十二話・2 プライド オブ ご飯係
いきなり孤立無援となってしまった俺は、背中に氷突っ込まれたようにぴょんぴょん跳ねてるナーヴェと、お尻を百叩きされた後みたいに悶え苦しむエルエスタをちらりと眺めて――。
「………うむ。……さっさと飯作ろ〜っと……」
俺べつになんも悪いことしてないはずだけど、今下手に声かけると絶対なにか文句言われそうな気配だったので、見える地雷は全力でスルーです、
ご飯係のしょーねんは、女の子達に余計なちょっかいかけてないで、己のアイデンティティを真っ当に全うしますよっと。
そんなわけで、見慣れた黒い輝きを散らしながら亜空間ににゅるぽんっと手を突っ込み、まず清潔なテーブルクロスを机上へばさっと広げると、次にその上へ必要そうなものを手当り次第に並べていく。
ちなみにまだ何鍋にするかはノープラン。でもお鍋なのは確定。なんたって、この炎の料理人ゼノディアス様の十八番じゃけぇの!!
「なべ、なべ、お鍋。お牛にお豚にお鳥にお竜、白菜、春菊、桃源草。お塩にお出汁にお醤油お味噌、砂糖にみりんに日本酒どんどん、あとは各地の旬野菜?」
ひとまず三種類くらい作れば、みんなどれかは美味しいって言ってくれるだろ。という安易な考えにより、鍋三つと肉いっぱいと調味料たっぷりとお野菜わんさか、机上へドン。
長机の手前三分の一くらいを占拠したそれらを眺めて軽くプランを練りながら、袖捲くって魔術の水球出してお手々を突っ込んでじゃぶじゃぶ。排水を廃棄用亜空間に突っ込んだら、また新しく大きな水球浮かべて、お野菜丸ごと突っ込んで空中で全自動じゃぶじゃぶ。
でも一部材料はじゃぶじゃぶ洗うと風味飛んじゃうらしいから、椎茸なんかは空いてる手を使って濡れ布巾で拭いてから、てきとーに出したザルへポイ。洗い終わったお野菜も逐次ザル追加してポイポイ。そして使い終わった水球はまた亜空間へダンクシュート。
そうして出来上がった瑞々しいっていうか水々しい生野菜軍団はひとまず放置し、木枡に小分けにされた味噌と醤油と塩麹を手前に持ってきて、腕組みしながら軽く黙考する。
――やはりメインは、マイフェイバリットテイストである醤油……か?
味違いで三種類作るとはいえ、厳正な食べ比べをするわけでもないのだから、具材が全鍋で完全に一緒というのではちょっとおもしろくない。
だからそれぞれの鍋にコンセプトを持たせて具材を割り振ろうと思うのだが、俺があまりに醤油贔屓過ぎて、このままだと良い材料は全部すき焼き鍋に回してしまいそうだ。
だが、あんまり毎度毎度醤油味ばっかプッシュしてると、そのうち『俺の作る飯=大体いっつも醤油味』というイメージが定着してしまいそう。
専門店でも開くならそれでいいのかも知れないけれど、俺はあくまでみんなの胃袋を預かるご飯係。であるならば、バラエティ豊かで栄養バランスも考えられたメニューを提供できると皆に思われてこそ、沽券が保たれるというものでは? うむむむ、これは悩み所ですぞ。
「むむむむむ―――――、む??」
気付けば、机に顎乗っけたナーヴェが意図の読めない眼でこっちをじーっと見上げてて、そんなナーヴェに背後からヘッドロックかましてるエルエスタも胡乱な目付きで俺を睨め上げてた。
埃どたばたさせるのはやめてくれたようで、それは何より……なんだけど、無言でガン見するだけってのもそれはそれでやめてほしい。何考えてるのかわからなくて、変にネガティブな想像しちゃうので。
熱視線に炙られてちょっと痒くなってきちゃった頬を、意味もなくぽりぽりと掻き。
ちょっと迷いながらも、俺は二人にこう問うてみた。
「……ナーヴェとエルエスタは、料理好き?」
『………………』
ナーヴェがちょいと視線を上に向け、エルエスタもちょいと下を見る。
串団子状態で上下に頭重ねてる彼女達にはお互いの目なんて見えなかったはずだけど、つつがなくアイコンタクトを終了させた様子で再びこちらを見てきた。
「………あんたは、ずいぶん料理好きそうだねぇ。なんだい、あの珍妙な鼻歌……。ま、おかげでエスタの尻も癒やされたから、べっつになんでもいいけどさぁ〜??」
「勝手に癒やされたことにして過去の話にしないでよ、あんたは後で絶対報いを受けてもらうからね? ………でも、それはそれとして、ゼノくんはいったい何してるの?」
そんな一層胡乱な眼つきで責めるように『何してる?』とか言われても。そんなん、見たまんまのことしかしてはいないし、これはそこまで突っかかられなきゃいけない行為でもないはず。
だから、エルエスタが何やらごきげんナナメである理由は、尻強打してのたうち回ってた彼女を俺が放置してしまったあたりにあるんだろう。もしくは、乱暴狼藉を働いたナーヴェに俺がきちんとお仕置きをしなかったこともご不満なのかも。
んー………。じゃあ、えっと。
「エルエスタ、ちょっとこっち来て」
「………?」
唐突なお願いを受けて怪訝そうに首を捻ったエルエスタは、再びナーヴェとアイコンタクトを交わすと、「よっこい、しょ」と緩慢な仕草で立ち上がり、軽く髪や着衣を整えながら俺のすぐ隣へとやって来る。
「はい、来た。で、なに?」
まさに淡々といった感じで台詞を放ってくるつれないエルエスタだが、俺の瞳に映るのは、腰に手を当てておっぱいをせいいっぱい見せつけてきながら、同時に上目遣いで俺を見つめてくる、そんな蠱惑的で情熱的な美少女の姿。
………うーむ。またおトイレに籠もって海産みに励みたくなってきましたぞ。でもそんなわけにもいかないので、心をなるべく平静に保つよう努めつつ、俺より頭一個分低い位置にあるエルエスタの頭をひと撫でしてやった。
え、なんでいきなりセクハラしてるのかって? 言わせんなよ、触りたかったからに決まってんだろいや違ぇよ、普通に【完全治癒の奇跡】かけてあげただけだよ。
「ぅえぇ!?! …………っ、……あ、ああ、そういうことね……」
案の定一瞬勘違いしかけた様子のエルエスタだったが、自らのお尻を振り返って軽く撫でさすると、すぐさま納得の声を漏らす。
再びこちらに向き直ったエルエスタは、なんとも言えない表情で口をもごもごさせていたものの、やがてぽつりと「まあ、ありがとね?」という感謝の言葉と、抑えきれずについ漏れちゃったみたいな愛らしいはにかみ笑いを返ししてくれた。
うむ。……うむ。
「トイレ行ってきていい?」
「あなたはお料理中にいきなり何言ってるの……? 大体、さっきも散々おトイレに籠もりっぱなしだったんじゃ――あ、ぽんぽん痛いの!? あの、じゃあ気遣わなくていいから、はやく行っておいで? それは、仕方のないことだもの……」
普通に受け入れられてしまった。というか普通以上に親身に寄り添われてしまった。なんならマジで物理的に肩でも貸すかのように身を寄せてきてて、『どうする? 付き添った方がいい?』みたいに小さく首を傾けて俺の返事を待っていらっしゃる。
なにこの娘、超優しい……。是非プライベートすぎる個室空間への同伴をお願いしたくなっちゃいますぞ……。
でも即座にさりげなく半歩ほど身を離させていただきました。だって、いもーと方面連合軍が空間ごと凍結させるような極寒の波動を叩きつけて来てるからね。なんでだろうね。理由はよくわからないね。
わからないったらわからないけど、とにかくぼくは、とりあえずエルエスタと少しだけ距離を取ったのです。
「……………」
エルエスタさんは、ぼくが敢えて見ないようにしている連合軍の方へ無言でじろりと眼をやると、なにやらすぅーっと目を細めていき――氷属性レイピアと化した眼光をスライドさせて、ぼくちんをロックオン。
怖い。よくわからないけど、エルエスタちゃんまで怖ぁい……。
冷え冷え過ぎる雪女さん達に囲まれて身体中の筋肉がカチコチに固まってしまったぼくは、ずっと机に顎乗っけて様子見――というか何もわかってなさそうな顔してるナーヴェだけを頑なに見つめながら、初志の貫徹に向けて行動した。
「ナーヴェ」
「あん?」
「……とりあえず、えいっ」
軽く拳を握った俺は、ナーヴェの頭をぽふりと叩く。
叩くというより拳で撫でただけみたいなもんだけど、俺が女の子に振るえる暴力としてはこれでほぼ最高ランクである。
「………。…………?????」
数秒の空白の後、顎どころかほっぺまで机に預けるようにして、こてんと首を傾げるナーヴェ。
そんな彼女と、きょとーんとした顔になってるエルエスタに向かって俺は一応説明した。
「いや、だから、一応……、さっきの分の、おしおき、っていうか……」
『………あぁー……?』
エルエスタは若干納得っぽい声を出してくれたものの、あくまで若干だ。ナーヴェに至っては相変わらず疑問符オンリーである。
うむ。……うむ!
「わかんないなら、まあいっか! じゃーとりあえずお料理するから、ナーヴェとエルエスタは適当に野菜の皮剥いといて」
「………なんで、あたしが皮剥きなんぞ……。大体、なんであたしはこいつに殴られた……? 意味わからん……」
「……そもそも、なんでこの人はいつも突然お料理始めるの……? まあ、毎回美味しいから、べつにいいんだけどさぁ……。……でもさぁ………」
愚痴だか文句だかをごにゅごにゅと漏らしながらも、ナーヴェとエルエスタは一度顔を見合わせると、疲れたような溜め息と共に脱力して唯々諾々とこちらの指示に従ってくれた。




