三話 かしこい彼女の、プライドの在り処(殺す)
そんな感じですったもんだしつつも、学校に到着した頃には、先行する三姉妹+三歩後ろのぼっち俺というフォーメーションへあたかも形状記憶合金のように回帰。
門を超えて敷地内へと入ってみれば、喧嘩にも似た活気に湧いていた街中から一転、眠気の抜け切っていない学生達による気怠げでまったりとした空気が俺達を包み込む。
そんな寝ぼけ眼の諸君だが、学生会副会長にして公爵家嫡男の婚約者たる義姉様に気付くと「あっ、聖女様……」「おはようございます、大聖あっ違うレティシア様!」「おいお前ら、教祖様じゃなくってええと大聖女様のお通りだ! 死にたくなければ道を空けろ!!」とにわかに騒然とし、おい相変わらず正体全然隠れてないぞ大聖女様……。
あと教祖って、たぶん例のゼノディアス教のことだろうなぁ。順調に認知されていってるようで、主神様もちょー嬉ぴーぜぇー(白目)。
ちなみにだが、義姉様は自分が大聖女や教祖呼びされていることに気付いた様子もなく、「はい、おはようございます」とにこやかに挨拶を返していらっしゃった。
これまでの約一年強の経験により、俺は知っている。今の義姉様の中では周囲の生徒達はそのことごとくが『あいさつしてきてる名無しのモブ』として全自動で処理されており、彼ら彼女らの『あいさつ』の詳細な内容については全く意識が割かれていないのだと。
「きょうそさま……?」と不思議そうに義姉様へ質問しようとしたアリアちゃんに、イルマちゃんがこしょこしょと何かを耳打ちして、「あ、はい」と黙らせる。これにて、義姉様にとって意味のある言葉を紡げる存在への口封じが速攻で完了し、義姉様は今日もまた『わたくしの正体、バレてませんわ!!』と華麗に錯覚するのであった。
俺、この愉快なお姉ちゃん超大好き。まあもちろんあくまで姉弟としてですがね、うん!!!
「おにーちゃ」「しっかしあれだな、もうすぐ戦争だっていう一大事なのにみんな気の抜けた顔してんな一大事なのにな、些細なあやまちがどうでもよくなるくらいのとんでもない一大事なのにな一大事ッッ!!!!」
いもーとの先制パンチに速攻でやぶれかぶれのカウンターを合わせに行った俺は、試合が泥沼化する前に速攻で終わらせることに間一髪で成功。
若干以上に不満そうな顔を向けてくる敗者を全力で見ないフリして、俺の迫力に気圧されてキョドってらっしゃる義姉様だけを熱く見つめる。
ちなみにアリアちゃんは勝手に俺の圧の余波くらって「ひゃあ」と慄きながらフードの奥に引き籠もってた。ウチの魔王様、貧弱すぎひん?
「戦争……。そう、ですわね。ですが、それは良いことなのでは?
民草が安穏としていられるということは、まだ『嵐』の気配がここまでやってきていないことの証左です。――たとえ今が束の間の凪なのだとしても、だからこそ、おとうと様にはこの心穏やかな日々を一生謳歌していただきたく思います」
「……束の間という時間制限が、速攻で取っ払われて一生へと劇的クラスチェンジ果たしてね?」
「つまり、おとうと様は永遠であるということですわ。そんなのは今更言うまでもない全宇宙における絶対常識ですわよ?
いかに尊き貴方様とはいえ、不勉強を恥じる誠実な心はどうかお忘れなきように」
珍しく真剣且つ真面目に叱ってくる義姉様だけど、言ってる内容が滅茶苦茶すぎて俺はもうなんて言ったらいいかわからないよ!
だから、もう何も考えずに素直に「ごめんなさい、おねえちゃん」と頭を下げてみた。
そしたら、その対応はどうやら大正解だったらしく、義姉様はにっこにこの天使の笑顔となって「わかればよろしいのよ」とゴキゲンに赦しを与えてくれながら頭をよしよしと撫でてくれた。うへへ、おねえちゃん大好きぃ♡♡♡
「―――――ハッ!!?」
『……………………』
気付けばいもーとと後輩女子の白い目がぶすぶす刺さってきてて、もはや物理的に痛ぁい……。文句でも嫌味でもいいからせめてなんか言ってくれよ、無言は一番怖いからマジでやめれ……。
うぅ、怖いよぅ、怖いよぅ。しかしお姉ちゃんのなでなでから抜け出す気がまったく起きないので、俺はお姉ちゃんの気が済むまでずっと妹達に恐怖し続けるしか――あ、そういえば『あの件』忘れてた。
「ごめん義姉様、もういいよ。ありがとう」
「? おとうと様……?」
突如後腐れなくさっくりとなでなでを辞退した俺に、義姉様が当惑したような目を見けてくる。
腑に落ちないような感じで若干首を捻る義姉様だったが、俺が極々自然体で微笑んでいることを理解してくれたのか、やがて微笑み返してくれて、普通に前へと向き直った。
ちなみに俺がさっき唐突に何を思い出したかというと、例の『義姉様は兄様の子を妊娠しているのでは?』疑惑についてである。
勿論、これはあくまでまだ疑惑に過ぎないというのはわかっている。だが可能性が否定できない以上、いくら義弟とはいえ、お腹の子の父親ではない男が過度のスキンシップを求めるというのはあんまりよろしくないだろう。
てか、義姉様ほんとに妊娠してるんかな……? 見た感じ全然そんな素振りないから、今の今まですっかり忘れてたけど……。
実際その辺どうなってんのよ、と情報通の隠密少女ちゃんに視線で問いかけてみようとしたら、彼女はなにやらあらぬ方向をじっと見つめながら何事かを考え込んでいた。
はーん………? どしたんだろ。あまりこっちを見つめられ続けるのは尻から冷や汗溢れちゃうから困るけど、全く見向きされなくなるのもそれはそれで寂しくって心の汗が出ちゃうので困る。
あとアリア、きみはそろそろまばたきくらいはしなさい。どんだけこっち見んのよ、ちゃんと前見て歩かないとコケる――あっ。
「こら、アリア。ちゃんと前を見て歩かないと危ないでしょう? まったく、世話の焼ける子――あっ」
「シアおねえちゃうぇひィ!!?」
間一髪でアリアちゃんを救ったはずの義姉様が、今度は逆につるっと足を滑らせてアリアちゃんを巻き込みもんどり打って倒れ込む――が、そんな事態を予め予想していた俺とイルマちゃんが背後からしっかり二人を抱き留めたので余裕でセーフである。
魂飛んでそうなレベルで呆然としすぎなうっかり娘達をそのままに、俺はこしょこしょとイルマちゃんにナイショ話。
「ねえ、義姉様って結局今身重なの? この筋金入りのうっかりさんが果たして出産まで無事に過ごせるのか、すんげー不安で仕方ないんだけど……」
「……ああ、妊娠云々の話は、おにーちゃんの早とちりです。なので、今度からは適度に転ばせて痛い目見せて、いざという時のために危機管理能力と体力を鍛えて差し上げる方向でいきましょうか……」
「ウチのいもーとちゃんの激辛っぷりがとどまる所を知らないぜ――っと、イルマちゃん?」
「………………」
一応会話に乗ってくれたイルマちゃんだけど、やっぱりなんだか上の空。さっきからほんとどうしたんだろう?
もっと、もっと俺を見ておくれ、という祈りが通じたのかはわからないけど、くるりとこちらを向いたイルマちゃんは、意図の読めない無の瞳で俺をじっと見上げてくる。
「――おにーちゃん」
「な、何?」
「……………我、おにーちゃんにも、ちょっと辛めのメニューを出そうかと思うんですけど。……わ、我のこと、嫌いに」
「なるわけないだろこのバカありえない程の馬鹿ばかばーか知恵者気取っといて当たり前のことすらわからない前代未聞の脳たりんブゥアーカァァ!!!!」
「―――――おにーちゃんは、死ぬほど辛いのがお好き。我、魂の髄までしっかりとインプットしました!!!!!
殺す」
「待つんだいもーと、最後の呟きがストレートに不穏」
「殺す」
「待って」
タイム要請をことごとくガン無視する殺意まみれのいもーとちゃんに、おにーちゃんは汗と動悸と震えが止まりませんでした。
辛めのメニューって、いったいどんなのだろう……? これから義姉様を襲うらしい特訓メニューより厳しいのは確実だよな、だって危機管理能力養うとかじゃなくて俺を殺すのが目的らしいし。
うん。
お願いだから、ちょっと待って?




