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トーキョー異界見聞録  作者: いしだ
3/6

血界の幼体 part1

「なるほど、人探しをしてわざわざこの街にきたのか」

「人探しというか、とある組織を探して来ました」

「君には迷惑をかけてしまったからね。 お詫びと言っては何だが、私たちもその探し物に協力するとしよう。 情報収集に関しては自信があるのでね」

「ありがとうございます」


 異界複合都市トーキョー。

 この街には大きく分けて3つのエリアがある。

 1つは、今はなき東京の街並みを残すエリア。

 この街の中では比較的に治安が良く、人間が生活するのは基本的にここだ。


 2つ目は異界側だ。

 この街の7割を占めるのがこのエリアとなる。

 治安は場所によってばらばら。人間が住むことも可能だが、基本的に異界基準で物事が進むせいで事件が絶えない。


 3つ目がこの街の中心部。

 地図上では1割ほどしかないエリアではあるが、物理法則も科学もめちゃくちゃで、深淵、奈落、異界の彼方まで含めるのならばこの街の何倍の大きさがあるのかわからない。

 まず人が住むことは不可能であり、異界の住人ですら行くことはほぼない。

 異界の中でも上位種族が住処にしているという。


 ちなみに今私がいるのは2つ目のエリアに建っている事務所の一室だ。

 探偵事務所クロードというらしいが、やっていることは探偵というより警察らしい。


「ほらよ、お茶入れてやったぜ」

「あ……ありがとうございます」

「まさかまた会うことになるとはな」

「私も思っていませんでしたよ」


 白スーツの男、アラステッドさんが紅茶をなみなみに注いで持ってきた。

 一度私を売って金にした男だ。険悪なムードになることは避けられない。

 私は当然警戒しているし、向こうもこうなることは仕方がないという接し方だ。


「私のぶんはないのかな」

「旦那は自分でとってこいよ、俺はこいつとの仲を改善しようとしてるだけだ。 これからしばらくはここに住むんだろ? 居心地悪いのは俺も嫌なんでな」

「仕方ないな。 纏ちゃん、アラステッドという男はこういうやつだ。 可能であれば、あまり引きずらないで欲しい」


 和服の男、ムラマサさんが紅茶を注ぎながら言う。

 とても真面目そうな人だが、言っていることは意外と無理がある。引きずらないようにしたくても、多少の恐怖はどうしても残る。

 これに関しては時間経過で消えていくものだろう。


「ムラマサさん! 支配人の身柄、トーキョー警察の方に渡して来ましたよ」

「毎度雑用ばかりさせて悪いね。 あの警部さんかい?」

「いつもの警部さんですね。 あとでお礼の電話をかけるーって」


 事務所に入って来たのは先程のオークションで人喰いグリゴラと競りをしていた生真面目そうな少年だ。

 後から聞いた話だと、そもそも少年はお金をほとんど持っておらず、完全な時間稼ぎだったらしい。

 どちらにせよ、彼は私を助けてくれた人だ。私は彼のことを問答無用で信用している。


「紹介が遅れたね、彼はジル・グレイ。 ここの情報収集専門だ、探し物ならジルくんに頼むことが多いだろう」

「良いように言いやがって、給料泥棒って言った方が正しいんじゃねぇか」

「まぁた減給された人が偉そうに言って、そっちこそちゃんと働いたらどうなんですか」

「やんのかジル?」

「そっちこそ、僕とやろうって言うんですか?」


 いだだだだだだだ、とジルくんが悲鳴をあげた。

 アラステッドさんは身長190cmはあるだろう長身の男性だ。それに比べてジルくんは170cmないくらいだ。

 体格的に勝ち目はない。

 ジルくんは腕を掴まれ、アラステッドさんに指を反対の方向に押し付けられている。


「ギブッ! ギブだからっ!」

「いやいやもっと根性だせや。 この街で生き延びるんだろ? ほれ、指の関節可動域広げてやるよ」

「ぎゃああああああ!」

「……アハハハ」


 止めるべきなのか悩む。

 これはここのテンプレの流れのように見える。つまり、こうなることを理解した上でジルくんもアラステッドさんに突っかかったのだ。


「(意外とアラステッドさんって人は面倒見がいいのかな)」


 単なる外道ではないのかもしれない。

 ジルくんの指が一本、音を立てて真逆の方向へ曲がった時、ムラマサさんのポケットに入っている携帯電話が軽やかなメロディを奏でる。


「すまないが、2人とも静かにしてくれ」

「はいよ。 ゴングに救われたな」

「誰のせいだと思ってるんですか、はやく戻してくださいよ」

「はいよ。 ほんとは両手10本全部やるつもりだったんだぜ?」


 またしても鈍い音をたてて、ジルくんの指が元に戻った。関節が外れていただけのようだ。


「ああ、警部さん。 毎度お世話になっております。 はい、はい」

「やっぱり警部さんですね」

「言っとくけど、俺と(こいつ)の囮捜査のおかげだかんな」

「はいはい、そういうことにしておきましょうね」


 その途端、空気が変わった。

 私はこの日の出来事、最悪な出来事全てを塗り替えられた。

 ムラマサさんから発された、刹那の怒気。

 押し潰されるような緊張感が走り、私は後ろに倒れて尻餅をついた。


「……?」

「……どうしたんですか纏さん」

「いえ、何でもないです」


 2人は気づいていないのか、それとも慣れているのか。慣れているなら凄まじい胆力だと思う。これがこの街で生きる人間に必要なスキルなのだろうか。


「アラステッド、急いでテレビをつけてくれ」

「何番だ」

「何番でもいい。 どうやらこの街全体のテレビがある者からジャックされているようだ」

「……! 誰がそんなことできるんだよ」


 アラステッドさんの問いに答えるように、その男が画面に映る。

 人型をベースした全体的に白い体。顔を獣の頭蓋骨で隠した単眼の異界人。

 この顔はトーキョー初日の私でも知っていた。

 賢者マクスウェル。

 異界屈指の狂人の1人で、異界における最上位種族である吸血鬼だという噂も出ている手のつけられない人物。


『どうもぉ、この街に刺激と潤いを提供する賢者マクスウェルですよー。 みんな僕がくるの楽しみにしてた? ごめんねぇ、ちょっと研究に手間取ってしまったんだ。 許してくれるかなぁ』

「出たな狂人、今日は何のイベントなんだ」

「呑気なことを言うな。 こいつが出てきたということは、この街が揺らぐほどの厄ネタを持ってきたということだ」


 この街が揺らぐほど。

 ムラマサさんの言葉を聞いてまず私は「まさか」と小さく呟いた。

 事件が絶えないこの街は感覚が麻痺している。ちょっとやそっとのことでは誰も動じないはずだ。


「纏さんは信じられないかもしれないけれど、この男は別格なんです」


 ジルくんはすぐさま数字の並んだ画面を見せてくれた。

 並んでいる数字は、4万、2万、8万。


「これはマクスウェルが起こした事件の死者数です。 対応が速かった2回目でも、正確な数はわかりませんが2万人以上の死者が出ています」

「……そんなにですか」

「とにかくこの放送をよく聴いて、死なないように頑張りましょう」


 再び私はテレビ画面に視線を戻した。

 賢者マクスウェルはご丁寧にテロップまで作って説明を始める。


『今日ご紹介する商品はこちら! 人を一瞬でスーパーマンに変えてしまうヤバイお薬、今日はその実演販売をするためにわざわざ準備をしてきたんだ』


 マクスウェルはビンに詰められた赤い錠剤を画面中央に置く。


『これを飲むとねぇ、なんとなんと、最上位種族である吸血鬼の力を一時的に手に入れられるという優れものだ。 しかも種族に関係なく吸血鬼化できるからねぇ、服用する種族によっては誰も手をつけられないほど強化できてしまう。 ということで今日はねぇ、これを屍喰種(グール)である彼に飲ませてみようと思うんだ』


 マクスウェルがカメラを移動したのか、画面には1人の屍喰種(グール)が映し出された。

 その姿に見覚えがある。

 紫色の肌をしたメタボ。


「あれって……」

「人喰いグリゴラじゃねぇか!」


 見間違うはずがない。私はその姿を嫌になる程見ていたのだから。


『彼はしばらく人肉を食べれなかった哀れな屍喰種(グール)でねぇ。 可哀想だから助けてあげることにしたんだ、僕の商売の手助けをすることを条件にね。 では今回のイベントのルールを説明しよう、闇社会の子たちはよーく聞けよ? この子に薬を飲んでもらって、まぁ間違いなくこの子は肉を求めて暴れるだろうから、警察及びそれに準ずる組織がこの子を止めれるまでに死んだ住人の数×1ゼルでこの薬を君たちに販売することにするよ』


 いってらっしゃい。

 そう言ってマクスウェルはグリゴラを送り出した。

 正気を失い、ただ食欲を満たすためだけに暴れ狂う。それはスーパーマンではなく狂戦士だろう。


「ジルくんは全構成員に連絡、アラステッドは私と共に人喰いグリゴラを止める」

「了解」 「了解ですっ」

「あのー……私は何をすれば」


 完全に置いてきぼりだ。

 アラステッドさんも悩んでいる様子だ。


「ここで待機でいいんじゃねぇか? 現場に出すのも危ないだろ」

「それでは守れなくなる。 もしここに来た場合は危険だろう」

「旦那、あの狂人は吸血鬼化する薬って言ってたんだぜ? 吸血鬼となればさすがに俺たちでも守りきれる保証はねえ。 この街の中でここに来る確率を取るか、ここに来ない確率を取るか、どっちの確率が高いと思ってるんだ」

「確率の問題ではなく、私が責任を持って彼女を守り、それを実行する。 纏ちゃん、ここからは車で移動する、付いて来なさい」

「は、はいっ」


 私は何も準備するものがないため、手ぶらでムラマサさんの後を追いかける。


「本当にいいんですかー? 戦闘能力0の人間を2人も連れて吸血鬼戦なんて」

「まぁ、何とかなるだろ。 それに旦那は責任感が異常なほど強いんだ。 あんだけ言ったんだから死んでも守り抜くぜ」

「確かにムラマサさんは有言実行って感じの人ですけど」

「とりあえずお前は(あいつ)から離れるなよ。 ばらけると守れないからな」

「わかってますよ」


 私の後に続いて、アラステッドさんとジルくんはヘルメットをしながら歩いてくる。2人はバイクのようだ。

 ムラマサさんの車は黒い装甲が車体全体に取り付けられたオープンカー。この街用に特注したのか、トーキョー以外ではまず見ないカスタムがされていた。もし別の車と正面衝突しても、この車なら平然と走り抜けるだろう。そんな気さえする装甲車風オープンカーだ。

 その時だ。

 壁を貫通して、不可視の狂気の針が2本身体に刺さった気がした。この感覚はオークション会場で感じたものとは違う。不愉快程度ではすまない、質の違う狂気。もはや殺気だ。

 これは死ぬ。

 そう感じた私は咄嗟にそれが放たれた方向に顔を向ける。


「……どうかしたかい?」

「……何か、きます」

「どういうことだ」

「わかりませんけど、何か来るんです!」


 次の瞬間、事務所の壁を一撃で壊して、その奥から紫色の巨体が現れた。

 オークション会場で見た姿よりも1.5倍ほども大きくなった人喰いグリゴラは、全身の穴という穴から煌びやかな赤色のオーラを吹き出している。

 私が感じた殺気はグリゴラの両目から放たれていたらしく、今は私を守るように立っているムラマサさんに向けられていた。


『あ、そうだぁ、言い忘れてたことがあったよ』


 壊れた壁の向こうから愉快で楽しげな、私たちからしたら心底不愉快な声が聞こえてくる。


『さっき放った子はねぇ、1人の人間に異常なほどの執着心を持っていてね。 その人間を道標にするといい。 では本当に今日はお別れだ。 まぁ、頑張ってくれたまえ、人間(ヒューマン)代表諸君』


まずは読んでいただいたことに感謝を。

私はあまりにも長い文章を書くと過呼吸になってしまうので、だいたいこのくらいの長さの話で切っていこうと思います。

用事がなければ積極的に更新するつもりです。


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