第三王子クラウス
第三王子クラウス視点です。
性犯罪者の自己中な暴言が出てきます。ご注意ください。
酷い、辛い、もう嫌だ。
帰りたい、帰り・・・私の帰る場所は、もう無いのだった。
一つ年上のハロルド兄上と共に王族籍を剥奪され、送り込まれたゲデルードの砦。
過酷な場所だとは聞いていた。
だが、私の想像する過酷など、お話にならないほど温いものだったと知った。
まず、暑いし寒い。
日差しを遮るものの無い荒野や壁上は、肌を出している部分が火膨れになるほどの灼熱地獄だ。
だという言うのに、砦の内部や建物の影になる場所は歯の根が合わないほど寒い。
そして未開の森に分け入ればジメジメと暗いが息苦しいほど蒸し暑いのだ。
人里から遠く離れ、作物の育つ環境でもないここでは、週に一度送られてくる歯が立たないくらい硬い保存食も奪い合いになる。
弱肉強食。
強い者は生き延びるための食料を手にして弱い者は淘汰されていく。
暴力で勝てない弱者が生き残るには、強者の気まぐれな情けに縋るより無い。
身分を失い最下級の兵士として送り込まれたが、元が王族の私と兄上は見た目が美しく、そしてまだ若かった。
女の存在しない砦で何を差し出せば生き延びるのか、勉強の苦手な私にも分かりやすい答えだ。
意外にも、プライドの高い兄上がさしたる抵抗もせず上位グループで共有する『女』になった。
砦に送られる護送車の中で、既に兄上の目に生きようとする光は無く、一言も喋らずに体を弛緩させていたから、到着した時にはもう何もかも諦めていたのかもしれない。
私は生き延びるためとは言え共有されるのは御免だったから、監視官の長を相手に選んだ。
たとえ帰る場所を失ったのだとしても、私は兄上とは違う。生を諦めるなど弱者の結論。私は真の弱者ではないのだ。
後ろ盾の無い本物の弱者に比べれば暴力は受けにくいと言っても皆無ではないし、監視官らの鬱憤晴らしのシゴキや乱闘としか呼べない訓練は日常だし、未開の森への巡回も日に二回課せられる。
シゴキで力尽き、手当などされず死ぬ者を何人も見た。
乱闘では刃を潰していない武器を使うから、シゴキよりもっと簡単に人間が死ぬ。
巡回から戻らない者がいても探しに行くことなど無い。
砦があまりに辛いからと森に逃げる人間は過去に数え切れないほどいたようだが、この森は逃げられるような何処にも繋がっていないし、有毒植物が多過ぎて森で食料を手に入れることは不可能。
徘徊する獣や虫は大きく凶暴で、森に逃げ込み有毒植物で死んでも力尽きて野垂れ死んでも、それらの生き物に骨も残さず食い尽くされるのが末路だ。
他人の死を見ることに麻痺した頃、兄上も死んだ。
兄上を共有していた男達の一人に情事の最中に首を絞め殺されたらしい。
呆気なかったが、それならそんなに苦しまなかったのか、痛くなかったのではないかと、むしろお祝いの言葉をかけたくなった。
ここに着いた時から生きることを諦めていた兄上だから、きっと悔いもないだろう。
それからは、他人が死ぬと胸の内に喜びが湧くようになった。
誰かが死ねば、自分が生き延びた実感が強くなるのだ。それは私を高揚させた。
「今日の訓練は森での狩りだ」
監視官の一人が早朝に告げた。
珍しいな。いや、狩りなんか初めてじゃないか。そう考えていると、周囲がやけにザワついていることに気づいた。
全身を這い回るような粘着く視線をいくつも感じる。
まさか───。
「早く逃げないと、ここで捕まってしまうぞ」
ニコリ、と監視官の長がガラス玉のような瞳を向けてきた。
「ここはこういう場所だからね、たまには過激なガス抜きが必要になるんだよ。『狩り』の『獲物』は捕まえたらどう扱ってもいいんだ。だって我々と同じ人間じゃなくて『獲物』だからね。八つ裂きにしようが細切れにしようが自由さ」
男達の手には、訓練で使うような剣ではなく、もっと実用的な大型のナイフが握られている。
「ど、どうして──」
「言っただろう。ガス抜きのためだと。恒例行事なんだよ。いい獲物が二匹も送られてきたから狩りも二回できる筈だったんだけどね、最初から生きることを諦めていたハロルドは獲物にしてもつまらないだろう? それに、彼を共有する奴らが思いの外気に入ってしまってね。『獲物』にするのは可哀想だと楽に殺してしまったんだ」
そんな、どうして。兄上、ずるいじゃないか。
「その点、君は楽しい『獲物』になりそうだ。兄と違って、ここに送られた真の意味も分からずに生き延びるつもりだったのだから、全く反省してなかったってことだしね。僕が可哀想と思ったり気に入るような部分も何も無かった。心置きなく皆の娯楽として提供できるよ」
じり、と私を包囲する輪が縮まった気がする。
「あ、あんた、何者なんだ」
昨夜も私を抱いていた監視官の長から、向けられる覚えの無い憎悪と殺意を向けられている気がして思わず問う。
「自分が自殺に追い込んだ女の父親も覚えていないか。さすが落第王子だな。僕がハロルドを見逃したのは、ディライア伯爵令息と常識的な挨拶を交わしただけの少女達へ、同じような猥褻行為をして尊厳を傷つけてはいたが、彼は体に傷を残すような乱暴はせず、それまでの婚約が破棄されても復学や別の相手との結婚の道は残していたからだ。それが自己保身のためだけだとしても、その程度は考える頭があったから、ここに送られた意味も気づいたのだろう」
は? どういうことだ?
確かにアンネローゼに頼まれて、二度と貴族男性の前に顔を出せないようにしてくれと言われたから辱めて少々脅しはしたが。
だが、自殺者が出た記憶は無いぞ。
それにさっきから言ってる、ここに送られた意味とは何だ?
王家より財産を持つディライア家とリオネル家を敵に回すと王家が睨まれるから、私と兄上は見せしめで処刑されるところを、慶事を血で汚さないために身分剥奪と王都追放でお茶を濁したんじゃないのか⁉
「優秀な第一王子と比べれば劣っていたが、ハロルドはお前よりは勉強していたようだ。ここは問題を起こした軍人の矯正施設の側面もあることぐらいは覚えているか? 王族教育では学院入学前に習うことだぞ。ここに送られるのは私利私欲による殺人や殺人未遂、強盗を犯した者、そして身分を笠に着ての性犯罪者と子供を犯した性犯罪者だ。ハロルドは知っていたんだよ。ここは矯正だけを目的とした施設ではなく、二度と戻せない『訳あり』を秘密裏に処刑する場所だとね」
そんな・・・嘘だ・・・私は、知らない。
そんな話、聞いたことなんか無いぞ。習ってない、知らない。
「どうして性犯罪者が殺人や強盗を犯した者と同列に扱われるか知っているか? 性犯罪は魂の殺人だからだ。魂を殺された被害者の中には、本当に肉体をも自ら殺してしまう者もいる。───僕の娘のようにね」
「あ、謝る! 謝るから助けてくれ‼」
監視官の長に縋ろうと足を踏み出すが更に縮まった包囲網に身体が固まる。
「ほら、お喋りしている間に時間切れになってしまうよ。森に逃げ込む方が隠れる場所がたくさんあるのではないかな。もう30秒だけ待ってあげよう。カウントは始まっているよ」
カチリ。壁掛け時計の秒針の音がやけに大きく響いた。
私は弾かれたように走り出す。
何が起きているのか分からない。
学院時代に私が少々乱暴に辱めた女生徒は何人いたのか、どの家の誰だったのか、顔も思い出すことはできない。
大きな傷を付けた覚えはないし、王子である私のお手着きになるなど喜びではなかったのか。
多少、叩いたり強く身体を掴んだり髪を引っ張ったり怖がらせたことはあったかもしれないが、私自身が手を下すのと同じくらい下位貴族の男を脅して辱めさせていた筈だ。
どうして奴らはここに送られない! 不公平じゃないか!
どうして私ばかりがこんな目に遭うんだ! 楽に死んだ兄上はずるい!
兄上だってやったことは私と変わらないだろう!
息が切れる。
蒸し暑い。
汗が止まらない。
身体が重い。
止まればナイフで八つ裂きにされる。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
私は生きたい。
生き残るんだ。
女くらい犯して何が悪い。
いや、犯してさえいない。多少暴力付きで辱めただけだ。
私の行いに対して罰が重過ぎる。
不公平じゃないか!
世の中には女を弄ぶ男なんて星の数ほどいるだろう!
どうして私だけ!
私だけこんな目に!
「ひっ」
目の前に飛んで来た得体の知れない虫に悲鳴を上げかけて飲み込む。
バクバクと心臓がうるさい。
深い森は時間が見えないほど暗い。
たくさんの生き物が潜んでいる筈なのに不気味なほど静かだ。
こんな所で止まってはいけない。
捕まったら殺される。
私は生きる。
理不尽な罰を受け入れることなどできるものか!
私は生きるのだ!
「みーつけた」
兄のハロルドはゲスなクズ王子でしたが、自己保身のためもあって女性への態度は優しく紳士的でした。
だからと言って、恋人でも婚約者でもない男に権力を笠に着て猥褻行為をされたら、貞淑であれと教育された令嬢は自分が「傷物」になったと苦しみます。
相手が婚約者でも、貴族の令嬢であれば婚前に触れられることに拒否感のある国柄なので、ハロルドもアウトでした。
クラウスは「落第王子」と揶揄される、兄より頭の悪いダメ王子だったので、「最後までしなければ何をしても問題無い」と考えていました。
性犯罪者を犯罪者扱いするのは大袈裟だと考えるタイプの男で、最後までしなければ性犯罪者とさえ呼べないとも思っている最低のクソ野郎です。
ハロルド→身分を笠に着た痴漢。
クラウス→身分を笠に着たDV強姦魔。
という差が兄弟の死に方を分けました。
「被害者の会」のその後については、後で出てきます。