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序章 釣り宣言は大事です

 俺は確信した。


 この業深き童貞の身には、きっと、女の子と一緒に食事をするとその時の記憶を失ってしまうという呪いがかけられているに違いない。


「………………」


 自分が目を開けていることにすら数分間気付かないレベルでぼんやりしてたら、ふと目に映る天井に見覚えがないことに気付いてしまい、思わずがばっと上体を跳ね起こしてお目々をぱちぱち瞬かせる。


 聞くともなしに聞いていた小鳥の囀りや、窓辺から差す清らかで柔らかな陽光、カーテンを控えめに揺らす涼しめのそよ風、そして何より腹時計から考えて、たぶん現在時は朝の七時前ってところ。



 ――え? 俺、ついさっきまで、美少女だらけの酒池肉林パーリィ(※旬野菜もあるよ!)に参加してたはずでは……? なんで、爛れたワンナイどころかはじけるアフターファイブすら経験せずに、清潔なベッドの上で健やかな朝を迎えてんの???



 途絶える直前の記憶に有るのは。俺の出したワインの美味さに狂喜乱舞する焔髪さんを見て、『流石にそんなに美味かったっけ……?』と思って訊ねてみたら、ニヤリとした笑みとお酌を以て返事とされてしまったのでとりあえず一口飲んでみたこと。


 その結果が、この健やかな朝である。即堕ち2コマ。うっそだろお前。


 まあ、流石に2コマは嘘だけど。せっかく女性にお酌してもらえたんだからと、一口で終わらず一杯分はきちんと飲み干そうとした気がする。

 でも途中で、酒が飲める系の女子達がこぞって何回も注ぎ足してくるものだから、結局俺は一口分以上グラスの水位を下げられた記憶が無い。


 ちなみにその時の光景を思い出そうとする俺の脳裏に浮かぶのは、行ったこともないキャバクラでモテモテハーレムごっこに興じるようなイメージ映像ではなく、会社の飲み会で鬼上司達に寄ってたかって『あいつの酒は飲めて、俺の酒は飲めねぇのか?? おぉん!?』と詰められる情景である。

 乙女淑女の皆々様よ、いたいけなご飯係の少年を使って唐突に代理戦争みたいなことを始めるのはどうかやめていただきたい。


 唯一の救いは、あんなおっかない飲まされ方をした以上、酔った勢いでのセクハラ行為なんかには走っていないはずだということくらいか……。


「………ん……?」


 不意に、壁越しに聞き覚えのある女の子達の声が聞こえた気がして、思わずそちらに注意を向ける。


 これは……、義姉様と、アリアちゃんか? なんだか珍しい組み合わせ――ってこともないのか、昨日めっちゃ抱き合ってたしな。それに、今もなんだか普通に楽しくおしゃべりしてるっぽい。


「……………」


 さらに意識して聴覚を研ぎ澄ませてみると、床下――というか階下からはまた別の女の子達の声。

 こっちは人数多くていまいちわかりにくいけど、とりあえず聞いたことのない声は混ざってないと思う。たぶん全員、昨日のお食事会のメンツだろうか? ただし、なぜか男性陣はいないっぽいけど。


 知らない場所ではあれど、知ってる女の子ばかりが集っている、そんな此処は当然男子寮の自室ではない。じゃあ一体どこなのよ???


「……………。イルマちゃーん……? いるー……?」


 こういう時に頼りになる情報通なストーキング娘の姿を求めて、あたりをキョロキョロ、きょろきょろ。


 しかし、返事は無い。


 ……まあ、そりゃそうか。イルマちゃんだって暇じゃない、つかいっつも裏で忙しく働いてるみたいだし。そりゃ、俺みたいなつまんねぇ男に四六時中構ってなんかいられねーわ、ハハハ。


「………。…………はぁぁ……」


 なんか、やる気なくなっちゃった……。もう一回寝直そうかな……。みんなそれぞれ楽しくやってるみたいだし、俺なんてこのまま永遠に寝てたって誰も気にしないだろ……。


「………おやすみ」


 勝手に寂しくなって勝手にいじけた俺は、そのまま不貞寝するように上体をベッドに投げ出そうとした。



 そしたら、背後から肩を優しく支えられて、そのままゆっくりと膝枕された。



「かってにさみしくなっちゃう前に、きちんと後ろも確認しないダメですよ、おにーちゃん。我のキャッチフレーズ、お忘れなのです?」


「…………『背後を見れば、そこに有り』」


「なんだ、覚えてるじゃないですか。だったら、今後もきちんと後方確認徹底してくだだいね。特に、トイレの時とか、あとお風呂の時とかとかとか!!」


「え、トイレと風呂は流石に侵入NGじゃ――」


「などと口では常識人ぶったことを言いつつも、実際振り返ってそこに我がいたらすっごく嬉しくなっちゃうんですよね? 大丈夫、我はちゃあんとわかってます。

 おにーちゃんは、お尻の穴からブツを捻り出そうとがんばってるシーンや、背を丸めてお股のタマタマ洗ってる情けない姿を、妹にいっぱい見せつけたくてタマらないんですよねタマタマだけに!!!」


「やかましいわ、慎み持てや慎み」


「我はとっても慎み深い女の子ですよ? 破廉恥なのはおにーちゃんの方です。このえっちー。すけべぇー。ドへんたーい」


「…………………」


「………。今、罵られてちょっとキモチよくなりました?」


「ななななななってねぇし???」


 いやほんと気持ち良くなんてないっすよマジでええはい俺は自他共に認めるメンタル弱者ですからね女の子に罵られちゃったりなんかしたら普通に傷付いてヘコんで三日間くらいは再起不能になるはずなんすよ。


 …………はず、なのに。イルマちゃんの膝枕が気持ち良すぎるせいか、それともイルマちゃんのイタズラっぽい笑みが愛と親しみに溢れすぎなせいか、ちっとも嫌な気持ちにならない。

 それどころか。かわいいいもーとちゃんからの度重なる性的な発言を受けて、ぼくのだいじなだいじなナニかがおっきっきしてきちゃったナニかって何なのかなぁぼくわかんなーい!


「………んふふっ♪」


 イルマちゃんはとってもごきげんな甘い吐息を漏らし、ふとももに載せた俺の頭を優しく撫でてくる。


 ふえぇぇぇ……んギもっぢいいぃぃよぉぅ……。溶かされるぅぅぅ……とろけさせられるぅぅぅぁあああぁぁぁぁぁ…………。


 髪を梳くように優しく撫でられるたび、俺の中の心理的防護壁がごそっと削り取られていくのを感じる。

 だ、だめだ、もっと自分を強く保つんだ童貞神ゼノディアス!! このままではいもーとちゃんに骨の髄まで骨抜きにされて、キモいアへ顔を晒しながらヨダレを垂らす謎の軟体動物になってしまう……! もしそんな無様を晒してしまえば、さしものイルマちゃんとて俺のことを嫌いにあっあっ、耳つんつんしないで、俺耳弱いのぉひゃああ穴まで弄らないでおほほぉぉぉん♡♡


「おにーちゃんは、穴を責められるのがとっても大好き。我、覚えました!! ほーれ、つんつん♪」


「やめひぇぇ、ぞわぞわひゅるぅぅ、ひぇっ、ふひゅっ、あ、あふぅ♡♡♡」


「んふっ。ふふふ、んふっふっふっふゅ♡」


 こんな軟体動物野郎の一体何が琴線に触れたのかわからんけど、イルマちゃんもなんかすげー緩みきった笑顔である。心の防壁とかの話で言うと、今のイルマちゃんもわりとノーガードな感じだ。


 や、イルマちゃんは普段から結構素のままにイキイキと生きてる娘だなーとは思ってるんすよ? でもなんていうか、今のこの娘はね、なんかこう、いつもより距離感が近いの。物理的に零距離だからって話じゃなくて、こう、心の距離がすごく近い。


 近いから、わかる。

 イルマちゃんは、俺と肌や心を触れ合わせることを――、…………えーと、少なくとも、嫌がっては、いないようです。……あんまり。……たぶん……。


「あ、おにーちゃんがちょっとずつ心の距離を取り直してる気配がします。脳内まで『ンぎもっぢぃぃぃぃ』とか蕩けきってた謎の軟体動物のくせして、今更そんな無駄な保身に走ったところで果たして意味はあるのです?」


「ねえ、キミのその能力ほんと何なの? おにーちゃんのプライバシーがもう完全に息してないんですけど」


「ぷらぁばしー???????」


「あっ、なんでもないっす。はい、ウッス」


 悲報:『おにーちゃんのプライバシー』という概念が始めからこの世に存在していなかった件。


 いやまぁ、いいんだけどね? ぶっちゃけ、イルマちゃんにだったらどんな秘密握られてたってかまわないし。

 そりゃあ、モノによってはちょっと恥ずかしいかもだけど、むしろ恥ずかしいヒミツを握られてると思うとむしろ興奮するっていうかなんていうかムフフ♡


「おにーちゃん……」


「今の『ムフフ♡』はオフレコでお願いしゃす。俺は決してマゾや露出狂の類ではないので、そこのとこ勘違いしないようにッ!!」


「我になら、どんな秘密も知られたっていいって、ほんとですか?」


「え、そこ? あー、まあ、うぅ〜ん……、……………。改めて念押しされるとなんか怖いから、やっぱそれナシで――」


「だめ。ナシはだめ。それはだめ。ぜったいだめー」


「あっはい」


 絶対駄目らしい。そうだよね、覆水は盆に返らないものよね。それが世界の摂理よね。でもぼくはまだ口からお水を零す前だったのではと思わなくもないんだけれども、それでもダメなの?


「だーめ」


「だめかぁー」


 ならしゃーない。愛する妹のかわいい『だーめ♡』と膝枕に免じて、この場は引いてやるとするか。ちなみに、今後も膝枕されながらおねだりされたら毎回俺の方が折れることになるのではという危機感については完全に見ないフリである。


 それよりも、今はもっと見ていたいものがある。


「……イルマちゃん、今日は制服なんだ? 珍しい、ってか初めて見たかも」


 彼女のふとももの上から眺める、慎ましやかな下乳。その未熟な果実を覆うのは、いつもの黒い着物ではなく、ウチの学校のブラウスとブレザーだ。


 くすりと笑ったイルマちゃんは、「今更そこですか?」とからかうように言うと、胸元の生地を摘んでちょこっと引っ張って見せた。


「今日は平日ですよ? 我だけじゃなく、レティシア様とアリアさんも隣の部屋で身支度中です。

 おにーちゃんの制服もちゃんと持ってきてあるので、我が甲斐甲斐しくお着替えさせてあげますね?」


「…………………。と、ところで、ここって何処なの? まさか、女子寮?」


「そんな下っ手くそな話題逸らしには乗りませんよーだ。はーい、それじゃあ立ってくださいねー。おっ着替っえ、しっましょー♪」


「あっ、待って、やだ、まだだめ、もっと膝枕してほしい!!!!」


「………………お、おぅ。そ、そですか……」


 俺の頭をどかすべく添えられたであろうイルマちゃんの手が、俺の熱烈な懇願を受けて、ぎこちない手付きながらも再び髪を梳く作業へと戻っていく。


 ……うむ。俺、何言っちゃってんの……? 正直過ぎなのはまだいいとしても、あまりに必死すぎて超キモくなかった?


 嫌われてないかな。イルマちゃんの表情を見る勇気が出なくて、寝返り打ったフリをしてドアに方へ顔を背ける。


 そんな俺にイルマちゃんが何か声をかけてこようとしていたけれど、それより先に、ドア越しにコンコンとノックの音が響いてきた。


『――居るか、愚妹?』


 続いてかけられてきた声は、イルマちゃんの姉貴分(?)であるオルレイアのものだ。


 それに聞えよがしな『チッ!!』という舌打ちを返したイルマちゃんは、不満を一切隠しもしない声調で答えた。


「愚妹はいません。どーぞ引き取りを」


『馬鹿をぬかすな、さっさと出てこい。あんな雑な言い訳で突如離席するものだから、新規総帥様の疑念の眼差しがえらいことになっている。

 ……ただでさえ、ウチの者共が色々やらかした後なのだ。あまり野暮は言いたくはないが、せめて今暫くは、要らぬ波風を立てぬよう最低限取り繕っておけ』


「…………むー」


 尚も不満そうに唸るイルマちゃんだったが、わりと親身な感じで諭してくるオルレイアに直に反論するのは難しいらしい。ほっぺたを膨らませながらドアと俺を交互に見て、『おにーちゃんから何か言ってやってください!』みたいに暗に催促してくる。


 ……雑な言い訳で突如離席……か。たぶんそれ、俺の呼びかけに応じてこの部屋に現れるために、ってことだよな? つまりは、俺のためだ。


 その思いやりの結果が、イルマちゃんの交友関係の不和へ繋がろうとしている。――そんなの、絶対にあっていいことではない。



 イルマちゃんの尊い優しさは、その全てが、きちんと正しい形で報われなければならない。



「任せろ」


 決意と信念のままにそう宣言した俺は、ようやくイルマちゃんのふとももに別れを告げ、上体を起こ――せなかった。イルマちゃんの指先が、俺の喉仏をそっと押さえたから。


 なぜ喉仏? 唐突におにーちゃんの息の根を差し押さえないでおくれ、いもーとよ。


「……やっぱりおにーちゃんは寝ててください。よく考えたら、女同士の話に男が喜び勇んで絡んできても、変にこじれる未来しか見えないので」


「まあ、そりゃそうかもだけど……」


 それはまさに、百合の間に挟まる男子という奴である。誰にとっても歓迎されない展開が待ち受けているであろうことは想像に容易い。

 だが、ならば俺がイルマちゃんのためにできることは何も無いというのか? そんな殺生な!


 使命に燃える騎士の眼差しで、というよりご主人様に捨てられかけてる哀れなチワワの目で見つめ続けてたら、やがて根負けしたイルマちゃんが大袈裟に溜め息を吐きながら代案を提示してきた。


「じゃあ、こうしましょう。我は今からがんばって女同士の絆を修復してくるので、その努力の分だけ、後で我のことをおにーちゃんがめいっぱいねぎらってください」


「労う……って、具体的には? いっぱい頭なでなで、優しく膝枕耳かき、お風呂でお背中お流し、一晩中ずっと添い寝、嬉し恥ずかしご奉仕おせっs」


「ぜんぶ」


「え」


「じゃあそういうことなので、おにーちゃんは登校の支度済ませたらレティシア様とアリアさんを引率して学校に行ってくださいね、はいこれ制服。あ、ついでにお二人にどこかで朝ごはんも食べさせてやってくださると我がたいへん助かっちゃいますのでどうぞよろしくでーす。ではでは、ぐっばい!!」


 何処かから取り出した男子制服を俺の頭の下に突っ込んで膝枕の代打としたイルマちゃんは、さくっとベッドサイドに降り立ってさくさくとドアの向こうへ出ていってしまった。


 開けっ放しにされた入り口越しに、階下へ軽快に降りていく足音とのんきな鼻歌が響いてくる。

 それを呆然と聞きながら、俺と、そして俺同様に置いてけぼりをくらったオルレイアは顔を見合わせた。


「………おい、愚弟よ……」


「……なんだよ、愚妹……」


「…………。うむ。……うむ……」


 困惑したような様子で唸るオルレイアは、それを何度か繰り返した後、最後に大きく「うむ」と納得らしき首肯をすると、くるりと身を翻してイルマちゃんの後を追っていってしまった。


 そして、何のフォローもなくぽつねんと取り残される、間抜けヅラの少年がひとり。


「……え? ………え? えっ、あれ、『冗談ですよーだ。やーい、ひっかかったー、このすけべー♪』とかのネタばらしは……? あのぉ、イルマちゃーん……? もしもーし……?」

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