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十二話横 広がる百合の花畑

 乗り気ではなさそうな様子ながらも、手渡された包丁を使って素直に野菜の皮を剥き始めるエルエスタとナーヴェ。


 二人の熟れた手際をしばし眺めていたゼノディアスは、何故かちょっと悔しそうな顔をすると、弄っていた調味料類を一旦横へ押しやり、自らも野菜の皮剥きへと電撃参戦した。

 ……どうやら、女性陣の危なげない手付きに料理人としての地位を脅かされそうで、危機感を覚えたらしい。


 異性への下心すら忘れて全力でプライドを守りにいく小者すぎなゼノディアスを眺めて、イルマは小さく溜め息を吐いた。


 そこに込められていたのは、嘲りではなく、安堵。


 ――それを見抜いたレティシアは、思わず目を細めた。


「……イルマ? あなたやっぱり、本気でおとうと様のことを――」


「哀れな『兄』だと思ってますが????」


「あ、あら、そう……? でも、昨日オルレイアと話してた時、あなたったらおとうと様と結ばれる可能性がどうとか散々惚気けて」


「完全無欠の空耳ですねぇ〜。レティシア様、最近そういうの多くないです??」


「あなたとオルレイアが寄ってたかって空耳扱いしてくるだけでしょう!?!? わたくしのお耳も頭も、断じてポンコツなどではありません!!!!」


 理不尽すぎる配下達にとうとうキレて魂の叫びを上げるレティシアだったが、それで「ひぇぇ」と素直に竦み上がってくれたのは、レティシアとイルマ間に挟まれてるアルアリアのみ。


 肝心のイルマが余裕のよっちゃんの笑みを崩さぬことを忌々しく思いながらも、レティシアは急いでアルアリアへとフォローを入れた。


「あの、違いますのよ? べつに深淵様に怒鳴ったわけではなくて、冗談が過ぎる配下……、いえ、イタズラ好きの困った『妹』にお灸を据えようとしただけですので――」


「いもうと???」


 イルマに抱き着いたままガタガタ震えていたはずのアルアリアが、その単語を聞いた途端にきょとんとしてレティシアを振り返る。


 その劇的な変化にうっかり面食らってしまったレティシアは、しばしアルアリアとお見合いして、お互いにお目々をぱちぱち瞬かせた。


 そんな二人の様子を眺めていたシャノンは、ふと両手を伸ばしてイルマへと体重をかけ、ドミノ倒しのようにレティシアまで全員巻き込んで長椅子へと倒れ込む。


「みんなの愛され妹なポジションがすっかり板について来ちゃったわねぇ、智の小鳥さん? もうこの際だし、私の娘にもなってみる?」


「そこは妹じゃないんですか? いえ、娘にも妹にもなりませんけど。あと重い。あんたいきなり何してんですか」


「あんただなんてイヤだわ、この子ったら他人行儀ねぇ〜。ほらほら、はやく私のこと『ママ』って呼んでごらん?? あとアリアのことは『お姉ちゃん』ね。ほらほら、早くはやく!!」


 言ってるうちに楽しくなってきちゃったのか、すっかり悪ノリ全開なシャノン。そんな彼女に頬擦りされて、イルマはツッコミすら諦めて只々されるがままとなる。


「あー」とか「うー」とか意味のない呻きを上げるだけのイルマに代わり、レティシアがアルアリアを助け起こしながら会話を引き継いだ。


「……あの、総帥さま――」


「ダメよ、聖女ちゃん。そこは『お姉ちゃん』か『ママ』でしょう?」


 速攻で駄目出しされた。どうやらレティシアまで家族設定に巻き込まれたらしい。


 嫌とか以前に戸惑うことしかできないレティシアに、先程倒れた際に抱き着く対象をレティシアへと変えていたアルアリアが間近から問いかける。


「……いるまちゃんの、おねえちゃんなの? 大食いさん」


「大食いさん」


 思わず真顔で反芻するレティシアであった。


 大食いさん。年頃の淑女として不名誉極まりない呼称であったが、アルアリアと初めて会った時のレティシアは、確かに机いっぱいに広げられた郷土料理の山を相手に孤独な戦いを繰り広げていた。

 その後ちゃんと事情を説明した記憶は無いし、そもそもあの時のアルアリアはひたすら萎縮するばかりだったため、会話らしい会話すら交わすことが出来なかった。そのせいで、今の今まで大食いキャラとしての第一印象は払拭される機会も無く放置されていたのだろう。


 ゆえに、大食いさん。なるほどなるほど、納得である。



 ――でも、その呼ばれ方は流石にイヤ過ぎる……!!



「深淵様。今からわたくしは、貴女の『お姉ちゃん』です。さあ、お姉様と呼んでごらんなさい。りぴーとあふたーみー、『レティシアお姉様』。さん、はい!!」


「え? え、えっ、れてぃ、しっし、ねさま」


「ノン、『レティシアお姉様』です。さあ、『アリア』、もう一回やり直しですわよ。出来るまで何度でもやり直しなのです」


「えぇぇ……」


「そんな顔したってダメです!! ほら、『レティシアお姉様』!!!」


「ひぇっ。れ、れてぃ、しっしっし、シアねさま!」


「先程より元気が有りますわね、GOODです。その調子でいきましょう、アリアさん」


「え? ふ、ふひ、ひっ♪ し、、し、シア、おねえちゃん……」


「――――――――Very Good……」


 スパルタ教師レティシア、あえなく完堕ちであった。大食いさんとは比べるべくもない愛称を、偽りのないはにかみ笑顔と舌っ足らずな口調でストレートに贈られて、レティシアはなんかもう細かいことがどうでもよくなるくらいにお姉ちゃんゲージの針が振り切れていた。


 いきなり天使のようにそっと抱擁するレティシアに、アルアリアは一瞬ビクッと慄いたものの、そのまま頭を数回撫でられた頃には警戒心が解け、お互いに笑顔で抱きしめ合う。


 時折くすぐったそうに声を漏らすアルアリアと、それを聞いて笑み溢れるレティシア。


 ――そんな心あたたまる新米姉妹の情景のすぐ横では、何やら血相を変えたシャノンが全力でイルマのほっぺにチューをしようとして盛大に抵抗されていた。なにゆえ。


「うっっっっっざ!!! うっざいです、やめてください!!! 大丈夫ですから、我はダイジョウブですから!!!!」


「ダメよ、大丈夫って言う子がいちばん爆発しやすいのよ!!! 大好きなお姉ちゃんを取られちゃって、泥棒猫に殺意湧いちゃってるんでしょう!!? 素直になりなさいよ、私が全力で受け止めてあげるから!!!! ジュッテーム!!!!!」


「なぁにがジュッテームですか、あなたは単にアリアさんを護りたいだけでしょうに!!! そんな理由でカラダ差し出されてもむしろ惨めあっあっ、やめて、やめてください、ほんとやめて――ちょっ、あなたいくらなんでも全力出しすぎじゃないですか!!??」


「アリアを殺されたくないのは認めるけどそれ以上にあなたのこともちゃんと見てるんだからぁああああぁぁァァあああああアアアアアアアア!!!!!!!」


「うにゃああああああああああああ!?!?!?」

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