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アンネローゼ

ルーカスの元嫁、アンネローゼ視点です。

 ありえない、ありえないわ!

 あの指輪はわたくしのものよ!

 あの石はルビーよね? 色合いも大きさも最高級品だったわ! 土台やリングは変な色が混じっていたから純度の高い白金ではなさそうだけど、取り返したらわたくしに相応しい台座に付け替えるわ!

 あんな太くて下品な指に高価な宝石を着けるだなんて、図々しいのよ!

 あの、誰にでも優しいルーカスだって怒っていたじゃない。浅ましい、図々しいって‼


 ルーカスのあんな顔は見たことが無いし、あんな声だって聞いたことが無いわ。

 心根が卑しい、とか、心底軽蔑、とか、随分と厳しい言葉で糾弾していましたわね。

 恐ろしさに声も出ず血の気も引くような眼差しを向けて・・・。


 ──え?


 眼差しを向け・・・られていたのは・・・。


 ──わたくし?


 心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖で、急激に意識がどこかへ引っ張られる。


「、っ!!」


 なんて酷い臭い!

 込み上げる吐き気に鼻と口を覆うと、口に何かが填められている。そのせいで吐瀉物が逆流する。

 何⁉ 一体何が起きたというの⁉


「あ~あ、吐いたみたいだぜ〜」


 近くで響いた知らない男の声に、ぎくりと身体が強張る。


「自殺防止に口枷かませてるからな〜。吐いたモンは出せねぇのにな〜」

「まぁ、元お貴族様にゴミ処理場の臭いは馴染まねぇだろうよ」

「まだ生きてるゴミだしな」


 男は何人もいる。下品な声と喋り方。

 怖い、許せない、卑しい身でわたくしに近寄るなんて。


「ふむ、怯えてんな。まだちゃーんと正気ってこった。よーしよし、そのまま死ぬまで恐怖と苦痛の中で悔やめよ?」


 下品な声で言われた雑音が、意味を持っていることに気がついた。

 この男達は何を言っているの?

 ゴミ処理場? 生きてるゴミ? 死ぬまで悔やめ?


 ──わたくし、殺されるの?


 ガタガタと震える身体を抱きしめたいけど鼻から手が離せない。

 わたくしが、こんな下賤の輩に殺される?

 まさか。ありえないわ。

 お父様が助けてくれるはず。


「目に希望の色が浮かんだな」

「大方、親が助けに来るとでも思ってんじゃねーか?」

「娘売りとばして最愛の妻と逃げた元侯爵がか? 無ぇだろ」


 え・・・? 娘を・・・売りとばして・・・?

 まさか、まさか!


「お前を逃したって王子から連絡が来た『お父様』はね〜、自分と妻が逃げる金欲しさでディライア伯爵夫人にネタを売り込んだんだよ〜」

「お前の父親が愛していたのは妻だけだからな。お前が甘やかされてたのは妻に外見が似てたからってだけだ。コピーは所詮コピー。オリジナルが無事なら価値はねぇだろ」


 何を、一体何を、言っているの・・・?

 お父様もお母様も、わたくしを愛して大切にしていましたわ。お母様の身分の低い血が入っているのは悔しいけれど、わたくしの価値は侯爵家の娘ですもの。とてもとても高いのよ!


「頭空っぽな母親なんて視界から消えた娘のことなんて三日で忘れてるからね〜。父親には売られて母親には忘れられて、ほ〜んと愛されてないよね〜」

「両親にとっても厄介者だったんだろ。醜聞塗れの傷物だ。価値なんざゼロ通り越してマイナスじゃねぇか」


 お母様がわたくしを忘れて、お父様はわたくしを売って──わたくしに醜聞ですって? 価値がマイナス・・・?


「おやおや、醜聞塗れの自覚も無いらしい。若い頃から婚約者がいながら他の女の婚約者らに媚びて纏わりつく尻軽で有名だったってのに。自分の噂ってのは、案外耳に入んねぇもんだな」


 学院に通っていた頃の不躾で品の無い噂なら耳に入っているわ。

 わたくしは幼馴染みに、純粋な愛を貫くための相談をしていただけだと言うのに!

 はっ! お父様が駄目でも彼らならきっと、いつものようにわたくしを助けてくれるわ!


「お、また希望が浮かんだみてぇだぜ。媚びてた野郎どもが助けに来るとでも考えたか」

「あるわけねぇだろ〜。下心しか無い奴らが金や立場や命を懸けてまで、体にしか用が無い女を助けるかよ」


 何を言っているの⁉

 彼らはいつだって、自分の婚約者よりわたくしを優先してくれていたわよ!

 わたくしの方が可愛い、綺麗、素直で好ましいって! だから安心してルーカスとの真実の愛を貫けばいいって!


「な〜んか自分に都合のいい妄想してる顔だぜ?」

「母親と同じで頭空っぽだからな。大体、毛も生えてねぇガキじゃあるめぇし、例え相手が婚約者でも未婚の貴族令嬢はエスコートとダンス以外で男に触れさせねぇのが常識だってのに、人前で自分から抱きつくわ人気の無ぇ物陰や暗がりにシケ込むわ、尻軽だって宣伝してるようなもんだろ」

「常識のある貴族令嬢は相手が自分より身分が上の婚約者だとしても、結婚までは触れさせず適切な距離を保つもんだからな」

「王子だろ〜が公爵の息子だろ〜が、思春期が性欲旺盛なのは同じだからな〜。何もさせてくれない婚約者の代用品に手近な尻軽女を愛玩してたってトコだよな〜」


 代用品・・・尻軽女・・・違う、違うわ、わたくしのことではない。わたくしは責められるようなことは何もしていないもの!


「ん? 今度は現実逃避始めたみてぇだな」

「ま、事実は教えてやったし、現実を突き付けたら俺らは帰還しようぜ」

「だね〜。お〜い『アンネローゼ様』〜」


 反響するように聞こえたわたくしの名前に、はっと視線を上げる。

 真っ暗な闇にぼんやり灯る小さな明かりを持つ手が見えてギョッとする。


「これからお前がどうなるか教えてやるよ。その口枷は特注で、中に仕込まれた栄養剤が適量ずつ口内に滲み出る。それが空になるまで、飲まず食わずでもお前は生き続ける」


 っ!


「あれ? ちょっと喜んじゃった? 早めに死んで楽になることができないってことなのにな」


 ──?


「敢えて手足の拘束はしていない。どうせ口枷は施錠してあって取れねぇからな」

「手足が自由で足掻ける方が余計に絶望も感じられるしな〜」

「飲まず食わずでも人間の排泄は止まるわけじゃない。糞尿塗れに元お貴族様がどこまで耐えるか観物だな」

「生きた観客ゼロだけどね〜」


 フッと、闇に浮かぶ小さな明かりが消えた瞬間、どこか遠くでゴゴゴと何か大きなものをずらすような音が聞こえた。

 眩しさに強く目を閉じる。


「じゃ、栄養剤が尽きるまで、絶望と恐怖を感じ続けろよ〜」


 遥か上方で声がする。


「視界がある内に、ゴミの先輩達の姿でも確認したらどうだ?」


 眩しさに閉じていた目を開いたのは、男の声に従ったからではない。

 ずっと高い天井に、切り取られたような四角い穴。そこから見える青空。穴の縁から覗き込む逆光で見えない男達の顔。鳴きながら青空を飛び回るたくさんの鴉。


「──っ‼」


 外から差し込む光で壁際に折り重なる『モノ』が見えてしまった。

 呼吸が止まる。

 いっそ、このまま、呼吸が戻らなければ──。


「口枷から出る栄養剤には気付け成分も含まれてるからな。簡単にショック死なんかできねぇぞ」

「俺達が研究に研究を重ねた特別な栄養剤だからな〜」


 壁際には、数え切れない人骨。

 男達は何と言った? ゴミの先輩。誰にとっての先輩?

 嫌、嫌よ、ありえない、ありえないわ。

 わたくしを「まだ生きてるゴミ」と言っていた。

 わたくしを、まさか、まさか───。


「さ~て、元貴族の御婦人には刺激の強い光景だ。そろそろ見えないようにしてさしあげよう」


 ゴゴゴ、という音とともに切り取られた光が小さくなって行く。


「っ! っ! っ!」


 嫌! 嫌! 待って!

 わたくしを助けて! ここから出して!

 わたくしは何も悪いことはしてないわ!


「清掃完了だな」


 音が止まり、一筋の光さえ消えた。

 何故? どうして? わたくしが何をしたと言うの⁉

 どうしてわたくしがこんな目に遭わなければならないの⁉

 わたくしは悪くない!

 わたくしは何も悪くないのに‼

サラサがルーカスに贈られた指輪は、幻の品と呼ばれる最高級のルビーより更にリングと台座の金属の方が値がつけられないほどの稀少品ですが、アンネローゼには知識が無いのでわかりませんでした。

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