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新章夜会 そして舞台の幕は開く

 俄に殺意を高める聖剣士の、眼の向かう先。そこに有るのは、血の繋がった兄を泥舟に乗せて沈めようとする、悪魔のような妹の背中……ではなく。


「下がれ、『リリ』」


「あ? ……っと」


 真剣な声で突如名を呼ばれ、一瞬呆ける少女――リリチア。


 戸惑う彼女と立ち位置を入れ替えるようにして、聖剣士はいつでも居合いを放てる体勢のままするりと前に出る。


 二人の視界に映るのは、あいも変わらず、どこまで続いているのかわからないほどにだだっ広い回廊のみ。


 だが、聖剣士の黄金に輝く瞳は数秒先の未来を確実に捉えており、そしてその景色はすぐに現実のものとなった。



「――あややぁ?? ま〜た座標がズレましたか。ようやく転移魔術が使えるようになったとはいえ、やっぱり今の『この子』ではここらが限界ということなのでしょうかねぇー……。先はとっても長そうだ……。

 と、そういうわけなので、突然前触れ無くあなた達の前に現れてしまったことはただのぐーぜんであって、なーんにも他意なんて無いんですよ? だからその物騒な気配とイケないお手々を引っ込めてくださいな、アレクくん」



『黒い燐光』を散らしながら何の前触れもなく眼前に降り立ち、そのまま流れるように話しかけてくる正体不明の女の子。


 ちなみに、眼の前にいながら『正体不明』である理由は、女の子が顔に貼り付けている仮面の効果によるものだ。

 性別や背格好以外ろくにわからなくなる効果を持つそれは、遺失秘跡と遜色ない程の効果を持っていながら、使い手を一切選ばないというとんでもないスグレモノ。


 そんな反社垂涎グッズを『せっかくだから、集まったみんなでお揃いのアクセサリーとか身につけたいな』などという子供じみた理由で量産し、あまつさえ無償配布してしまえるのが、この性格的にも能力的にも冗談みたいな戯けた女の子だった。


 聖剣士アレクは思う。――やはりこの女、どうにも胡散臭すぎる、と。


 そして今もまたひとつ、彼女を信用できない要素がひとつ積み重ねられた。


「転移魔術だと? 神代の時代の魔法使いでもあるまいし、何を馬鹿げた戯言を……」


「馬鹿? 今この子のことバカって言いました?」


「……『この子』ではなく、『お前』のことだ。魔女エンリ」


「?? ですから、この子のことですよね???」


 自らの両頬を左右の人差し指で示しておきながら、疑問符を乱舞させてこてんと首を傾げる女の子――エンリ。

 そのあまりのすっとぼけっぷりを前に、アレクはいよいよ頭痛すらしてくるレベルで我慢の限界を感じていた。


 まるで、自分のことを自分ではない他人とでも認識しているかのような、人を小馬鹿にしきった応対。

 それはまるで、万引き少女が『私じゃなくて、この手が悪いんです!』などと愚にもつかない弁明を展開するかのようで、見ていて到底愉快な気持ちになれるものではない。


 いっそもう斬るか、と眼を細めかけたアレクだったが、それを制するようにリリチアが「まー待て、兄貴」と割り込んできた。


「エンリはあれだ、二重人格的なアレなんだよ。もしくは心の病とか、とにかくそういう感じのかわいそうなアレなんだよ、うん」


「違うわよー!!! かわいそうな子あつかいするんじゃーぞ、このブラコン病の哀れなこむすめー!!!!」


「殺れ、兄貴」


「よし来た」


「なぁぁぁぁんてモチロン冗談でゴザイマスですよぉ、うふふぅ、うっふフゥウウ!?!? ピーヒョロロ、ぴーひょろろろ!!!」


 ぷんすか怒ってたと思ったら、一転して保身のために全力で誤魔化しにかかるエンリ。

 口笛吹けなくて最早口でぴーひょろ言ってるだけという、徹頭徹尾人をおちょくり倒してるようなふざけきった態度であるが、悲しいかな、エンリの形相は必死と書いてガチだった。


 ――これが、全盛期の魔女機関の総帥を出し抜き、聖戦の火種を作り出した真の大戦犯……?


 思わず自分達の掴んだ情報に懐疑的になってしまうリリチアとアレクだったが、つまりはこれが『二重人格』ということなのだろう。


 おそらく。件の大罪人は『この子』こと魔女エンリであり、今エンリの身体を動かしている『彼女』とはまた別の人格なのだ。


 前情報と実物の違いや、『彼女』自身の発言を鑑みるに、この想定で当たらずも遠からずといった所だろう。もっとも、御本人はその説をぷんすか怒りながら即座に否定していたが。


「……はぁ……。そんで、エンリ――」


「カラダはエンリでも、私はエンリじゃありません!!!」


『………………』


 やっぱり二重人格やんけ。兄妹の心は、今ひとつになった。


 完全にやる気が削がれて会話を放棄したリリチアを下がらせ、アレクもまた脱力しそうになりつつも妹の台詞を引き継ぎ問いかける。


「それで、エンリではないお前が――」


「あ、女の子に『お前』とか言っちゃう殿方って私あんまり好きじゃないんですよねー。なんですかー、亭主気取りですかー?? すぐお嫁さんを斬ろうとするでぃーぶいオトコとかちょー願い下げなんですけどぉ〜げらげらゲラゲラ!!!」


「………………」←ちゃきり、と無言で鯉口を切るアレク。


「………………」←こほり、とエア咳払いをして何事も無かったように澄まし顔をするエンリ。


 アレクはこめかみに浮き上がりそうになる血管を力づくで押さえつけ、なんとかなけなしの自制心を奮い立たせて率直に問うた、


「お前……、キミがここでこうして呑気に駄弁っているということは――」


「ええ。その通りなのです」


「――『夜会』に参加してくれるはずのメンバーが誰一人として来てはくれず、暇と孤独を持て余しまくっていたということだな?」


「ええその通りなのですってそんなわけあるかーい!!! 逆ゥ!! もうみんな集まっちゃったから、おっそいアレク君とリリチアちゃんをわざわざ呼びに来てあげたんですよう!!! 感謝しろー!! 感謝しろぉー!!!」


「……先程、俺達の前に現れたのはただの偶然だとか言っていなかったか?」


「ぴ、ぴー?? ひょろ、ひょろろろ……」


 再びの吹けてない口笛が、アレクの神経を逆撫でしまくり、擦り切れさせ、ついにはとうとう真っ当な思考を放棄させた。


 こいつは、あれだ。真面目に相手をすればするだけ馬鹿を見る、そういう手合いだ。考えるだけ無駄なのだ。


「…………とにかく、他のメンバーが既に到着しているのは間違い無いんだな?」


「い、いぇえす!! イェスです!!! あてくし自慢の転移魔術で、皆々様をバビュンバビュンとピストン輸送しましたのでっ!!! あてくしの!!!! 転・移・魔・術・でッッ!!!!!」


「はいはい転移転移」


「この人ぜんぜん信じてなぁい!?? うわーん、リリちゃあぁん!! このとーへんぼくになんか言ってやってよぉ!!!」


「リリって呼ぶな。馴れ馴れしい」


「…………あっ、はぁーい……」


 二人がかりで冷たくされて、すっかりしょぼしょぼに萎れるエンリであった。


 妹は兄に視線で問う。


『このポンコツっぷりを見て、まだあたしがコイツに利用されるかもとか心配できる?』


『…………………』


 兄は無言でスッと目を逸らし、無駄にイケメンな横顔を妹に見せつけながらひたすら前だけを見つめ続けた。


 反論はしないが、前言撤回もしない。そんな兄の態度に肩を竦めて見せてから、妹はおもむろに袂を漁り、二つの仮面を取り出した。


「ほい」


「…………はぁぁ……」


 差し出された仮面の片方を不承不承受け取り、顔にすちゃりと装着するアレク。


 それと同時にリリチアも自分用の方を装着して見せると、しょぼくれエンリが一気に笑顔を満開にさせて飛び跳ねんばかりに喜色を顕にした。


「ナッカーマ!!!!!」


「はいはい、仲間仲間。ほら、行くぞー。楽しい楽しい【夜会】のはじまりはじまり、ってね。ほら、兄貴ももっと喜べよ」


「……ウェーイ……。ナッカーマぁ……」


 こうして結成された、テンションにムラ有りすぎな仮面の三人組。


 ――それは、ほんの数十分の後に、『仮面の十二人』へと劇的な飛躍を遂げることになる。




 彼ら彼女らの共通点は、皆が互いの正体をなんとなく察していながら、やけに性能良すぎな認識阻害の効果を持つ仮面を着けていること。


 そして、もうひとつ。



 其処に集った十二人全員が、それぞれの理由から『この世界の破壊』を願っていたということである――。

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