四話 フルアーマぼっち形態/反転ver.
学校に到着してしまえば、学年も学級も違う俺等は、必然、それぞれの所属するホームへと別れて散り散りになるしかない。
そんな常識知ったことかとばかりにしれっと俺にくっついてこようとしていた義姉様とアリアちゃんだが、速攻でイルマちゃんに首根っこ掴まれてずるずると何処かへ引きずられていった。
アリアちゃん、なーんか義姉様の尖ってる所ばっかり貪欲にラーニングしてるぞ……? それはそれで普通より仲良さそうでとっても微笑ましいっちゃ微笑ましいんだけど、すっかり二人のお世話係が板についてるイルマちゃんがそのうち過労で倒れてしまわないか心配である。
でも俺がまず心配すべきは自分の命だね。いよいよ別れる段になって「また後でね、イルマちゃん」と笑顔で再会を誓った俺への返答は、「殺す」という永遠の別れを誓う宣言だったからね。やばいね。あの娘どんだけ怒ってるんだろうね。
まあ、それだけ知恵者っつか謀略家としての自分にプライド持ってたんだろうなぁ……。ワーカーホリック疑うレベルで寝る間も惜しんで暗躍しまくってるような娘だもんな。そんな骨身を削るような努力や、自分が好きでやってる趣味を『バカ』とか言われればそりゃ怒るわ。
対応ミスったか……。でも、俺に嫌われるかもーなんて有り得ない杞憂抱くようなアホな妹は、やっぱりもうとんでもないバカとしか言いようがないしなぁ……。
うん。やっぱり俺は悪くねぇな。だから絶対に謝らないぞ!!
……………でもイルマちゃんが望むなら、好きなだけサンドバッグになってあげよっと……。せめて、半殺しくらいで留めてもらえるといいなぁー……。
「神さま、あ違ったゼノディアス様、次教室移動だよ。そろそろ行かないとだけど、準備しなくて大丈夫?」
「うん、わざわざ声掛けてくれてありがとう、オーウェンくん。ところでキミ、今俺のこと神とか言わなかった?」
「うん。言った」
「言っちゃったかー」
あれこれ考えてるうちに授業を何コマかつつがなく消化してしまった現在、うっかり移動教室の波に乗り遅れた俺へ親切にも声をかけてくれた、女顔が印象的な級友オーウェンくん。
一時は俺を見ただけで謎の失神現象に見舞われていた彼だが、一周回ってなんだか普通に友達っぽい距離感に落ち着いてくれたようだ。ところで、なぜキミは友(仮)である俺を神などと呼ぶんだい?
「ほら、行くよ?」
「あ、うん」
神呼びのわりには全然畏まったり敬ったりしてる気配もなく、オーウェンくんは普通に俺の手を取ってそのまま極々フツーに先導してくれた。
うん。なんかめっちゃ普通すぎるほど普通な自然体の様子なので、まあ、呼び方くらいいどうでもいっか……。しかし、なぜキミは何の疑問も無く俺とお手々を繋いでいるんだい?
男同士で手を繋ぐって、流石に俺等くらいの年齢になってくると本来は結構な抵抗があると思う。だがオーウェンくんがあまりに女顔過ぎ、っつか最早体格やら仕草やらまで完全に『ただ単に男子制服着てるだけで中身は普通の女の子』って感じなもんだから、なんか全然手を離そうという気が湧いてこなくて困る。
なんだろう。決して欲情してるわけじゃないんだけど、心がほんのりほわほわする。
恋愛感情の絡まない異性の友達って、もしかしてこんな感じなのかな……などと妄想していた俺に、オーウェンくんが「ゼノディアス様?」と不思議そうな眼を向けてくる。あ、睫毛長い……。
「ねえ、ゼノディアス様ってば」
「ああ、うん、ごめん。なんだっけ、オーウェンくんが実は女の子だったって話だっけ?」
「……全然、違うけど……。あの、ぼく、いちおう今は、ふつうに女の子です……」
「……………………あ、そなの?」
「う、うん……」
そっかぁ……。普通に女の子かぁ……。普通ってなんだろうなぁ……ふつうがゲシュタルト崩壊だぁ……。
でも、まあ、そうだよな。男の娘に萌えるどころか逆に死ぬほど萎えまくるはずの俺が、こんなにほわほわさせられてるんだもんな。そりゃふつうに女の子だわ。
『今は』ってのは、たぶんこれまでは家の命令だか親の方針だかで男のフリさせられてたとかかな? オーウェンくん家も確か貴族だったはずだし、きっと家督争いとかのややこい事情があるんだろう。
オーウェンくんもあんまり触れられたくなさそうにおどおどしてるし、ここは何もかもわかってるような笑顔で頷きながらスルーしておこう。
「で、ごめん、結局何の話だった?」
「あ、うん。次は下級生と合同実習だけど、ゼノディアス様ももうペア組む相手ちゃんと決めてあるのかなって」
あからさまに話を逸らす、というか本筋に戻そうとする俺に、ほっとしたような笑顔で乗ってきてくれたオーウェンくん。
でも俺は彼女の言っていることがさっぱり理解できない。
「ぺぁ↓アゥ↑???」
「えぇ、なぁにその未知の発音……。だから、次の魔術実習の話だってば。去年のこの時期、ぼくらも上級生にペア組んでもらって、改めて基礎教わったでしょ? 覚えてない?」
「……俺、そういう二人組とかグループ作る系の課題って、全部力技で単独突破してきたから……。
知ってるか? 真っ先に先生の助手やパートナーとして全力で立候補すると、組む相手のいないぼっち野郎じゃなくて、やる気のある良い生徒として評定にプラスしてくれるんだぜ! これ豆な」
「………ゼノディアス様……。今まで、気付いてあげられなくて、本当にごめんね……? 今度から、ぼくと一緒に班組もっか……」
「やめろ、この神たるやんごとなき俺様を哀れむな。でもその魅力的なご提案には是非よろしくお願いしますと返答させてください」
「うん。よろしくするねー」
にっこりと笑ってぼっち野郎に救いの手を差し伸べてくれる、そんな彼女こそきっと現世に舞い降りた慈愛の女神様。しゅきぃ……♡
だがあんまりデレデレしてると何処からか吹き矢や魔眼や深淵が這い寄って来そうなので、よろしくの握手を最後に手を離してひとまず話を一段落。以降は、ぽつぽつと他愛のない雑談を和やかに交わしつつ、ちょっとだけ急ぎめで目的地を目指した。
校舎と校舎の間を繋ぐ、屋根付きのクッソ長い渡り廊下。そこから横道へと逸れて草の絨毯を二人で踏み踏みしていけば、程なくして目的地である野外実技場へとご到着だ。
実技場っつか、ただのだだっ広い荒れ地だが。四方を魔術付与された石壁によって最低限囲われてはいるが、上を見上げりゃ天然の青空が幅を利かせてるし、下を見下ろせば雑草ぼーぼー石ころゴロゴロ、ついでに穴ぼこボコボコで、更には半壊した木製案山子やら砕けた大岩なんかもそこら中に放置されていたりする。
何も知らない人が見たら『せめてもうちょっと整備しといた方がいいんじゃね?』と思ってしまうような有り様だが、もっと綺麗でちゃんとした実技場というのもそっちはそっちで普通に存在している。だから、この場所は荒れた地形であること自体に意味が有るというか、そんな建前の元に歴代の在校生や教師陣が見ないフリしてきた結果がコレというか。
ちなみに俺は、屋内実技場よりこっちの方が好き。綺麗に整備された屋内できちんとした的を攻撃するより、荒れ放題の場所で適当な大岩砕いたり地面にクレーター穿ったりって方が気持ち的に楽だから。
まあ、俺は基本的に授業中は無難な魔術しか使わないので、屋内だろうが屋外だろうがそもそもあんまり関係無いんだけども。
「おー、うようよいるなぁ。見飽きた我が級友達と、あとなんかおフレッシュなお坊っちゃんお嬢ちゃん達がおわんさかと」
「その表現は、ちょっと色々とどうなのかなぁ……? まあ、言いたいことはわかるけど」
俺とオーウェンくんが一番の遅参組だったのか、実技場内には丸々ニクラス分くらいの人数が既に揃っている様子だ。ざっと七十とか八十人ってところか。こんだけスペースが有るんだからもっと散らばればいいのに、教師の登場に備えてか、みんなして入口近くのスペースでうようよわんさか屯っている。
ちなみになんで俺がこんな若干トゲのある表現しているのかというと、みんなして一斉にこっち注目してきた挙句に『なんだ、先生じゃないのか……』みたいな期待外れと言わんばかりの表情で速攻そっぽ向きやがったからである。
ちなみに推定一年生共の半数くらいは、こっちから完全に視線を切らずに、なんか俺とオーウェンくんをチラチラ見てはひそひそ囁き、くすくす笑ってたりする。これには流石にオーウェン君も辟易とさせられている様子だったが、悪意を持って噂されているというよりは好奇の色の方が強い気配だったので、俺とアイコンタクトを交わして二人で苦笑いしながらひとまずスルーを選択。
そのまま独りで人の輪からそっと外れた俺に、友人達の方へ合流しなかったオーウェンくんが当然のように付いて来てくれたので、とりあえず二人で少年少女の群れを傍観しながらおとなしく教師の登場を待つことにする。
「……友達、行かなくていいの?」
「うん。だって、ゼノディアス様も友達だから」
「………………お、おう」
「あ、照れてる?」
「おっとお待ちかねの先生様がいらっしゃったぞ、ほらさっさと静かにしろシャラップ!!」
「うわぁ、逃げたー。ぶー、ぶー」
控えめすぎるブーイング入れてくるオーウェンくん(かわいい)を全力で無視し、俺は入場してきたおじいちゃん先生とインテリ眼鏡先生の方だけを頑なに見つめた。
ちなみに、あの一見優しそうで怒ると怖そうな翁と、一見気難しそうで怒ると普通に怖そうな眼鏡男子、実はどっちも優しくて良い人です。少なくとも、グループ課題に単独で挑むレギュレーション違反の俺を問答無用で落第にしないくらいには良い人達だったよ。それだけでもう俺にとってはこの上なく良い先生である。
二年生&一年生の混合チーム約八十名の真剣な顔を前に、おじいちゃん先生が歯の少ない口でもにょもにょとお決まりの注意事項を語った後は、話を引き継いだインテリ先生が前に出てきびきびと指示を下した。
「――では早速、事前に通告していた通り、『魔術が使える指導役の上級生一人に対し、指導を受ける下級生一人以上』の組み合わせでペアないしグループを作るように。
組んだ後は、授業終了まで各々の班のやり方で自由に魔術への理解を深める時間として構わない。
また、魔術が使えない上級生はこの場に残れ。各グループの指導風景を参考にしつつ、座学の延長の半実習時間とする。自分が扱えないからといって傍観者気分でいることのないよう、どんどん質問責めしてやるから精々覚悟しておけ。
始めッ!!」
いや、そんな唐突に始めとか仰られましても……とまごまごしていたのは、残念ながら俺だけだった。
「じゃあ行ってくるね、ゼノディアス様――あっ、結局ゼノディアス様は今日のパートナーどうなってるの? もしまだ決まってないなら、知ってる下級生何人かいるから、もしかしたら紹介できるかもだけど……」
「え? あ、あー、俺は、うん。アテあるから、気にしないでいいよ」
「……ほんとう?」
「ほんとほんと、だからほら、早く行ってらっしゃい」
「…………ん……、じゃあ、行ってくるね?」
行ってくると言いつつ何度も何度も俺を振り返るオーウェンくんに、俺は苦笑しながら『いいから早よ行け』とぞんざいに手を振って追い払った。
予め合意が取れていたパートナーの元へ向かったり、或いは今この場で即席のコンビやチームの申請を出したり受けたりと、俄かにがやがや騒がしくなった一帯。つつがなくパーティーを組めた面子は混雑からさっさと距離を取り、彼らが抜けた穴を埋めるように、この場に残れと言われた面々が教師二名の方へと間を詰めていく。
左へと離脱していく者達。右へと詰めていく者達。
――その両者の狭間でずっと腕組みしながら仁王立ちしていた俺は、内心で脂汗をぶわっと噴出させながらひたすらやべーどうしようやべーやべーと連呼していた。
まだ全員ペア組み終わってはいないからかろうじて生き永らえてはいるが、あと数分もすれば俺の公開処刑が確定してしまう。誰ともペアを組んでもらえなかった哀れなぼっち野郎のレッテルが張られた上で、先ほど咄嗟に口にしてしまった意味のない強がりの真相まで暴露されしてしまって、俺はその後果たして一体どんな顔して学校生活を送ればいいというのだろうか。
というか、こんな尻にびしょびしょの汗かくような思いしてまで、無理に学校生活にこだわる必要はあるのだろうか? 既に独りで生き抜くだけの力も財も持ち合わせている俺に、通算二度目で繰り返しとなるこの学校生活は一体どんな利益をもたらしてくれるというのだろう??
当初の学園生活のモチベーションであった『女の子との出会いを求めて』というのは既に果たされているのだし、じゃあ俺、もういっそ学校辞めてもいいのでは???
「……………………いや、駄目だ」
毎日イルマちゃんやアリアちゃんの制服姿見るとか、二人と学園の廊下で不意にばったり遭遇してはにかみ笑いを交換し合うとか、学園祭とか校外実習とかの学校行事に一緒に参加して楽しんだりとか。そういう、俺自身が二人と同じ学校に通っている間にしか経験できないあれやこれやが経験できなくなってしまうというのは、やはりあまりに惜し過ぎる。
あと、特にアリアちゃんな。あのひきこもり気質の少女に学校生活を楽しんで欲しいと思ってる俺が自主退学とか、どの面下げてそんなこと出来るのかって話でしょう。
あと、特にイルマちゃんな。もし俺が退学なんてしたら、あの娘のことだ、私情故か仕事故かはわからんけど自分もさくっと退学届け出して追いかけて来る可能性有る。だめ。それはダメ。俺は、あのやたら謎の多い陰謀大好き娘にも、ふつうの学校生活っていうのをめいっぱい楽しんでもらいたい。
――うん。やっぱり、自主退学はナシだな。となるとやはりここは、いつものように先生様方の助手を率先して引き受けることでなんとかやり過ごしを図るべきか。全属性魔術を十全以上に扱える俺だ、なりふり構わず頼み込めば仕事のひとつやふたつくらいはきっと任せてもらえるだろう。
「あの、先生――」
「バルトフェンデルス殿。宜しければ、一手、ご教授願えますか?」
軽く挙手しながら思考を実行に移そうとした矢先、まるで俺の思惑や行く手を遮るかのように、一人の男子生徒がザッと草を踏み潰しながら眼前に立ちはだかった。
金髪に、緑色の双眸、長い両耳に、整った顔貌。典型的な長耳族の特徴を持つその少年は、友人らしき眼鏡少年が血相を変えて引き留めていることになど一切気付いていない様子で、ただただ俺だけを決意の面持ちでじっと見つめ続けている。
あまりに圧の強すぎる視線に押し負けてちょっと腰が引けつつも、俺は唐突なるパートナー候補の登場を笑顔で大歓迎した。やった、これで退学回避だ!! なんか知らんけど、ラッキー!
「お、おお、勿論いいぞ!! そっちは、二人? で、いいのかな?」
「そんな真似を、学長の孫たるこの誇り高き僕がするとでも? 当然、タイマンを希望します」
マンツーマン希望かぁ……。やる気いっぱいなのは良い事だけど、学長の孫? だからって、個別指導以外ありえないみたいな特権意識に凝り固まってるっぽいのは、流石にちょっといただけないな。
俺はくるりと身を翻し、『二人の少年』に向けて顎で行き先を示しながら言った。
「そっちのキミも、まだ相手決まってないんだろ? 折角だし、一緒に向こうでやろう」
「いいい、いえいえ!!? いいえ、俺ッではなく、私は、そんな恐れ多いことは決して!!」
「『俺』でいいよ。学園の中に外の身分は持ち込まないってルールだし、単なる年上って以上に敬う必要は無いさ。な、学長の孫殿?」
「学長の孫は、外の身分なんかじゃないぞ!! ハッ、こんなこともわからないとは、キサマの脳みそも程度が知れたというものよ!!! さあさあ、この学園で最も偉いこの僕に平伏し忠誠を誓」
「眼鏡くん、キミ名前は? あ、俺ゼノディアスね」
「れれれればれば、レバスですぅ」
「よし、じゃあればればレバス君。早速あっちでみっちりマンツーマンで指導してあげよう。ほら、行くぞー」
「あっあっ待って俺あっあっまって」
「レバスくぅぅぅぅん!?!?」
眼鏡くんことレバスくんの肩に手を置いて無理矢理引きずっていく俺を、友達取られた学長の孫くんが悲壮な悲鳴を上げながら必死に追いかけてきた。己の肩書を使って主従みたいな一方的な関係を強要しているのかと思いきや、どうやらそうでもないっぽい。
――そんな感じでロミオとジュリエットを引き裂く悪役ごっこに興じる俺の、その眼前へ。今度は、一人の女子生徒が、友人らしき少女の縋るような声と手を完全無視しながら、ザッと草を踏み潰しつつ立ちはだかってきた。あれ、デジャヴ。
「ゼノディアス様っっっっ!!!!」
「うん、とりあえず君も一緒にあっち行こう。あ、そっちのキミもよかったら名前教えてもらっていい?」
「わた、わたわた、わたわた私ももももっ、モニカ、かっ、かっ!!!」
「OK、モニカ閣下。なんかいきなり人数多くなっちゃったし、さっさと場所取って始めなくちゃだな。ほら、いくぞー」
「あっあっ待って私あっあっまって」
「モニカあぁぁぁぁあ!?!?」
閣下ことモニカの肩に手を置いて無理矢理引きずっていく俺を、友達取られたボス令嬢(仮)ちゃんも悲壮な悲鳴を上げながら必死に追いかけてきた。うーん、デジャヴ。
ともあれ。こうして両手に少年と少女を拿捕した俺は、後ろにこれまた少年と少女を引き連れて、合計五名の大所帯で手頃な空きスペースへと向かう。
やったね、ゼノくん! これでもうぼっちじゃないよ! ひゃはー!!




