表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

休憩『未亡人の会』

王子、公爵令息達の元妻のその後です。

個人の視点ではありません。

 その修道院は、優雅でありながら荘厳、そしてどこか温かみのある大きな建物だった。

 一般向の質素倹約を指針とする修道院とは異なり、この貴族女性用の修道院は、何らかの事情で外の世界から避難することを望んだ高貴な女性達のために王侯貴族からの潤沢な寄付金で維持運営されている。

 未亡人や政争に敗れた家の娘、犯罪に巻き込まれた被害者などを、生涯守り、不自由の無い穏やかな暮らしを送らせるための施設だ。

 建国王の妃が発案者だと言うから、その歴史はかなり古い。


 今、その門を小柄で華奢な若い女性が潜った。


「あら、マチルダ様」

「え? まぁ、イザベラ様。貴女もいらしていたのね」

「ええ。パトリシア様とリリアーナ様もいらしているわよ。これからお茶会なの。お部屋を確認したら貴女もいかが?」

「まぁ嬉しいわ。ぜひ」


 予感めいたものはあったものの、実際に旧知の友人と再会するとマチルダは緊張も抜け柔らかく微笑んだ。


「うふふ。マチルダ様、ごきげんよう」

「ようこそ。わたくし達は貴女を歓迎してましてよ」

「わたくしも、お会いできて嬉しいです。皆様、どうなさっているか心配でしたの」

「そうよね。わたくし達、同じ境遇でしたものね」


 家格が釣り合うばかりに愚かな男に嫁がされた未亡人。

 四人の女性達の、言葉にはしない共通の認識が場に沈黙を下ろす。


「でも、ヒューイット様は病死なされたと報道がありましたが、ハロルド殿下とクラウス殿下は身分剥奪と王都追放、でしたわよね? お二方は未亡人の装いですけれど・・・」


 この修道院では修道女の衣装を着る決まりは無いが、未亡人は各々短いヴェールの付いた髪飾りを着けている。

 マチルダとイザベラも、「未亡人の装い」をしていた。


「公にはされていないのだけれども、殿下方の追放先はゲデルードの砦ですのよ。ですから、もう」

「それは・・・ですわね」


 愚かな息子を補うためにと候補達の中から選定された娘達は優秀だ。

 王子妃教育までは受けていないマチルダとイザベラも、高位貴族家に嫁いで役に立たなそうな嫡男の代わりに仕事ができるよう、多くの知識を学んでいた。

 あの砦の裏の存在理由と送られる真の意味を、彼女達は正確に把握している。


「・・・色々と思うところは婚約者時代からありましたけど、まさか性犯罪者として断罪されるほど愚かな男を夫にせねばならないとは・・・己の運命を呪ったこともございますわ」

「ええ、同感です」


 パトリシアとリリアーナがヴェールの下で死んだ魚のような目で遠くを見遣る。


「わたくし達も、ゆるゆるな下半身で文字通り身を滅ぼすような愚かな男に人生を奪われていたなど・・・」

「ええ、本当に」


 イザベラとマチルダもヴェールの下で同じような目をしている。

 四人とも、貞淑が常識である貴族令嬢として婚前は婚約者にさえ必要以上に触れさせなかったが、妻となった後は「役目」を果たして来たのだ。


「幸いなのは、わたくし達があの愚かな男の遺伝子を産み出さずに済んだことかしらね」


 それぞれ新婚から結婚数年で未亡人となったが、誰一人子を授かっていない。


「子を授からずとも離縁して逃してもらえませんでしたのね」

「ええ、そうなの・・・。もしあの男達が全員生きていたとして、わたくし達がそれぞれ離縁されていたとしたら・・・おそらく、四人の中で夫を入れ替えるだけになりましたわ」


 しん、と沈黙が支配する。恐怖を由来とする緊張感が漂った。


「そ、それは・・・なんて恐ろしい・・・」

「でも、・・・現実はそうなったでしょうね。他に適任者はいないもの」

「あの人たちは、自分がわたくし達を『選んでやった』と思っていたみたいですけど」

「王命でなければ誰が・・・」


 かつて王子妃であったパトリシアとリリアーナだけではなく、貴族最高位である公爵家の有名な「馬鹿息子」だったヒューイットとアルバートの未来の妻に選ばれ、王命で婚約を了承させられたのはマチルダとイザベラもだ。

 あの四人の男達の婚約者が候補ばかりでなかなか定まらなかったのは、娘達本人と娘を大事に思っているその親達の抵抗ゆえである。

 中にはわざと試験の手を抜いたり、異常なほど役者に熱を上げる素振りを見せたり、不思議な言動で「頭のおかしい娘」の振りをしたりと、他家との縁談まで遠退いても構わない勢いで婚約回避をする家もあったくらいだ。

 国際問題になるのが目に見えているので、王子妃に他国の姫君を迎える案は早々に潰えていた。


「わたくし、非公式ではありますけれど、陛下に謝罪のお言葉を賜ってしまいましたわ」

「わたくしも。マチルダ嬢とイザベラ嬢も二度と政略に使わないと仰ていましたのよ」

「それは・・・ありがたいことですわね」

「いささか複雑な胸中ではありますけれど・・・」


 たとえ王が謝罪したとしても、失った時間も評判も純潔も戻りはしない。

 沈みかけた空気を変えようと、マチルダが努めて明るい声で話題を変えた。


「そう言えば、新婚で未亡人となったわたくしやリリアーナ様はともかく、パトリシア様とイザベラ様はどうやってご懐妊を回避されましたの?」

「ああ・・・それね・・・」


 パトリシアとイザベラの目が再び死んだ魚のものとなる。


「ヒューイット様の事情は存じませんが、わたくしの方は性病回避が王宮の専属医にも認められていましたの」

「う・・・わ・・・」


 他の三人が絶句する。

 王太子ではないとしても、既婚の王子に結婚後何年も性病の可能性がある状態だったとは開いた口が塞がらない。


「さすが、『ハニトラ瞬殺王子』ですわね」

「学院時代のあだ名のままでしたのね・・・」


 学院時代、平民の生徒達は目立つ貴族達に面白いあだ名を付けて密かに呼んでいた。

 密かにと言っても、敏い者達は耳に入り知っていたのだが。


「では、『キモナル令息』だったヒューイット様は・・・」


 キモいナルシストの略で『キモナル令息』と呼ばれていたヒューイットの事情を訊ね注目すると、イザベラは嘆息しながら答えた。


「ヒューイット様は種無しでしたの」

「え・・・」

「は・・・」

「アレで・・・」

「仰りたいことはわたくしも分かりますわ。でも、実際そうでなければ納得できませんわよね。あれだけ種蒔きに精を出していらしたのに、庶子の一人も出てきませんでしたもの」

「ご本人は・・・」

「わたくしの手の者に密かに調べさせましたの。義両親も知りませんでしたわ」

「ああ・・・種無し嫡男を廃嫡しても、あのお家は弟もそっくりでしたものね」

「そのまま補える妻としてスライドさせられたら目も当てられませんもの」


 イザベラを除く三人が「うわあ」という顔をする。

 みだりに心情を表情に表わしてはならないという淑女教育は身に付いているが、ここでその必要は無い。

 澄ましてカップに口をつけるイザベラを、三人の労りの視線が包む。


「皆様はこれからどうなさいますの?」

「今の心情としては、もう外の世界は懲り懲りですわ」

「わたくしも。若い身空で疲労困憊の心身を静かな環境で労りますわ」

「そうね。外の世界にもう憂いはありませんし」


 言葉には出せない四人の共通の想い。

 婚約者であっても暴走を止めるには至らなかった愚かな男達と、それを唆していた女はもういない。

 アンネローゼが体を使って彼らを唆すのを止めれば被害を止められるかと、彼女の婚約者であるルーカスに働きかけてもみたが、被害が止まることはなかった。

 誰の入れ知恵か、アンネローゼが人前では男達に触れさせず、目撃者のある場所では二人きりで消えることが無くなっただけだったのだ。


 深刻な被害を受けた者達も存在することは、ある程度把握している。

 表立っての被害者支援はできない立場ゆえに、当時ルーカスと距離を保ちアンネローゼ達に目を付けられていなかったサラサに被害者の救済を打診した。

 サラサはリオネル商会の跡取り娘。下手な貴族家では敵わない後ろ盾がある。

 小娘の自分達に金銭的な支援はできなかったが、高位貴族の令嬢としての人脈で、優秀な家庭教師やカウンセラーの伝手はあった。

 お見舞いや、場合によっては墓前に供える花を選び、匿名で送り手向けた。

 罪滅ぼしには全然足りないけれど、できる限りのことはしたかった。


 二度と外の世界へ出ないのは、懲り懲りで休みたい部分も大いにあるが、力及ばず愚行を止められなかった元夫らの被害者への贖罪である。


「あら、皆様こちらにいらしたのね」


 静かに紅茶を口にする四人のもとへ、年配の修道女がにこやかに歩み寄って来た。


「マチルダ様が到着されてすぐに、リオネル商会から荷物が届きましたのよ」

「リオネル商会から?」

「ええ。なんでも『これで全員安全圏に保護できたから御祝いだ』とか」


 四人の若き未亡人達はキョトンとした顔を見合わせた後、誰からともなくフッと笑った。

 そこにはもう先刻までの沈鬱な空気は無い。

 若い女性らしい生命力を湛えた輝く笑みが彼女達から溢れた。

彼女達も被害者であると、事情を知るサラサは考えています。

それでも、王子妃や次期公爵夫人を夫存命中は救済することができませんでした。


多分、「安全圏」に入った彼女達とサラサは文通などで今後も交流が続くと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ