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七話前 我が来たッッッ!!!

 本日の授業をつつがなく消化し終えたアルアリアは、クラスメイト一同が担任教師と別れの儀式をしている様を他人事のようにぼんやりと眺めていた。


 起立して、礼をして、『有難う御座いました』と唱和する生徒一同&教師。

 しかし、その中にアルアリアは含まれない。何故ならば、何故皆が一糸乱れぬ動きで起立したのか、そして何故統率の取れた動きで一定の角度へ上体を倒したのか、更には何故合図も無しに『アリガトウゴザイマシタ』などと声を揃えて唱えることが出来ているのか、アルアリアはそれらの疑問一切に合理的な意味が見出せなかったから。

 結果アルアリアは、このヒトガタをしたナマモノ達が一個の意識体によって支配された端末群である可能性を真面目に考察しながら、微動だにせずに椅子に座り続けたままで帰りの会をいつものように終える。


 ちなみに、そんな我が道を往き過ぎているアルアリアを、クラスメイトも教師も誰も注意しない。

 嘘か真か天下の【魔女機関】に縁の有る魔女様に、たかが一般人が物申せる筈もない……と萎縮して見ないフリを選択している者は、教師を含めた少数派。では大多数の生徒はどうしているのかというと、アルアリアを構成する諸々の要素から『虐めていいはみ出し者』として認定し、現在は完全シカト派or遠巻きに嘲笑派の二大派閥に別れている。


 幸い、まだ私物を隠したりバケツの汚水をかけたり等の実害の出る段階までは至っていないが、そういった事態が現実になるのも時間の問題であろう。



 ――まあ。それは、このままアルアリアサイドが何もアクションを起こさなければ、の話だが。



「アリアさん、この我が来たぁッッッ!!!」


「あっ、いるまちゃん! わぁい、いらっしゃーい♪♪」


 まだ教師すら退室していないオールキャスト揃い踏みの教室へ、『すぱぁん!!』と戸を開け放って颯爽と登場した他クラスの女子生徒。


 飛び跳ねんばかりの勢いで立ち上がって喜色全開となるアルアリアと、そのあまりの勢いの良さに若干半笑いとなりつつもしっかりと手を振って応える闖入者。

 目を白黒させながら二人の顔を見比べた若手女性教諭は、面倒を嫌って一瞬このまま素通りしようかと思ったが、闖入者の方がまるで――根拠のない妄想だが――通せんぼをするかのようにずっと戸の所に立ったままであったため、仕方なく声をかけた。


「……こら、貴女。確か、二つ隣のクラスの子でしょう? 自分のクラスの帰りの挨拶はきちんと済ませて来たの?」


「はっはー!! そんなもん秒でブッチだぜ、イェーイ!!!」


「いぇーい!!! ふぅー!!」


 闖入者が満面の笑みでアルアリアにピースサインを送れば、アルアリアはそれに歓声を兼ねた合いの手とダブルのピースサインで返す。

 だめだこいつら、あまりにもフリーダムすぎる……!!


「……あのねぇ、貴女。ここを何処だと思ってるの? ここはね、社会に出る前に集団生活のなんたるかを学べる、とっても貴重な場なの。貴女みたいに勝手ばかりしてると、貴女自身の為にもならないし、何より周囲の真面目な生徒達が迷惑する――」




 ――瞬間。空気が、変わった。




 それまでアルアリアとへらへら笑い合っていたはずのイルマが、途端に口の端以外から笑みの気配を完全に消滅させ、真っ直ぐに女性教師を見つめる。


「いやぁ、流石、クラス全員一丸となっての虐め行為を推奨していたお方は中々言うことが違いますね。我、うっかり感服いたしました」


「…………推奨、なんて……っ、い、いえ、虐めって貴女、そんな根も葉も無い中傷を広めようとして、一体何のつもり!!?」


「はー。そう来ます? やー、これは思った以上の逸材ですねぇ。なんだかおもしろくなってきちゃったんで、ここは敢えてもうちょっと生かしといておこーっと。アリアさん、そういうことでも構いませんか?」


「よきにはからえ!! ………ところで、いじめとかイツザイとか、これ何の話?」


「なんでしょうねー。そんなことより、我とアリアさん宛てにちょっとしたお呼び出しがかかっているので、ちょっとこちらへご足労願えます?」


「わかった!! あ、じゃなくって、よきにはからえぇ!!!」


「……マイブームなんですか、それ……?」


 何の疑いもなくとっことっこと独特のリズムで駆け寄ってきたアルアリアを、しっしっと追い払うような手付きで室外へと誘導するイルマ。


 目的地も聞かないまま、どこまで行けばいいかもわからないままに地平の彼方まで歩いていきそうなローブっ娘。その底抜けに楽しそうな後ろ姿をしばらく半笑いで見送ってから、イルマ改めて女性教師へと向き直る。


「ミス・バチスカーフ……、いえ、『ミセス』・バチスカーフとお呼びしたほうがいいですか?」


「―――――なん、で」


「ああ、まだ籍は入れていないのでしたか。そうですよね、仮にも貴族の末席に名を連ねる御令嬢が、国籍も定かではない流れの商人を婿に迎えようというのです。根回しには相応の準備と時間が要るのは当然でした。それに貴女にとって『最大の懸念』も未だ解消の見通しが立ってない以上、今のは我のうっかり勇み足でしたね。なので、どうかお気になさらず」


「―――――――――へぁ」


 がくん、と女性教師――バチスカーフの膝から力が抜け、感情ぐちゃぐちゃの悲痛な悲鳴と共にぺたんと尻餅をつく。


 その様をただただ無表情に眺めていたイルマだったが、ふと、小さく眉を顰めながら思い出したように小言を言い放つ。


「お体は、きちんと大事になさった方が良いと思いますよ。






 ――両親を説得する上での最大の障害とはいえ、意図せず『流れて』しまうのは、貴女も彼も本意ではないでしょう?










 まして、『一人目』の時、あれだけ後悔した貴女ですから。











 ね?」










「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――」


「うるさいなぁ」


 目を剥いて涙を流しながら喉を掻きむしる、そんな一目見て異常と判断できる女の慟哭の声を『うるさい』の一言で一蹴。


 異常を超えし異常を目の当たりにしてすっかり固まってしまった少年少女達へ、イルマは心底めんどくさいといった溜息を吐きつつも、気を取り直して問いかける。


「さて。我ととってもとっても仲良しなアリアさんに、何か酷いことをしようと思ったことのある方、はい正直に挙手ー」


『…………………………』


「ありゃりゃ、だんまりですか。正直にって言ったんですけど……、まあ今回は目を瞑るとしましょうか。めんどいし」


 めんどい。


 ただそれだけの、一時の気分の問題により、この場の数十名の人間の生存が気まぐれに許可された。


 それを、傲慢だと非難する声はない。それを、不服だと、不満だとさえ、誰も言わない。


 物言わぬ木偶の坊と化したつまらないおもちゃ達に、イルマはもう一言だけ付け足して、さっさとアリアの後を追うことにする。


「無視や遠巻きな嘲笑まではギリ赦すってかむしろ推奨しますけど、さすがに直接的に身体や器物へ害が有った場合はギルティです。

 その辺の塩梅は、各々勝手に考えろやおらー、ってことでではではばいばいびー☆」


 星でも飛びそうな愛らしいウインクを最後に、ようやく招かねざる闖入者はその姿を消した。




 慟哭と、沈黙と、戦慄と――、恐怖と、『畏怖』を、その場の全員に深々と植え付けて。

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