地味婚
眼前にどんと鎮座する高い塀を見上げ、私は思いきり眉間に皺を寄せる。
「またデカくなってる……」
私がそう呟くと、口から白い息がもれ、十二月の寒空に消えていく。
「おー。すごい。立派な塀だなあ。麗華の家ってお金もち?」
私のすぐ後ろに立っていた虎太郎が、冗談交じりに聞いてきた。
「一般家庭だって。立派なのは塀だけだよ」
私はそれだけ答えて、門を開けて中に入る。
和モダンなオシャレで立派な塀を抜けると、こぢんまりとした庭があり、その先にはまだ新しさの漂う二階建ての一軒家。
すたすたと庭を横切って玄関のほうへと歩いていたら、やけに静かになったことに気づく。
立ち止まって振り返ると、虎太郎は屋根を見上げたまま微動だにしない。
その端正な顔立ちには、今は緊張の色しか見えなかった。
私は今から彼が経験する感覚や気持ちなんかは一生わからないと思う。
それでも、とてつもなく緊張することだけは理解できるのだ。
私と虎太郎がやって来たのを庭掃除に出た母が気づいて、「駅に着いたら電話してって言ったじゃないのーもー」と言いながら、家に引っ込んでいく。
リビングに上がると、父は上座にどっしりと腰をおろしていたし、母は人数分のお茶とたっぷりお茶菓子の盛られた菓子鉢をトレイに乗せてやって来る。
『電話して』とか言いながらもう用意周到じゃないの。
そんなことを考えていると、虎太郎が慌てたように手土産を紙袋から取り出して「越谷虎太郎です。お口に合うかどうかわかりませんが……」と、とんちんかんなことを言っている。
そこまで言ってから「失礼しました……。これお土産です」と言い直している。
父は表情一つ変えずぶすっとしているけれど、背後にいる母が笑いをこらえているのだけはわかった。
「緊張してるのよ。いつもはもっと頼れる人だから」
私はそうフォローを入れるものの、父は「そうか」と答えるだけ。
父は頑固だし寡黙だけど、ここまで機嫌が悪いというか、無愛想なのも初めてだ。
しかも、娘の恋人が結婚の挨拶に来た日に、見るからに機嫌悪そうにする、という空気の読めない人ではないはず。
私はそこでふと、五年前に父が唐突に放った言葉を思い出す。
いやいや、まさか。
あれは、かわいい一人娘が上京して家を出るのが寂しくて、その寂しさを隠すために言った冗談。
少なくとも私はそう思っている。
変なことを思い出してしまい、おまけにリビングの空気も心なしか重い気がして私は口を開く。
「なんでまた塀を高くし――」
「お嬢さんを僕にください!」
隣を見ると、虎太郎が父に頭を下げているところだった。
やっば、かぶっちゃった。
しかも大事な台詞で!
私が『もう一回言い直す?』と虎太郎に提案しようかどうか迷っていると。
父は、こう言い放った。
「娘はやらん!」
「は?」
私は思わず父を見る。
「え、いや、ちょっと待って。私、二十五歳よ? 早い結婚でもないし、おまけにこれと言って良いところもないし、おまけに地味なのに、虎太郎はこんなにイケメン。しかも誠実。同じ歳なのに出世コースは間違いないだろうとか誰にでも言われてる。スーツも似合う。そんな人がもらってくれる機会、もうないよ?」
「越谷君は、愛知県民か?」
父は私の話なぞ無視して、虎太郎にそう聞いた。
「いいえ、今は東京に住んでいます」
「生まれも育ちも東京か」
「いいえ、埼玉です」
「そうか。やはり娘はやれんな」
父は、なぜか芝居がかったような口調でそう言い切る。
「え? お父さん、埼玉嫌いなの?」
「埼玉が嫌いということではなく、愛知県民以外のどこの馬の骨とも知らない男に娘を嫁がせるわけにはいかない」
「愛知県民なら、どこの馬の骨かわかるわけ?」
私が反論すると、父はずずっとお茶をすすり、どら焼きをかじった。
半分ほどどら焼きをかじったところで、父は再びお茶をすすり、それから言う。
「愛知県民以外に、お前を嫁がせるつもりはない、という意味だ」
「それは……僕が、この家の婿養子になれ、ということですか?」
「そうじゃない。愛知県民になってから出直して来い、ということだ」
「愛知に引っ越してくればいいのですね?」
引き下がらない虎太郎、かっこいい。
愛を感じるなあ。
「私のためなら婿養子でも愛知に引っ越してくるのも覚悟ってことだよ!」
「麗華、お前はもう少し黙っていられないのか」
父に諭され、私は「あ、はい、すみません」と委縮する。
「そうだな。愛知に十年住んだら、愛知県民と言えるだろうな」
「はあ?! じゃあ、十年間は結婚するなってこと?!」
私は思わず立ち上がる。
「だからさっきからお前は黙っていられないのか……。まあ、いい。とにかく俺は県外の男との結婚は許さん!」
父はぴしゃりと言い放つと、リビングから出て行った。
私は助けを求めるように母の顔を見ると、視線を明後日の方向へ逸らされる。
それから母は口を開く。
「だって、言ったじゃない。麗華が東京に行く日の前日、お父さん『上京はいいが、県外の男は許さん』って」
「あれ、お父さんの冗談じゃないの?」
「そんな意味不明な冗談言わないわよ」
「じゃあ、お母さんも結婚は反対?」
私の言葉に、母は「そうね」と頬に手を当ててため息をついた。
どうしようかと悩んでいたら、母に『とりあえずお父さん、今興奮してるから落ち着くまで出かけてきたら? いつもの喫茶店とか』と呑気に言われた。
確かに、家で待っていてもしかたがない。
父は今、娘がイケメンな彼氏を連れてきて、結婚をするとか言い出してきっと混乱しているだけだ。
きっとそうだ。
私はそう思い直し、虎太郎と話し合い、近所の喫茶店で時間を潰すことにした。
「へー。あそこのお嬢さん、挙式がハワイなの。しゃれてるわねー」
「上の子はテーマパーク貸し切って結婚式したらしいのよお」
喫茶店では、おばさまがたが噂話に興じている。
ハワイで挙式、テーマパークを貸し切って結婚式か。
私は運ばれてきた水を半分ほど飲み干して、それから思う。
名古屋の人は派手好きだ、と他県の人が言っているのを聞いたことがある。
それは間違っている。
なぜなら、愛知県民はみんな派手好きで名古屋に限ったことではないから。
派手好きというよりは、見栄っぱりなんだと思う。
私の両親もそうだ。
そうじゃなかったら、地味な顔の娘に「麗華」なんて名前はつけないだろう。
祖父のお葬式や法事に、お坊さんを同時に八人も呼んだり(宗教上の理由ではない)運動会のお弁当だけやたらと豪華だったり、壊れてもいないのに車をやたらと買い替えたり、塀だけ立派にしたりしない。
つまり、すべては見栄なのだ。
だから私は両親が反面教師となり、高価なものやブランドものにはまるで興味がない。
地味婚で良いと言ったら、それこそ両親は反対するかと思っていたけど。
「まさか県外の人だから反対ってなんだよそれ」
私がそう言うと、虎太郎がグラスを口に運びながら頷く。
「嘘でも愛知県民って言うべきだったかな」
「そうだねー。どうせわかりっこないし、嘘ついてそのまま結婚しちゃえばよかったのか」
私はそこまで言うと、虎太郎に謝る。
「ごめんね。なんか、こんなことになっちゃって……」
「いや、いいよ。なんかちょっとドラマちっくだな、とか呑気なこと考えてる」
そう言って爽やかな笑みを浮かべる虎太郎。
こんな時でも前向きだな。
ああ、やっぱり何がなんでもこの人と結婚したい!
私は妙にテンションが高くなってこう口にする。
「どーせお父さんが反対するのも一時的なものだよ。頑固ぶってるけど結構コロコロ意見変わる人だし」
すると、虎太郎が視線を上に向ける。
私もそちらを見ると、父が立っていた。
「ほー。お前はお父さんのことをそんなふうに思っていたのか」
「は? なんでいつ来たの? まさか追いかけてきたの?」
「母さんとモーニングに来ただけだ」
父はそれだけ言うと、目を一度閉じ、それからため息をついて目を開けてこちらを睨みつける。
「そんな甘い考えだから結婚を反対しているんだ!」
「はあ?! さっきと言ってること違うじゃん!」
「問題はお前にもあると言っているんだ」
父はそこで言葉を切り、それから続ける。
「どうしても結婚をしたいというなら、勝手にしなさい」
「勝手に? まさか、縁を切るってこと?」
私の言葉に、父は何も言わなかった。
否定をしない、ということはそういうことだろう。
どうしてそこまで反対するの、とか、娘を不幸にしたいの、とか、虎太郎が気に食わないの、とか。
言いたいことは山ほどあったけど、父の冷たい表情を見ていたら、全部、無駄になるような気がした。
そう思うと、なんだか怒りの感情がふつふつと湧いてくる。
私は拳をぐっと握り、立ち上がって叫んだ。
「上等じゃないの! 駆け落ちしてやるんだから!」
私が店を出ると、虎太郎が慌てて追いかけてきた。
駅のホームで私はベンチに腰かけてぐったりとしていた。
「大丈夫?」
虎太郎が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
冷たい風が、怒りで火照った体に今は心地良いくらい。
「大丈夫。なんかごめん。駆け落ちとか、ドラマかって話よね」
私が笑うと、虎太郎も笑う。
「俺、さっきの麗華の言葉、うれしかったよ。そこまで愛されてるんだなーって」
「虎太郎も私に愛されてるのかなって不安に思うの?」
「そりゃあそうだよ」
虎太郎は「なに言ってるんだよ」と鼻の頭をかく。
私は虎太郎の右手に自分の左手を置く。
ほわっと温かい。
「どこ行くつもり?」
「とりあえず県外!」
私はきっぱりと言い放った。
ふと、視界の隅に、男性が見えた。
なんとなく気にかかったけど、「まあ、いいや」と私は呟き、そのまま虎太郎と共に電車に乗る。
結局、「県外を出る!」と言って意気込んだものの、家に帰るわけにもいかず(こっちでビジネスホテルを予約しているので)、電車料金があまりかからず、駆け落ちっぽい場所。
虎太郎と話し合って、静岡県の御前崎の海岸へ行くことにした。
県外って言ってもお隣さんだ。
だけど、私は無性に海が見たかったし、虎太郎も『御前崎、行ったことない』と言うので、ちょうど良い。
バスに乗り、バス停から徒歩二十分。
眼前に広がるのは、砂漠……ではなく、砂丘。
「へー。静岡にも砂丘ってあるんだね。俺、鳥取の砂丘しか知らないや」
砂の上を歩きながら虎太郎が、物珍しそうに辺りを見回す。
十二月ということもあって、観光客の姿はない。
ふと振り返ると、離れたところに男性が一人で歩いている。
「愛知の人は、県外の人が嫌いなの?」
虎太郎が、唐突に聞いてくる。
「そんなことないよ。お父さんがおかしい」
「そっか。じゃあ、結婚を反対されてるのは、俺らだけかあ」
「なんで私だけなのよ。世の中、結婚を反対、」
そこで私は、以前聞いた親戚の話を思い出す。
「そういえば……。はとこも結婚を反対されたって、伯母さんたちから聞いたなあ」
「え、それって県外の人と結婚したから?」
「はとこの結婚相手は、確か愛知県の人だって伯母さん言ってたよ」
「それじゃあ、なんで反対されたんだろう。それからどうなったの?」
「さあ? 私、そのはとこと仲良くないから結婚式にも呼ばれてないし」
「結婚できたかどうかも不明ってことか」
「うーん。結婚式をしたとかって伯母さんたちが言ってた気もする……」
私は必死で記憶を手繰り寄せようとするが、なんせ数年前の伯母の話をちょこっと聞いただけなので、はっきりと詳細は思い出せない。
そんな話をしているうちに、目の前に青い海が広がっていた。
「わあ。きれー!」
私は、思わず波打ち際まで走り出すけれど砂が足に絡みつくようで、うまく走ることができない。
足をもたつかせる私を見かねた虎太郎が、背中をこちらに向ける。
「おぶってあげるよ」
「えー。いいよ。子どもじゃあるまいし」
「子どもじゃないけど、まだまだ付き合って一年半のラブラブカップルだよ」
「ラブラブって」
「これもコミュニケーション!」
虎太郎の言葉に、私は彼の広い背中に乗った。
私が乗るが早いか、彼は思いきり走り出す。
どんどん海が近づいてくる。
だけど、自分の足で走ってるわけじゃないから、ものすごく怖い。
「虎太郎ー! 早い、早い!」
「ゆっくり行くほうが、辛いんだってばー!」
「なるほど」
私はそう呟いて、上下に揺れる背中に必死にしがみついた。
私と虎太郎はひとしきりはしゃいだあと、砂浜に腰かけて海を眺めた。
「運を使い果たしたんだろうなあ」
そう呟いた私に、虎太郎が聞いてくる。
「運?」
「そう。虎太郎のこと、好きになって告白したらOKしてくれて、プロポーズしてくれて、それで私は多分、一生の運をつかった」
「それはないと思うなー。俺、大した男じゃないよ」
「謙虚だね。とにかく、運を使い果たしたせいで、結婚を反対されたんだよ、きっと」
「俺は、今だからぶっちゃけるけど、麗華を見た時から『いいなあ』って思ってたし、告白された時はうれし過ぎてケーキ買って帰った」
そう言って照れくさそうに笑う虎太郎に、私は驚いた。
「うっそだぁ。この地味顔のどこに『いいなあ』の要素があるのよ」
「俺はかわいいと思ったし」
虎太郎はそう言うと、指で砂浜にぐるぐると円を描き始めた。
「蓼食う虫も好き好きって言うからね。でも、それはうれしいなあ。ケーキ、丸いやつ?」
「丸いってゆーか、ロールケーキ一本。おいしい店のやつで気になってたんだ」
「食べたかっただけでしょ」
私が笑うと虎太郎とは「それもあるけど」と少しだけ笑ってから、海に視線を移す。
夕日が沈みかけていて、海はオレンジ色に染まっていた。
「俺、麗華と結婚したい」
「私もしたいよ」
「でも、麗華のご両親にも祝福してもらいたい」
虎太郎はそう言うと、小さくため息をつく。
ああ、彼をこんなに悩ませるなんて、厄介な父だ。
そもそも両親が反対しなければ、私と虎太郎は結婚式の準備をすんなりと進められたのに。
それに、今はこうして私を愛してくれている彼だけれど、父の反対がずっと続いたら、心が離れないなんて保証はない。
そこまで考えた時、胸が妙にざわついて、不安の大きな大きな波に飲み込まれそうになる。
「どうした? 顔色悪いよ?」
虎太郎が心配そうにこちらを見ていた。
私は『大丈夫だよ』と口を開きかけて、かすかな音に振り返る。
一瞬、見えたモノに私の頭の中ですべてのパズルピースがはまったように、真実がくっきりと映し出されていく。
ああ、そういうことか。
父と母はそうまでして私の結婚を……。
私はそこまで考えてから、大きな声で言う。
「よし! それでは、こうしよう!」
「なに?」
「今から、海に入ります」
「え? この寒いのに?」
「そう。ちなみに私は虎太郎も知っているように泳げません。つまり海に入ると死にます」
「え? え?」
驚く虎太郎をよそに、私は海へと思いきり走り出す。
「麗華! やめろ!」
背後で虎太郎の叫び声が聞こえる。
それでも私は足を止めない。
そのうち、波で靴が濡れてしまった。
ああ、買ったばかりなのに。
そんなことを考えつつも、私は海に足を入れる。
その時だった。
「お前! なに麗華のことカメラで撮ってんだよ!」
振り返ると、虎太郎が男性を睨みつけていた。
男性の手にはビデオカメラが。
「いや、あの、これは、つい、そのドラマチックだなと思って……」
しどろもどろの男性に、私は聞いてみる。
「あなた、誰ですか?」
「ただの通りすがりの者です」
「嘘。喫茶店から私と虎太郎のこと尾行してましたよね?」
私の言葉に、虎太郎が「え?」と男を見る。
「いや、あの……。僕は怪しい者じゃないんです」
「そう言われると怪しい」と訝し気な顔で男を見る虎太郎。
私は男に言う。
「両親に何を頼まれたんですか?」
「それは言えません」
男の言葉に、私は男の手からビデオカメラを奪い取り、海の方へ走りだそうとする。
しかし、四つの手に捕まえられ、私は動きを止める。
男は観念したように口を開く。
「僕は田中という者です。実は……」
それから実家に戻ると、父はあっさりと私と虎太郎のことを許してくれた。
その日の晩ご飯は、きちんと四人分あり、おまけにすき焼き。しかも和牛。
父と虎太郎はお酒を飲んだ途端に打ち解けて、終いには『娘を頼む』と泣き出した。
お酒が苦手な私はカフェオレをちびちびと飲みつつ、枝豆を口に入れる。
母は父と虎太郎の様子をうれしそうに眺めていた。
私は思わずぽつりと呟く。
「本当に、見栄っぱりだよね」
その言葉は、父にも母にも聞こえていなかったようだ。
☆
『娘はやらん!』
画面に映し出された父の顔と、大きな声に場内はしんと静まり返る。
招待客も親族も、うちの両親も画面に釘づけだ。
「心臓に悪い映像だなあ」
隣に座る虎太郎が苦笑いをする。
「……本当だよね」
私もため息をつく。
憂鬱な映像を流されても、白のタキシード姿の虎太郎を見れば、幸せな気分になってしまう。
どこの王子様だよ。
私はニヤニヤしながら虎太郎を眺めた。
今日はプロのヘアメイクとウエディングドレスで、私の地味さも薄れているはずだ。多分。
だけど、今はみんな主役の私たちのことなど見ていない。
だって、余興の自作ドラマに夢中なのだから。
自作ドラマ。
そう、それは、私が父に結婚を反対され、虎太郎と共に海に逃げ、それから父と和解。
そんな月曜九時なんかに放送したら低視聴率必須な筋書きのドラマだった。
これを企画したのは、どうやら伯母で、『どうせなら麗華ちゃんたちをドッキりにしかけて、その一部始終をカメラに撮って、披露宴で流してやろう』ともちかけたらしい。
なぜ、私がそんなことを知っているのかと言うと。
私と虎太郎が御前崎の海岸に逃げた時、自ら正体をバラすはめになった田中さん。
彼があの時、すべて話してくれたからだ。
なんでも、父も母も随分と前からこのアイデアを練っていたらしい。
もう怒りを通り越して呆れた。
映像の最後に、『どっきりでした!』と何のひねりもない文字が映し出される。
何がどっきりでした、だよ。
披露宴の招待客たちは、「なーんだ」とホッとしている。騙されてるのか、本当に。嘘だろ。
私が苦笑いをしていると、司会の女性が言う。
『さて、新郎新婦のお二人は、このドラマのことをご存知でしたか?』
私も虎太郎のすべての事情を知っているとも知らず、両親はしてやったりという顔をしている。
ちょっとイラッとしたものの、私は答える。
「いいえ。知りませんでした。驚きましたよ」
そう言って両親に向かった微笑んだ。
独身最後の親孝行、ということにしておこう。