六話裏 舞台裏のてんやわんやていていっ
ガラス張りの巨大な天蓋に覆われた、明るくキレイでハイソな屋内実技演習場にて。
お空へびゅいーんと伸びていった漆黒の輝きを遠くに仰ぎながら、大聖女レティシアはのほほ〜んと笑いながら頬に手を当て、「まあ」と小さく感嘆する。
「おとうと様ったら、今日はいったいどんな神敵を抹殺せしめたかしら……。ヤブ蚊? それとも、そこらの男子?」
その独り言を漏れ聞いたシュルナイゼは、パートナーの某下級生女子に魔術の指導をするフリをしていた手を止め、やつれたような顔でお空の穴とレティシアを見た。
「蚊と男子を同列に語るんじゃない。お前、それでも本当に聖女か?」
「おとうと様の煌めきの前には、聖女も虫も男子も未だ見ぬメス豚も全て等くゴミですが?」
「『ですが?』じゃねぇよ、あとさらっとメス豚専用枠増やすなよ」
「はぁぁああああん??? むしろ、メス豚こそが神最大の怨敵どぅえすがぅあぁぁぁ?????」
「おーい、イルマちゃんとアルアリアさーん。ちょっとこの全力で引っ叩きたくなる女子生徒無差別殺人予定犯(のイカレた頭)をなんとかしてくれーい」
速攻で匙を投げたシュルナイゼに声をかけられて、先程までレティシアときゃっきゃしながら楽しくやっていたはずの〈智天〉と〈深淵〉が突如底冷えのする空気を蒔き散らす。
「まあ、メス豚がおにーちゃんにとって最大の敵というのは、まったくもってその通りなのですけどね……フフフフ……」
「フフフフ……。この笑い方、ちょっとかっこいい……フフフフ……」
アルアリアのぽんこつ化が今日もとどまる所を知らない。
ただし、アルアリアは単にシュルナイゼの声をナチュラルにゴミ認定して意識の外へブン投げてるせいで会話についてこれていないだけであり、『とりあえずいるまちゃんの真似しとけば間違いない!』みたいにご自慢の天才的頭脳で最適解を算出した結果、とりあえずモノマネを披露してみただけである。
結論。やっぱりアルアリアは、今日も元気にぽんこつ魔王様である!
ちなみにシュルナイゼが先程まで指導の『フリ』をしていたのは、アルアリアのみならず便宜上一応自分のパートナーであるはずのイルマまでもがシュルナイゼそっちのけでレティシアとばかりきゃっきゃうふふしていた所為だったりする。
哀れ、公爵家次期当主。
「……一応釘を刺しておくが、いくら憎いからって、マジで無関係の女子生徒とか人知れず闇に葬ったりするなよ? キミら、いつか本当にやりそうで怖い――というより、既に何人かは消してるだろ、絶対」
『……………………』
「おいこっち向け、聖なる乙女とその従者」
念の為に刺しただけの釘がうっかり的のド真ん中を射抜いてしまい、シュルナイゼはもう何もかもを投げ出して青い海と白い砂浜に挟まれた常夏の楽園へと現実逃避したくなった。
だが、シュルナイゼにはまだ最後の砦が残されている。そう、誰かを憎んで害するどころか、そもそも誰とも一生絶対関わらないぞと固く誓っていそうで本日一度も口きいてくれてない上に目すら絶対合わせちゃくれない、そんな真正人見知りのローブっ娘が!
「アルアリアさんは、流石にそんなひどいことはしないよなー? なー、アルアリアさんは俺の味方だよなー?? 仔猫と力を合わせて身体張ってゼノを護るような、とっても優しい子だもんなー???」
「……ぜの……、…………えっ?? えっ、えっ、あ、あなた、だれ、ですか??? なん、で、ここに……、………なんで、ぜのせんぱいの、名前……?」
「―――――もしかして俺、今偶然ゼノの名前出すまで、今日ずっとこの子に認識すらしてもらえてなかったの? ……いや、今日どころか、下手したらこれまでの間ずっと……?」
戦慄の面持ちで振り返っておそるおそる問うてくるシュルナイゼから、レティシアとイルマは無言でスッと顔を逸らした。
――あかん。こいつら全員揃いも揃って、真っ当な感性や倫理観を欠片も持ち合わせちゃいない……!!!
今度こそ現実に打ち拉がれて、脳内楽園旅行を敢行しながらラリったようなアブないご尊顔を世間様に晒すシュルナイゼ。
それをさくっと無視しながら、乙女と従者とローブっ娘がわいわいきゃいきゃいと笑顔でおしゃべりに興じる。
「ねえイルマ、今日のおとうと様レポートの進捗は如何かしら? ちょこ〜っとだけ、中身教えてっ♪ ほらほら、早くはやくっ」
「まあ、そう急かさないでください。今日はおにーちゃんに超激辛ドッキリ企画を仕掛ける予定ですのでね、目論見がご破算にならないよう、ここは情報漏洩厳禁でいかないと。
あ、ちなみにアリアさんも仕掛け人側として強制参加の予定なので、心の準備をせずにただいつものあなたでいてください」
「どっきり……? げきかっ、しかけ、にん。じょほろえろえ、げき、……もくろーと、きょせさん。……………いつもの、わたし……。
―――――解。『いるまちゃんは、ありのままのわたしが大好き!!!!』」
「あなた今絶対、よく理解できなかった途中経過をすっとばして最後のセンテンスだけを自分に都合良く解釈しましたよね?? 探求者たる〈深淵の魔女〉が、そんなことでいい――」
「いるまちゃん。探求っていうのはね、真実を追求することなんかじゃないの。
今其処に在る『現実』を、己の望む形に捻じ曲げ、再定義し、世界に認めさせる。
それこそが、探究者――〈アルアリア〉の真髄であり、悲願なん痛あぁ!?!?!」
「いきなりキリッとしながらマジメっぽいこと言わないでください思わず息飲んでびっくりしちゃったあまりにうっかりチョップ入れちゃったじゃないですかていっ、ていっ、ていていていていていていっ」
「あだっ、痛づっ、いたっ、いたタタタタタだだだだ!?!? た、たたすっ、たすたす助けてぇぇ、しあお姉いだぁっ!?」
「こっ、こらっイルマ!?! あなたちょっとコラ、めっ、メぇ!!! やめ、なっ、さ、いぃぃぃぃ……!!!!」
こいつら、何やってんだろ。
バカンスから早々に帰国したシュルナイゼは、目の前で取っ組み合う少女達を眺めがら、実に冷静にそんなことを思っていた。
そして同時に、こうも思う。
「『激辛、ドッキリ』か。…………ゼノ、お前、こんな所で死ぬんじゃないぞ……?」
既にいもーとちゃんがおにーちゃんに面とむかって『殺す』と宣戦布告していたなどとは夢にも思わぬ、平和なシュルナイゼであった。




