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エマ  作者: 小さな月
Tempesta……吹き荒れる嵐
15/32

2ー8

2月は毎週火曜日・金曜日・日曜日の18時に投稿します。


 秋のお祭りの代表格、芸術祭が始まった。


 ジェンマ国はお祭り好きな国として有名で、毎月、少なくともひとつは必ずお祭りがあるのだが、そこに市や町、さらには村などの独自なお祭りまで集めると、もうカレンダーに書ききれないほど。

 だがそのおかげ、ジェンマ国には年中、観光客が世界中から集まる。


 芸術祭は秋のお祭りで、長い歴史を持つ。

 毎年テーマを決めて開催されるのだが、今年のテーマは「花と夢」。開催期間は一週間──毎年、ジャルダンの芸術祭には足を運んでいたが、今年からは無理だ。

 というか、芸術祭そのもに行けるかどうかも怪しい。


「シーツの交換が終わりました」


「ありがとう」


 窓際に座り、市街の方を眺めていたエマは、仕事を終えたヴィヴィアナに笑顔を向ける。身の回りのことは自分でできるから、侍女なんていらない。

 そう思ったけれど、オルガに言われたのだ。


 あの子たちは、あの子たちの仕事をしてるんだよ。お嬢様には必要ないかもしれないけど、あの子たちはこれで稼いでるんだ。だから、あの子たちに仕事をさせておくれ。


 職に貴賤なし。

 どんな仕事であろうとも、何も知らないまま頭ごなしに否定してはダメだ。


 オルガの言葉でエマは考えを改め、カロリーナやヴィヴィアナの仕事を奪わないことに決めた。


「芸術祭が始まったけど、ヴィヴィアナたちは行くの?」


「はい、お休みをいただく予定です」


「そう、楽しんできてね」


「お嬢様は行かれないんですか?」


「私は……」


 芸術祭に特別思い入れがあるわけじゃないけれど、行ってみたい気持ちはある。

 ロッソ市の芸術祭は、どんな感じなんだろうか?

 ジャルダンよりも規模が大きいようだし、見たことのないものがたくさん見れるかも。


 でもきっと、リカルドたちはいい顔をしないだろうな。


「もし行けるのであれば、ぜひ行ってみてください。ロッソの芸術祭、すごく楽しいですよ。私も初めて行ったとき、驚きました」


「……うん、機会があれば、行ってみるわ」


 片付けを始めるヴィヴィアナから、窓の外へと視線を戻す。窓の外、すぐ真下に見えるのは黒いスーツの男たち。

 彼らはファミリーの構成員ソルジャーとやらで、屋敷の安全を守るためにいるらしいが、今日はいつもより人数が多い。人数が多い理由は別にあるが、彼らが配備された原因は確実に、屋敷へ戻ってきたエマの伯母と姪──フラヴィアとアリーチェだろう。


 最近は屋敷の中を歩き回っているだけなのに、カロリーナとヴィヴィアナのどちらか、もしくは両方が必ずついてくるようにもなった。

 そのうち護衛もつけると言っていたので、今以上に窮屈な生活を強いられることが確定している。


「何をしようかな……」


 屋敷へ来て一ヶ月も経つと、毎日、することが決まってくる。


 朝起きて、着替えて、朝食をとって、リカルドたちのスケジュールを聞かされ、部屋に戻ったら今日の新聞に目を通し、図書室から持ってきた本を読み、昼食、と本当に一日がとてつもなく長く感じてしまう。

 働いていた頃は一日が短く感じていたけど、今は真逆。


 こんな生活を続けていたら、いつか絶対に我慢の限界がくる。


「お嬢様、どちらへ?」


「ちょっと気分転換でもしようかと思って」


 部屋を出て行こうとするエマに、ヴィヴィアナが慌てて取り替えたシーツをワゴンに押し込む。


「すぐに戻るから、急がないで」


「ですがっ」


 常にそばにいろ、と言われているのだ。

 リカルドたちが何を警戒しているのかはわかっているけれど、屋敷の中でぐらい、自由に歩き回りたい。


「心配しないで」


 外へは出ないから──、そう伝えて、エマは部屋の外へ出た。


 珍しいことに、今日はリカルドもセルジオも屋敷を出ていて、アレッシオも不在。

 だから外の警備がいつにも増して多いのだ。


 エマは廊下を歩き、そのまま正面階段へ出た。秋の日差しが差し込む正面玄関には、トラモントを象徴する紋章が飾られている。太陽を飲み込まんとする、有翼の狼──何度見ても、好きにはなれないな。


「あら、わたしの従姉妹じゃない」


 声が聞こえて、エマは階下を見る。

 玄関ホールには、体のラインがはっきりとわかるタイトなワンピースを着こなすアリーチェがいた。今から出かけるらしい。


「毎日毎日、よく閉じこもっていられるわね。わたしには耐えられないわ」


 どこかバカにするような物言いにも、少しずつ慣れてきた。


 フラヴィアとアリーチェがこの屋敷に帰ってきたのは、三日前。食事の席ぐらいでしか顔を合わせないけれど、アリーチェが毎日どこかへ出かけていることは知っている。


 一日中屋敷から出ないエマもエマだが、毎日そんなにも出かける用事があることが、不思議でならない。

 アレッシオから聞いたが、アリーチェは今のエマと同様、無職。


 てっきりファミリーの役職にでも就いているのかと思っていたので、意外。


「アリーチェさんは今日も出かけるんですね」


 あまり波風は立てたくないけど、無視をするわけにもいかない。

 エマは階段を下りながら、アリーチェのそばに控える黒いスーツの男たちを見る。


 彼らもトラモント・ファミリーの構成員。

 そして、アリーチェの護衛。見目が良い男ばかりなのは、偶然?


「せっかくの芸術祭なのよ? 行かない理由はないでしょ」


 その小さいバッグには一体何が入っているのか──芸術祭へ出かけるというアリーチェは、赤いルージュが目を引く唇に、楽しげな笑みを浮かべる。


「──そうだ。あなたも連れてくわ」


「は?」


 思いがけないアリーチェの宣言に、素っ頓狂な声が出てしまった。


「アリーチェ様、それは……」


 護衛のひとりが止めようとするが、アリーチェは無視。


「わたしたち、従姉妹だっていうのにちっとも話せてないでしょ? いっつも邪魔者がいるから。だからデートしましょ」


「ちょ──」


 相手の意見なんてお構いなし。

 アリーチェが猫のようななめらかさで、エマと腕を組む。甘い花の香りに、クラクラしてしまいそう。


「さ、行きましょ」


 甘えるアリーチェの声音におされ、エマは外で待つ車に半ば強引に乗車させられた。


 向かう先はロッソ市──賑やかな秋のお祭り、芸術祭だ。



 * * *



「さすがに混んでるわね。車が全然動かないわ」


 車の窓から外を見るアリーチェは、不満そうに口を尖らせていた。

 アリーチェはエマよりもふたつ年上の二十二歳なのだが、こうして見ると同い年──いや、場合によっては年下に見えてしまうこともある。服装こそ色香を感じる大人のそれだが、無邪気な笑顔や不意に出る子どもっぽい仕草が、彼女を時々、実年齢よりも幼く見せているのかもしれない。


「ロッソに来たことはある?」


「いえ、一度もありません」


 後部座席には、エマとアリーチェしかいない。運転席手の隣、助手席にはダニエラが乗っているが、ふたりは見事に存在感を消している。

 アリーチェの護衛は、真後ろにピッタリとくっついている別の車に乗っていた。


「そ。──いいとこよ、トラモントの縄張りだから、他のとこよりもずっと治安が良いの」


 自信ありげに話すアリーチェは、ずっと窓の外を見ている。


 今年のテーマが「花と夢」というだけあって、街は色とりどりの花で溢れかえっている。


「トラモントの大きな力があるから、ちっぽけな連中は悪さできないの」


「そう、ですか」


 エマが知らないだけで、きっとジャルダンにもファミリーの影響はあったのだと思う。

 けれどここ程ではない。


 きっと、市民は知っているのだろう。エマたちが乗る車が、誰の所有物なのかを。

 気づいた人のほとんどが、車を避けるように離れていく。中にはお辞儀をする人もいたりしたけど、多くはない。


「ホントに動かないわね。……行くわよ!」


「あ、アリーチェさん?」


 ちっとも動かない車に痺れを切らしたアリーチェが、何を思ったのか後部座席のドアを予告も無しに開けた。慌てたのはエマだけじゃない。運転手もダニエラも、驚きで目を見開いている。


「わたしがエスコートしてあげるわよ」


 車から降ろされたエマは、アリーチェに手を引かれ、歩道を走る。

 あんなにも高いヒールで、こんなにも軽快に走れるものなんだ……。


 芸術祭ということもあって、目に映る街の景色に現実感が薄い。


 花で飾られた彫刻、路上で絵を描く画家、風船を持って走る子ども、絶え間なく聞こえる音楽や人々のざわめき──静寂が遠くなる。


「こちら、芸術祭限定のデザインでございます」

「この時期にしか発売されない、当店オリジナルの香水なんです」

「この秋の新作なんですよ。今入荷したばかりなんです」


「いただくわ」


 エスコートとは名ばかり。

 アリーチェは自分が行きたい場所にエマを連れて行き、ひとり楽しく買い物をし始めた。服に靴、コスメや香水──店員がすすめるもののほとんどを、アリーチェは太っ腹に購入した。

 そんなに必要ですか? と言いたくなってしまうほど。


「いつもありがとうございます、アリーチェ様」


 黒いカードを取り出すアリーチェと、それを受け取る店員。

 アリーチェは“上客“なんだろうな。店にとっては、非常にありがたい“上客”。


「持って」


 アリーチェが購入した品物は、全て彼女の護衛たちが持つ。

 車を飛び降りたふたりを慌てて追いかけてきた護衛たちは現在、立派な荷物持ちになっていた。


「その地味な格好、どうにかしたら?」


 別の店で、この秋の新作とやらを試着するアリーチェは、どうやらエマの存在を忘れてはいなかったらしい。


「そんな服、どこで買うのよ」


「どこって……」


 グレーのタイトニットも緑チェックのフレアスカートも、三年前、高校生の頃に購入したもの。流行を追いかけていないエマは、自分が気に入ったものを選んで大切に着ている。

 そりゃあ、アリーチェの隣に立てば地味に見えるだろうが、流行ってるから、高いから良いというものではないと思う。


 大切なのはいつだって、自分の気持ちだ。


「お見立てしましょうか?」


「ああ、その子はいいの。ほっといて」


 店員のひとりがエマに話しかけたが、アリーチェのぶっきらぼうな物言いに苦笑いを浮かべ、去っていった。

 何軒もの店を回ったが、アリーチェが現れると必ず店の責任者が現れていた。

 アリーチェが誰なのか、ちゃんとわかってるんだろうな。


 みんな、アリーチェをお姫様のように扱っていた。失礼極まりない態度を取られても、みんな精一杯の笑顔で接客する──接客業の辛いところだ。


「次はどこ行こうかなぁ」


 店を出たアリーチェは、また次の店を探す。

 はじめてのロッソ市、最初は見るものすべてが新鮮だったけれど、今はもう疲れてしまった。屋敷の静寂さを恋しく思う日が来るなんて……。


「そろそろ屋敷に帰らないと、その」


「リカルドたちに何か言われるの? ねえ、聞きたかったことがあるのよね」


 足を止めて、アリーチェが振り返る。


「アレッシオはまあいいとして……リカルドたちをどうやって懐柔したの?」


「懐、柔?」


 突拍子もない話に、エマは首を傾げる。懐柔の意味はわかる。わかるけど、使い方を間違っていない?

 どこをどう見たら、懐柔しているように見えるのだろう?


「付き合いはわたしの方が絶対長いのに……もしかして──寝た?」


「────は?」


 この雑踏の中にうまく溶け込んで、聞こえなければ良かったのに。

 アリーチェの失礼としか言えない問いは、しっかりとエマの耳に届いた。




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