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トーキョー異界見聞録  作者: いしだ
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伝説の巨大生物を追って part2

 シロナガスクジラが世界最大だと言われていたのは、もう2年前の話。

 白亜の巨大鯨エビス。それが現在の世界最大だ。

 エビスは種族名ではない。エビスとはその鯨の名前、つまり世界最大の個体である。

 エビスと同じ見た目をした個体は確認できておらず、エビスがどのようにして生まれたのか、その生態は謎に包まれている。

 美しい純白の姿からとても人気があり、異界には熱狂的なファンもいるという。

 エビスという名前から幸運を司ると信じられており、熱狂的なファンではなくとも、幸運になりたいものは必死になって後を追う。


「幸運とは自らの手で勝ち取るものだ。 何の努力もせずに幸運になりたいなんて無理だと私は思うが、ミコトはどう思う」

「……暇だからって、社会批判するのはやめない? 大半の人は乗っかってるだけ、本気にしてる人なんてごく一部でしょ」

「それはそうかもしれないが」

「あ、そろそろかな、運転に集中して」


 少しずつだが、空間が歪み始めた。

 天と地がごちゃまぜになり、天から逆さに城がはえている。

 物理法則が通用するギリギリの場所、それが今回の目的地だ。

 異界とトーキョーの境目、そこには最上位種族である血界の王が住んでいる。


「それに私たちが努力なんて語れると思っているの? 私たちは異界配合動物、つまり作り変えられし存在。 生まれた時からこの街において強者の地位は確定してたんだから」

「返す言葉がないな」


 ムラマサはたしかに努力はしている。

 しかし、努力だけでは種族の壁というのはなかなか超えられない。

 そのため、異界配合動物として高い身体能力を持っているムラマサとミコトは、それだけでこの街のピラミッドの上位に入れている。

 しかし、これから行く場所ではそのピラミッドは崩れ去る。

 ここに立入れる最低ランクがまさにこの2人なのだから。


「ほら、喋る暇があったらあの鯨に願っててよ。 無事に帰れますようにって」

「……すでに願っているよ」

「あら、勝ち取るんじゃなかったの」

「すがりたくもなるさ。 これから行く場所で、私が勝ち取れるものなんて何も無いのだから」




 異界とトーキョーを結ぶのはたった一本の古びた橋。

 豪華な装飾が取り付けられていた跡はあるものの、時の流れには逆らえず奈落へと落下していった。

 この橋を一歩でも踏み外せば奈落へと落ちる。そこは吸血鬼の住処だ。

 だだっ広い常闇の世界にあるのは一本の橋と奈落から続く巨大な城。

 奈落の大地からこの城はずっと続いている。人であれば建築に何年かかるか想像もつかない。

 ここは関所だ。異界とトーキョーを繋ぐ異界側の関所。異界側からの移住者はここを通らなければならない。


「けっこう人来てるね、厄介な物持ち込まなければいいけど」

「そのためのこの城だ。 吸血鬼たちの目はどこの国境よりも強固なセキュリティだ。 なかなか出し抜けるものではない」


 血界の徒以上の吸血鬼の感覚は人間のそれを遥かに超える。

 その超感覚を持つ吸血鬼だけでなく、ここには悟りと呼ばれる心を読む者もいる。

 様々な異能力者たちが集まり、異界側から危険物が持ち込まれることは稀だ。今トーキョーにある危険物、麻薬やら爆弾やらは人界側から持ち込まれたものがほとんどとなっている。

 関所となっているエントランスを抜けて廊下を歩く。空間が破れたこの廊下を歩くと、この城の最深部2人にある巨大な扉の前につく。この扉の先は血界の王たちの部屋。

 そこでムラマサは立ち止まった。

 ムラマサにはこの扉を開ける権利はないため、誰かが出てくるのを待つしかない。

 すると勢いよく扉が開き、中から筋骨隆々な異界人が2人弾き出され、倒れて動かなくなった。

 ムラマサとミコトは動じることはない。ここはそういう場所だ。

 その数秒後、藍色の髪を腰まで伸ばした緋い眼の女性がひょっこりと顔を出した。その緋い眼は吸血鬼の証明だ。


「ムラマサくんとミコトちゃん?突然どうしたの?」

「……お久しぶりです。 フォルティナータ様」

「もぅ、何度も堅苦しい呼び方しないでって言ってるのに」

「そうはいきません。 本来であれば、私たちは貴方はこうして謁見できる存在ではないのですから」

「そのくせして何度もここに通ってるくせに、説得力ないよ」


 フォルティナータは笑顔で扉の先から手招きする。

 入ってこいという合図だ。

 目的の人物ではなかったものの、彼女の誘いを断るわけにはいかない。


「今日は何しにここに来たの? まさか私の暇つぶし相手になりに来てくれたとか」

「……申し訳ないですが、違います」

「冗談だって、吸血鬼化の薬のことでしょ」

「よくわかりましたね」

「クロードの活躍は耳に入ってくるからね。 マクスウェルが起こした吸血鬼騒動を解決して、次はその薬が流出したんだから、今度は流出を止めにくるだろうって予想。 なんでいつもそういう面倒なことを聞きにくるかなぁ」


 招かれたのは応接間。

 フォルティナータが飲み物をとりに行こうとしたので、慌ててミコトが先回りをする。

 フォルティナータは基本的に珈琲しか飲まない。ミコトが3人分の珈琲を机に置いて、ムラマサが口を開いた。


「早速ですが、本題に入らせていただきたい」


 するとフォルティナータは路肩に嫌そうな顔をする。


「えー、お喋りしないの? 私はもうちょっと2人とお喋りしたいんだけど」

「申し訳ない。 しかし、私たちには時間がないのです。 一刻もはやく流出ルートを潰さなければ、吸血鬼が街に溢れる事態になってしまいます」

「ふぅん……わかったよ。 もう始めちゃってもいいの?」

「構いません。 1分1秒でも、早いほうがいいですから」


 フォルティナータは机に置いてある珈琲を一口で飲み干し、部屋を変形させる。

 機械仕掛けのこの応接間はフォルティナータの特注品。一瞬にして応接間はなくなり、だだっ広い真っ白な空間に変わる。


「望みはそのマクスウェルが流した薬の流出ルート、それでいい? もう変更できないよ? 追加しておくべきじゃない」

「流出ルートを潰すことしか頭にありませんから、追加も変更もありません」

「欲がないなぁ。 命を賭けてるんだから、少しくらい自分の望みを言ってもいいのに、ミコトちゃんもないの?」

「ありません」


 血界の王、それは異界を統べる最上位種族。

 異界と東京をくっつけた張本人であり、異界の政権を握る絶対的権力者である。

 だからこそ、この王たちは退屈していた。

 何でも叶う、何でも知っているからこそ、何からも得られない刺激。

 だから王たちは下位存在にプレゼンテーションをさせることにした。

 退屈しのぎを条件とし、王は対価として望みを叶える。

 王によって退屈しのぎの方法は違う。フォルティナータが要求する退屈しのぎの方法は決闘。

 フォルティナータは背中に緋く輝く翼を6枚背負う。

 輝きの強さ、翼の大きさ、どれをとっても今まで見てきた吸血鬼の中で最大クラスだ。


「それじゃあ始めるよ。 お喋りは勝負の最中に、余裕があったら返してきてね」




「次は……右ですね。 大きく旋回するみたいです」

「おっしゃ! 俺の華麗なるドリフト見とけよ」

「ちょっとアラステッドさん!? 僕かなーりギリギリなんですから、危ないことしないでくださいよ!」

「知るかよ、勝手に落ちとけ」


 アラステッドさんが言葉通り、車体を大きく傾けて角を曲がる。

 後ろからジルくんの悲鳴が聞こえるが、私にもあまり余裕はない。

 アラステッドさんがジルくんのバイクを蹴飛ばして無理やり事務所へ連行させようとしたところ、ジルくんが金銭を提示、アラステッドさんは簡単に買収されてしまったというわけだ。


「おぅいジル、生きてるか」

「……なんとか生きてるみたいです」

「……纏さん、席変わってくれませんか」

「嫌です」


 アラステッドさんのバイクに3人。大型バイクではあるが、3人目の乗るスペースは狭く不安定だ。

 鯨をきれいに撮るには、鯨の進行方向に先回りしておく必要がある。そのため運転手であるアラステッドさんはかなりの速度を出している。雇い主であるジルくんの生死は考えていない。


「にしても本当に便利だよな。 相手の意識を読み取るんだって? あの鯨の意識まで読めるなんて思わなかったぜ」

「意識を向けている方向と、それに含まれている感情が可視化されるんです。 今のジルくんは、疲れてますね」

「それは見なくてもわかるでしょう」


 とは言え、この能力はこんなために使うものではない。

 これは人間の赤ん坊が自分の母の母乳を嗅ぎ分けられるのと同じようなもので、死なないためにある力だ。

 この街は気を抜けば一瞬で死ぬ異常な街ではあるが、まさか鯨の写真をきれいに撮るために使うことになるとは思わなかった。


「巨大鯨エビスですか、あれのどこがいいんですかね」

「纏さんってサラリと失礼なこと言いますね。 一応僕もエビスファンなんですから。 白く輝く巨大生物なんて他にいません。 この世のものとは思えないあの神聖な存在を是非ともこのカメラの中に永久保存したいというか」

「まぁそんなことはどうでもいい。 ちゃんと報酬払えよ」

「払いますから僕をバイクから落とさないでくださいよ。 それしたら報酬なしですからね」


 3人を乗せたバイクはエビスの前方にでた。

 エビスはビルにあたらない程度の高さで飛んでいる。美しく撮るためには可能な限り高さを揃える必要があるため、ビルの上層部に登る時間までかかる。

 正直よっぽど運が良くない限りは私の意識の可視化で行き先を読まなければ無理だと思う。


「ここらへんでいいか」

「はい! 急いで屋上まで行ってきます!」


 ジルくんをエビスのかなーり前方で降ろして私とアラステッドさんは待機だ。


「アラステッドさん、鯨の目的地がわかりましたよ」

「まじかよ、ほんっと便利だなその眼。 それでどこなんだ」

「あの鯨はトーキョーに迷い込んだだけなんですから、帰り道を探してる。 つまり」

「異界の入り口ってことか」


 エビスが頭上を通り過ぎ、ジルくんが駆け足でビルから出てきた。どうやら上手に撮れなかったらしい。

 私は急いでアラステッドさんに掴まりジルくんに掴まれ、異界の入り口へと向かった。




 異界の入り口は見た目は巨大な穴だ。

 道路が穴の中に繋がっていることからわかるように、その道路から侵入すればこれが穴ではないことがわかる。外から見ると壁を走っているような感じだ。

 しかし、道路以外からこの穴に侵入したとなれば大事件だ。人は底なしの穴に落下して異界まで一直線、そのまま異界で落下死だろう。


「さぁてと、これがたぶんラストチャンスだぞ。 気合い入れろよ」

「間近で撮ろうと頑張りすぎて落ちないでくださいね」

「さすがにそれはしませんよ」


 エビスが異界の入り口に近づくにつれ、続々と人が集まってきた。エビスに興味のない私とアラステッドさんは離れたところでそれを見守る。


「今日の騒動もこれで終わりですね。 無理やり連れられて、ものすごく長かったですよ」

「なんだよドライブ楽しくなかったのか。 あれくらい速度出すと気持ちいいだろ」

「怖さしかなかったですけどね」

「ああー! わかってねぇなぁ、あのスリルを楽しめ」


 命を賭けてまでスリルを味わいたくはない。スリルを楽しめるのは死なないという保険があるからだ。保険なしに命を賭けるのは私からしたら狂人の類だ。

 ジェットコースターに安全バーを外して乗るようなものだ。そして私は絶対に安全バーを3回は確認するタイプだ。


「「「わあぁぁぁぁぁ」」」


 エビスがこの騒動に終止符を打ちにやってくる。

 それに合わせて人々が一斉に穴に近づく。

 エビスに近いほど幸運になれると言われているからだ。この人混みの中に秩序は存在しなかった。


「うわあああぁぁぁ……」


 秩序を失った人々に押し出され、1人の少年が穴へと落下した。


「……アラステッドさん」

「……なんかジルに似たやつが落ちてったよな」

「いやいやいやいや、いや! 何やってるんですかジルくん!」

「これは間違いなくエビスに最接近したのはアイツだな」

「呑気なこと言ってないで、はやく追いかけますよ!」


 数分後。

 天から逆さにはえた城の先端に引っかかってるジルくんを発見した。

 エビスには人を幸運にする不思議な力があるという。その話はどうやら真実なようだ。


「おーいジルー。 生きてるかー」

「……電話に出たということは、なんとか生きてるみたいですね」

『なんとか生きてます、でも死にそうです。 助けてください』

「んなこと言われても、手届かねぇし」


 城の先端に引っかかったが、ジルくんが受けている重力の方向は変わっていないようで、引っかかっている部分を外したとしても異界への落下は止まらないだろう。

 下手に手出しはできない。


「これは参ったぞ」

『そんなこと言ってないで助けてくださいよー』

「……どうしましょう」

「ミコト嬢の障壁でアイツの足場を作って、それを繋げてこっちの重力のとこまで移動できればいけそうか」

「ミコトさん異界方面に行ってますからね。 連絡すれば意外とすぐ来てくれるんじゃないですか」


 ミコトさんに電話をかける。しかし、なかなか電話に出ない。


『あれー? 何してるのかなぁ』

『あ』

『ん? たしかに君は、クロードのメンバーの』

『ひ、人違いです! 人違いですぅ!』

『嘘つけ、僕の吸血鬼化騒動のとき出てただろぅ? 知ってるんだぞぉ』

『わあぁぁぁぁ……ッ」


 そこで電話は途切れた。


「……今の声って」

「賢者マクスウェルか、こりゃアイツ死んだな」




「なんかガッカリだなぁ。 2人とも」

「はぁ……それは、どうも」

「……くぅっ」


 フォルティナータの圧倒的な戦闘力の前に、ムラマサとミコトは地に伏していた。

 ムラマサが前衛を担当し、ミコトが後方から支援を行う。

 しかし、ミコトの障壁があったとしても、ムラマサが捌き切れないほどの火力を前に、この戦い方の根本から崩されていた。


「さっきの2人組とは比べ物にならない、他の挑戦者とは格の違うあなた達だけど、もうちょっとだよね」

「……とてもそうには思えませんが」

「お世辞でも何でもないよ。 2人とスタイルは一度に多くの攻撃は防げない。 ムラマサくんは刀持ってるし、ミコトちゃんの障壁は面積と耐久値が反比例するから、あまり大きく広がると突破されちゃう。 さすがに翼6枚は見れなかったみたいだね」

「……それでいいんですよ」

「……?」


 地に伏したまま、ムラマサは嗤う。

 その笑みは獲物を追い詰めた獣のような。相手を出し抜いてやった、そんな時に浮かべる笑みだ。

 フォルティナータの背後に、音もなく巨大な影が形成される。鎧を身に纏った侍の、質量を持った黒い影。


「……!? 影人形(シャドウル)!」


 ムラマサの言葉に勘づいたのか、形成完了まであと一歩のところで振り向かれた。

 形成を阻止しようとフォルティナータが影人形(シャドウル)に向けて翼を走らせる。


「……させない!」


 ミコトが障壁を展開する。

 翼の進路を完全に読み切った極小サイズの障壁、血界の王の攻撃を全てシャットダウンした。


「わぁお、これはやられちゃったなぁ」


 フォルティナータは攻撃を受け止めることを諦めて逃げに転ずる。

 軽く右に跳んで影人形(シャドウル)の一撃を避けた。


「今のはちょっと驚いたよ」

「それは……光栄です」

「私の翼の進路を読んで、今の一撃に賭けてたってことかな? もう、切り札はない?」

「今ので最後です」

「じゃあこれにて終了ということで」


 フォルティナータが合図を送った様子は無かったが、部屋が勝手に動き出して応接間へと変形した。

 2人はしばらくふかふか絨毯の上で動くことが出来なかった。


「悪く思わないでね、2人は負けたわけだから、残念だけど望みは叶えられない」

「……そうですか」

「まぁ、生きて帰れるだけよかったでしょ。 あの2人みたいになってたかもしれないんだから」


 あの2人とはムラマサとミコトの前にフォルティナータに挑戦して壊されてしまった異界人のことだ。

 本来、フォルティナータに負けたのならそうなるはずなのだから。


「私とあなた達の間柄なんだから、そんな酷いことするはずないのに。 少し贔屓してるのは認めるけど、2人とも私のお気に入りなんだからね?」


 フォルティナータが2人分の珈琲を注ぎに行く。今回はさすがにミコトも先回りなど出来なかった。


「けどなぁ、こんなに頑張ってくれたのに、望みを全く叶えてあげないのは悪いよね。 贔屓になっちゃうけど、まぁいっか」


 ミコトの携帯に電話がかかってきた。

 ミコトは出ることを一瞬躊躇うが、フォルティナータが目で合図をしてきたので電話に出る。


『あ、ミコトさんですか! わかりましたよ! 例の薬の流出先全部!』

「……!」


 思わずミコトはフォルティナータに視線を送る。


「何があった」

「纏ちゃんから、流出先が全部わかったって」

「本当か! ……一体何をしたんですか」


 ムラマサもミコトと同様に視線を送る。

 それに対してフォルティナータは笑顔で返した。


「さあね。 どこかのラッキーボーイが、賢者に直接聞いたんじゃないの? 今日はほら、エビスがいたからね」

今回の話は少しだけ長くなりました。

このくらいのペースでの更新を目指します。

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