言ってごらん?」


「……ふぅ、………ふぅぅ……。…………ゼノディアス様。お名前を幾度も間違えてしまい、たいへん、申し訳ありませんでした……」


「や、ごめん、変な茶々入れてマジごめん。気にせず本題どうぞ?」


 モニカ閣下が真面目すぎな上、俺がふざけすぎた……というのは勿論あるんだろうけど、それより何より、閣下がアリアちゃんの目をめちゃめちゃ気にして迂遠だったり躊躇ったりな感じなので中々本題に入れない。

 何をそんなにビビっとるのやら……。ほんと、マジで何あっ―――――、


 …………あー。うん、そゆことね、うん……、…………うん……。


「よし。主さま!!!」


「待て、キサマなぜそこに回帰した」


「だって、これが一番言いやすいんですよぅ……!!」


「ああ、わかった、わかったから泣くなよ……。もう主さまでいいから、でお願いだっけ? なあに?」


「……レナ様をっ……、レナ様をどうかお助けくださいぃぃ〜〜!!!」


「………………ああ、うん。それなぁ……」


 まあ、『お願いってこれかな?』となんとなく予想していた範疇の事ではある。むしろド真ん中ストライクと言ってもいい。だがしかし、あまりに荒ぶってるアリアちゃんが気になり過ぎて、本当にレナ令嬢をお助けしていいものか躊躇してしまう。



 さっきようやく気付いたけど、この達磨with血の池地獄、たぶんアリアちゃんの所業なんだよなぁ……。さっきっていうか、よくよく『視た』ら今尚アリアちゃんの魔力で何かしら干渉し続けてる気配だもん。これ、完全にレナ令嬢とアリアちゃん敵対してるでしょ……。

 いくら女の子達の間に挟まりてぇ〜という赦されざる大望を捨てきれない大罪童帝ゼノディアス陛下とはいえ、血風舞い散るキャットファイトの渦中へ引きずり込まれるのは流石にノーセンキューである。


 なのでここはほんとだったら男子禁制・俺ノータッチでいかせていただきたいのだが、この場に集った意味有りげなメンツや『我にとっても想定外のアクシデント』発言からして、これたぶん、俺を殺す激辛メニューの調理にしくじってこんなことになってるんじゃなかろうか? もしかして。


 つまりは、俺も当事者。たとえこの予想が外れたとしても、イルマちゃんの失敗もアリアちゃんの罪も過去未来現在問わず俺が全部強奪してやる所存なので、やっぱり俺は当事者。



 なので俺は最終的に、うちの娘達がどーもすみませんねぇウフフなんてやんちゃ姉妹の母親的愛想笑いを浮かべながら、モニカ閣下の手の中にお詫びの品をそっと握らせた。


「とりあえず、これどうぞ」


「…………え、これ……っ、まさか!!?」


「たぶん、そのまさかかな」


 所属がゼノディアス教団であろうがイルマちゃん配下の暗躍部隊であろうが、俺がこんな場面で取り出す小瓶の中身がどんな類の物であるのかっていうのは、やはり予想はつくだろう。


 主神さまに願いを聞き入れられたモニカ閣下は、飛び跳ねんばかりの驚愕と歓喜を露わにし――、しかし一転してずぅぅぅんと重苦しく項垂れながらアリアちゃんの様子をちらちらと伺う。


「あ、あの、これ、本当に、よろしいのですか……? だって、その……」


「問題ない」


「え、だって」




「状況説明を聞いた後で納得できなかったら、今度はアリアちゃんじゃなくて『俺』がレナ令嬢を芋虫にするから」




「…………………そう、ですか」


「うん。そう。……アリアちゃんも、そういうことでいい?」


 モニカ閣下を、ではなく小瓶の中の薬品を食い入るようにじーっと見ていた探究心旺盛な魔女さんに声をかけてみたら、完全に上の空の生返事で「ヨキニ」と返ってきた。え、ヨキニ??


「よきにはからえ」


「あ、ヨキニってそれなの……というかその無駄に尊大な言い回しは何?」


「おばあちゃん語録」


「秒で納得する話だったわ」


 真似してはいけない人の真似してはいけない部分をばかりをキラキラの笑顔で貪欲に吸収したがる、そんな深淵さんの困ったちゃんな気質も含めてなァ!!


 まあ、とりあえずアリアちゃんからもOKが出た、というか彼女はもはやモニカ閣下もレナ令嬢も眼中になくておクスリだけに興味が行っちゃってるのがこの上なく明白だったので、閣下はしばし躊躇したもののすぐさまレナ令嬢の救急救命へと急ぎ着手する。

 アリアちゃんの気が変わらないうちに早く……ということではなく、単に臨床実験を急かす熱烈な眼光に押し負けただけだろう。モニカちゃん、不憫な子……。




「ところで、頭脳自慢の智天さぁん?? なんだか想定外のアクシデントがあったみ」


「おにーちゃん」


「あ、ごめん。やっぱなんでもない」


 もののついででいもーとちゃんをからかおうとしたら、笑顔で圧をかけてくるでもなく普通に『できれば触れないでください……』みたいに神妙な雰囲気を出されてしまったので、俺は速攻で台詞の続きをゴミ箱へとブン投げた。


 虐めるよりも、護りたい。


 ゆえにこそのこの選択だったのだけど、俺の気遣いを受けたいもーとちゃんは何故か神妙通り越してすっごく気まずそうな顔で俯いてしまったので、コミュニケーションってやっぱり難しいなって思いました。

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