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六話半 モニカちゃんはもう信じない。

 午前中の授業終了と共に、合同魔術実技の時間も終了。

 序盤以降はわりと普通に指導してくれたゼノディアスへと、最上級のお辞儀で謝意を伝えたレナ。別れの挨拶を済ませた彼女は、特段絡みのなかった男子達には一瞥もくれることなく、親友モニカだけを侍らせて目的地へ向かう。



 ――着いた先は、背の高い木々に囲まれた、どこか陰鬱な気配の満ちる旧校舎裏。

 旧と付くだけあって既に一線を退いて久しいこの老いた建物には、待望の昼休憩にはしゃぐ生徒達の熱気も歓声もほぼ無縁。時折、どこかへ近道しようとした生徒が偶然通り過ぎることくらいは有るが、精々その程度だ。


 そんな知る人ぞ知る密談向けスポットに陣取ったレナは、校舎の壁に背を預けながら腕組みし、扇子で口元を隠しつつ鋭い目で周囲を睨む。

 前よし。右よし。左よし――訂正、左方の彼方からこっちに来かけた女子生徒AとBを眼光によって迎撃……成功。改めて、左もよし。


 眼力ひとつで人払いを済ませ、レナは早速、傍らにそっと立つ親友に問う。


「……貴女、どう思う?」


「……あの、質問がちょっと漠然としすぎていて、なんとお答えしたらいいのか少々困るのですけれど……」


「ああ、ええと、そうよね。ごめんなさい。だから……、その……、………えっと……」


「………。『ゼノディアス様は、もしかして、世界の安寧を脅かす危険な存在なのではないか?』。『彼の力の本当の怖ろしさに、大聖女や魔女機関は気付いているのか?』。

 ……そして、『もし気付いているのだとしたら、ゼノディアス様に寵愛を注がれている「イルマ」と「アルアリア」という少女達は、もしや……』と、ひょっとしてそんな所ですか?」


「…………貴女、流石に察しが良すぎじゃありませんこと?」


「カンペで、ある程度は予習済みなので」


「……かん? ぺ……?? ま、まあ、とにかくわたくしの言いたいことは、おおよそ察して頂けているということでよろしくて?」


「まあ、はい。一応は……」


 なんとなく反応の悪いモニカの態度を若干不思議に思いつつも、ひとまず肯定は得られたので、レナは気を取り直して話を続ける。


 ……折角取り直したはずの気を、即座に怒気へと染めながら。


「とりわけ問題なのは、やはり例の二人ですわね……。

 最初から、おかしいとは思っていたのです。あれだけ女性はおろか人間そのものにろくすっぽ縁の無かったゼノディアス様が、ある日突然別人にでもなったかのようなあの溺愛っぷりですもの!!

 大方、あのイルマとアルアリアなるぶりっ子達は、ゼノディアス様の力を狙って聖国や魔女機関から送られてきたハニートラップ要員なのでしょう!?? 絶対そうに違いないわ、あの腐れビッチ共めがぁ!!!!」


「ちょっ、ちょっと、レナ様!!? どこで『誰が』聞いてるかわからないのですから、もっと穏便に、堪えて、堪えてっ!!」


「ふぎぃーっ、ピギィーッ!!! フーッ、ふかーッ!!!!」


 ……その後、人語を忘れて荒ぶるレナをモニカが全力で宥めに宥めて、約五分が経過。


 ようやく多少の落ち着きを取り戻してきたレナに、モニカは『ここしかない!』と秘蔵の一手を打ち放つ。


「そんなに荒れ狂うほど彼女達が憎いなら、やっぱり一度『ガス抜き』しておきましょう? このままだと、そのうち私のいない所でうっかり大爆発させそうで恐ろし過ぎます……」


「………………。じゃあ、やるぅ……」


「はい、かしこまりました」


 暴れ豚化――訂正、駄々っ子化の後遺症で幼児退行起こしてそうな気配のあるレナに軽く苦笑しつつも、モニカは『これでようやく言質は取れた』と内心で安堵の溜息を吐く。



◆◇◆◇◆



 そう。既にレナ自身が勘付いていたように、モニカは、レナが『わるいこと』に手を染めるよう積極的に誘導していた。



 より具体的に言えば、レナがイルマとアルアリアに直接的な危害を加える展開へ持っていこうとしていた。



 ……といっても、イルマやアルアリアへ本当に害を為すことや、或いはレナを陥れることが目的という訳ではない。

 むしろその逆で、レナを最小限の被害で護り、同時にイルマとアルアリアに利益を齎す、それこそが真の狙いである。


 聖天八翼下部組織、『羽』。その中でも〈智天〉のイルマ直属部隊に属しているモニカは、この血も涙も情も容赦もない超大悪魔上司から、とある極秘司令を受けていた。



『もし、貴女の親友であるレナ=リィンダーナが、ゼノディアスやその周囲に直接的な害を及ぼそうとする言行を少しでも見せたなら。その時は、彼女の背中を全力で後押ししてあげてください。


 ――無論、彼女の悪意や害意の対象が、この「我」であったとしても、です』



 モニカはまるっと理解した。


『この上司、鬱陶しいボヤにわざと薪くべて盛大にキャンプファイヤーして遊んでから、飽きたら自分の手で何もかも跡形もなく消し飛ばす気だ……!!?』と。


 やる、この上司ならそれくらい鼻歌交じりに絶対やる。ほんのちょっと前に似たようなケースの中で『運良く残った燃えカス』として気まぐれに拾い上げられたモニカが言うのだから間違いない。


 そんな放火魔に目を付けられてしまった以上、レナはもう人間キャンプファイヤー不可避。モニカに出来ることといったら、放火魔上司が戯れにお目溢ししてくれるラインを見極めながら、なんとか親友の火傷が最小限に収まるよう立ち回ることだけ。


 つまりは、そんな思惑の行き着いた先が、苦し紛れの『ガス抜き』という案なのである。

 レナを想定よりガス充填率低めの段階で早期に焚き付けることにより、上司をある程度納得させられるだけの火事は起こしてみせつつ、燃えカスだけはなんとか残るようにコントロールする。

 これでとりあえず、レナも、そしてモニカも、最低限命だけは繋がるはずだ。


 …………きっと。…………たぶん……。



◆◇◆◇◆



「モニカ? ……どうかしまして?」


「……いえ、なんでも。それでは早速、軽く打ち合わせを始めましょうか……」


 大丈夫、と。きっと大丈夫、と。心の中で何度もそう繰り返すたびに、自分が何か致命的な見落としをしているような、得体の知れない不安が押し寄せてくる。


 だが、それでも。モニカはただただ、自分を拾ってくれた時の上司の気まぐれな優しさや、ゼノディアス様と絡んでいる時の上司の無邪気な笑顔を信じて、最良と思える道へレナと共に一歩踏み出す。



 ――あ、信じるもの完全に間違えた、と速攻で後悔しながらも。

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