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十三話 方々攻防

 あまりに白熱し過ぎて、気付けば鍋三つ分どころかその三倍くらいのカット野菜の群れを量産してしまった頃。

 不意にハッと我に返った俺は、未だ包丁と野菜を手放さないエルエスタとナーヴェに声をかけた。


「流石に、もうこれくらいあれば充分――」


『まだダメ!!!!!』


「あ、うっす、了解っす……」


 何故こんなにも女性陣が超絶トゲトゲしいのか? それはね、俺が飾り切りや曲芸切りなんかの舐めプに走っても尚、俺の方が彼女達より速度も精度も若干上だったからだよ。

 加えて言うなら、途中で魔術や魔導具解禁しそうになった二人に対して、『そっちがその気なら俺も手加減しないけど?』と調子に乗りまくりながら身体強化魔術使って一瞬にしてニンジンで精巧なフィギュアを拵えてみせたことも理由のひとつかもしれない。


 そのあたりでナーヴェもエルエスタも若干涙目になっており、俺に勝つことは諦めた様子なのだが、かといって俺の勝ち逃げや自ら勝負を降りるといったことはプライドが許さないようで。結果、こうして終わりの見えない戦いが繰り広げられることとなっていた。


 つっても、二人の勝負の主眼は既に、単独トップの俺を下すことではなく、なんとしても二位だけは死守することに移っているようだけど。でも、そろそろエルエスタの手の痙攣がヤバくなってきてるので、頃合いを見てドクターストップかければ今回の勝負を丸ごと有耶無耶に出来るだろう。


 そう算段をつけた俺は、隣の好敵手を肘でがっつんがっつん牽制し合いながら野菜切りまくってる女の子達の元をそっと離れ、さっき作ったニンジン製フィギュアを手に持って焔髪さんの元を訪れた。


 ワインを飲み終えて空のグラスを名残惜しそうに見つめていた焔髪さんは、ふと俺に気づくと、怪訝そうに首を捻った。


「なんだ、何か用か? お前はあちらで楽しそうに女達とよろしくやっていたと思ったが」


 ちょっと当て付けっぽい口調で言ってくる焔髪の背後には、なんかギスギスした空気の兄様とオルレイア、そして助けを求めるような情けない笑みの王太子。どうやら、こっちはこっちで色々有ったっぽい。


 ちなみにイルマちゃんからも現在進行系で救援要請の鬼連打が飛んで来てるけど、そっちは極めて尊い姫百合空間なので絶対に無粋な横槍なんて入れませんぞ!!!!


「おにーちゃんのばかぁー!!!」


 どっかからなんか聞こえた気がするけどそれは完全に気のせいであるため、俺は焔髪さん――グリムリンデさんにニンジン製フィギュアを差し出しながら普通に会話を続けた。


「これ、よかったらどうぞ。題して、『或る女の膝で眠る仔猫』です。ニンジンなのでちゃんと食えます。なので、どうぞ召し上がれ?」


「うむ、意味がわからん」


「え。だから……、あ、野菜単体でそのままは食うなんて有り得ないとか思ってるクチですね? お望みならマヨネーズとかドレッシングとかも有りますけど、とりあえず騙されたと思って一口目は何もつけないで食べてみてください。俺がテコ入れした農村で採れた、おばちゃん自慢の逸品なんで」


「いや、誰だおばちゃん――ではなくて、ああもうなんだ、ツッコミ所が多すぎて脳が追いつかん……!!」


 なんでか知らないけど、頭を抱えて項垂れてしまう焔髪さん。


 その動きの振動により、彼女のお膝の上のみーちゃんが「みゅい?」と寝ぼけ眼な感じで身を起こしてこっちを眺めてきた。


「……みゃーう……(うまそーなにほひ……)」


「お、みーちゃんってばわかってるねぇ。どうだい、オレ自慢のニンジンさん(意味深)咥えてみちゃうかい?」


「みゃうー(くぁえゆー!)」


 半分寝てて呂律回ってないみーちゃんだったけど、俺が鼻先に『或る女の以下略』ニンジンを持っていってあげると、小さなお鼻をふんふんと鳴らして匂いを嗅ぎ、すぐさまパクっと食らいついてポキッと圧し折った。


 ……ミニチュア焔髪さんの生首部分を、一切の情け容赦無く。まあそこ一番食いやすかったからね、仕方ないね。


「ブふっ」


 自分の形した無駄に精巧な人形を惨殺されて、焔髪さんが真顔でおもっくそ吹き出して咳き込んでた。

 しかしみーちゃんはそんな頭上の様子に一切気付くことなく、口内に広がる滋味に眼をキラキラさせて「うなぁー!!」とご満悦の歓声。


 みーちゃんが嬉しそうである以上、お猫様大好きな焔髪さんは最早文句を言うことも叶わず、気管の痛みを堪えながら精一杯の恨めしげな視線を俺に投げかけてくるのみである。


 フッ、勝ったぜ。何に勝ったのか知らんけど、とにかく勝利だぜ!


「あ、そういや……、……えーと、……オルレイア?」


 焔髪さんとみーちゃんへのご挨拶はこれにて無事終了(?)したので、その背後で先程まで何やら揉め事の気配を発していた方々に一応声をかけてみる。


 ちなみになんでオルレイアを選択したかというと、単に消去法だ。王太子も兄様も、なんかドン引きしたような表情で固まってて、まともに会話してくれそうにないから。


 だがオルレイアはオルレイアで「はい、どうしました神ゼノディアス或いは愚弟よ」とか真顔で応じてきたので、これはこれでまともな会話になるか甚だ疑問である。


「うん。このゼノディアスは断じて神ではないしついでに愚弟ではなくどっちかというと愚兄だけれどもそれはそれとして、何か困ったこととかはないか愚妹よ?」


「困った事ですか愚弟よ。……………いいえ、特には?」


 なに今の意味深な間と目配せ。俺の言ってることに心当たりがなくて、兄様と王太子に視線で意見を求めた――というより、『お前等、本当のこと言ったらどうなるかわかってんだろうなァ?』と恫喝するような雰囲気だったぞ?

 最早、男衆は発言権どころか人権すらオルレイアに差し押さえられてるような空気なんだけど、ほんと何があったんだろう………。


「……私達の方より、今まさにヘルプミーを叫んでる愚妹の方こそを気にするべきでは、愚弟?」


「いや、あれはいいんだよ、愚妹。みんなに愛されるイルマちゃん、実に胸があたたまる光景だよね!」


「愚弟、その愛されイルマちゃんにめっちゃ凄い目で睨まれてますけど。本当に助けなくて宜しいのですか? 一応言っておきますが、彼奴めは未来永劫延々と根に持ち続ける生粋の闇属性タイプです」


「…………………。あ、ぼくご飯作らなくっちゃ! またね、みんな! そして愚妹よ!!!」


 たとえ末のいもーとちゃんにエンドレス折檻され続けることになろうとも、百合空間絶対護るマンの俺にはあの花園を踏み荒らすような真似など出来るはずもない。


 イルマちゃんやオルレイア、それに焔髪さんやら王太子やらの視線までぶすぶすと突き刺さってくる中、俺はそれらをのらりくらりと躱しながらお料理チームの元へと帰還するのだった。



◆◇◆◇◆



「…………お前ら、兄妹なの?」


 答えがわかりきっているはずの無意味な質問――というよりツッコミを投げかけてくるシュルナイゼに、オルレイアはゴミを見るような目を向けながら宣言する。


「『姉弟』、だ。そこは二度と間違えるなよ?」


「………ああ、そう……」


「あと無論、貴様は私の兄でも弟でもないわけだが」


「ああ、そう!!」


 べつに混ざりたかったわけでもないのに無駄に仲間外れ宣告されてしまったシュルナイゼは、告白前にフられたような気分を味わいながらヤケクソ気味に叫んだという……。

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