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公爵令息アルバート

公爵令息アルバート視点です。


胸クソ悪い浮気正当化男の自己弁護が出てきます。ご注意ください。

 先日式を挙げた新妻の小言がうるさい。

 僕は妻の小柄で華奢で四歳下なところは気に入っているけど、何年も前から婚約者だったから今更何の新鮮味も無い。

 妻の学院卒業を待って結婚したけど、僕の生活が変わることは無いし変える気も無い。


「お義父様が数年以内に家督を譲ると仰っていたではありませんか。公爵位を継いだ時に隙となるような身辺は、いい加減整理なさってください」


 うるさいなぁ。

 身辺整理って、僕の女友達を切れってこと?

 愛人をたくさん抱えた貴族男性なんか珍しくもないでしょうに。

 女の嫉妬って、本当に醜いし面倒だ。

 今の僕は憂鬱に耐えているんだから、気晴らしは常に必要なんだよ。


 そう、憂鬱。

 幼馴染みで卒業するまで色々させてくれてた美少女アンネローゼが、何故か離縁した後に修道院に入ったんだよね。円満離縁て話だから必要無いのに。

 フリーに戻ったなら、今度こそ最後まで味見させてもらおうと思ってたのに修道院なんて。

 でも、元夫のルーカスが平民の商人の娘と結婚して平民落ちするって記事が出たらアンネローゼは修道院を脱走した。

 理由は分からないけど、悪口色々記事に書かれてたから抗議にでも行ったのかな。


 抗議くらいで目くじら立てることないのに、アンネローゼの脱走を手伝ったらしい第二王子と第三王子は王族籍剥奪で王都追放。怖いなぁ。

 アンネローゼも修道院を脱走後は行方不明らしいし。

 アンネローゼの実家の侯爵家が維持不能とかで国に爵位返還したから、平民落ちした両親と何処かに行ったのかも。

 アンネローゼはプライド高かったから、平民落ちした姿を王都で知り合いに見られたくなかっただろうし。

 けど、侯爵家維持不能って笑っちゃうよね。前から危ないって噂はあったけど、それを立て直すために爵位低いけど大金持ちのディライア家から婿を取ったんじゃないの?

 大金持ちとか学年首席って言っても大したことないな。結局妻の実家を立て直すこともできずに離縁って、女一人幸せにできないなんて男の価値無くない?


「出掛けてくる。今日は戻らない。一人で寝て」


 初夜まで全然させなかった婚約者を妻として好きにできるって、最初の内は楽しかったけど、一通り味わったら飽きるよね。

 これは仕方ないことだと思う。男の性だよ。

 飽きさせない努力を怠る妻の責任。

 夫に遊びをやめてほしかったら、それ以上の刺激と楽しみを妻の努力で提供しなくちゃ。

 それは妻の義務の一つとして教本に載せるべき事柄だと思うよ。


「随分と派手な装いですが、どなたとどちらへ?」

「言う必要ある? 僕に指図できる立場じゃないだろ」


 妻の実家は侯爵家の一つ。僕が継ぐ公爵家よりも下。それに年齢も僕より下。

 いちいち口応えしないで全部従っていればいいんだよ。


「わかりました。では、もう申し上げませんから最後に一つだけ。旦那様の『遊び』は、いつか旦那様の身を滅ぼしますよ。お気をつけくださいませ」


 うわ、何それ。呪いでもかける気? 嫉妬深い女って嫌だなぁ。

 このまま妻との子作りを避けて離縁しようか。次はもっと可愛げのある従順な娘がいいな。


 今夜の気晴らしは大人の社交場、仮面舞踏会。

 仮面を着けた舞踏会、ではあるけど、目的は火遊びのお相手探しが暗黙の了解。

 他人の妻、他人の夫、そんな細かいことは誰も気にしない、余裕のある大人の遊び場。

 出掛けに「身を滅ぼす」なんて不吉なことを言われたけど、僕だって無謀にスリルを楽しんでいるわけじゃない。

 賭け事は手持ちが尽きたら潔く引き上げる。

 違法なプレイルームには誘われても立ち入らない。

 娼館だって合法の店でしか遊ばない。

 仮面舞踏会は、仮面で顔を隠してるだけで、身分が保証された貴族しか参加資格が無いものだけを選んでいる。


 こんなに徹底して安全クリーンに遊んでいるのにグチグチ小言を言うなんて。

 世間を知らない子供のまま嫁入りさせるのも善し悪しかな。

 若い子がいいから家格の合う婚約者候補の中から一番年下の子を選んだけど、失敗だったかもしれない。

 次は、もっと大人の男への理解力と包容力のある女がいいな。あー、でもそれだと年増の非処女になるのか? それは正妻にするのは嫌だなぁ。

 そういうのは一晩の火遊びの相手なら最高だけど。


 お、最高で理想的な一晩のお相手発見!


「やあ、楽しんでる?」

「今やっと今夜参加して良かったと思ったわ」

「じゃあ相思相愛だね。行こうか」


 腕を差し出すと豊満な胸を僕に押し付けながら腕を絡めて来た。

 そうそう、こういう理解力。妻には全然無いんだよね。もっと学習しろって思うよ、ホント。


 仮面舞踏会の休憩室は、普通の夜会で用意される休憩室と違ってハッキリ目的が分かる淫靡な演出で満たされた空間だ。

 合法のだけど気分を高揚させる媚薬香。薄暗いムーディーな照明。艶めかしい色のシーツと、ベッドサイドのチェストに用意された避妊具。


「綺麗だ。素敵だよ」


 睦言を交わしながら情を交わす、上級者しか味わえない遊戯。

 これをやめろって、妻ごときにそんな権利ある?

 無いよね!

 僕に死ねとでも言うつもりか!

 魚は水がないと死んでしまう。僕にとって上質な遊戯は魚にとっての水と同じ。

 酷い妻だよね。最低だ。


 夢のような一夜は明けて憂鬱な日常へ。

 僕は学院を卒業してから一応文官として王宮に出仕している。

 公爵家の後継ぎだから役職付きだけど、秘書官が確認した書類に承認のサインを書くだけの退屈な仕事。

 同じ公爵家の後継ぎで友人のヒューイットは、もう少し忙しい部署にいるらしいけど仕事内容は聞いてもよく分からない。

 そう言えば、最近会ってないな。ヒューイット。王宮でも見かけない。風邪でもひいたかな。


「っ⁉」


 一日の仕事を終えて、面白くない自宅に真っ直ぐ帰るのも芸がないと歓楽街の端で公爵家の馬車を降りた直後。

 僕の意識は闇の中に沈んだ。


 目が覚めると知らない場所だった。窓の無い石造りの倉庫のような部屋。

 この際、部屋はどうでもいい。問題は僕を取り囲んでいる、どう見てもヤバい職種の人間だ。


「さーて、愉しいお仕置の時間だ」


 高そうだが趣味の悪いスーツを着込んだ一番偉そうな男がニヤリと嫌な感じに嗤う。


「アンタ、俺の情婦の味を知っちまったんだってなぁ?」


 情婦? 妙な美人局にかかった覚えは無いぞ。

 僕はいつだってクリーンで安全な遊びを心がけているのだから。

 ふるふると首を横に振ると、男の背後から昨夜の仮面舞踏会で燃え上がった女が現れた。


「嘘だろ・・・あの仮面舞踏会は身元のはっきりした貴族しか・・・」

「俺の子猫はイタズラでなぁ。あっちこっちに潜り込んじゃぁ他所で『オヤツ』を貰って来やがるんだよ」


 な、なんだよそれ。それ、僕悪くないだろ。

 僕は騙されたんじゃないか。怒るなら僕じゃなくて情婦だろ。


「不満げな顔だなぁ? 子猫がイタズラするのは本能だ。当たり前のことをやっただけで叱るのは可哀想ってもんだろうが。だが、俺はこいつにゾッコンでなぁ。こいつの味を他の男が知ってるのは許せねぇんだ。だから、な?」


 男は僕に鼻先が触れそうなほど顔を近づけて囁くように続きを言う。


「死んでくれや」


 全身に鳥肌が立った。本気の命の危険を感じたのなんか初めてだ。

 嫌だ、こんな納得できない理由で死ぬなんて絶対に嫌だ!


「おい、相手はお貴族様だ。きっちりそれっぽく持て成すんだぞ」


 なんだ、なんの冗談だ。

 どう見ても堅気じゃない男達が仮装のように執事服を身に纏っている。


「お貴族様、こちら強酸の風呂でございます。じっくり表皮を落としてくださいませ」

「お貴族様、こちら焼き立ての石炭でございます。口から喉が焼け爛れる熱々の内にご賞味くださいませ」

「お貴族様、こちらガラス片を敷き詰めた寝台でございます。どうぞ転げ回ってお苦しみくださいませ」

「お貴族様───」


 恐怖にネジが飛んだ頭では言われていることが理解できない。

 僕は考えることを放棄して正気を手放すことにした。

 だって無理。こんなの無理に決まっている。

 僕は遊んだだけなのに最悪だ。


「早々に狂っちまったぞ。もっと甚振りたかったんじゃねぇのか?」

「いいよ。ありがとう」

「いや。弟の命日の度に泣いてる愛妻を見るのは俺も辛ぇんだ」

「今日、行ってきたよ。お墓参り」

「お前の弟がこいつの『闇討ちごっこ』で騎士の夢を絶たれ、事故か自殺か分かんねぇような状況で死んで五年か」

「五年、だね。私があの女の婚約者に教師に頼まれた書類を渡しに行かなければ弟は今も生きていたかもしれないって、ずっと・・・」

「しかし狂った女だよな。そっちはリオネル商会のお嬢の命令で『清掃』されたらしいがな」

「いい気味、って思っちゃう今の私を見たら弟は何て言うかな」

「お前と似た気性の双子だったんだろ? 『仇を取ってくれてありがとう』じゃねぇか?」

「ふふ。そうね、そうかも」


 人の声みたいなものがずっと聞こえていたけど、何を言っているのか全然わからない。


「おう、お前ら。死体はアシつかねぇように始末しろよ」

「うっす」

「俺らは一杯引っ掛けに行くわ。何処がいい?」

「じゃあ『菫亭』で。今夜はサラサも顔を出すらしいわ」

「お嬢がか。なら手土産奮発するか。俺とお前を引き合わせてくれた恋の天使だからな」

「ボ、ボス、天使ってガラじゃ・・・」

「うるせぇ!」

「グエッ! ボスの膝蹴り効くッス!」

「行ってらっしゃいませ、ボス、姐さん!」

「任せたわよ」


 ぼんやりした僕の世界の中で、重い鉄の扉が閉まるような音だけがはっきりと聞こえた。

アルバートは悪いことが悪いと理解できないタイプの馬鹿です。

自分のことは棚に上げて他人ばかり責めるダブスタ野郎でもあります。


学院時代、アンネローゼに強請られるままに、ターゲットの女生徒を排除するため、同じ学院に通学中のその兄弟を「闇討ちごっこ」してました。

女生徒本人に手を出さなかったのは、暴力は女性に振るうものではないという考えと、どうせ触れない女に用はないからです。

馬鹿だけど、公爵家の権力程度では未婚の貴族令嬢に手を出したら金で黙らせる必要が生じることは知っていたからです。

親バレして怒られるのが嫌なので、兄弟を狙って「闇討ちごっこ」してました。


「闇討ちごっこ」の被害者は殆ど軽傷でしたが、中には退学して実家で療養しても後遺症が残り、「散歩に出かける」と言い残して車椅子ごと崖下に転落死した男子生徒もいます。


弟の喪が明けるまで結婚式を待ってほしいと婚約者に頼んだ男子生徒の姉は、自殺者を出した不吉な家の娘との婚約は破棄だと言われ、結婚直前で将来が変わりました。

その姉を学院卒業後リオネル商会関連の銀行で雇入れ、一目惚れして花束抱えて足繁く銀行に通う顔馴染みのマフィアのボスとの仲を取り持ったのがサラサです。


サラサは被害者に裏社会の人間を結構紹介してますが、心に消えない傷を負うと、まっさらな堅気をパートナーに選ぶことが出来なくなる人もいるのではないかと。

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― 新着の感想 ―
[一言]  「まっさらな堅気をパートナーに選べない」  凄く腑に落ちる言葉ですね。  この世界は決して優しくもなければ神が見てくれている訳でも無い。  ある意味1回絶望の淵まで行った人間に「普通」の生…
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