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七話前・2 アポカリプスサウンド

 伯爵令嬢モニカは思った。今私は、いったい何を見せられているんだろう。


「おーっほっほっほっほ!! オーッホッホッホッホ――えふっ、ぅっ、げふ、んんっ……、おーっほっほっほっほ!! オーッホッホッホッホォオ!!!!」


「ひぇえぇ、ひぇえ……、ひぇぇぇ、……びぇぇぇぇぇん……! びぃぃぃぃぇぇぇええええん………!!!」


「あわわですぅ〜♪ はわわですぅ〜☆ あわわぁ〜はわわぁ〜えぇ〜ん、ぅえぇぇぇ〜ん♪♪」


 人気の絶えた、茜色に染まる夕暮れの旧校舎裏。


 無駄にビブラート効かせたせいで若干喉を痛めつつも、渾身の高笑いで威圧してマウントを取りに行く侯爵令嬢レナ=リィンダーナ。

 それに素直に威圧されてぷるぷるガタガタ震えながら縮こまり、とうとう感情のタガが外れてガチの大泣きを始めてしまった〈深淵の魔女〉アルアリア。

 ……そして、そんなアルアリアと仲良く手を取り合いながら、実にキラッキラの笑みでド下手クソ過ぎな泣き真似……泣き真似……? 推定泣き真似を披露する、〈智天〉のイルマこと大悪魔上司。


 レナの一歩後ろに侍って事の推移を見守っていたはずのモニカは、更に一歩、そしてもう一歩距離を取り、おまけにもう一歩後ろへ引いて、いつでも爆速で他人のフリをカマせる位置取りをキープしながら楚々とした立ち姿とすまし顔を取り繕った。


 いかなこの場をセッティングした実行犯であるモニカとはいえ、眼前で繰り広げられる混沌歌劇団の三文芝居には『ないわー……』以外の感想がちょっと出てこない。

 唯一、本気で怯えているらしいアルアリアに対してはさすがに罪悪感がじくじくと刺激されるので、そこは後でしっかりとお詫びはする。だがお詫びも謝罪も『後で』の話であると割り切って、モニカは今は何も語らず、軽く目を伏せてレナに場の主導権を委ねた。


「おーっほっ、はぁ、はぁ……、ほっほっ、ふぅ、ふぅ……、ふぅぅぅ…………」


 高笑いし過ぎて息切れ起こしながら酸欠併発しかけていたレナは、賢明にも倒れる前に深呼吸し、どうにか平常心を取り戻す。

 そしてすかさずまた荒ぶりながら、レナは手にした扇子の切っ先を『ビシッ!』とアルアリアの鼻先へ突き付けた。アルアリア、「ヒッ」と息を呑んでご臨終。アーメン。


「貴女っ!! そんなに大袈裟に泣かれたら、まるでこっちが悪者みたいではありませんかっ! さっさとそのわざとらしい嘘泣きを引っ込めなさいッ!!」


「えぇぇ〜?? 我ってばとってもとっても純心可憐なすーぱー乙女☆ なので、嘘で涙は流せませんよぅ♪ 怖いよぅ〜おそろしいよぅ〜、あわわぁはわわぁびえんびえ〜ん♡」


「っ、貴女は嘘泣き以前にその戯けきった性根をなんとかしなさい!!! なんですの、その他人を嘲笑って小馬鹿にして屈辱死させるのが生き甲斐みたいな舐め腐った態度は!!!」


 余談だが、この時モニカは心の中で人知れずブンブンと首肯しながらエア拍手を贈っていた。『よくぞ言ってくれた!!』と、全霊のスタンディング・オベーション。


 そんな余談を当然のようにまるっと見通していた大悪魔上司は、命知らずな部下をひと睨みして「ヒッ」とご臨終させると、代わりにアルアリアの肩を抱いて揺すって賦活を試みながら、お目々うるうるの泣き顔でレナと対峙する。


「ひどいですよぅ〜。メンタル虚弱でフィジカル脆弱な人畜無害のアリアさんをそんな高圧的な態度で大号泣からの瀕死に追い込んでおきながら、いったいどの口が他人の性根の醜さを語ってるんですぅ〜??

 ちゃんちゃらおかしい〜、ツラの皮が厚い〜、化粧もお厚い〜ぷーくすくすゲラゲラげらげら!!!」


「ピィィィギィィイイイイイイイイァァアアアアア!!!!!」


 人語を忘れるレベルで発狂しながら絶叫し、大地を踏み砕かんばかりに地団駄踏みまくるレナ。だが、人への暴力行為を忌避する程度の理性はかろうじて残っているようで、これだけ煽られても未だビンタの一発さえ繰り出してはいない。

 とはいえ、大爆発はもう目前だ。そして、その運命の刻をいつ迎えるのかを決める匙は、すっかりイルマによって掌握されきっている。


 ……と、そこまで現状を正しく理解したモニカは、もう無駄な抵抗を諦めて心穏やかに微笑んだ。

 大悪魔上司からはこの後のプランについて特に聞かされていないが、これだけ執拗にレナの側から手を出させようとしていることから、狙いの幾つかは予想が付く。


(レナ様による暴力行為の現場を第三者に目撃させることで、ゼノディアス様を狙う鬱陶しいメス豚ことレナ様を合法的に牽制・或いは排除。と同時に、事件を大事にしないことを取引材料として、レナ様を己の手駒とする。

 ……そこまではまだ何の捻りも無いけれど、おそらくこの話は、『事件の目撃者役を「無関係の第三者」ではなく「何も知らないゼノディアス様」にお任せする』事こそが最大の要訣。

 客観的な証人としての価値は損なわれるものの、これがレナ様にとって最もダメージが大きい展開であり、逆にイルマ様とアルアリア様にとっては、ゼノディアス様から更なる過保護と寵愛を引き出すという望ましい結果へ繋がる……)


 そこまで考えて、モニカはちらりと上司へ目線を送る。それに対して一瞬だけニンマリとした笑みが返ってきた事により、モニカは自分の推測が正しいことを知った。


 ――どうやら自分は、上司の求めるラインの有能さは無事に示せたらしい。それに、殊の外レナ様との絡みを愉しんでいらっしゃる様子なので、この分ならば『荒唐無稽とも言える最悪の予想』は現実のものにならずに済みそうだ。


 ここでようやく安堵することができたモニカは、小さく胸を撫で下ろし、若干緩んだ気持ちで傍観者へと戻る。

 ……上司が見せた満足げな笑みの理由が、事態を看破出来たことに対してではなく、『荒唐無稽な最悪の事態』を可能性のひとつとしてちゃんと想定できていたことに対してのものだとは、夢にも思わずに。


 だがまあ、可能性はあくまで可能性のまま終わるというのは、イルマもモニカと同意見だったので特段の問題は無い。


「殺ス!! ブッ殺して差し上げますわ、この気色悪い幽霊女がぁあ!!!」


「……ゆ、幽霊……?」


 モニカが思考を巡らせていた間にも、一方的過ぎる舌戦を繰り広げていたイルマとレナ。本人が気にしている細かいシミやそばかすを指摘するというわりと酷い暴挙に出ていたイルマへ、ぞっとするほど白い肌に対する中傷返しがヒットし、思いの外有効打。


「これ、異能の副作用のせい……」とかなんとか言い訳しようとしていたイルマだったが、それを「お黙りっ!!!」と遮って、とうとうお怒りゲージの振り切れたレナによる無意識のビンタがいよいよ繰り出される。


 大きく右手を振り被るレナ。ニタリと小さく嗤うイルマ。呆れと諦めの溜息を吐くモニカ。

 なんだか約一名忘れられているような気がしつつも、事態はつつがなく予定調和の路線を辿り――、



 バヂッ、と、快音には程遠い嫌な音が周囲に響き渡る。



(あ、扇子)


 三人が気付いた時にはもう遅い。うっかり扇子を握り締めていたレナによる、鈍い刃物での殴打がイルマの頬を直撃。レナの思考を読んでビンタに備えていたイルマはうっかり予想外の痛みを食らって怯み、モニカも腫れとは異なる鮮烈な『赤』の色彩を目にして思わず息を呑む。


「……………痛っっ、たぁぁぁ〜…………。えぇぇ……、さすがに、流血沙汰は、ちょっと…………、ご勘弁っていうか……」


「え、あ、う、う……」


 他人には容赦ないくせしてなにげに痛みに弱かったイルマが、自らの頬から流れるそれをそっと指先で拭って確認し、消え入りそうな素の震え声でどうにか憎まれ口を叩く。


 あきらかに強がりとわかるそれや、先程までの嘘泣きの時には微塵も見せなかったはずの涙が、レナに激しい動揺と動悸と挙動不審を齎す。


 しかしおそらく、この場で最も動揺していたのはモニカだった。


(上司、さすがに身体張りすぎでは?? 流血までは想定外だったにしても、ビンタは普通に受けるつもりだったみたいだし……。てっきり、ジャストタイミングでゼノディアス様を召喚して護ってもらい、自分はノーダメのままでレナ様をオーバーキルするつもりだとばかり――)


 ――ああ、そうか。と、モニカは一転して思わず納得してしまった。


 そう。ゼノディアス様に直接暴行現場を見られては、齎される効果があまりに過剰過ぎるなのだ。それこそ、モニカが荒唐無稽と切って捨てた『最悪の可能性』が現実のものになりかねない程に。


 だからきっと、この上司はなんとでも言い訳がつくように状況証拠のみを用意しようとした。

 もし頬が不自然に腫れていても、上司自身が『転んだ』等と頑として言い張れば、実際の所を目撃していないゼノディアス様ではそれ以上の追求は不可能。そうして、ゼノディアス様の疑惑の眼から庇うことで恩を着せ、同時に弱味も握ることで、正負の両面からレナを縛って下僕なり玩具なりへと堕とす……と、そういうプランだったのだろう。


 まさに悪辣……! いったいどれだけ性格が悪ければ、そんな発想が出て来るのか! まさに大悪魔、狡猾にして卑劣ッッ! いよっ、さすがは我等がクソッタレ上司イルマ様!!


「……まさにその通りのプランではあったんですけど、あなた、普段我を一体どんな目で見てるんです……?」


 若干ガチでショックを受けてるっぽい上司から、瞬時に顔を背けて何食わぬすまし顔。モニカちゃんは、とっても賢明な少女なのであった。


 ともあれ。幸い、未だにあわあわおろおろしているレナは上司と部下のやり取りに気付いておらず、多少の想定外は有ったものの計画は今尚進行中。

 ここからは、程無くこの場に姿を現すであろうゼノディアスを待つばかり――だったのだが。






「………………………くひっ♪」






 不意に響き渡る、何者かの楽しげな笑い声。


 それはまるで、原型を留めぬほど壊れ尽くした楽器の弦を無理矢理爪弾いたような、生理的嫌悪を強制的に掻き立てる――終末の音色。


 レナが凍り付き、モニカが震え、そしてイルマがぽかんと呆ける。

 そんな三者三様の反応の中。終焉を奏でし深淵の主は、無垢な笑顔でくひひと笑う。









 さあ、惨劇を始めよう。

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