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第二王子ハロルド

第二王子ハロルド視点です。

「このっ! 大馬鹿者めがっ‼」


 我が国の国王陛下である父上が執務机の上から取り上げたクリスタルの文鎮を私に投げつける。

 避けては不敬になるから甘んじて受けたそれは、右肩に当たり酷く痛んだ。

 父上の隣には第一王子、王太子である兄が冷えた蔑みの眼差しで控えていた。

 私はこの、常に冷静で何を考えているのか分からない7歳上の兄が苦手だった。

 生まれた時から比べられ、何か失敗すれば「ギルバート殿下はおできになります」などと侮辱されていた。7歳も上なんだから私ができないことができて当然だろうと、いつも思っていた。

 一つ歳下の第三王子クラウスも同じ気持ちで、私と弟は仲が良く行動を共にすることが多かった。


「馬鹿と馬鹿がつるむと碌なことがない。ああ嘆かわしい」


 大袈裟に嘆息する父上に、私の隣でクラウスが首を竦めた。

 私とクラウスは、幼馴染みのアンネローゼを修道院から逃したことを咎められ、父上の執務室に呼び出されている。

 クラウスと同い年で私の一つ歳下のアンネローゼは侯爵家の生まれで、幼い頃から大層な美少女であり、その中身のまま大人になった女性だ。

 無邪気で可愛らしく、頭が少々足りないから常識も無い。婚約者だという言うのに親密になろうとしなかった妃の代わりに、私もクラウスも随分と世話になったものだ。

 勿論、最後まで手を出したりはしていない。アンネローゼにも婚約者がいたからだ。結婚後に新品ではないことが露見すれば調査が入る。あの頭の足りないアンネローゼが秘密を守れるとは思わなかったからな。


 だからアンネローゼは問題無く初夜を迎えられる筈だったのだ。

 まさか、結婚後三年も夫を拒み続けていたなど誰が想像する。


 半年前、アンネローゼは夫だったディライア伯爵家三男のルーカスと離縁して修道院に入った。

 離縁は円満なものだったと公表されたが、公表した時には父親の侯爵が既に貴族用の修道院にアンネローゼを入れていた。

 円満ならば何故一人娘を修道院に入れる必要があるのかと当時も不思議に思いはしたが、ちょうどクラウスの結婚式の直前で忙しく、不思議に思っていたことも忘れてしまっていた。


 だが、今朝の各社新聞の第一面を目にして私は血の気が引いた。

 アンネローゼの元夫ルーカスと国内最大手のリオネル商会の跡取り娘との婚約を大々的に取り上げた記事には、学院時代のアンネローゼの奔放な行いや結婚後のルーカスへの虐待が事細かに暴露されていたのだ。

 思い出してみれば、アンネローゼがルーカスと結婚する僅か二ヶ月前に私は婚約者だった妃と結婚した。

 そして、アンネローゼがルーカスと離縁したのはクラウスが結婚したのとほぼ同時期だ。


 私とクラウスは話し合い、すぐに行動した。

 もしも、学院時代に戯れにつまみ食いしたアンネローゼが私達に本気になっていのだとしたらマズイ。

 いくら莫大な資産を持つ家の息子だとしても、伯爵家の三男より王子の私達の方が好ましいと感じるのは女性の本能として当然だろう。

 最後までは手を出していないとは言え、「親愛の情だ」「友情の表現だ」と言い包めて相当に際どい場所まで触れたり口付けていた。


 常識に疎いアンネローゼならば、政略結婚が家同士の厳格な契約であることなど理解できず、「いつか王子様が迎えに来るはずよ」などと夢を見て、私が妃と結婚しても「迎えに来る王子のために」貞操を守り続け、クラウスまでがアンネローゼを迎えに行くことなく結婚することで自暴自棄になり、身軽になってこちらに押し掛けて来るために離縁したのではないか。

 そんな恐ろしい予測をクラウスと立てた。

 娘に甘い侯爵ならば、強請られるままに離縁も成立させそうだ。

 だが、侯爵は流石に娘のように夢見がちではなく、アンネローゼを放置して王家に叛意有りと取られかねない問題行動を起こさせてはマズイと考えたのではないか。

 だから、おかしなことを口走っても外には漏れない修道院に入れた。そういうことではないか。


 大人しく修道院に入れておけるなら放っておけばいいが、これだけ大々的に虐待疑惑を報道されては査問機関が動く。

 悪事に加担した女を貴族用の修道院に入れてはおけないからだ。

 査問機関は取り調べのプロだ。夫への虐待の実態の詳細だけではなく動機も必ず掘り下げる。

 新聞にはアンネローゼの学院時代の奔放な振る舞いも匿名とは言え証言付きで載っている。その証言者の中に、査問機関が「信用に足る」とする者がいたら大事だ。

 私やクラウスがつまみ食いしていたことが、大々的に夫への虐待を暴露された女の「動機」だと知られたら、王家の醜聞になる。

 十代の頃に何度か醜聞になりかねない事件を揉み消してもらった私とクラウスは、結婚後に醜聞を起こせば王族籍を剥奪すると父上と兄に脅されていた。


 だから私とクラウスは、アンネローゼを修道院から逃した。

 普段から新聞など読まないアンネローゼに、切り取った一面記事だけを急いで届けさせ、「このまま修道院にいれば君の立場が悪くなるから逃してあげる」と言伝させ、金を握らせた女性騎士に手引させて脱走させた。

 要は、査問機関と接触させなければいいのだ。

 修道院から出て行った女に査問機関は動かない。もしもアンネローゼが自分から調べてくれと言い出したとしても、脱走した女の言うことなど誰も信用しない。


「このタイミングでアンネローゼ嬢が修道院を出ればルーカス殿に迷惑を掛けるのが分からなかったのか。ああ、分からなかったのだろうな。愚かなお前達には!」


 苛々と声を荒らげる父上に、兄が薬湯らしきものが入った茶碗を手渡す。

 ルーカスに迷惑を掛ける程度で何をそこまで怒られているのか理解できない。

 たかが伯爵家の三男で、大商会の婿になると言っても相手は平民だ。平民落ちする元貴族の男一人、何を騒ごうが捨て置けばいいだろうに。


「私と同じ教師を付けられていたと言うのに、本当にお前達は理解していないのだな」


 平坦な兄の声にピクリと眉が動きそうになり耐える。いつもいつも私とクラウスを馬鹿にして上から話す、この言い方が昔から嫌いだった。


「我が国は歴史は古いが、建国からの古い定めを頑なに守り続けたばかりに、王家及び国土の三分の一を占める侯爵以上の領主貴族らの財政は捗々しくない。だが、建国以来の高貴な血筋に拘らない数多くの伯爵以下の家の者達は、家も領地も独自の手法で盛り立て大いに発展させてきた。この国が、未だ国としての体裁を保っているのは、羽振りの良い伯爵以下の領地や莫大な富を築いた平民らからの税収があるからだ。そして、彼らが王位の簒奪など企てないからだ。彼らが王位の簒奪を企てない理由さえ、お前達には分からないのだろう」


 兄の言い様にムッとする。そんなもの、王位の簒奪が最も重い罪になるから以外に理由があるわけないだろう。


「その顔では、二人とも、やはり分からぬか。一体王族教育で何を学んできたのやら。王族教育でなくとも、学院の通常の授業内容でも、深く考察していれば誰しも辿り着く答えだと言うのに」


 思わず、俯けた視線を上げて兄を睨みつけた。

 そこには何故か嘲る色はなく、どこか憐れむような、遠くを見るような、複雑なものがいくつも含まれているかに見えた。


「領地経営が上手く行っている領主も、富と権力を手にした平民も、王位簒奪を企まないのは、そこに何一つ旨みが無いからだ。むしろ、デメリットしか無いと考えられている」

「そんな馬鹿な・・・」


 思わず呟く。

 兄は複雑な思いを宿した眼差しのまま、薄く笑んだ。


「この歳まで知らずにいられたお前達は幸せだったな。我が国の王家と高位貴族の家には、実権などとっくに無い。対外的には古く尊い血筋として国の上位に君臨しているが、実態は象徴に過ぎず、真の実権を握る経済強者達に生かされているだけだ」


 だからな、と兄は続けた。


「国内で最も資産を有するディライア伯爵家と、国内最大の商会であるリオネル商会を敵に回すなど、『たかが王族』がしてはならないことだったのだ」


 隣から重い音が聞こえた。クラウスが膝から崩れて蹲っている。

 それに一瞥もくれず、父上が苦々しく吐き捨てる。


「ディライア家にしろリオネル家にしろ我が王家など比べ物にならん財力を有している。その両家が婚姻により絆を結ぶ慶事に泥を塗るような真似をした。慶事を血で汚す訳にはいかんから処刑はせん」


 処刑。一生の間に、自分が言い渡される側に立つなど想像したこともなかった。

 処刑はしない。父上は言った。

 だが、それは恐らく、あっさり処刑してもらった方がマシだったと思えるような罰が下されるということだろう。


「第二王子ハロルド、並びに第三王子クラウス。貴様達の王族籍を剥奪しゲデルードの砦へ最下級の兵士として派遣する。二度と王都に戻ることは許さん」


 私の膝からも力が抜け床に崩れ落ちる。隣でクラウスが声を上げて泣き出した。

 ゲデルードの砦。荒野と未開の森に囲まれた過酷な辺境の砦。問題を起こした騎士や兵士が矯正のために送られる、法の目の届かない国の暗部。

 荒くれ者と人を人とも思わない監視官しかいないゲデルードの砦で、王子として生きてきた私やクラウスが無事に生き延びられる筈が無い。

 それに、そもそもあの砦の真の役割は───。


「こやつらを拘束し、必ずゲデルードに送りつけろ!」


 厳しい声は父上のものか。もう顔を上げる気力も無い。

 つい今朝までは私の顔色をうかがっていた護衛騎士達に膝をつかされたまま後ろ手に拘束され、私とクラウスの未来は閉ざされることになった。

クズ王子がアンネローゼを修道院から逃したのは、友愛でも親愛でもなく自己保身のためです。

王子たちは斜め上な予測を立てて自爆した感じです。


アンネローゼに対し、際どい場所まで云々などと回想してますが、服の上から撫で回して服から出ている唇以外の部分にキスしたことがある程度です。

それでも、この国の常識を持つ未婚の貴族令嬢なら下手したら自害物の猥褻行為です。

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[一言]  おお‥‥‥  救いようのない自爆っぷり。  無用の長物を処分する理由をくれて、王権側はまとひとつルーカス達に貸しが出来たな(白目
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