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幻想と冒険と青春

幻想と冒険と青春 ~龍との邂逅~

作者: 霧間愁

 僕、葛葉(くずのは)智亮(ともあき)が“龍”を観たのは、小学生一年生の時分。

 夏休みに玖州の祖父母の処へ、兄と二人旅の最中だった。

 旅客機ボーイング7J7、愛称は「つき」。羽田発、鹿兒島空港着の約二時間半の旅。


『今日も皇国航空、羽田発、鹿兒島空港着便をご利用下さいましてありがとうございます。皆様のお手荷物は上の棚、座席前の荷物入れにお入れ下さい。化粧室内の喫煙は法律で固く禁じられております。皆様のご協力をお願いいたします。…皆様にご案内いたします。当機出発に際しまして皆様のお手荷物が安全に収納されているかどうか確認させていただきます。皆様のお手荷物は上の棚などしっかりと固定される場所にお入れ下さい。皆様のご協力を…』


 「わぁぁ」離陸するあの浮遊感に思わず声がでる。

 人が空に飛ぶというのは、こういう感覚なのだと胸が高鳴った。

 窓の日除けを開けて、外をみる。

 だんだんゆっくりと地上から離れて、そして小さくなる建物、滑走路、あれは空港まで乗ってきたバス?駐車場にいくつも並ぶ車、道路、線路、空港が見えなくなって、緑色のモザイク、灰色の線、川、となって、


 ポぉン。


 と、機内にシートベルトの解除音が鳴る。

 兄と二人で、シートベルトが外れなくて手間取っていると、客室乗務員がやって来て外してくれた。

 「窓は開けたら閉めてね」と客室乗務員のお姉さんは、窓の日除けを閉めて、別の客の対応に向かっていった。


 人生初の空の旅で、始めははしゃいでいたものの、子供によくあるやつで30分もしないうちに飽きてしまっていた。

(たいくつだな)

 窓の外も見飽きて、脚をブラブラさせていたと思う。


 ぶぅうん。

 と、耳鳴りがした。

 誰かに呼ばれた気がした。


 そっと席の上に立ち上がり機内を見渡すと、まばらな席の中震えている人、寝ている人、本を読む人、様々なようだった。

 兄を見ると、ヘッドフォンで北欧の神様の名前のついた曲を聞いていた。

 渋々ながらも窓側を譲ってくれたが、兄は離陸の瞬間を見れなかった事をすこし怒っていたのかもしれない。

 兄は僕よりも三つ上で、僕の自慢だった。

 どこか大人びていて、とまぁ今思えば兄はマセて背伸びをしていただけなのだろうけれど、その当時の僕には兄が凄い人に見えていた。

 席に立っていた僕の視線に気がついて、手首をひっぱり、コンと頭を小突いた。

 「えへへ」誤魔化して笑う。

 兄の目線が暗に座れと言っている。

 頭をさすりながら大人しく席に座り直した。


 ヴ□ブ●◇★ゥ■ん○◆☆ん◎ン。

 耳鳴りのような不可思議な音が聞こえた。

 呼ばれている?

 そんな風に感じたせいだろうか、目をつむり、不思議な音に集中してみることにした。


 兄が僕の肩を揺らす。

 どうやら僕が急に静かになったものだから、拗ねたと思われた様だった。

 一瞬だと思った耳鳴りは長いものだったらしく、静か過ぎる弟に兄もだんだんと不安になったのだという。

 兄は自分がきいていたイヤフォンを片方差し出してくれた。

 首を横に振る。

 僕は兄の聴いているものに興味をみちながらも、また兄を困らせたと母親に怒られると思い我慢する。

 窓側を譲ってくれたのだ、それくらいは、と思った。


 ゴォウン。

 と、飛行機が揺れた。

 身体は宙にあがった。


 その後にあがる悲鳴と、客室乗務員の声。

 全てが、突然だった。

 漫画の一コマように自分の席に座り落ちた。

 揺れ続ける機体。


『ベルト着用のサインが点灯いたしました。…気流の悪いところを通過中です。お席にお付きの上、腰の低い位置でシートベルトをお締め下さい』


 恐ろしくて兄の腕を掴んでいると、客室乗務員がよろけながらもやってきて、僕らの席のシートベルトをしてめくれる。

 衝撃で日除けが外れたのだろうか、窓の外が見える。

 外は、始めとは打って変わって、静かな白い雲海と雷が潜む黒い雲海が見える。

 あの中に何かいる、と直感的にわかった。

 低い雷鳴が飛行機の下で鳴っている。

 機長の機内アナウンスが聞こえてくるが、よくわからなかった。


「龍の飛行進路とぶつかっちゃったの、でも大丈夫だよ」


 やってきた客室乗務員は優しく頭を撫でてくれ励ましてくれた。

 兄の腕にしがみつきながら、旅客機の窓から見える雲海に悠々と泳ぐその姿をみた。

 みてしまった。

 きっとまだ機体は揺れていたと思う。

 きっとまだ機内は混乱していたと思う。

 世界が静止したように静かと感じて、小さい窓なのにその雄大さに息を呑んでいた。


 深緑と片々に虹色にみえる塊が雲海からゆっくりと浮上してくる。

 それが鼻先だと解ったのは、体毛が最も薄い口の部分が漸く出終わり、美しい毛並みがたゆたゆと見えたからだ。

 陽光と雷光で煌めく鱗は、高度一万㍍に耐えるほど強靱と言われている。

 鱗から一本二本しか生えない体毛だが、その密度から哺乳類の様に靡かせていた。

 「爬虫類の分際で!」「空自だ、支援戦闘機を要請しろ!」客の一人が怒鳴っている。

 頭を撫でてくれた客室乗務員が諫めているようだったが、その客は錯乱しているのか喚き散らし続けた。

(静かにしないと聞こえないじゃないか…え?何が聞こえない?今、外ヲ見てルのに、なンデ後ろ()が見えルの?)

 自問自答すらも煩いな、と不可思議な感覚に陥りながら僕は窓の外を見続ける。

 黄色とも言えない皓白の輝きが雲海の底から徐々に浮かび上がってきていた。


 観られている。


 直感的にそれが解った。

 あぁ、これがこの地球の食物連鎖の頂点の一つ、と理解した。

 このままではダメだ。眼をそらさなければ、目をつむらなければいけない。

 解っているが、見ることをやめられない。

 人間種が決して勝てない生物。

 遥か昔、古代から地上に在る絶対的存在。

 頭の中と心の中で何かが壊れそうになった刹那に、兄が僕を無理やり窓から引き離した。


「ともあき!ともあき!」


 兄が泣きながら僕の肩を揺すっていた。

 身体が上手く動かせない。

 兄に捕まれているから何だろうか。

 ガクガクと視界が揺れている。

 飛行機はまだ揺れているのだろうか。

 分からない。

 

 飛行機が鹿兒島空港に到着すると、そのまま救急車で運ばれ目が覚めると“知らない天井”と両親。

 結局祖父母の家どころではなくなり、その夏から半年間、検査入院を繰り返す日々。


 退院して、悪夢のような日々が始まった。


 それから数年間は背中に鱗が生えてきたり、額に角らしき突起物が出てきたり、歯の犬歯が異常発達したり、足の爪が肥大化したり、上半身に幾何学模様が浮き出てきたり、左目眼球が異常に大きくなり蛙の様なギョロ眼になったり、小指が極端に長くなったり、一晩で白髪になったり、耳が長くなったりと思い出すだけで発狂しそうな数々の身体的異常が発生し、その度に病院に担ぎ込まれた。

 十五年経って、身体的特徴は普通の人間と変わらないまで回復したけれど、右目の結膜(白い部分)に模様らしきモノだけは取り去ることができなかった。


 そっち方面に詳しい友人曰く、これは“龍眼”というわれるモノで邪眼魔眼の類らしい。

 確かに、あの日から“幻影”というか“誰かの記憶”なのかは、わからないけれど夢や白昼夢でおかしなものを“見る”ようになった。

 遥か昔の事から、近い未来まで“見える”ようになった。

 身体的な異常は苦痛や痛みを伴うけれど、本当に辛いのはこの見えることだった。


 最近、夢の中であの“龍”をみる。

 右眼が疼く。

 また、悪夢のような日々がはじまるのだろうか?

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― 新着の感想 ―
[一言] ともあき に感情移入してしまったのか、読み終わった後に、ほぉ、と無意識に出るくらい読んでる最中力が入っていました。凄く面白かったです。
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