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十二話・1 刻は来たれり(ただしみんな無自覚)

 義姉様の右手は俺が、左手はオルレイアがそれぞれエスコートし、人外魔境へご入来――の、その前に。


「ごめんくださーい。本日、ママアリアさんに呼ばれた、ゼノディアスでーす。あと、大聖女レティシア様と、その側近のオルレイアさんもいまーす。入ってもいいですかー?」


「わたくし、大聖女じゃありませんわ!!」


「レティシア様、話がややこしくなるのでちょっと黙っててください」


 大聖女様方がなんか言ってたけど、俺は仕切り越しに耳を澄ませて入室の許可を聞き逃さぬよう集中した。


 が、数十秒が経過しても、中からの応答は無し。ちょっと首を捻ったものの、オルレイアの話じゃ室内は異界状態らしいから、普通にこっちの声が届いてないだけだろうと勝手に納得する。


「……入りますよー? 入りますからねー? 俺ちゃんと言ったからねー? よし、じゃあ入ろう」


 いつまでもここに突っ立ってても仕方ない。ひとまず入室を決めた俺は、引き攣った笑顔となった義姉様や、どこか決然とした面持ちのオルレイアと共に、ドアの無い入り口を何の抵抗も無くスルッと潜り抜けた。


 そこから、一、ニ、三歩。全員無事に入室を終えて再び歩みを止めるまでの間に、室内の状況をそれとなく見渡す。



『…………………………』



 沈黙しながらこちらの一挙手一投足を眺めているのは、八名と一匹、合わせて九対の瞳達。

 あまり減っていない料理や飲み物が乗った長方形のテーブルを挟んで、それぞれに派閥を形成しているようだ。


 最奥のお誕生日席。

 大きめの椅子に脚を組んでゆったりと座しているのは、正直来ることはあまり予想していなかった、焔髪美女のグリムリンデさん。

 そのお膝には丸まっている黒猫のみーちゃんを載せ、背後には後ろ手に手を組んで直立不動を貫く王太子殿下と公爵家嫡男を侍らしと、なんだか一番悪の総帥っぽい絵面を展開させている。

 だが、そんなグリムリンデさんの表情はまるで悟りを開いたかのように穏やかそのもの。ここではないどこかを見ているような彼女に影響されてか、みーちゃんまで似たようなお顔だ。

 ただ、イケメン二人は解脱の境地に至っていないらしく、ご自慢のイケてるメンに死相と冷や汗を浮かべながら頑なに無表情を貫いている。

 君達、いったい何が有ったの……?


 次、右手側の椅子多数席。

 そのド真ん中に座してふんぞり返っているのは、【魔女機関】総帥代行エルエスタ。ちなみになんで彼女がふんぞり返っているのかというと、背後から背もたれ越しに二代目〈晴嵐の魔女〉ナーヴェさんに思いっ切り首を抱き締められてるせいで、仰け反らざるを得ない状況になっているからである。

 百合? 唐突な百合成分の補給なの? 本来なら非常に喜ばしいことだけど、なんかエルエスタはやけに不機嫌そうにブンむくれてるし、ナーヴェさんは何故か何かに怯えて縮こまってるような感じだし、どうもただの百合展開ではないらしい。

 そんな二人の怒りや恐怖の矛先は、どうやらお互いではない様子だけど……、この娘っこ達もいったい何が有ったのやら。


 最後、左手の長椅子席。

 そこに座している女の子達もまた、首に腕を回して抱きしめたり抱きしめられたりの百合空間を形成している。が、こちらもやはり一筋縄では行かない恋愛模様を形成中。

 イルマちゃんに横から抱きついて、とっても嬉しそうなにこにこ笑顔のアリアちゃん。と、そんな二人をまとめて逆サイドから抱きしめて、とっても満足そうなのほほん笑顔のママアリアさん。

 笑顔でいっぱいの新旧アルアリア達に抱きつかれている当のイルマちゃんはというと、どうしたらいいかわからないといった様子の泣き顔めいた困り顔を見せながら、綺麗に揃えた両膝に両手を置いてひたすら居心地悪そうに身体を縮めていた。



 うん。なんか予想してた展開とは違ったけど、イルマちゃんは確かに窮地と言っていい状況にあるようだね。


 でも楽しそうなのでほっとこーっと。ふぅ、やれやれ。心配して損したぜ!


「お、おにーちゃん……? 我、とってもとっても困ってます、もっと、もっと心配してくださ――」


「よーし、とりあえず鍋するぞー!! みんなあんまり飯食ってないみたいだし、まだお腹に入るよね? あ、イルマちゃん、こっち側のスペース開けてもらっていい? 今から軽く準備するから」


「………ばかおにーちゃん。ばか、ぼけなす、おたんこなす……」


 ひたすら恨めしげに睨んで来ながら怨嗟を吐くイルマちゃんだったが、アルアリア母子を引っ付けたままで軽く身を乗り出すと、俺のお願い通りに机の上の大皿達を奥側へ寄せていってくれた。

 そんなイルマちゃんに合わせて、両サイドのアリアちゃんとママアリアさんが何も考えてなさそうな顔でひとまず頷き合い、片手だけでイルマちゃんのお手伝い。ちなみにもう一方の手は常にイルマちゃんにへばりついたままであり、絶対離さないぞという無言の執念を迸らせている。


『………………はぁ』


 そんなアルアリア母子に溜め息を吐いたのは、イルマちゃん――と、そして対面のエルエスタだ。

 同じタイミングで同じ挙動をしてしまった二人は、シンパシーめいたものを感じたのか、ちょっとぎこちない愛想笑いを交わし合った後は協力して調理スペース確保に動く。


「あんたも大変ね、なんて言ってあげるつもりは更々無いけど。今回のあんたはただの仲介人みたいなものだし、充分痛い目にも遭ってるみたいだから、あんただけはひとまず見逃してあげるわ。感謝しなさい」


「エルエスタさん、わりと我とかレティシア様とかシャノンさんとかをいっつも見逃してばっかりですよね。あれですか、これが巷で言うツンデレとかいう奴ですか?? ヒュー!! かーわいいー♪」


「あんた、愛しのおにーちゃんが来たからっていきなり息吹き返しすぎじゃなーい??? ヒュー!!! かーわーい――ぐぇっ」


 女の子らしい(?)かわいい合戦を展開しようとしたイルマちゃんとエルエスタだったが、イルマちゃんが無言で振り被った右ストレートが繰り出される直前、残像すら残る勢いでナーヴェさんがエルエスタの首を背もたれへと引き戻す。


 ちょっぴり泡すら吹いて手を痙攣させている瀕死のエルエスタに構わず、ナーヴェさんはヘッドロックする腕に更なる力を込めながら怯えきった様子で小さく叱責した。


「ばかたれ、何いきなり絆されてるんだい!!! アリアの友達だっていうあの黒子ちゃんには、まあ罪や悪気は欠片も無いのは当たり前だとしても、あっちにはあの傍迷惑おばけがいるんだよ!!? うっかり近付いたらどんなしっぺ返しが待ってるかわかったもんじゃない!!」


「う、ぎ、ぎ……。……っ、あ、あんた、やっぱり、子育て押し付けられたこと、迷惑だと思ってぐぇえええぇぇぇえええぇェェェ!!!!!」


「有り得ない妄言口走ってんじゃないよゲロクソ女がぁああああァァァああああああぁぁぁぁアアアア!!!!!!!!」


 片手でのアイアンクローに移行したナーヴェさんの手により、頭を掴まれたエルエスタが宙吊りにされて甲高い悲鳴を上げながら足をじたばた、じたばた。


 ……うむ。結構シャレにならない暴行現場だと思うんだけど、なぜだろう、この二人のこういうやり取りを見てると、まるで百年以上コンビ組んでる熟年夫婦の漫才を見ているような安心感に見舞われてしまう。


 周囲を見ても誰も止めようとする気配も無いし、エルエスタも魔術使って最低限の抵抗はしてるっぽいので、べつにこのままほっといても良い気はする。むしろ、下手に『暴力はいけない!』みたいな正論振りかざして割り込んでも、夫婦が興醒めして場が白けるだけの結果に終わりそうだ。


 だから、二人のこのじゃれ合い自体は、それはそれで構わない。でも、机の上に料理載ってる状態であんまりどたばた埃立てられるというのは、やっぱりあんまりよろしくないだろう。


 なので、因縁ふっかけられてる被害者っぽいエルエスタの方ではなく、ちょいとハッスルし過ぎなナーヴェお嬢ちゃんに教育的指導を入れることにした。



「―――――ナーヴェ(←超イケボ)」



「あひゃぃ!?!?」


「あぶづっ!?!」


 まだ名前呼んだだけなのに、素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び上がるナーヴェと、うっかり床に落とされて尻を強打するエルエスタ。


 身をよじり悶えて呻く二人の娘達を前に、予想外のオーバーリアクションのせいでセリフが頭から飛んでしまった俺はただただ立ち尽くすばかり。


 そんな俺の傍らでは、義姉様がオルレイアに導かれてそっと距離を取っていた。


「レティシア様。ひとまず、この場で一番厄介そうな〈晴嵐〉様と総帥代行はゼノディアス様にお任せするとして、我々は我々で個別に交流を深めていくと致しましょう。

 私はあちらの〈紅蓮〉の方へ御挨拶に行って参りますので、レティシア様は差し当たり、そちらの〈深淵〉様と仲良しこよししててください」


「……ねえオルレイア? わたくしの目がおかしくなければ、深淵様がお二人いらっしゃるように見えるのだけど……。もしかして、あちらの方は……」


「ええ。レティシア様の想像通り――」


「ママアリアさんですわね!!!」


「シャノンさんですこのぽんこつ聖女。折角イルマと二人がかりで叩き込んだ情報を、ゼノディアス様の発言だからといって無条件に信頼して勝手に上書きしないでください」


「ご、ごめんなさい……、…………? え、今あなた、敬愛するご主人様のことぽんこつとか」


「空耳です」


「え、でも」


「空耳です」


「………え、えぇ……」


 納得なんだかドン引きなんだかわからない呻きを最後に、反論を放棄した義姉様はオルレイアの言葉に従ってアリアちゃんの隣へと腰を下ろす。

 それを見届けたオルレイアも、ひとつ頷くと、自らの宣言を実行すべく焔髪さんの方へと歩いていった。

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