血界の幼体 part2
グリゴラの拳とムラマサさんの刀がぶつかった。
今のグリゴラは身長が3m近くある巨人。それが外敵を排除するために力任せに振るった拳だ。
ムラマサさんは何とか防げているがオークション会場で見せた余裕はない様子だ。
むしろ、圧倒的な体重差を前に防げていることがおかしい。やはりムラマサさんもこの街で生きる人間ということだ。
「ごごせえええええ!」
「くっ。 また君か! だがちょうどいい、今度こそ話を聞かせてもらう!」
ムラマサさんの刀がグリゴラの下肢を斬り飛ばさんと走る。オークション会場で見せたように、動きを止める作戦だ。
だが、今回は結果が違う。
グリゴラの膨よかな太ももは金属で出来ているのか、その柔らかそうな見た目からは想像できないほど硬い肉質がムラマサさんの刀を止めた。
「……これはまずいな」
「でめえぇぇぇえ!」
「君たちは行け! この街が壊されるぞ!」
グリゴラの攻撃は大振りで単調だが、大きな身体と太い腕、そして圧倒的な硬さをしており、ムラマサさんに火力を押し付けてくる。
崩されるのは時間の問題に見えた。
「見てないで、お前はさっさと乗れ! 逃げるぞ」
「えっ……わあっ」
「ムラマサさん、先に行きます!」
私はアラステッドさんのバイクに無理やり乗せられ、ムラマサさんを残して戦場から離脱した。
「うーん。 死者150かぁ、イマイチだなぁ」
この事件の首謀者、賢者マクスウェルは頬杖をついて街の様子を眺めている。
彼が今いる部屋は血界の王たちの暇つぶし部屋だ。街の細部にまでカメラが取り付けられており、更に追跡用のカメラまで出動させ、騒ぎを安全に大画面で眺めることができる。
「さすがに150ゼルじゃあ納得いかんが、まぁこれは序盤戦だ。 これからどんどん被害は膨れ上がる。 彼が転化してしまったらその被害者は万単位、僕の懐も潤う潤う。 アッハッハッハ」
「にしても、あの吸血鬼化の薬とやら半端ねぇな。 あの旦那を止めれるやつなんてこの街でもなかなかいねえぜ」
「薬に頼っても、あれは吸血鬼ってことですか」
「そうらしいな。 あの薬が出回ったら大変なことになるぞ」
あの正気を失った化け物が街で溢れる、それはさすがに想像したくない。
私はアラステッドさんのバイクの後ろで、ジルくんは自分のバイクで混乱したトーキョーの街を進む。
本当に毎日お祭り騒ぎのこの街が悲鳴をあげていた。人も異界の住人も等しく逃げ惑い、少しでも騒ぎの中心から離れようと努力している。
この街にもそんな普通の一面があることに少しだけ驚く。
「ムラマサさん、1人で置いて行ってしまいましたけど、大丈夫だったんですか? アラステッドさんも加勢すれば勝てたんじゃ」
「……勝てるかは別にして、止めるだけなら俺と旦那で可能だろうな」
「じゃあどうして逃げたんですか、あそこで釘付けにできれば被害者はほぼ出ないでしょう」
するとアラステッドさんはしばらく黙って考え込んだ。とりあえず何か考えがあるらしい。
「偉大にして孤独な血界の王」
「……なんです? それ」
「最高位の吸血鬼の在り方を記した異界の書物の一文でな、血界とは異界のことだ。 王、徒、幼体と三段階になっていてな、完全な吸血鬼ではないアイツは血界の幼体ってところか。 その幼体がまぁ厄介なんだわ」
アラステッドさんが言葉を閉めた時、隣を走るジルくんのバイクの後部座席にムラマサさんが飛び乗ってきた。
「幼体は目的が達成できないと悟ったとき、上位存在である血界の徒へと転化する」
「……旦那の言う通りだ。 つまり、あのままぐだぐだ餌の目の前で闘ってたら面倒なことになるんだよ」
つまり餌をちらつかせながら時間稼ぎをするよりも、餌を追わせる形で時間稼ぎをしたほうが転化の可能性を下げられるということだ。
たしかに目標達成寸前で届かない壁を見せつけられたら力不足を痛感するだろう。
「なるほど……というかムラマサさん、どこから来たんですか」
誰も突っ込まないから私が突っ込むことにした。
するとムラマサさんは涼しい顔で当然のように言う。
「普通に走ってきただけだが」
「旦那は異界配合動物の影人形だからな、ちょっと身体能力が高い」
「ちょっとどころの話じゃないでしょう」
バイクに追いつくほどの走力を持っている人型生物、ちょっとどころの身体能力強化では不可能だ。
ムラマサさんが賢者開発のやばい薬を飲んでると言われたら素直に信じてしまいそうだ。
「それでムラマサさん。 これからどこへ行くんです? アラステッドさんも指示を受けてないみたいなんですけど」
「どこでもいい、捕まらないように走り続けてくれ。 そろそろ来るからな」
「あ……そうだ私を追って」
「君はもっと危機感を持った方がいい。 この街で危機感なく生活できるのは超がつく上位存在だけだ」
「わかっていますよ」
砂煙をあげて高層ビルが崩れ落ちていく。まるで積み木だ。その紫の巨人はそれほど簡単に、鋼鉄の塔を根っこから崩したのだ。
ビルの中にいた住人は9割以上死んだだろうし、崩れた先にいた運のない一般通行人も助からないだろう。
そして巨人の進路上にいた住人はもれなく踏み潰されたか、体当たりで吹き飛ばされ、壁や地面に叩きつけられた衝撃で死亡だ。
「これは真面目にこの街が壊されるぞ。 旦那、何か策はあるのか」
「確実に転化させないように殺すには一撃で心臓を破壊しなければいけない。 その場合は本来なら君の出番なんだが」
ムラマサさんはアラステッドさんに視線をやる。
しかし、アラステッドさんは苦笑いで返す。
「旦那の刀を止める肉質だからな。 そりゃ俺が近づいて心臓を一突きすれば確実だろうけどよ、そもそも近づけねぇよ。 素手と素手の戦いはパワーの強いほうが勝つからな。 正面からじゃ俺には勝ち目がねえ」
「ああ、だから今回は」
ムラマサさんが私の方を向いた。
「やってくれないか? 纏ちゃん」
「……え?」
このバイクの周辺にはもう人が寄り付かなくなった。
この街の住人たちは追われているのが誰なのか、4人に絞れているだろう。
警察もそれに勘づいたようで、鎮圧用ロボットアーマーを着込んだ機動部隊が出動したが、全員返り討ちとなっていた。
「ほんっと使えねえよなこの街の警察様」
「時間稼ぎ程度はしてくれているようだ。 吸血鬼相手に時間稼ぎができるのなら優秀だと思うのだが」
「まぁ警察は吸血鬼想定で訓練なんてしてねえだろうし、仕方ねえか」
「(やっぱりこの人たちってそういう専門家なのかな)」
探偵事務所クロード。たぶんこれは表向きの看板だろう。警察の機動部隊すら越える戦闘員が少なくとも2人。裏の看板があるに違いない。
「あ! いましたよ! たぶんあの人じゃないですかね」
住人がほとんど避難した道路の真ん中に、1人で立っている女性を見つけた。
真っ白なコートに真っ白な髪の毛、肌も雪のように白く、アルビノを思わせる全く色素のない女性だ。こちらに気づいたようで手を振っている。
「あ、いた。 探してたよムラマサ。 事件の中心部に来たらすぐ見つかるんだから、疫病神でもついてるでしょ」
「疫病神になるのが仕事だ。 それより、ちゃんと頼んだ物は持ってきたか」
「もちろん。 えーっと、対吸血鬼用ハイパワーライフルだね」
「ご苦労。 纏ちゃん、これを持ってヤツに接近、心臓を正確に射抜いてくれ。 このライフルの威力であれば吸血鬼の赤いオーラも硬い肉質も、何もかも貫通する」
ムラマサさんからライフルを手渡される。
ライフルの全長は1m近くもあり、重量も相当なものだ。
これを持って走り、心臓に銃口を突き立て引き金を引く。これが私のミッションだ。
♢♢♢
数分前。
「旦那! この女が吸血鬼と闘えるわけがねえだろうが! 囮作戦でもしようってのか」
「囮ではない、纏ちゃんこそが本命の一撃だ」
「それがわからねえんだよ。 纏は単なる人間だぜ?」
「私はそうとは思えないんだ。 果たして本当に、何もない単なる人間がこの街に移住してくるだろうか。 この街に来るものは皆、何かしらの理由があるはずだよ」
「組織探しだろ。 ここに来た理由は」
「私が問いたいのはその前段階だ。 どうして探しているのか」
ムラマサさんはアラステッドさんとの話を切り上げ、私の方を真っ直ぐと向き直す。
これは真剣な話をする姿勢だ。
「君はグリゴラが放たれた時、誰よりも早くその接近を感知していた。 それだけではない、私の殺気を感じ取ることが出来たのも、どうやら君だけだった。 もしよければ、君の本当の種族を教えてくれないか。 その人間離れした防衛本能、私には見覚えがあるんだ」
どうやらムラマサさんはすでに勘づいていたらしい。もうこれ以上隠すのは無理だ。
でも、この人なら安心して正体を明かせる。
私は抑制していた眼を緋くした。
3人の視線が瞳に集まるのが「視える」。その内容は驚きが4本と納得が2本だ。
「てめぇ! 吸血鬼だったのか!」
「わわっ、アラステッドさん運転しっかりしてください!」
「これが黙ってられるか! 俺たちを騙してやがったな!」
「聞かれてないから答えなかっただけじゃないですか」
アラステッドさんがバイクを左右に揺らして私を落とそうとする。
この人は騙す覚悟はあっても騙される覚悟はないらしい。
運転しながらぽかぽかと叩いてくる。
「止まれアラステッド、全ての吸血鬼が敵というわけではないのは、すでに知っているだろう」
「……まぁな、こんな非力な吸血鬼がいるとは思わなかったぜ」
「非力で悪かったですね」
「逆に安心したけどな。 お前だったら余裕で制圧できそうだ」
アラステッドさんが中指を立てて見せてくるので、私はその指に噛み付いた。
いだだだだだだだ!
と叫びながら、またしてもバイクはバランスを崩す。
「吸血鬼の一番無防備な時期、それを乗り越えるために防衛本能が異常に発達した段階。 君は血界の幼体、間違いないかい」
「よくわかりましたね」
「今まで何人かの幼体を見てきたからね、相手の感情が目で視える。 そう言っていたよ」
その通りだ。
そして今の言葉ではっきりした。この人たちは探偵なんかじゃない。異界人を相手に闘う探偵以上に危ない組織だ。
「……こんなところで悪いが、今は緊急事態だ。 私たちを納得させるという意味合いも込めて、君がこの街にきた理由を聞かせてほしい」
♢♢♢
「(どこに乗ってるんですか、あの人)」
ジルくんのバイクにジルくんとムラマサさん、そしてムラマサさんの頭の上にはミコトさんがしゃがみながら乗っている。
バイクはもう2人ずつ乗っており定員オーバーだ。だからってその乗り方はないだろう。
一応ヘルメットをしているが、かなり失礼な乗り方だ。
「速度が出ません、というか怖くて出せません」
ジルくんがげんなりとした表情で訴える。
後ろに乗る2人は気にしなくていいと言っているが、特に曲がり角など慎重にならざるを得ない。
「アラステッドさん、ミコトさんって何者なんですか、少なくとも人間じゃないでしょ」
「その通りだ吸血鬼女、よくわかったなぁ」
「どっかの国の曲芸じゃないんですから、人外ってことくらいわかりますよ」
そもそも容姿からして人間離れしている。
アルビノの人間がいることは聞いてはいたが、見たことはなかった。
その見た目だけなら服装を変えたら妖怪雪女だ。
「ミコト嬢も旦那と同じで異界配合動物ってやつだ、確か種族は竜人間」
「全く想像つきませんけどね」
「とりあえず身体能力がちょっと高い」
「そればっかじゃないですか」
バイクはこの街で有名なスクランブル交差点に到着した。
交差点から繋がる道は一本を除き、全て警察の機動部隊で埋め尽くされている。そしてその一本はヤツの通り道だろう。
だが、そう上手くはいかない。
ヤツは怪力で短期で単調なのだ、最短距離でここに入った結果、ましてもビルが崩壊した。
現れた人喰いグリゴラの背には、緋い羽が生えている。
「あら、誘導作戦は一部失敗ってところかな。 転化しかけてる」
「だがやることは変わらん! 行くぞ!」
ムラマサさんを戦闘に、アラステッドさんとミコトさんが前に出る。それに続いて私もライフルを持って走った。
ちなみにジルくんはカメラを覗きながら後方で待機している。
「(視える。 この戦闘に向けられる全ての視線が情報として視覚に入ってくる)」
何百という視線の針の中で、特に重要な8本の視線だけをピックアップ。
そしてその中から、敵意の視線をより強く表示させる。
「わあぁぁぁ!」
「うおっと」
怖い。
当たれば一撃死。
その拳をアラステッドさんが止めてくれた。
「ぼさっとすんなよ。 お前をヤツの懐まで行かせるにはこっちの人員を削るわけにはいかねえからな」
「ヤツの攻撃は私たちが全て受け止める! 安心していけ!」
「羽の攻撃は私が全部とめるからね」
右の拳はムラマサさん、左の拳はアラステッドさん、翼での打撃と飛び道具はミコトさんの障壁が止める。
「今度こそ、行きます!」
私に狙撃のスキルがあったらどんなに楽なことか、それを求めても仕方がない。
ヤツの攻撃はこの眼が全て教えてくれる。次の攻撃はどこにくるのか、私の眼はそれを完璧に予測して予測線を引いてくれる。
味方はどの攻撃に対応してくれるのか、それさえもこの眼は視える。
予測線と予測線がぶつかり合ったのなら、その攻撃は私には届かない。
「わああああああああ!」
心臓の鼓動すらこの眼は視える。
強引な吸血鬼化によって激しく荒れる心臓は、白い円を広げるように視覚に入ってくる。
あとは、その円が最も収縮された場所に銃口を合わせるだけだった。
「な、なななななあぁぁぁぁあああぁぁ!」
賢者マクスウェルはモニターを眺めながら絶叫した。
あまりの大声に他の血界の王たちが振り向く。
「死者1万だとっ!? 少ない! 少なすぎるぞ! この薬を作るのに僕がどれだけ苦労したかわかっているのか! 1万ゼルで販売なんて釣りに合わん!」
激昂して近くにあった食器類をモニターに投げつけるマクスウェル。
1人の血界の王が声をかける。
「調子にのって売値をアイツらに委ねるからこうなるんだぞ」
「……君か。 君が作ったあの組織、どうやら新人が入ったようだ。 このタイミングで新人とは、狂わされたよ。 僕の計算では戦闘員が揃うまで1時間はかかると思っていたが、転化もさせずに30分で倒されるとは。 あの新人は君の差し金かい?」
それを聞いた血界の王は不思議そうに首を傾げた。
「いーや? 新人なんて知らないな」
「そうか。 僕は運にも見放されてしまったか。 くそがぁ!」
マクスウェルは自らが座ってた椅子を蹴り飛ばした。
「転化しないために、希望を持てる組織を探しにきたというわけか」
「はい。 人間として生き続ける。 それが私を救ってくれた友達との約束ですから」
ムラマサさんと私の面接が始まった。
もちろん形だけで素通りできる面接だが、一応正式に就職するということで、面接は避けられなかった。
「目標を達成できないと悟った時、つまり自分の力不足に絶望した時、君は上位存在である血界の徒へと転化する。 この組織では希望を見つけられそうかな」
「はい。 もちろんです」
私が頷くと、ムラマサさんは立ち上がった。
「面接は終わりだ。 私は君を歓迎するよ。 ようこそ、探偵事務所クロードへ」
なんとか今日も更新できました。
趣味を持つのはいいことですね。書いてて楽しいです。
土日と月火水は更新できる可能性が高いと思います。