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九話 へべれけ少女あるありあ

 ぜのせんぱい。


 ――ゼノ先輩。


 ちっこくて細っこくて体力無くて儚くて人見知りなのに健気に歩み寄ってきてくれて慣れない笑顔や小首を傾げる仕草がいちいちかわゆすぎて思わず妖精さんか天使さまかなと思わずにはいられない、そんな可憐で奥ゆかしい後輩女子アルアリアちゃんに舌っ足らずな感じで『ぜのせんぱい』と呼ばれ慕われる、年上のクールでニヒルでナイスな頼れるガイは一体誰か?

 そう。このわたくし、ゼノディアス=バルトフェンデルス改め今日から真名はぜのせんぱいなこの俺です。バルトフェンデルス公爵家の息子は本日を以てシュルナイゼ様のみとなりました。身勝手なぜのせんぱいをお許しください。


「――アリア……」


「は、はひ」


 家名を捨て愛に生きる覚悟を決めた古今無双のイケメン先輩にしっとりとしたイケボで名前を呼ばれて、アリアは小さな肩をぴくんと跳ねさせながら過呼吸みたいな引きつった返事を返す。


 わかってるぜ、アリアちゃん。まるで唐突に新種のナマコかウミウシと相対したかのように戦々恐々としながら俺の顔色を伺ってるキミだけど、その心のなかではこの俺のことを『ぜのせんぱい』と親しげに呼んでくれているんだろう?

 それなのにそれが照れくさくって気恥ずかしくて、口下手で人付き合いも不得手なせいで、そんな一見肉食獣に怯える小動物にも通じる、ともすればかわいそうと思えてしまう反応しかできないだけなんだよね?


 だってほら、その証拠に。俺がこうして優しい微笑みを絶やさずにそっと顔を近付ければ、きみは絶対。


「………うぇ、ひっ、……ひ」


 そうやって必ず、愛に溺れて溺死寸前みたいにいっぱいいっぱいの真っ赤なお顔で、必ず俺に微笑み返してくれるのだから。

 俺は今日、キミを笑顔にする定理を証明してしまったよ。フッ、世界の真実がまたひとつ、このぜのせんぱいによって解き明かされてしまったぜ……。


 ……………………………。


「いやこれ普通にセクハラでは?」


「え」


 気付けば壁ドンでもしかねないほどにアリアちゃんの小さな身体を廊下の隅に追いやり、そうやって逃げ場を塞いだ上で『こいつ俺に惚れてるんだぜ?』と言わんばかりの自信過剰な笑みを浮かべながら無言で詰め寄る。

 ちなみに詰め寄られてる娘は、たとえ犯罪まがいの拉致行為まではたらかれても訴えるとかしないことが実戦証明されてる弱気過剰な子である。


 判定。



「《ゼノディアスの名を以て、疾く我に命ず。貴様は即刻死罪に処》――」



「ままま、ま、ってぇぇぇ……」


 言葉にうっかり魔力を込めてしまったせいで、何らかの現象を伴う名も無き魔術を暴発させようとした俺。

 まさかこんな不出来な代物で本当に死ぬはずないなんてことは、【魔女】たる彼女ならわかりきっているだろう。けれど、咎人に迫られていつの間にか床にぺたんとへたり込んで涙目になっていたアリアちゃんは、自分をそんな哀れな姿にさせた犯人の身を気遣っておそるおそる手を伸ばしてくる。


 やり場なく、置き場なく、宙を彷徨う彼女の手。あまりに頼りないそれは、纏ったローブの重みにすら耐えかねて、ぷるぷると震えながら下がっていってしまう。


 けれど、アリアちゃんめげない。


「っひ、ふ、ふっ、ふぉぉぉ……」


 唐突に内なる自分との闘争でも始まったのかと思えるほどの裂帛の気合(※あくまでもアリアちゃん基準です)と共に、再び持ち上げられた彼女の手は、やがて、彼女が触れたかったであろうものを確かに掴んだ。


 ほんの、ちょびっとだけ。細すぎて心配になるような、人差し指と親指で。ちょっと動けばはずれてしまうような弱々しい力で、ちょこんと。


 彼女が掴んだ――否、つまんだのは、俺の服の裾だった。


 ――そして彼女がわしづかみにしたのは、俺の心だった。



「……『また』、届っ、い、た……。…………へ、へひっ――っ、えへ、へぇ」



 息も絶え絶えに何かを呟いたアリアちゃんは――、ずっと叶えたかった何かを成し遂げたかのように、『どーよ、やってやったぜ!』と言わんばかりの笑顔を咲かせた。


 それはきっと、ドヤ顔と言っても過言ではないであろう。だが、あくまでも全てアリアちゃん基準でだ。

 これまでずっと、笑うときには引きつってたり卑屈そうだったり弱気がちだったりした彼女だからこそ、そういったマイナスの要素のないプラス1程度のしょっぱい笑顔でさえ一際輝いて見えてしまう。


「……アリア」


「――うぇひゅっ!!?」


 俺に名を呼ばれて速攻我に返ったアリアちゃんは、悲鳴を上げながら速攻でバッと手を離し、中途半端にバンザイしながら勢い余って仰向けにひっくり返る。


 が。その直前で、片膝をついた俺が彼女の背中にそっと左手を添え、もう一方の手で、アリアちゃんが先程まで俺に触れてくれていたお手々を優しく包む。


 その拍子に俺の腕から宙へと待ったみーちゃんが、一瞬「みぎゃぁ!!?」と素っ頓狂な悲鳴を上げつつも、空中で俺とアイコンタクトを交わし、当意即妙にアリアちゃんの貧しい胸元へぽふりと着地。


 ――斯くして、あるべきものが、あるべき場所へと収まった。みーちゃんを抱くアリアちゃんと、そんな彼女達をまるごとこの手に抱き締める俺。何の変哲もない学園寮の廊下で、まるで熱烈なダンスを踊りきったかのような感慨と一体感、そして多幸感が俺達を包み込む。


 と思っているのは当然俺だけですよね。うん、わかってまーす!!



◆◇◆◇◆



(――こっ、このひと、当然のようになんにもわかってない……!)


『ぜのせんぱい』の引き締まった力強い腕に背を優しく抱かれ、自分よりずっと大きな手のひらに、まるで夜会へエスコートするかの如くそっと指を取られて。


 絶賛人見知りこじらせ中にして急速に異性への興味がむくむくと膨らみつつあるアルアリアにとって、本来ならば色んな意味で泡と鼻血を盛大に吹いてぶっ倒れかねないほどの精神的ショックを受けて然るべきこの状況。

 けれど、今アルアリアはおもらし少女に次いで鼻血ブー少女になることなく、その一歩手前でギリっギリ踏みとどまっている。

 そんな彼女の意識を繋いでいるものの正体は、何度も何度もこの手をすり抜けていってしまう彼――『ぜのせんぱい』への、ちょっとした憤りだった。


 思わせぶりに優しげな微笑みで心に踏み込んできたと思ったら、こっちが近づこうとする前にすぐ離れていこうとしちゃうし。

 それでも追いかけて、今度こそ手が届いたと思ったら、彼は心底嬉しそうに蕩けきった笑みでこちらの手を取ろうとしておきながら、ハッとしてすぐさま己の腕も体も鋼鉄の鎖で縛り上げてしまう。


 ――もどかしい。じれったい。せつなくって、狂おしい。


 ダンスでも踊ってるかのようにもうこんなに言い逃れできないほど密着しているのに、それでも彼はまだ『嬉しがってるのは自分だけだ』なんて思い込もうとしている。否、思い込むのではなく、それが事実なのだと勝手に決め付けて、勝手にしょんぼりしょげ返っちゃってる始末。


 それは、アルアリアにとって、ちょっと許せないことだった。いっそ怒っていると言ってもいい。


 だって。彼の――『ぜのせんぱい』のそのネガティブな気持ちは、つまり、アルアリアが今胸に確かに感じている幸福をも否定するものだったから。


 そう。アルアリアは、今日会ったばかりの男の子に、いきなりこんな公共の場で素肌に触られ背を抱かれるという仕打ちを受けておきながら、『もう少しこのままでいたいな』などという人間嫌いの彼女らしからぬ願望を抱いてしまっていた。


(……だって――しあわせ、なんだもん……)


 学術少女アルアリアは、そして理屈を捨て去った。こむずかしいことはもうどうでもいい。自分がしあわせを感じていて、それを与えてくれた『ぜのせんぱい』がしあわせじゃないなんて、そんなの……やだ。


 いっしょがいい。一緒に、このあたたかな気持ちを味わいたい。共有したい。わかちあいたい。


 だから、アルアリアは、彼に取られている指に、そっと力を込めて握り返す。


「……え」


 少し驚いたように声を漏らすぜのせんぱい。しかし、彼はまだ『緊張して力が入っちゃっただけだろう、早く解放してあげないとな』なんて誤解と間違った親切心で離れていこうとしている。アルアリア敗北。


 めげずに再チャレンジ。今度は、わざと彼の腕に体重を預けて、たくましい胸板にそっと身を寄せてみる。

 しかし、これも『無理な態勢で疲れちゃったのかな、アリアちゃん体力無いもんな、仕方無いからもうちょっと支えておこう』などと誤解されてしまい、現状維持には成功したものの何かが致命的に失敗。アルアリア、敗北ツーカウント。


 これにて早々に万策尽きる負け犬少女アルアリア。もはやこれまで、と涙目で白旗を上げかけた彼女だったが、まだ自分には奥の手が残されていることに気が付いた。


 最初は、そうと知らずに口にしたその言葉。けれど、彼の中でそれがどう変換され、どんな劇的な作用をもたらしたのか、アルアリアは知っている。


 さあ、いくぞ。鈍感男め、これでもくらって恥ずか死ね!!


「……………ぜっ、………ぱ……んぅ」


「え? ………絶版??」


 恥ずか死んだのはアルアリアの方だった。『ぜのせんぱい』と口にするのが、つまり彼を愛称で呼ぶことなのだと意識してしまうと、緊張と羞恥で唇や声帯がぷるぷる震えてしまって言葉にならない。

 なんなら全身までぷるぷる小刻みに振動してしまって『唐突に絶版本が買えなかった悔しさを思い返して打ち震えてるのかな。アリアちゃん結構本の虫っぽいもんな、イメージ的に。もしそうだったら、後でそれとなく書籍名を聞き出してプレゼントしよう』と斜め上すぎる真心を向けられてしまう始末である。

 それはそれで奇跡的にわりと合ってるし、貰えるならすっごく嬉しいけれど、なんか絶望的なまでにコレジャナイ。


 大敗のアルアリア、スリーカウントでゲームセット。フードの下により一層顔を押し込め、隠れてめそめそ泣きながら「ひぃん」と胸の上のみーちゃんに泣きついた。


(みーちゃん、わたし、ダメだったよぅ……。もうやだぁ……。ひとりでからまわりして、もう恥ずかしいぃぃ……)


(…………………)


(………? みーちゃん?)


 心で呼びかけるも、みーちゃんはアルアリアの片手に抱かれて胸元に丸まったまま、微動だにしない。


 どうしたんだろ……と素直に心配するアルアリアに、みーちゃんは硬い表情で密告する。


(……バルトフェンデルス)


(またそれなの? さっき、ぜ、ぜっぜぜのせっぱ、……、…………こ、このひとが、言ってたやつだよね? その、ばるんばるんばがどうしたの?)



(――公爵家だよ。バルトフェンデルス公爵家。それがこの少年のご実家。……つまり、この少年、マジモンのお貴族様だ。それも、とんでもなく『とびっきり』のね)



(………???)


 みーちゃんはいきなり何を言い出してるんだろう。……今、この人の実家のおはなしって、何か関係ある??


(え、や、そんな心底不思議そうに言われるとちょっと自信無くしちゃうけど……、と、とにかく、この子はやんごとない家のお子さんだから、あんたもちゃんとそれらしい対応をしなさいねってこと!

 ……まあ、このしょーねんのことだからわりと大丈夫そうな気もするし、そもそももし大丈夫じゃなかったらもう取り返しのつかないほど完全に手遅れだけど……。仕方ないから、万が一のときは一緒に晒し首にされてあげるわ。どうせあんたに貰った命だし)


(え、みーちゃんなんか本気っぽい……。やだ、怖いのやめてよ……そういうの、よくないよ……)


(ようやく危機感を持ってもらえたよーで、あたしゃ嬉しくって泣けてくるよ、まったく)


 みーちゃんの、おどけているように見せかけて真に迫る語り口と、先程ばるんばるばるという呪文を聞いてからずっとおしゃべりな彼女らしからぬ静けさだったこともあり、アルアリアの身体にじわじわと得体の知れない恐怖が忍び寄る。


 だからアルアリアは、思わず縋るような目で『安心をくれる人』を見上げた。子供の頃、怖い夢を見た夜に、おばあちゃんに甘えていた時のように。


 そして、うっかり至近距離でぜのせんぱいとバッチリ目があってしまう。


「――――――はヒゅっ」


 うっかり呼吸と共に息の根止まりかけたアルアリアだったが、不意打ち食らって気持ちよくブッ倒れようとした彼女の心に、ぜのせんぱいの心の声が響いてくる。


「……あー、……どしたね、アリアちゃん? (………あー、不意打ち。卑怯だわ…。ずっとまともに目合わせようとしなかったくせに、なーんでこんな密着姿勢でそれをするかな……。逆にこっちが恥ずいからやめれ……)」


「……………!!」


 元・負け犬少女アルアリアちゃん、おんやぁと小首を傾げながら、大逆転の匂いを敏感に嗅ぎ付けにわかに瞳を輝かせる。

 たしかに自分は、これまでずっとフードと前髪で表情を隠し、俯いてるか目線を逸らすか焦点をズラすかして、彼とまともに目を合わせてはいなかった。これはもはや人見知りの本能みたいなもので、特段意識してやっていたものではない。


 だが。そも、『見る』という行為は原初の魔術のひとつに数えられるほど根源的な強い力を持つ。仮にも魔女の名を冠する自分が、それを蔑ろにしてなんとする!!


 とはいえ、もちろん自分の意思でぜのせんぱいと目を合わせることなど、本来ならば夢のまた夢。

 だが幸いなことに、今はぜのせんぱいの方が不意打ちに照れ照れしちゃって恥ずかしそうに目線をふらふらさせている。今ならば、こちらがじっと見つめても両者の目線がかち合う時間は極めて極小……!!


 即ち。ここからは、魔女っ子少女アルアリアちゃんによるワンサイドゲームの開幕である!!


「……ぜの、せんぱい?」


「――――――――ぉふぅ」


 彼の胸板にそっと寄りかかりながら、先程までまともに口にできなかったその名を呼んで、彼の顔を間近からじっと見上げる。それだけで、ぜのせんぱいは変な息を詰まらせて血を吹かんばかりに顔色を真っ赤にしてしまう。


 まごうことなき真正痴女、アルアリアは心をきゅんと甘くせつなくときめかせた。


(ぜのせんぱい、かわいい……。なにこれ、かわいいの最上級……ううん、かわいいとはまた別の次元に存在する、既存の可愛いという概念とは似て非なる完全上位互換……。………ああ、そっか。これが、ぜのせんぱいの言っていた――)


 ――『尊い』……。


 なるほど、これが『尊い』という感覚。なるほどなるほど、これは確かに尊いとしか言いようがない。

 未だかつて自分の人生において感じたことのないこの新発見の感情については、さらなる分析と解析及びそれらの精度向上のために、可能な限り実験の試行回数を増やす必要があるのでは? それ、あると思います!!


 とはいえ、己の身を顧みず捨て身の猛攻に出ていたアルアリア、既に彼女は限界を一歩どころか一万歩くらい一足飛びに超えてしまっている。

 貧弱な肉体には貧弱な魂が宿る。逞しきおのこであるぜのせんぱいが受けるダメージより、アルアリアの被る精神的負荷の方が遥かに甚大だった。


「はぁふっ」


 さあもっと彼を恥ずかしがらせるぞ、と意気込んで大きく息を吸ったアルアリア。けれどその時、唐突なめまいが彼女を襲い、間抜けな息を吐き出すだけの結果となる。


(……な、に……これぇ……)


 目に映る景色がぐるぐる回っていた。耳鳴りがきぃんと鳴り止まない。周囲の音が聞こえにくくなっているのに、熱く白くぼやけた世界に雷鳴じみた爆音が間断なく降り注ぎ、その激しさは徐々にヒートアップしていってとどまるところを知らない。


 あ、これ、わたしの心臓の音だ。そう気付いたときにはもう遅い。


「――アリアちゃん? おい、大丈夫か?」


「らいひょふれふぅ……、うぇ、ひひ、ひっひ……♪」


「いやそれ絶対大丈夫じゃない笑いだから……。顔、赤すぎてヤバいぞ……? とりあえず、どっかに運ぶ……んじゃなくて、むしろやっぱ俺は離れた方が――」


「やら! らめ! ここにいひぇっ!!」


 耳鳴りと心音があまりにうるさすぎて、彼の声も自分の声も聞こえにくい。それでも彼の雰囲気とこれまでの傾向からすぐに彼の言いそうなことに察しがついたので、アルアリアは雑音に負けじと慣れないながらも声を張る。


 それでもやっぱり、意識が遠退いてきたこともあって、自分の声がおぼろげにしかわからなかった。聞こえたかな、伝わったかな、と不安になりながらおそるおそる躊躇いがちにぜのせんぱいの顔をそっと覗き込む。


 そしてアルアリアは、自分の気持ちがきちんと正しく伝わったことを知った。


「……あー……、っと。…………まあ、そこまで言われちゃ、仕方ない……よ、な?」


 仕方ない、そう、これは仕方ない。これはただの人命救助、これはれっきとした医療行為……。そんな言い訳を何度も何度も内心で繰り返したぜのせんぱいは、申し訳程度の治癒魔術を発動させながら、アルアリアを抱く腕にぐぐっと力を込めてくる。


 緊張のせいか、それとも今まで我慢していた反動のせいか。それはアルアリアが思わず「ひゃぁ」と悲鳴を上げてしまうほどの力強さだったけど、アルアリアはすぐさま悲鳴を引っ込めて、一瞬で不安そうな面持ちになってしまったしょぼくれ顔のぜのせんぱいへ、「ひへへ」とだらしなく笑んでみせる。



「――――――――――――」



(………? ぜのせんぱい、今なんて――)


 いきなり彫像と化してしまったぜのせんぱいの胸中に、ただひとつの感情が嵐となって吹き荒れている。彼自身でさえ言葉にできず、ろくに理解すらできてないらしいそれを、アルアリアはうまく感じ取ることができなかった。


 ていうかそろそろ本格的に意識がヤバくて、余計なことを考える余裕など皆無である。いくら治癒魔術を受けようとも、精神的負荷による気絶というのは防衛本能によるものなので、そもそも治るもクソもない。

 斯くして、人と男と雰囲気に酔ってすっかり酩酊状態となってしまったへべれけアルアリアは、心地よい毛玉を抱きながら頑丈なベッドに身を横たえ、気持ち良〜く意識を手放す――


 ――その寸前で、脊髄に氷柱をぶっ刺してくるかの如き闖入者の声によってさぁぁっと血の気を失せさせる。

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