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十二話裏 潤滑油はうごめかない

 いつの間にやら火花をバチバチ散らしながら野菜のカット技術を競い合う展開になっている、ゼノディアス&ナーヴェ&エルエスタのお料理チーム。


 そしてこちらもいつの間にやら、『嫌がる末妹にみんなでキスしちゃおうぜ!』と悪ノリ……ではなくそれぞれの理由により本気で迫りまくる、シャノン&アルアリア&レティシア。

 と、それにガチの涙目で必死の抵抗を見せているイルマという、ほのぼの(?)百合姉妹チーム。



 愛と熱意と感情に溢れたそれらの集団と同じ空間に居ながら、残る最後の一組だけは、ただただ荒漠たる原野の如き殺伐とした空気に包まれていた。


「………………」


「………………」


 棒立ちで見つめるオルレイアは無言。それに軽く身構えながら睨んで返すシュルナイゼもまた、無言。


 これから決闘でも始まるのかというピリピリとした空気だが、残念ながら、震える足を必死に押さえつけてまで戦意を露わにしているのはシュルナイゼの方だけだ。

 オルレイアの方はというと、特に何の感情も見せることなく、意図すら籠もっていないようなフラットすぎる瞳でただただシュルナイゼをじっと見つめるのみ。


 ……なぜか自分を挟んでそんな光景を展開されてしまい、流石にちょっと気になってきちゃったグリムリンデは、膝の上でうとうとと微睡んでるみーちゃんを撫でて心を落ち着けながらオルレイアを振り仰ぐ。


「……おい、なんでわざわざ私を間に挟んだ? また嫌がらせか?」


 また、という言葉を若干強調してくるグリムリンデに、オルレイアは心外と言わんばかりに肩を竦めて見せた。


「まさか。私と貴方は持ちつ持たれつ、それなりに上手くやってきた仲ではありませんか。今更そんなデメリットしかない無駄な挑発行為はしませんよ」


「む……、そ、そうか?」


「ええ。なので、これは嫌がらせなどではなく、今後に活かすための建設的な抗議活動です」


「………?? え、私、抗議されてるのか?」


「されてます。〈紅蓮の魔女〉ともあろう方が、売り物にすらならない安酒などにつられて、軽々しく凡夫の用心棒などしないでください。貴方のために毎回それなりの報酬と役を用意している私が馬鹿みたいではないですか」


「……む、ぐ……」


 言い方こそ嫌味なものの、オルレイアが依頼を持って来る時のさりげない気遣いについては、グリムリンデも以前から感じ取っていたことではあった。

 ついでに言うなら、グリムリンデがオルレイアに頼み事をする時には縋り付くようにして情に訴えて助けてもらうことが大半であるため、グリムリンデは文句も言えずにおとなしくすごすごと引き下がることしかできない。


 ただただ正面を向き、小さく背を丸めながら、ワイングラスをちびちび傾けるグリムリンデ。

 戦線離脱を兼ねた証拠隠滅に励む彼女にひとつ溜め息を吐き、オルレイアは気持ちを仕切り直して、シュルナイゼ――ではなくその隣りを見やった。


「よもや、ワインが趣味な〈紅蓮の魔女〉を相手に、敢えて弱小工房の未認可品で買収とはな……。一歩間違えば逆鱗に触れて骨ごと焼殺されていただろうに、随分と思い切りの良いことだ」


「おー? なんだ、お前も飲んでみるか、オルレイアとやら? さっきこの俺様を凡夫呼ばわりしたことを撤回するなら飲ましてやらんこともないぞ」


 とぼけた口調で言いながら、腰に無造作に下げられた巾着からボトルを引き出したり戻したりとウザいチラ見せをカマす王太子ヴォルグ。


 それに呆れと拒否の意味を込めて首を横へ振って見せたオルレイアは、ついでにひとつ訂正しておくことにした。


「貴様のことは、別に凡夫とまでは思っておらん。真に凡夫であれば、如何なる策を弄した所で紅蓮を味方につけることなど出来ようはずもない」


「だが、今回はたまたま逆張りが上手くいっただけかもしれないぞー? まったく、俺様ってば超豪運過ぎてまいっちゃうぜ!」


「――フン。よく言うわ、狸王子め」


 あくまで白を切り通すヴォルグに、オルレイアは面白くなさそうな鼻息で応えた。


 実の所、オルレイアはヴォルグのことをそこそこ高く評価している。

 奇策を策として成立させるために必要となる、運などではない多種多様な能力を実用レベルで有しているから……というのも、無くはない。だが何より、王族でありながら目的のためならば誰の靴でも舐められるしそれをまったく屁とも思わないという特異な精神性は、素直に驚嘆に値すると考えていた。


 もっとも、レティシアの靴しか舐めたくないオルレイアからすれば、絶対したくない生き方ではあるが。


「……まあ、貴様は貴様で、好きに生きて好きに散るといい。なんにせよ、此方に楯突く気が無いのであれば、私の関知する事ではない」


「む。そんなつれないこと言われると、今後のためにも敢えてここらで一回くらい反抗のパフォーマンスでもしときたくなってくるな。貴様の言いなりなんてならんぞバカヤロー!」


 明らかに冗談といった流れから、どこまで本気なのかわからない罵声を繰り出してくるヴォルグ。


 その唐突な謀叛に対してギョッと目を見開いたのは、いきなりヴォルグにガシッと肩を組まれて反乱軍に組み込まれてしまった、哀れなシュルナイゼのみ。

 対するオルレイアは、鼻で「フ」と小さく笑うと、シュルナイゼに試すような口調で問いかけた。


「御前もついでに『バカヤロー』と叫んでみるか? 他人に便乗するのが大大大好きな、凡夫改め腰巾着殿」


「……馬鹿にしてんのか、テメェ」


「その価値も無いと言っている」


 正に無価値なゴミを見る目をしながら、オルレイアは淡々と語った。


「この場に来るまでの経緯や、来た目的については、ひとまず口出しを控えよう。だが、潤滑油としての役割を任されていたはずの御前は、この場に来てから一体何をしていた?」


「…………」


 一瞬バツが悪そうに顔を顰めたシュルナイゼだったが、それは本当に一瞬のことだ。



 なにせ、シュルナイゼがここに来てからオルレイア達が加入してくるまでの出来事においては、そもそもシュルナイゼが干渉できるような事態ではなかった。


 イルマとアルアリアに続いて入室してみれば、そこには完全に臨戦態勢――否、今正に戦闘中かのように険しい顔つきの臨時総帥エルエスタがいて、そんな彼女を盾にして縋り付く怯えた様子の当代最強魔女ナーヴェがいて、更には匙をブン投げたような笑みで傍観に徹する〈紅蓮の魔女〉グリムリンデがいてと、現在どういった状況なのかさえも全くわからない状態。


 話を聞こうにも、そもそも招待されていないシュルナイゼが出しゃばるわけにはいかず。

 アルアリアが親しい人達との合流によって寛ぎだしたり、イルマがろくな説明もなしに突如姿を消したり、かと思えば魔女機関総帥シャノンに何故か熱烈にハグされながら帰還したり、そして今度はイルマがエルエスタの怒りの矛先を向けられるハメになったり。

 そんな風にあれよあれよと変わっていく展開について行けないでいるうちに、いつの間にか話をつけていたヴォルグに連れられ、グリムリンデに護られながら事態が落ち着くまで静観する立ち位置になっていた。


 ここまでは何もできなかった。だが、ここからも何もせずにいるつもりはない。あくまで今は戦略上の情報収集の段階……と考えていたのに、今度はゼノディアスやレティシアやオルレイアまでやって来てしまい、特にフリーダムに動き過ぎなゼノディアスのせいで状況がまた一変。



 詰まる所、オルレイアにこうして責められることになるまでの間に、シュルナイゼが冴えた手を打てる隙などどこにも有りはしなかった。

 そんな自分の努力でどうしようもないような点を突かれた所で、大して痛くはない。むしろ、そういう理不尽な責め方をしてくるオルレイアに対して、軽蔑のような思いさえ湧いてくる。

 それが今のシュルナイゼの本音だった。


「……どうやら、言いたい事が有るようだな」


 気持ちを見透かしたかのように問うてくるオルレイアに、シュルナイゼは直接の返答を避けて別の話を振った。


 自分を護るための、責任転嫁の台詞であると、僅かに自覚しながらも。


「……ヴォルグのことは随分と評価しているようだが、まぐれでグリムリンデ女史に気に入られたのが、そんなに凄いことか?」


『………………』


 名前を呼ばれたグリムリンデがグラスに口をつけたまま振り返り、そんな彼女に何故か見つめられてしまったオルレイアはスッと目を逸らし、その視線の先にいたヴォルグは若干引きつった笑みで肩を竦めて見せた。


 そんな三人の反応に若干キョドるシュルナイゼへ、気を取り直したヴォルグが組んだ肩をばっしばっし叩きながら陽気に頷く。


「まー、あれだな!! ――こんなんでも俺の未来の家臣で、ゼノディアスの兄でもあるんで、あまり虐めないでやってくれ……。今はほら、若気の至りというか,反抗期だから、俺ら……。いや、マジめんご……」


 頷いていたはずが、そのままぺこりと頭を下げるヴォルグ。そんな彼に思いの外強い力で頭を押さえつけられて、シュルナイゼも無理矢理頭を下げさせられた。


 力任せに拘束を振り解こうとするシュルナイゼだったが、さっきのは流石に失言だったなとすぐさま思い直し、抵抗を放棄する。

 ちなみに、シュルナイゼの謝罪の対象はグリムリンデとヴォルグだけである。だって、今の会話の中でオルレイアに謝らねばならない理由など、何も有りはしなかったから。



 対するオルレイアも、今更シュルナイゼの謝罪など欲してはいない。


 そもそも、もう既に、謝罪でどうにかなる段階に無い。


「腰巾着、と言ったが。そんな評価すらも、軽々と更新して来るか。……知らない内に、私の眼は、有り得ない希望に眩んでいたのだな。気付かせて頂き、誠に感謝する」


 折り目正しくお辞儀をするオルレイアの言葉も態度も、一見すると煽っているとしか思えないものであり、実際そう受け取ったシュルナイゼが即座に食ってかかろうとする。


 だが、それをヴォルグが全力で押さえつけた。


「っ、離せ、ヴォルグ――」


「いいからお前しばらく黙っとけ。少なくとも今はもう心象が最悪だ、後でゼノディアス拝み倒してなんとか助けてもらえ。あと間違っても大聖女には頼るなよ、ある日突然名無しの死体になりたくはないだろ?」


 あまりにも必死過ぎる様子で助言を囁かれて、シュルナイゼは思わずまじまじとヴォルグを見つめた。


 ようやく大人しくなったシュルナイゼを開放し、やれやれと安堵の溜め息を吐いて大仰に額の汗を拭うヴォルグ。


 その様をしばし眺めていたオルレイアは、なんとなく尋ねてみようとして――やめた。

 彼等と語るべきことは、もう何も無い。敬愛する主人の選んだ相手に、多少なりとも見るべき所が有ってほしいと、無意識の内に願い、試すかのように厳しくあたってしまっていたが……。どうやら、全ては無駄なことだった様子。




 ならばやはり、我等が動こう。


 粛々と。――着実に。

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