異界複合都市トーキョー
「(麻耶ちゃん。貴女にオススメされて上京を決意したわけなんだけど、私はいきなり道を間違えてしまったのかもしれません)」
田舎から出てきた私は日本の首都東京を目指し、東京着の電車に乗っている。次の駅で念願の東京へ入るわけだが、なぜか異様に乗客が少ない。というか0だ。
東京の情報をほとんど知らない私でも知っている
。朝の通勤ラッシュはクレイジーだって。
時間帯は少しズラしたが、それでも通勤通学に乗っている人はいると思っていた。
誰もいないなんて私の地元でも稀だ。
人口過密都市みたいな、名誉なのか不名誉なのかわからない2つ名がついている都市が聞いて呆れる。
「お、客いるじゃねーか」
「……?」
後ろからの声に振り向くと、そこには男性が立っていた。
ただの男性ではない。
白のスーツと赤いネクタイをした長身の男性だ。
知識のない私は、こういう格好をした人は全員マフィアやヤクザやホステスに見える。
「お前」
「……はいっ」
「どこから来たんだ」
「えー……言っても知らないと思います」
「アッハッハ! 田舎からか、道理で椅子なんかに座れるわけだ」
豪快に笑いながら男は言う。
この男は田舎者をバカにしているのか。
「失礼ですね。 どこに座ろうが私の勝手でしょう」
「ああ、確かにそうだが、俺は親切心で言ってるんだぜ? もうすぐ境目だ、この電車はトーキョーに入る」
「え?」
電車内にアナウンスが流れた。
『この電車は、もうじきトーキョーに突入します。車内のお客様はご注意下さい』
不思議なアナウンスだ。
思わず私は目の前の男に尋ねる。
「何に注意するんですか?」
「とりあえず椅子から離れとけよ。 トーキョーに入ると同時にこの電車にかかってる幻術が解ける。 そこにいると食われるぞ」
「はぁ……」
この電車は深い霧の中に入っていった。
遠目で見た限りでは霧はなく、そんな予報もなかった。
車窓が白に包まれたころ、変化は訪れた。
靴の下からぐちょりとした感覚がして目線を下にやると、私は骨が剥き出た肉の上に立っていた。
それどころではない。この電車の壁も天井も全て薄汚れた肉と骨、粘膜のようなもので出来ていた。
そして私が座っていた椅子は、紫色のハエトリソウのような何かに変わっていた。
「なんですかこれっ!?」
「何って、電車だろ」
「私の知ってる電車と違う!」
「そりゃ異界の電車だからな。 似てるものに幻術をかけて走らせてるだけなんだから。 ちなみにお前、あのまま座ってたらパクリだぞ」
それは見てればわかる。
もっと椅子に似たものなんていくらでもあるだろうが、そこは突っ込まないことにした。
げんなりした私を見ながら男は愉快そうに笑みを浮かべている。
「ちなみにこの椅子にどうしても座りたい場合は、なんか持ち物を犠牲にするか、漬物石でも持ってくるんだな」
「そこまでして座る気になれませんね」
「だよな。 俺も東京と異界が合併してから1度も電車で座ったことはねぇ。 異界のやつは平気で座ってるけど、よく背中とケツに死を感じながら座れるもんだ」
「あははは……」
渇いた笑いをするしかなかった。
東京は異界複合都市トーキョーに表記を改め、2年前に世界で最もクレイジーな街に変わったのだ。
「(ここがトーキョー……麻耶ちゃん、私はすごいところに来てしまいました)」
巨大生物の体内にいるような、そんな異常事態にも慣れはじめたころ、この電車は目的地へと到着した。
今のトーキョーは言ってしまえば異界の1つの街と二世帯住宅している状況だ。もともとのトーキョーの原型はなく、かつてあったはずの区はごちゃ混ぜ、そのうえ異界の街並みがあちらこちらに降ってきて、どこもかしこもちんぷんかんぷんだ。
それでは不便だということで、異界と合併した混乱の中で真っ先に作られたのが交通網らしい。
トーキョーを走る全ての電車が行き着く場所、それがユグドラシア鉄道。
大樹を連想させるように張り巡らされたこの街の交通網、その根に当たる最重要拠点だ。
駅に着いてまず行ったのが電車の確認だ。
幻術が解けた電車の姿は、骨と肉を無理やり繋げて作られたムカデのような姿をしていた。継ぎ接ぎだらけのキメラムカデだ。骨の大きさも肉の色もバラバラ、雑な手術で造られたのか、いつ壊れるかわからない。
これに乗っていたのかと思うと足が震えてくる。
「……見なければよかった」
つまり奈落まで続く穴の上で綱渡りをしていたというわけだ。好奇心に負けて振り向いたことを後悔する。
この電車が外から中に入るための唯一の電車のはずだ。しかし、出てきた乗客は私と馴れ馴れしい男の2人だけだった。
こんな危ない電車に乗るくらいなら確かに自前の車で橋を渡ったほうが気が楽だろう。船でも飛行機でも、この街に来るだけなら方法は他にもある。
「そうだお前、どっか行くあてはあるのか」
「……また貴方ですか」
「そう怖い顔すんなよ。 俺は親切心で声をかけたんだぜ? 見た感じお前この街初めてだろ。 観光か移住かどっちだ?」
「……移住です」
「そのくせカバン1つって、ほぼ手ぶらじゃねえか。 これから住処も探すんだろ? ほら、案内してやるよ」
この男はグイグイくるタイプのようで、駅から出ても私に付きまとってくる。
とかいう私もこの男に付いていっている。
異界複合都市トーキョーはただでさえ複雑な東京の街並みがスクランブルエッグになった様なものだ。道を1つ間違えればもといた場所に帰るのは初心者では困難、見た感じトーキョーに精通しているこの男に案内して貰えるのであれば、これほど心強いものはない。
「俺はアラステッドだ。 お前は」
「……朝比奈纏です」
「完全な日本人か、珍しいな。 日本人らはもう特殊部隊しか来ないと思ってたぜ。 なのにこんな非力な嬢ちゃんが来るとはな」
「……憧れの東京ですから」
「それは異界複合都市になる前の話だろ。 ここに憧れを抱くなんてやめとけ、もし本当ならかなりの変人だぜ」
アラステッドと名乗る男は迷うことなく歩いていく。やはりこの街に慣れているようだ。
「(それにしても、本当に異界と合併したんだ)」
見るもの全てが新しく常識外れだ。
まず、すれ違う人が人の姿をしていないことだ。
アンモナイトのような頭をした住人が堂々と道を歩いている。誰も不思議に思っている様子はないのだから、つまりこれは普通だ。触手の奥に口があるのだろうか。肌の色も人のそれではない。青白く、私の肌と比べて硬そうだ。
比較的に人型の一般通行人だが、ツノが生えていたら異界側の住人だ。仮面を被っていたり、エイリアンみたいな外見だったり、サイボーグっぽかったりしたら恐らくそっち側だろう。
完全に人類だと思われる一般通行人はなかなか見つからなかった。
「お前は何しにこの街に来たんだ」
「……とある人を訪ねようかと」
「そうか。 だが移住はやめといたほうがいい、この街は何でも起きる。 たぶんお前の想像を遥かに超えることも日常的にな。 肉体自慢のボディビルダーでもゴキブリみたいな異界人でも、明日生きているかわからねえ。 だから、少なくともお前にはこの街は向いてねえよ」
「……これも親切心ですか?」
「親切心だ。 ただの人類が1週間生き延びれたら上出来だ。 宿の確保に失敗したら初日で間違いなく死ぬからな」
「警告どうも。 それでこれから宿を取りに向かってるんですか」
「俺の友人が責任者やってる職業安定所だ。 そこならついでに住処も貰える、人探しするにしても、しばらくそこにいるといい」
「それはありがとうございます」
「いいってことよ。 win-winの関係ってやつだ。 俺は紹介する代わりに金が入ってくる」
「なるほど」
何も混ざらない純粋な親切心というわけではないらしい。いわゆる客寄せ、彼も仕事で案内をしているわけだ。
トーキョーに慣れていなさそうな来訪者に付きまとってきたのはそのためか。
「着いたぞ、ここだ」
大通りから脇道へ入ると都会の雰囲気が一変、陽の入らないスラム街のようだ。
人が乱雑に詰め込まれたボロボロの汚い集合住宅。道の隅にはゴミが散乱しており、民度の低さが伺える。
それに、あっち側からの住人がより人間の姿から離れている気がする。
「よう支配人、新しいの連れてきたぜ」
「アラステッドか、まぁーた金欠になったのか」
「うるせえ、さっさと報酬よこせよ」
「まぁ待て。 どんなやつかこの目で見なければ報酬など渡せるものか」
案内人の男が異界側の住人を1人連れてきた。
比較的に人型で顔をメタリックな仮面で隠し、真っ黒な紳士服を着ている。スラム街の中では格の違う人物なのだろう。
「お前、こいつがここの支配人だ。 挨拶しとけよ」
「……朝比奈纏です。 よろしくお願いします」
私が頭を下げると、視界の外、方角的には支配人のほうから二チャリとした水音がした。
見ると支配人は軽く口角を釣り上げている。
「んん? アラステッド、この娘は何も理解していないようだが」
「大丈夫だ。 こいつは職業安定所に行くって言ったら喜んでついてきたからな」
「お前のいつもの手口じゃないか」
「んで、こいつ何円だよ」
「わっ!?」
男は私の手を引っ張ると、いつのまにか手にしていた錠を私の両手にかける。
「な、何をするんですか!?」
「見りゃわかるだろ。 しばらく拘束させてもらうぜ」
「いったい何のために」
「まだわからないのか。 やっぱりお前にはこの街は向いてねえよ。 何が起こるかわからねえ、明日の命も保証されてねえこの街だ、そう簡単に人を信じちゃいけねえよ。 俺の職業はこの街で孤立して、居なくなっても足がつかないやつを攫ってくる、人攫いってやつだ」
銀色に輝く手錠はとても強固で私の力で外せるはずがない。
ガチャガチャと両手を動かすが、現実は無情、ビクともしない。
「わぁお、ほんとお前は外道だな」
「んで支配人、こいつの値段は」
「ふむ。 なかなか可愛らしい顔をしている、欲しがるやつは多いだろうな。20万ゼルで買い取ろう」
「おお! そんな貰えんのか」
私を蚊帳の外にして商談が進む。
もう私に人権はないらしい。もう立場はモノだ。
「……最初から騙すつもりで」
「いーや? 俺は嘘は何も言ってない。 確かにここは職業安定所だ、そのルビは職業安定所だがな」
「…….!? 騙してるじゃないですか」
「ま、これは異界複合都市トーキョーからの洗礼だと思ってくれよ。 じゃあな嬢ちゃん、優しいご主人と出会えることを神に祈るんだな」
アラステッドと名乗る男は支配人から札束を受け取ると大通りのほうへ去っていった。ついでにカバンも奪われた。
私に逃げ出す気力はなく、恨みのこもった視線を男に向けるしかなかった。
初投稿になります。
まず読んでいただきありがとうございます。
後書きって何を書けばいいのかわかりませんが、この作品はこんな感じで割と自由に書いてます。
しっかりと本になってる作品と比べたらかなり雑で理解に苦しむ描写があるかもしれませんが、そこは許してください。




