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五話 お調子者でもない奴が調子に乗っても、滑って転んで怪我がオチ

 適当な大岩の残骸あたりへ陣取った俺は、自分は立ったままで、四人の少年少女を椅子代わりの手頃な岩へとそれぞれ座らせた。

 ちなみに、女性陣のお尻の下にはもちろんクッション替わりの敷物を置いてあげたよ。野郎は知らん、ケツ筋鍛えろ。


「じゃあ、まずは自己紹介なー? っつっても、キミらは級友同士だし、普通に名前くらいはお互い知ってるんだろうけどなぁ、あっはっは!」


『……………………』


 親しみのある先輩を演じようとガラにもなく張り切った俺、初手失着。自己紹介なと言い出しておきながら『どうせ知ってるんだろうけども』とか速攻で前言全否定してどうすんねん。困ったように顔を見合わせている下級生達を前に、俺はもう余計なトークは省いてさっさと指導して終わらせようと全力で誓った。


「あー、まあ、どうせ今回限りの班だし、名前とかべつにどうでもいっか。じゃあ早速、魔術の実技指導に――」


「れっレバス=ランドルフです!! わん!!!」


「もももモニカ=フェルメリアですっ!! わんわんっ!!!」


「………………我が名はライレン。貴様の足りない脳味噌へ、しかとこの名を畏怖と共に刻むがいい」


「………………レナ、と申します。ですが、こんな木っ端に過ぎない女の名など、即座に忘れていただいて結構ですわ……」


 温度差、死ぬほどすっげぇなー……。ハッと我に返ってビシッと名乗ってくれたレバス君(なぜ犬の真似?)と、それに負けじと泡食って自己主張してきたモニカ閣下(だからなぜ犬??)、そして不承不承っぽくも厨二病みたいな斜に構えた名乗りをカマしてきたライレン何某に、先ほどとはうって変わってテンション低すぎな躁鬱疑惑のレナ令嬢。

 流石は個性の時代、最近の若者ってみんなキャラ濃いなぁ……などと益体の無い感想を抱きつつ、みんなの優しさに救われた俺は「うん、みんなありがとね」と笑顔で返し、ちょっと上向きになった気持ちと共に話を再開した。


「俺は、あー、ゼノディアスです、よろしく。

 で、今日はこれから何時間か、実際に魔術を発動させたりしながらあれこれやっていくわけだけど……。もう魔術使える子って、この中にいる?」


 現在の学習進度を知る為にとりあえず聞いてみたら、ある程度予想通りというか、力強さにばらつきはあれど全員揃って手を挙げてくれた。


 まあ、みんな貴族とかそのへんの身分高めな子達っぽいしな。そういう家では学園入学を待たずに家庭教師から魔術の指導を受けるのが普通だから、家が平民で魔術に触れる機会が無かったとか、そもそも素質がゼロだからとかの理由がなければ、使える奴は入学時点で既にある程度使えるものだ。


 ただ、個々人によって当然、現在の学習進度や練度にバラつきはある。そのあたりを、他者と実際に比較することによって確認や擦り合わせをするというのが、この多学年合同実習の主な狙いのはずだ。たぶん。


 上級生にこの場で求められているのは、実践的な技術や或いはメンタルの面で、できない子を補助してやること。そして同時に、デキる奴――デキると思い込んでいる奴の鼻っ柱を、矯正可能な今のうちにへし折ってやること。そのあたりだろう。たぶん。きっと。いや本当の答えなんて知らないよ? だって俺教師じゃないし。


 グループ組んだ後は好きにやれって言われたんだから、無事に組めた俺らはあとは何も考えず好きにやってればいいのさ。うん。


「あー、じゃあまず、ええと、どうすっかな……」


「おいバルトフェンデルス。貴様、さっきからへらへらぐだぐだしおってからに……。僕とのタイマンの話はどうなったのだ、おいこのヘタレ!!」


「モニカ閣下。キミ一番自信なさそうだから、ひとまずキミを他の子達レベルにまでさくっと引き上げよう。ちょっと手出してもらっていい?」


「あ、は、はい。主さまのご命令のままに……」


 主さま。今この娘、確実にあるじさまって言った!! こやつ、まさかゼノディアス教徒か!!?


 やべぇな、どんだけ地下茎蔓延らせまくってんだろう、このイカれた新興宗教……。でも、そうか、このおとなしくて良識の有りそうな子が、義姉様の被害者か……。ちょっとだけ、優しくしてあげよう、うん……。


 ライレン何某がぴーぴー騒いでいるお陰で主さま呼ばわりへのツッコミが誰からも入らなったので、俺はさくっとモニカ閣下の前へ移動し、座ったままの彼女の右手をそっと取って、己の両手で上下から優しく包んだ。


『ひぇぇ』と魂が抜けたように掠れた悲鳴を漏らす、モニカ閣下とレナ令嬢。

 硬い表情のレバスと「あっ、セクハラだ! こいつ、白昼堂々セクハラだ!!」とクソやかましいライレン野郎を横に置いて、俺はモニカの手に意識を集中し、そのまま自らの額をモニカの額へとくっつけた。


「―――――ひょへっ」


「閣下、意識を乱さないでください、ていうかトばさないでくさい。俺と繋いだ手から流れ出し、額を通って貴女へと戻っていく、その魔力の流れだけに意識を集中するのです」


「せ、せくは、せくはっ、せくはらははらはらはら」


「閣下、ライレン何某の世迷言など真に受けませぬよう。これは、史上最強の名をほしいままにする〈晴嵐の魔女〉直伝の、由緒正しき潜在能力覚醒法です」


「せせせせせ〈晴嵐〉んんんん!?!?? あばばばばば、あひぃ、あひィ――」


「閣下」


「…………………………わ、わたし、閣下じゃないですぅぅ…………」


 今更そこかよ。ともあれ、ようやく(死体のように)おとなしくなってくれたので、俺は本腰を入れてモニカ閣下の手の温度とおでこの熱に集中じゃなかった、魔力!! そう、モニカの中から引っ張り出して俺の中に引き込んだ魔力を丹念に『ほぐして』はモニカの中へ返すという極めて機械的な作業を無心にこなし続ける。

 機械だぞ。無心だぞ。機械に心はおろか下心まで芽生えるなんて斜め上なSF展開は無いんだほんとだぞ!!


 こねこね、こねこね。まるで硬いもち米に水足しながらおもち化していくかのごとく、ぺったんぺったん、時に俺の魔力を程良く注いで潤いを足してやり、またぺったんぺったん。

 何回か俺とモニカの間で循環を繰り返し、魔力が完全にあつあつとろとろのお餅となった頃。今度は逆に俺の魔力を程良く抜いてやり、ちょうどいい弾力となったモニカの魔力を、彼女自身の中へもにゅりもにゅりと押し込めていく。


「ふひぇぇぇぇぇぇ~…………。ふっほふ、ひもひいいれふぅ~…………♪」


「だろ? 温泉浸かったみたいだよな。お湯加減はいかがですかー、なんつってな」


「さいこーれぇぇぇふ…………♡」


 すっかりぐでんぐでんにのぼせてしまった閣下から額を離し、軽く肩を抱いてそっと抱き留め、彼女の回復を待つ。


 ここまでの所要時間、およそ三分ってところか。

 ちなみに俺が初めて婆さんにこれヤられた時は、手間を嫌った婆さんが所要時間0.0001秒未満の早業っつか突貫で済ませやがったせいで、俺は穴という穴から体液を稲妻のように吹き出しながら生死の境で永遠のフルマラソンを強要されることになった。

 そんな目に合ってよく生きてたなお前と心配されるかもしれないが、安心してほしい、真っ当に普通に死んだから。その後、あのクソババァに復讐の鉄拳を叩き込むためだけに執念で生き返っただけの話である。

 ただ、婆さんのやってくれたあの施術は確かに効果抜群だったので、鉄拳だけは勘弁してやり、代わりに『無限煉獄拷問法』が『あつあつ温泉とろとろ法』になるまで練習を頑張ってもらった次第である。それに文字通りの意味で身を削りながら付き合った副産物として、俺も同様の技術が使えるようになったというわけ。


「……閣下、そろそろ起きて? 魔力がほぐれてるうちに魔術使って、とろとろ状態馴染ませないと効果半減だから」


「………………あるじ、さま」


「うん、断じて主様ではないが、なんだいモニカ閣下?」


「…………………………。私も、閣下じゃないですし……」


 お、正気取り戻したか。惜しいような、残念なような。いやそれ実質残念一択。


 俺の腕の中で息も絶え絶えになっていたはずのモニカは、そっと俺の胸を押しのけると、ひとりできちんと岩に座りなおした。


 さっきまでひたすらきゃんきゃん言い続けていたはずのライレンや、逆に心音すら止まってそうなレベルで静まりすぎなレバスとレナ令嬢が、皆等しく口を閉じて思わず見守る中。


 ――――モニカは、何の迷いも気負いもなく、そっと差し伸べた右手を遠間の巨岩へと向け、ただ告げる。













「【天煌鳳珠】」












 爆縮という現象がある。


 外部へと圧力を巻き散らす爆発とは逆に、内部へ向かって超高圧を生じ圧壊せしめる現象。端的に言って、範囲限定ブラックホールだとでも思っておけばだいたいそんな感じのやつである。


 赤。


 赤い、極小のブラックホール。


 不自然な昏き紅色に染め上げられた世界の中、人間大の大岩を対象として顕現した『それ』は、風も音も周囲に巻き散らすことなく、むしろそれらを根こそぎ吸い込みながら内へとへ弾け、確かにそこに有ったはずの標的のみを塵も残さず消滅させた。


 消した。


 滅した。




 だから其処には、もう――何も、無い。




「………………」


 己が起こした現象に眉一つ動かさず、ただできるからやっただけとばかりに自然体のモニカが、はふりと小さく息を吐く。


 それを許可と見たのか、魔女の【権能】に近しい力を受けてバグっていた世界さんが、おそるおそる通常の色彩を取り戻していった。


『………………………………』


 周囲の生徒や先生達は、世界が赤に染まったことにも、それが戻ったことにも全く気付いた様子がなく、それまで己が取っていた行動を恙なく継続していた。

 だから、全てを目撃して眼を剥き絶句しているのは、術者と標的の間にいたせいで超常の世界に招待されてしまった三名の下級生のみ。


 無垢な瞳で見上げてくるモニカに、俺はうむうむと頷いてみせた。


「火系統の極位魔術だよな、天煌鳳珠。魔女の【権能】を再現するために生み出された、【七極】のひとつ。……魔導式、知ってたんだ?」


「はい。……子供の頃、父におふざけで専門書を見せてもらったことがあって。その時は、当然ちっとも理解もできなくて、本当に『これ何の呪文??』と思ったものですが……」


「……呪文、詠唱してなかったな」


「なくても、できると思ったので。……これも、主さまのお力なのでは?」


「いや、『あつあつ温泉とろとろ法』にそんな効力は無いから。これはあくまで、現時点でのその人の潜在能力を引き出すって以上の意味は無いよ。

 だから、元々きみには【七極】をほぼ無詠唱で扱えるだけの頭脳と素養が眠ってたってこと。まあ、発動のための魔力だけは俺が渡した分で賄ってたとは思うけど、つまりそこさえ解消できればきみはひとりでアレを扱える」


「……それ、一番どうにもできない部分が致命的に足りていないってことですよね?」


「そんなことも無いよ。べつに全部自分の魔力で賄わなくちゃいけないわけじゃないってのは、今見た通りだろ? だから、外付けタンクに魔力しこたま溜めておくなり、『魔力を生み出す魔導具』なりを持っておけば解決だ」


「魔力を生み出す魔道具……って、それまさか、例の――」





「お待ちになって」





 魔術談義に花を咲かせていた俺とモニカの間に、たおやかな手による断固たる張り手がスッと差し込まれてきた。

 その主はレナ令嬢。片手に持った扇子で優雅に顔の下半分を隠した彼女は、しばし虚空を見上げて「んー」と唸った後、こてりと小首を傾げながら俺に問うてきた。


「ゼノディアス様。今のは?」


「ん……、今のって、どっちのこと? あつあつ温泉とろとろ法? それとも、天煌鳳珠?」


「両方ですわ」


「お、欲張りセット。……今のはって訊かれても、晴嵐式潜在能力覚醒術と、それによって実力を引き出されたモニカ閣下の真の力お披露目会、みたいな?」


「……………………」


 答えたんだからなんか言ってくれよ。スッと目を閉じながら優雅に顔を仰いでないでさ。


「…………ゼノディアス様は……」


「うん、はい」


「………………………………世界の構造を、滅ぼす気でいらっしゃいますの?」


「なんでやねん」


「ちょっと魔術が得意なだけの普通の女子生徒を、苦も無くものの数分で【七極】術者にまで異次元ワープさせおきながら、まさか自分のやったことの大変さにお気づきでないとでも????」


「そ、そんな怒るなよ……。あ! かわいい顔が台無しだゼ☆ なーんちゃっ」


「は?」


「ごめんなさいなんでもありません」


 美人に睨まれるとマジで怖ぇな……。思わず玉ひゅんしちゃったよ……。


 股を抑えて縮こまる俺を横目に、レナ令嬢は無表情で何事かを考えこみながら自らの顔をぱたぱたと仰ぐ。

 なんだろう。ちょっと前までは俺のことを好意的な目でみていたような気がするのに、まるでそれが本当に気のせいだったかのように雰囲気が冷たい。


 なんだろなー何言われるのかなー怖いなー、と戦々恐々してた俺に、すっかりおとなしくなっていたライレン何某がちょんちょんと指で脇腹突っついてきて構ってアピール。


「おい、バルトフェンデルス。おい、おい」


「おう、なんだ?」


「……天煌鳳珠とか七極って、何? 僕、そんなカッチョイイの知らないんだけど。……まさか、お前もあのクッソ凶悪そうなヘンテコ魔術、使えるのか……?」


「ヘンテコて、お前……。や、そりゃ似たようなのは使えるけど、でも流石に実物見たのは俺もさっきのが初めてだよ」


「だ、だよなー!!? あんなおっかない謎現象、起こせる奴なんかそうそう居ていいわけ――え、似たようなのって何……??」


「や、だから……、こんなのとか?」


 百聞は一見に如かずと、腕を無造作に降って【時壊砲】をお空に放つ俺。


 都市ひとつを余波だけでで蒸発させられるくらいの超々高密度の魔力を圧縮に次ぐ圧縮に次ぐ圧縮によって時空属性へと変換し、それに術としての特性を与えることなくただ解き放っただけのそれ。

 何者の存在をも許さぬほどに構造と位相をぐちゃぐちゃに搔き乱された空間が、悲鳴を発することすら許されずに、ただただ黒い輝きによって穿たれ引き裂かれ、蹂躙される。


 天空へと一色線に伸びたそれが、雲を裂き、蒼天にぽっかりと穴を穿ち、その先に黒々とした星々の世界を現出させた。


 急激に真空状態となった空間に向かってごうっと嵐のような突風が吹き、周囲の生徒たちが口々に悲鳴を上げながら盛大に体勢を崩す。なんだどうしたと先生までもが姿勢を低くしながら慌てて叫ぶ中、今日は虐められすぎな哀れな世界さんが、ぱちぱちぱりりと静電気めいた嫌な音を発しつつどうにか普段の姿を取り戻していった。


 その始終を目撃していたライレン何某は、ぺたりと尻餅をついて呆然と蒼穹の穴を見上げていた。え、まだ穴消えないの? 世界さん、もしかして最近お疲れなのか……? やべぇな、心当たりしかないぞ……どうしよ……。


「………あれは……、もしや、王城の主塔を貫いた、あの――」


「まあ待てレバス君、そこはあまり深く考えてはいけない所だよ!!? お兄さんとの約束だ!!!」


「は、はぁ……」


 気付いてはいけない事に気付いてしまったらしい勘のいい子に速攻で口止めしつつ、俺はいよいよ流れ始めた額の冷や汗を必死に拭う。


 だ、だめだ。もうこの先しばらくはひたすらおとなしくしていよう。あんまり考えなしにあっちこっちで自由にやり過ぎてると、偉い人とか怖い人とか人ならざる世界の修正力的な何かとかが粛清のために大挙して押し寄せてきそうだ……。




「………………」




 まず、そうね。


 怖い顔した美人な下級生令嬢が、扇子ぱたぱたさせながら無言でずっとこっち見てるから、ほんともう、今日はおとなしくしとくわ……うん……。

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