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トーキョー異界見聞録  作者: いしだ
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伝説の巨大生物を追って part1

 異界複合都市トーキョー。

 この街に住み始めて1週間が過ぎた。

 無事に就職先を見つけることができ、住む場所も確保できた。

 ぼろぼろの格安アパート、しかもお化けがでるという噂のゴーストタウンだが、お化けの感情すら視える私は怖がるどころか仲良くやれています。

 でも他人から見たら虚無に向かって話しかけてるわけで、まさか私が異界の住人から変人扱いされる日がくるとは思わなかった。


「じゃあ行ってくるね」


 誰もいないはずの部屋から温かい視線が集まってくる。

 いつの間にか私の部屋にいろんなお化けが集まるようになってしまいましたが、私は元気です。

 はやく出勤しなければ遅刻になってしまう。

 探偵事務所クロードまでは徒歩15分ほどだが、この街は毎日が同じ日常とは限らない。

 例えば、朝っぱらから銀行強盗と警察が睨み合ってたり、ゴリラ顔の異界人がカツアゲのターゲットを探してたり、またしてもあの狂った賢者が退屈してたりしたら間違いなく間に合わない。

 こういう時間ギリギリの日は、何もない日常であることを祈るしかないわけだ。


「ん?」


 突然視界が真っ暗になった。かろうじて物の輪郭が見える程度だ。私は眼を緋く輝かせて周囲の意識を可視化することで、視覚をカバーする。

 雲が移動して陽の光を遮ったのかとも思ったが、異様な暗さだ。薄暗い部屋でサングラスをかけるとこんな感じになるのだろうか。

 30秒ほどして、ようやく光が届き始めると、その正体を見ることができた。


「な……なんですかあれ」


 見えたのはその正体の腹と尾ひれだけだ。巨大過ぎて何がなんだかわからないが、真っ白い巨大生物がトーキョーの空を悠々と泳いでいる。

 緩やかな曲線を描いた輪郭で、巨大で、泳ぐ生物。

 これらが当てはまる生物と言えば鯨だ。

 よくトーキョーの空には巨大ムカデやら古代に絶滅したとされる海の生物が飛んでいるのだが、それらとは比べ物にならない美しさがある。


「……なんかこれは非日常になりそうな予感が」


 遅刻ギリギリということをすっかり忘れて呆然としていると、背後から騒がしい声が迫ってくる。

 バイクや車のエンジン音、人の足音、自転車をこぐ音、そして人々の叫び声だ。


「あっちだ! 追え!」

「タクシー! 今日一日貸し切らせろ、目的地は常にあの鯨の進行方向だ! はやく行け!」

「邪魔だ、どけぇ!」


 人が波のように歩道に押し寄せてきた。

 そのパワーの前に通行人たちはあっという間にもみくちゃだ。

 ドド怒怒ドド怒ドドドドド!!


「うわあぁぁぁぁあ……」




 意識が戻ると探偵事務所クロードのソファに寝かされており、ミコトさんが傷の手当てをしてくれている。


「ここに来る途中で、道端で倒れてる纏ちゃんを発見したということか」

「あのまま放っておくとまぁた売りに出されるかもしれねぇからな」

「その売り出し1回目は君なんだけどね」

「その話はもうしないって約束だろ? 俺もさすがに仲間には手を出さねぇ」


 ムラマサさんとアラステッドさんの会話が聞こえてきた。どうやら私はアラステッドさんに運び込まれたらしい。

 探偵事務所クロードは1週間前の吸血鬼騒動で壊されてしまい、新たな事務所へと引越した。

 引っ越してまだ3日目で騒ぎに巻き込まれるとは、これから3日ごとにここの周辺で事件が起こらないかが心配だ。


「あ、纏ちゃん起きた?」

「はい。 ありがとうございます」

「いいよ。 それにしてもレディの体に傷をつけるなんて、許さない」

「いえ、この街で突っ立っていた私が悪いんですよ」


 この街は異常と日常がごちゃまぜになっている。この程度の騒動ならば日常のうちだ。

 むしろなんの事件も起きない日こそが異常だろう。

 この街に住むということがそもそも危険行為なのだから、ここに住み着いた以上、騒ぎに対してセンサーを常に張り巡らせておく必要がある。


「おはよう纏ちゃん。 ところで、何があったんだい?」

「知らねえのかよ旦那! 今朝のビッグニュースだぜ」

「ずっと刑事さんからの調べものをしていてね。 今朝はニュースを確認していない」

「私も知らない。 何があったの」

「探偵事務所のくせに情報遅えぞこら」


 アラステッドさんがテレビをつける。

 この街でその日起こった事件をいち早く放送し、生存率アップに貢献する。この街でニュースの持つ力は計り知れない。

 そんな私もニュースの確認を怠って、今回の騒ぎを予知できなかったのだから、反省している。


「トーキョーの空に巨大鯨出現か。 たしかにこれはお祭り騒ぎになるな。 警察は今駆り出されて大変だろう」

「渋滞が発生してその整理に駆り出されるだろうな。 その鯨を中心に発生するから、動きが予知できねえし、ころころ渋滞は移動するし、警察どもはストレス溜まってるだろうよ」

「今日はこの事務所から出たくない。 ムラマサ、今日の仕事は休みにしよう」

「そう言ってあげたいが、刑事さんから緊急の依頼だ」


 ムラマサさんはパソコンをくるりと回し、私たちに見せてくる。


「なんの動画?」

「刑事さんから依頼と共に送られてきたものだ。 見ればわかる」


 その動画は警察が裏社会の組織を家宅捜査したもので、銃撃戦にまで発展していた。

 そして最後に画面に現れたのは、緋い光を羽のように広げて体に纏った1人の男。 その男はこの後、家宅捜査にきた警察官を全滅させたという。

 その緋い光には見覚えがある。


「……これは、吸血鬼ですか」

「そうだ。 それも天然の吸血鬼ではなく、後天的なもの。 賢者マクスウェルが作った吸血鬼化の薬を飲んだものだろう」

「あの薬出回ったのかよ。 あの狂人め」

「たしかに、これは休めないかぁ」


 この動画は、この街に反社会的な吸血鬼が1人誕生したということを示している。上位存在へと転化する前に処理しなければいけない。

 前回の吸血鬼騒動での死者は1万人。この薬が出回り、複数の吸血鬼が一斉に暴動を起こせば、それを止めるまでに何十万人という犠牲者が出るだろう。最悪の場合、この街が吸血鬼に占領され、この街の外に吸血鬼が流れる可能性さえある。

 まさに緊急の依頼だ。


「出回った薬は少ない、確実にルートを潰していくぞ。 アラステッドは裏の組織の構成員を当たれ、別に組織まるごと潰してしまっても構わんぞ」

「了解だ」

「ミコトは私と一緒に刑事さんのところへ、家宅捜査した組織を追って確実に潰す」

「わかった」

「纏ちゃんはジルくんとここで動画の解析を、動画の人物とその関係者を洗い出して……そういえばジルくんは」

「まだきていませんね」


 ムラマサさんは頭を抱える。

 ジルくん、本名ジル・グレイは、探偵事務所クロードの情報収集専門家だ。

 動画の解析、付着物から地域の特定、科学的な捜査を1人で行えてしまう。

 異界の組織を相手にすることもあるクロードに、戦闘能力ほぼ0でありながら所属しているのは、その情報収集能力があるからだ。

 その彼が何の連絡もなしに遅刻。この街なのだから行方不明の可能性すらある。

 少なくとも今現在、クロードの情報力は大幅に低下している。


「今日は遅刻が多くないか。 纏ちゃんにアラステッドにジルくんとは。 事務所にくるメンバーの半数以上が遅刻している」

「旦那、今日は仕方ねぇだろ。 突発的な鯨騒動で渋滞だったんだからよ」

「うう、すみません」

「まぁ2人は数分の遅れだし仕方がない。 ミコト、ジルくんに電話をかけてくれ」

「わかった」


 ジルくんを最も必要としているときに本人がいない。これではアラステッドさんから雑用係と言われても仕方ない。


「電話繋がったよ」

「貸してくれ」

「ほい」


 ミコトさんが携帯電話を投げる。

 ムラマサさんはそれをやや乱暴にキャッチした。

 言葉には出さないが、ムラマサさんはかなり怒っているようだ。静かに起こるタイプが一番怖い。

 こういうムラマサさんは珍しいようで、アラステッドさんもミコトさんも近づいて聞き耳を立てている。


「おはようジルくん。 出勤の時間はもう過ぎているよ、今どこにいる」

『ムラマサさんですか、すみませんが今日は休ませて貰えませんか』

「どうしてかな」

『今エビスを追っていまして、何とかして写真を撮りたいんです。 すみませんが、よろしくお願いします! では!』


 そこで電話は切られた。

 ムラマサさんはその後も何か言っていたがジルくんには届いていない。


「……予定変更だ。 ミコトと私は異界方面だ」

「はぁ、仕方ないかぁ」

「纏ちゃんはアラステッドとジルくんを確保しに行ってくれ。 ちまちまな情報収集はやめだ、確実に本体を潰せるようにするぞ」




「あれは旦那かなり焦ってやがるな」

「そう……なんですか?」

「ああ。今回の旦那がしようとしてるのは完全に賭けだからな。 堅実な捜査なんてなしにして、本体だけを最速で潰そうとしてるわけだ」


 アラステッドさんのバイクに乗って渋滞をすり抜けるように走る。

 ジルくんはエビス、つまり巨大鯨を追っている。それならば渋滞が起きてる付近を捜索すれば発見できるだろう。

 さらにジルくんはバイクで、車種まで絞れるのだから、かなり気が楽な捜索だ。


「ジルくんに動画の解析をしてもらって、場所と人物、そしてその人物と繋がるルートを特定するんでしたっけ。 たしかにピンポイントですけど」

「まぁそれもあるが、俺が言ってるのは旦那とミコト嬢が異界方面へ向かったところだ。 異界に行ったって手掛かりなんかあるはずがねぇだろ」

「……たしかにそうですよね」


 あの薬が異界に流れようとも、異界ならば何の問題もないのだ。

 あの薬は開発者である賢者マクスウェルがこちら側に売り出したものだ。こちら側から異界側に渡るには上位種族の介入が必要であり、こちら側から異界側に薬が流れているとは考えにくい。

 異界方面へ向かっても手掛かりがあるとは思えなかった。


「じゃあ何の為に行ったんですか」

「俺の推測だがな、あの狂人本人に聞きに行ってるんじゃねぇのか」


 一瞬、何のことを言っているのかわからなかった。


「狂人!? アラステッドさんの言う狂人って賢者マクスウェルのことですよね」

「ああ」

「……たしかにそこに聞けば一発ですけど、教えてくれるんですか」

「推測だっつったろ? でもまぁ、血界の王ってのは裏社会の味方ってわけじゃねえ。 アイツらは暇を持て余した神みてえな奴らでな、全ては暇つぶしだ、俺らにそこまで興味はねぇよ」

「そういうもんなんですか」

「一部例外もいるが、賢者はそういうやつだ」


 そんな話をしていると、鯨の前方に出ようと必死にバイクを走らせているジルくんを発見した。

 アラステッドさんはジルくんのバイクの横腹に蹴りを入れ、強引に彼を叩き落とした。

まずは読んでいただきありがとうございます。

この話を書いていて国語の教科書を思い出しました。

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