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十四話 ノリと実益

 携帯コンロで炙られてこぽこぽと泡を吹く、三つのあったかお鍋。


 どこかのラーメン屋の店長の如く腕組みしながら鍋蓋の振動を眺めてた俺は、なんとなく蒸気機関の原理について思いを馳せる。うーん、ゼノディアスくんってばとっても知的でアカデミック。


「どうしたね小僧、気色悪い変顔なんてしちゃって」


「知的な顔!! これ、アカデミックな顔!!!」


「はーん」


 今にも鼻くそほじりそうなほどにどうでも良さげな顔で相槌を打ったナーヴェは、テーブルに頬杖突いてるのとは逆の肘で隣席のエルエスタを突っついた。


「あれ、あかでみっくな顔だとさ。ところであかでみっくって何?」


「あんたそんなことも知らないの? あかでみっくっていうのはね、『破廉恥的な』って意味よ」


「恥的……。はー、なるへそ」


「字が違ぁう!! 『知』的!! 知的ッ!!!」


「はーん」


 勝負が白熱しすぎたゆえの燃え尽き症候群によるものか、ナーヴェは俺のツッコミにも投げやりな調子で、終始気怠げである。


 ちなみにエルエスタは、俺がドクターストップかけなければ敗北確定な状況だったためか、ナーヴェに対してのみならず俺に対しても若干トゲトゲしい態度だ。臨時総帥まで器ちっちゃいな、天下の魔女機関様よ……。


 腕を組み脚を組みして椅子にふんぞり返っていたエルエスタは、ナーヴェによる意味無き肘つんつん攻撃をガン無視しながらじろりと俺を睨んできた。あ、失礼な思考がバレた? なわけないか。


「で、ゼノくんはなんでここに来たの? ……って言っても、どーせそっちの総帥様やいもーとちゃんの悪巧みの片棒担ぎに来たんでしょーけどね」


「ん……、まあ、たぶんそうなんだと思うけど。そのあたりって、エルエスタ達はなんか詳細聞いてる?」


「…………。あなた、まさかろくに事情も聞かないまま魔女の集会にホイホイやって来たの……?」


 あ、やべ。


「ん、んんん?? いやぁ、そんなことはないですぞ?? 俺はちゃぁんと、ママアリアさん――じゃなくてシャノンさんが俺にだいじな頼み事があるっていうね、そういう話をね、きちんと(ここに来てからだけど)聞いてね?」


「頼み事の、具体的な内容は?」


「……………い、いやぁ、それはプライベートなことですし、ここで言うのはちょっとアレでソレでソイヤソイヤで」


「……今度の『大戦』関係のこと?」


「え、大戦? ――――あ、いや、そうだよ、うん、そう、なんかそれ関係っていうか、たぶんそうっていうか、ぶっちゃけまったく何も知らないまま来ましたごめんなさい。

 今度の大戦ってどういうことです……? それ、前の『聖戦』とかとは別の話……だよ、ね……?」


「…………………」


 無言でスッと天を仰いだエルエスタは、目頭を指で揉みほぐすポーズを取ると、そのまま完全に静止してしまった。

 顰め面をしているわけではなく、むしろ温泉にでも浸かっているような緩みきった顔をしていらっしゃるが、これたぶん弁解の余地もないほど呆れられちゃってる末期状態だと思う。


 愛想笑いで間をもたせにかかることしかできない俺に、ナーヴェが鍋を見たまま怠そうに説明してくれた。


「なんかねー、あれだぁね。とりあえず、近々目障りな虫ケラどもが徒党組んで襲ってくるらしいから、それをあたしらで全員返り討ちにしようって話だね。

 そんで、そこの女があんたも呼んだってことは、あんたもあたしら側の頭数に入ってるってことなんじゃないの? たぶん。知らんけど」


「知らんのかー」


「知らんよ。あいつが何考えてるのかなんて、昔っからちーともわからん。……まあ、悪い奴ではないんだけどねぇ……悪い奴では……。……はぁぁぁ……」


 頬杖を通り越して机に突っ伏すようにしながら、万感の想いの籠もった溜め息を吐くナーヴェ。


 そこの女とかあいつとか突き放したような物言いが目立つが、どうやら悪感情だけではない確かな情があるようだ。正に、腐れ縁といったやつなのだろう。


 そんな俺らの会話を聞き付けて、噂のシャノンさんがイルマちゃんへの『ほっぺにちゅー』を中断してこちらに挑発的な笑顔を向けてきた。

 ちなみに、イルマちゃんはもうアリアちゃんや義姉様にも完全に絡みつかれて、粛々とキスの雨を受け入れていらっしゃるよ……。尊いはずの光景なのに、イルマちゃんが死人のようにぐったりしすぎててちょっぴり罪悪感……。


「悪い奴じゃない、なんて、ナーヴェったら随分と丸くなったわねぇ。私にされてきた嫌がらせの数々、すっかり忘れちゃったのかしらぁ?」


「嫌がらせっていうか、あんたの尻拭いの数々な……。はあああぁぁぁぁぁぁぁ…………」


「な、なによぅ……。そんな溜め息つかなくったって、いいじゃない……」


「はああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」


「ナーヴェのバカぁ!! うわーん!!」


 完全に負かされた総帥閣下は、イルマちゃんに縋り付いて泣きじゃくりながら、アリアちゃんと義姉様に『よしよし』と頭を撫でられて慰められていた。

 あの四人、もうすっかり仲良しだなぁ……。イルマちゃんは相変わらず死んでるけど。


 ともあれ。


「『大戦』、か……」


 ……かつての『聖戦』の折、冤罪かなんかで身を隠すことを余儀なくされていたはずのシャノンさん。

 そんな彼女が、一度は袂を分かったはずのエルエスタやナーヴェらの前に今再び姿を現し、魔女機関への不干渉を貫いていたはずの大聖女一派までこの場に招いた。

 たぶん、その目的は、今日俺を呼び出した理由と同じ。


「つまり、この集まりって、戦前の決起集会みたいなもの?」


 そう答えを導き出した俺に、義姉様や兄様からぎょっとした視線が飛んでくる。

 だが、そんな寝耳に水といった反応を見せたのはその二人くらいのものだ。他のメンツは多少なりともこの会の趣旨を理解していたようで、めいめいそれが察せられるような思い思いの表情を浮かべている(※ただし、義姉様とイルマちゃんにサンドイッチされてニコニコ笑ってる脳天気なアリアちゃんは見なかったものとします!)。


 苦笑い派や諦念派が大勢を占めている中、唯一人の反抗勢力であったエルエスタが、組んでいる足でドンとテーブルの裏を蹴り不機嫌を顕にする。


「決起集会ぃ?? ばか言わないでよ。私はまだ、そこの無責任トンズラ女を赦してすらいないし、さっきの一方的な『命令』だって受け容れてなんかない」


 トンズラ女……はわかるけど、命令? なんか命令とかされてたっけ?


 俺らがここに来る前の話かな、と思いながらナーヴェに「命令って?」とこっそり訊ねてみたら、ますますダルそうな顔しながらも遅参組全員に聞こえるように教えてくれた。



「ああ……、まぁ、あれだよ。エスタにさ、『臨時や代行なんかじゃなくて、正式に総帥になれ』とさ」



 ……………。


「ん? なればよくね?」


「はー。あっさり言うねぇ」


「いやだって、十年も代行してたら、既に実質本職みたいなものじゃん。

 エルエスタが勝手に総帥自称したり、誰かに担がれて簒奪するならまだしも、先代総帥から直々に後継者に任命されたって話ならべつにどこにもカド立つ要素も無いだろうし」


「カド、立つらしーよ? むしろ、角を立たせるためにわざわざそんなこと言い出してるらしいしねぇ」


「ほーん……? え、どゆこと?」


「えぇ、まだあたしが喋んの……? そんなの、他のヤツに聞きなよ」


「そんなこと言わずにお願いしますよぉ〜。後でデザートのリクエスト権とかあげるからさぁ〜」


 揉み手擦り手しながらお願いしてみたら、顔を顰められて普通に断られる気配だったけど、会話を聞きつけたアリアちゃんによる「でざーと!?」という期待に満ちた歓声がナーヴェを一瞬で翻意させてくれた。

 深淵様と晴嵐様は、果たしてこんな安い女に成り下がってしまっていいのだろうか? デザートで釣ってしまった俺が言えたこっちゃないけどね!


「エスタはやり方がヌルい上に、本人は戦闘がからっきしだからねぇ。力こそ全ての魔女界隈じゃ、敵はわりと多いのさ。

 まあ、そういう奴らは一度あたしがシメてやったし、それに『総帥とはいえあくまで臨時で代行』って体を取ってたから、奴らもギリギリで納得しちゃあいたが……。あいつら最近、なんかあたしのこと落ち目とか呼んでイキってるし、そんな時に正式にエスタが自分らの頭の上に座るなんて話聞かされれば、まー、今度こそガチで全面戦争確定だわな。

 で、敢えてその展開に持っていって敵をまとめて潰そうってのが、そっちのトンズラ女の案。んーで、それを全力で嫌がってるのがエスタってわけ」


「……ん? つまり『大戦』って、その魔女同士の過激すぎる派閥争いのこと?」


「あー? あー、ざっくり四分の一くらいはそれで正解なんじゃないかねぇ」


「四分の一て、赤点じゃん。じゃあ残りの四分の三は何なのさ?」


「ウチの機関とは関係ないどっかの組織や国とかも、この機に乗じて表や裏から色々仕掛けて世界の覇権を獲りに来るんだとさ。

 ほんっっっと、めーんどくさいったらありゃしないよねぇぇぇ……」


 好戦的な性格してるはずのナーヴェだが、深謀遠慮の絡んでくる戦略単位での話はあまりお気に召さないらしい。斯く言う俺もそういうまどろっこしいのは好きでないので、これは晴嵐流を受け継ぐ者達の性なのかもしれないな。脳筋万歳!


 ともあれ、これでようやく俺の立ち位置は見えて来たな。つまり、やっぱり脳筋万歳!!


「じゃあ俺は、総帥の座を正式に継いだエルエスタのために、数多の戦場を駆け抜けて首級と勝利でお祝いしてあげればいいわけだな?」


 キリッと表情を引き締めながら確認を取る俺だったが、即座にエルエスタから「ちょ、ちょっと!」と待ったがかかった。

 ところでなぜ君は恥ずかしそうにもじもじしているんだい? シャンと胸を張れよ、新規総帥様!


「わ、私、まだ総帥継ぐなんて一言も――」


「継がないのか……?」


「……え、なんでゼノくんがそんな残念そうにするの……?」


「え、だって、俺のこのにわかに昂ぶった騎士道精神と忠義の心はどこに持っていけばいいんだよ……。美少女総帥閣下に仕えて、自らの全身全霊を振り絞り、勝利の栄光を捧げる。そんな全世界の野郎共垂涎の滾るシチュを、目の前にチラつかせておきながら味わわせてはくれないというのかこの小悪魔ッ!!!」


「え、えぇぇー……? びしょぉじょそーすいとか、そっ、そんなこと言われてもぉぉぉ〜……」


 もじもじしながら髪の毛まで弄りだして全力で恥じらいつつ、満更でもない様子のエルエスタ。


 おそらくこの場の誰もが思っただろう。――あ、これ押せば堕ちるな、と。


「……あらあら、ゼノディアスくんてば情熱的ねぇ。そんなにエスタのためにがんばりたいのぉ??」


 ややわざとらしい感じになりながらもアドリブを効かせてきたシャノンさんに、俺は「ああ、もちろんだとも!!」と即座に合わせた。ちなみに成り行きを眺める女性陣の眼は実に冷ややかであったが、これは完全に余談である。


「そっかぁ。ゼノディアスくんは、総帥閣下となったエスタにお仕えして、いっぱいがんばって尽くしてあげたいのかぁ〜。……だってさ、エスタ? どうするぅ〜??」


「え、えぇ〜??? そんなぁ、どうするとか言われてもぉ〜♡ ぐ、ぐへ、ぐへへへへへへ♡♡♡」


 ………うむ。我が未来の主エスタよ、その笑い方とヨダレはどうか謹んでいただきたいものである。

 なに、もしかしてエルエスタって、これまで仕事優先しすぎたせいで異性関係に飢えまくってたとかなの? 飯食いながら片手で仕事の資料読んでるような娘だもんなぁ……。

 加えて言うなら、そんなこじらせたキャリアウーマンみたいな天然おぼこ娘だからこそ、件の『ゼノディアスくんを巡って魔女達が大暴走』みたいな突拍子のない危惧を抱いてしまったのかもしれない。


 ――ふむ。そういうことなら、この見た目だけは世界一カッコイイと自負している不肖ゼノディアス、今日だけは恥を捨ててめいっぱいイケメンホストしてあげようじゃないか!! 主に俺の生存権のために!!!


「おっと。ランチもそろそろ出来上がる頃だし、飲み物の準備でもしようか。俺の総帥様おっと間違えた、俺のエスタ、すっきりとした喉越しの自家製白ワインなんていかがかな?」


 くるくると踊るように回りながらエルエスタの背後に侍った俺は、片手を彼女の華奢な肩へそっと置き、もう一方の手でお手軽ワインセットを出現させながら、耳元でしっとりと囁く。


「ひゃあぁ」と魂の消えたような素っ頓狂な悲鳴を上げて逃げようとするエルエスタだったが、こいつマジで非力すぎて、肩に置かれた俺の手を全く振り払えてない。せめてもうちょっと筋トレしよ? 脳筋は良いぞー?


 そうこうしてるうちに俺は片手で白ワインをグラスに注ぎ終え、それをエルエスタの口元へと持って行ってあげた。


「さ、ひとまず味見でも一口どうぞ」


「ええぇぇ――」


「おっと、もしかして口移しが良かったかな? フフフ、俺の総帥様はとっても甘え上手だなぁ」


「くくくくくく、くくくくくくちっ!?!!!」


「どれ、じゃあ早速……」


 エルエスタが顔を真っ赤にしてガン見している眼の前で、俺はクイッとグラスを煽って一口分含みそのままごくりと飲み下す。

 いや飲み込んじゃダメだろ何してんの? だって思いの外美味かったんだもん、しゃーないやんけ!


「……ほ、ほら、毒なんて入ってないだろう? 俺超元気。だからエスタも安心してお飲みよ」


 一口分だけ中身の減ったグラスを、何事もなかったように再度エルエスタの眼の前に持っていく。口移し? なんのことかわからないですね。


 やたらグラスと俺の顔を見比べてキョドるエルエスタだったが、ぐいぐい行く俺に根負けしてグラスを受け取り、ためらいがちにちびりと一口。


 そして、一言。


「―――――わ、わかんない」


「………? わかんない? え、何が??」


「……味、とか? なんか、ちょっと、よくわかんない……」


「んんー? まあ正直俺も酒の良し悪しとかわかんないけど、流石に美味いか不味いかくらいは――」


「わかんない!!」


 わかんないかー。じゃあ仕方ねぇな! わかんないものはわかんないもんな、あっはっは!


「じゃあ、子供な俺らはおとなしくぶどうジュースにでもしとくか。……んー、じゃあこのワインどーし、よ……?」


 中身がほぼ減ってないワインボトルをちゃぷちゃぷ揺らしながら思案していたら、横合いから速攻で空のワイングラスが差し出されてきた。


 その持ち主は、いつの間にか俺の背後にぬらりと立っていた、鷹の如き眼光を瞬かせる焔髪さんである。え、貴女いつの間に移動して来たの? 椅子の上に置き去りにされたみーちゃんが超びっくらこいてるよ?


「飲まないんだろう?」


「え?」


「飲まないのなら、私が消費してやってもいいぞ? 勿論対価は払おう。金か? それとも、力が欲しいか――?」


 なんか悪魔との契約みたいなこと言い出してる焔髪さんだけど、後者の場合は金の代わりに何かしらで力を貸してくれるってことだろうな。


 俺は今日学んだことがある。魔女ってやつは、飲み物食い物で簡単に釣れちゃうらしい。あんたら、本当にそれでいいのか?


「……まあ、金は要らんから、じゃあなんかあった時には力添え宜しく」


「フッ、任せろ」


 ニヤリと笑いながらボトルを受け取った焔髪さんは、そのまま小躍りしながら自席へ戻っていき、迎えてくれたみーちゃんを猫可愛がりしながら手酌で酒盛りを始めてしまった。

 そのままの勢いで、良い感じに煮えてきた鍋に手を出そうとするが――。そこでピタリと動きを止めて、無言で俺を見つめてくる。


 まったく、自由なんだか、律儀なんだか。俺はちょっと呆れたような笑みを漏らしつつ、大きく頷いてみせた。


「じゃあ、飯にしようか。乾杯の音頭や口上とかは……、じゃあ、エルエスタの総帥就任祝いみたいな感じで――」


「エルエスタおめでとうかんぱーい!!! ごっきゅごっきゅごっきゅ!!!!」


 焔髪さん先走りすぎである。ワインがよっぽどお気に召したらしく、まだみんなの飲み物すら揃ってないのに速攻でグラスを一気に煽って飲み干していた。


 うん、まあいっか! 身内の宴会に余計な遠慮は無用だよな!


「よーし、じゃあ飲み食いするぞー!! せーの、『エルエスタ様、総帥就任おめでとー』!!! ウェーイ!!!」


「おめでとウェーイ!!! フゥー↑↑!!!」


 とノリノリで叫んでくれたのはもはやキャラ崩壊の域に達してるアゲアゲ過ぎな焔髪さんだけだったけど、それにつられるようにして他の面々も各々のテンションで「うぇーい」と返し、宴会へと移ってくれた。


 ――唯一人、祝われてる張本人なはずのエルエスタだけを除いて。


「……っ、勝手に、既成事実作ろうとしないでよ! だから、私まだ総帥になるなんて――ちょっとみんな聞いてる!!? 飲み食いやめろぉ!! こっち向けえぇぇ――――!!!」



 正規総帥エルエスタ。これにて爆誕である!!

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