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「カウントスタートな。十五~」
「おい、ちょっと待て!あれは植物で押さえ込んでいるというより、少年が動けないだけだろう?」
「でも、見た目には植物で拘束されているように見えるぞ?ルールは『体が動かなくなって十五秒間静止で負け』だからな。どうしても蔓で押さえ込みをしないといけない訳じゃない」
「そ、それはズルくないか!?」
「ズルくない。十二~」
鞘火の抗議の間も、カウントは進んでいく。
「これを見越してのボディー攻撃か。あれだけ打たれれば足も止まる」
水緒の目は震える仁の足を見ていた。
「一応、これは仁様の力を見る為のものじゃからな。一発で意識を刈り取っても意味はない。しかし、負ける訳にもいかない。僅かに力を残しつつ、仁様への足を止める為のボディーブロー。あのまま勝てばそれで良し、何かしてきたとしても足は止めていれば『十五秒動きを止める』という勝利条件を満たし易い。あの蔓は静止という条件を満たすよう体が動かないように念の為、というところかの」
「九~」
所長はカウントを続けながら、仁に近づいた。そして、頭を抱え込んで動かない仁の顔を覗き込んだ。
「あ~、これはカウント意味ないわ。気を失っている」
「何だと!」
所長の呟きを聞いて、他の三人が駆け寄ってきた。
「所長、寝かせてもらえますかな?鍔木、術を解け」
「分かりました」
鍔木が指を鳴らすと、巻き付いていた蔓が離れていく。蔓による固定がなくなり、意識を失っている仁は、横に倒れそうになったが、所長が体を支えてゆっくりと床に横たえる。
横たえた仁に対して、水緒は脈を見たり額に手を当てたりしている。他の三人はその様子を黙って見守っていた。
「おい、どうなんだ?少年は」
しかし、焦れてきた鞘火は水緒に話しかけた。目を閉じて仁の顔の前に手をかざしていた水緒は、鞘火の問にはすぐには答えず、ゆっくりと目を開く。
「フム、まぁ大丈夫じゃろ。おそらくじゃが、霊力の使いすぎによる失神じゃな。頭痛も酷かったようじゃし。憔悴はしとるが、一晩寝れば回復する。それより」
そこまで言って、水緒は仁の服をめくり上げた。仁の腹は鍔木に何度も打たれた為に真っ赤になっている。
「特別鍛えているわけでもない仁殿にはこれはキツかろう。明日は地獄じゃろうな。打たれた痛みは当然じゃが、内蔵がひっくり返ってまともに物は食えん」
「・・・・・・なんとかなりそうですか?」
仁を地獄に叩き込む打撃を放った張本人である鍔木は、額に汗を浮かべて水緒に言った。
「ふ~む、本来なら術を施せるのじゃがのぉ、飄鬼にやられた怪我を治した時に使った力に、さっきの『水陣膜』で霊力がスッカラカンなんじゃ。さっき言った通りの」
水緒がまさしくお手上げという風に両手を上げた。
「まぁまぁ、いいじゃないか。これで実戦の厳しさと痛みをその身に刻むってもんだ。この程度なら問題ない。むしろ痛みに慣れさせろ」
所長はニコヤカに酷い事を言っている。そして、他の三人を見回して言った。
「取り敢えず、上に戻って義弟をちゃんと手当してやるか」
「霊力のコントロールはこれからの課題として、まずは力を使う事に慣れていただくことを優先したほうがいいと思います」
地下室から戻った事務所の面々は、応接室で本日の成果の確認と今後の方針を相談していた。仁には手当を施し自室で休ませている。手当の途中で、意識を失った状態から睡眠へと移行していた。
「最初と最後のは凄かった。しかも、まだ霊力が尽きたわけでも無さそうだったしな。義弟の一番の才能は、あの霊力の底知れなさかもしれん。最初はちまちまとコントロールを覚えさせるより、大きな力を使う事に慣れさせたほうがいいだろ。普通は限られた霊力を効率よく使う修行から始めるものだが・・・・・・」
所長はそう言って鞘火を見るが、鞘火は不貞腐れたような顔をしてソファに寄りかかっている。
「あぁぁん?負け犬の事などどうでもいいわ。大体、私の感じたことは既に教えたろうが、今の私に話しかけるな」
「完全に拗ねておるの」
仁の負けが決まり、メイド化が確定した時からずっとこの調子だ。水緒が笑いながら声をかける。
「仕事はちゃんとせんか。心配せんでも儂がお前に似合うメイド服を見繕ってやるから」
「うっせー、殺すぞ、ババァ」
「まったく・・・・・・・」
まともに話をする態度を見せない鞘火に、鍔木が声をかけた。
「鞘火さんがメイドを嫌がる気持ちも分かります。私も嫌でしたから。言い出した審判を殴り倒してやろうかとも思ったのですが、腐っても所長。仁様の前では上司に歯向かう事はできないというスタンスをとるのは仕方ないことです」
「く、腐ってもって、オイ・・・・・・・・」
「一度決定した事を覆すのもよくありません。しかし、私も素人である仁様に対して、本気でかかりました。大人気なかったと思います。そこでどうでしょう、期限を1ヶ月から2週間に半減するというは」
「ホントか!?」
鍔木の提案に、鞘火はすぐに食いついた。
「本当です。仁様の動きを見て、基礎体力は中々あると判断しました。そこで、当初は基礎訓練期間を一ヶ月と見ていたのですが、二週間とします。鞘火さんが言っていた『徹夜折檻』で仁殿に八つ当たりして下さい。『毎日悪夢にほどにジックリと面倒をみる』事を許可します」
鍔木は冷めた目で眠っている仁を見下ろし
「我が事務所に対する忠誠心を徹底的に植え付けてあげてください。これが重要です」
「クックック、任せろ」
「なぁ、水緒」
「なんですか、所長」
鍔木の提案に嬉しそうに笑っている鞘火。先程までの拗ねた様子が嘘のように表情を輝かせている。鞘火の様子を眺めながら、所長が水緒に話しかけた。
「なんか、鍔木が凄い譲歩したみたいに言っているけど、おかしくね?鞘火のメイド化が二週間になっただけで、他は元々の決定事項じゃん。基礎訓練も今日の結果で期間を決めるって言っていたし、それをするのも鞘火って決まっていたしな」
「仁様への折檻を想像して、自分のメイド化の事を失念しておるのでしょう。完全に鍔木に乗せられておりますな。儂は鞘火のメイド服を選ぶのが今から楽しみでしょうがないですが」
訓練の内容について鍔木に幾つか指示を貰っている鞘火の方を見て、所長は言った。その目はタイトスカートから伸びる長い脚を見ている。
「俺はミニスカメイドがいいと思うんだ。やはりあの脚を生かさない手はないだろう」
水緒は、意外と楚々とした手付きで急須からお茶のお代わりを鍔木に注いでいる鞘火を観察しながら言う。
「仲居風の和風メイドも面白いかと。正座をさせてお茶を注がせましょう。敢えて露出は控えめにしてみるのです」
「水緒は目の付け所が違うな!それは間違いなく萌えるだろう・・・・・・・・しかし、中華風も捨てがたくないか?チャイナ服なら脚も強調できるしな。チャイナメイド万歳!」
「やる前からソワソワしてきましたな!期間内に何着か着せてみるのはいかがでしょう?」
「俺もワクワクしている!経費で賄う事を許可してやるぞ!」
2人は力強く頷きあい、固く握手をした。
鍔木と鞘火。所長と水緒。それぞれのペアの話が一段落した。四人がやっとで本題に戻る。最初は仁と仮にだが契約を結んでいた鞘火の話から。テストの最中に鍔木と所長へした話と最後の頭痛の時に感じていたことを報告する。
「最初に水緒の『水練膜』を吹き飛ばしたあれは『大炎界』クラスの霊力は出ていたな。最後に爆発したのも同じ位出ていた。しかも、その後に意識は朦朧としていたが、炎を鎧に形成する事に成功しかけていたからな。思うに、少年は火行と相性がいいもしれん」
「『大炎界』の消費霊力はかなり大きいですよね?素人がそのクラスの霊力を一度に放出すれば頭痛が出るのも当然でしょう。しかも、一度目には意識を失わなかった。二度目は流石に限界を超えたようでしたが・・・・・・・」
「今の段階では充分だろ?今日ので少しは耐性もできただろうし。成果としては義弟の才能を確認できたし、霊力も今の限界まで使わせることが出来た。充分だろ」
「儂もそう思う。仁様は天性の才能をお持ちになっている事が確認できた。『水練膜』を一瞬で破られた時にはビックリしたわい」
そこまで言って、四人はソファの真ん中に置いてある机の上を見る。そこには天剣が置いてあった。
「・・・・・・・・おい、そろそろ出てきたらどうだ?剣の中にいても、義弟の霊力は測定できただろ?教えてくれよ」
所長が天剣へ話かけた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「うぉい!返事くらいしてくれよ。俺が無機物に話かける、寂しいヤツみたいじゃないか!」
所長は天剣へ怒鳴りつけたが、なにも返事は帰ってこない。本当に寂しい人みたいなっている。拳を握って震わせた。
「くっ、おのれ・・・・・・」
「まぁまぁ、所長。我々が許された自由は主人を選ぶことだけです。こればかりは強要することはできません」
鍔木が拳を震わせている所長を慰めるように言う。
「まぁ、その通りなんじゃがのぉ。なにも仁様を主人として認めろと言っている訳じゃない。我々に協力して欲しいと言っているだけじゃ。少し位はなんとかならんもんか」
水緒も所長と同じように天剣へ語りかけたが、やはり何も返事は帰ってこなかった。
「フン、こいつは今風にいうなら引きこもりみたいなもんだ。周りがいくら言っても出てこないだろうよ。どうすれば出てくるかは知らんがな。放っておくのが一番だろう」
「放っておくという訳ではありませんが、自分から意思を示すのを待ちましょう。個人の性格の違いのようなものですので、仕方ありません」
鞘火は呆れたように、鍔木は慰めるように天剣に話しかけている。
「これ以上ないものねだりしてもしょうがない。いまできる範囲で少年は鍛えてやろう」
「明日は仁殿の学力テストを行います。準備もありますので、そろそろ解散という事でよろしいでしょうか?」
「解散は構わないが、義弟はテスト受けられるか?一晩眠れば霊力はある程度回復するかもしれんが、体の方はそうはいかんぞ?」
「あぁ、そうですね。その件で皆さんに一応の確認なのですが、仁殿を正式に雇い入れるという事でよろしいですか?」
鍔木が四人を見回して言った。
「問題ないだろう、義弟の才能は証明されたしな」
「少年の才能を見抜いて連れてきたのは私だぞ。反対する理由はあるか?」
「儂と鞘火は最初から仁様の雇入れに賛成じゃったぞ」
反対意見は一人もなかった。賛成の確認を行った鍔木は天剣に目を向ける。
「これで、あながた反対したとしても多数決で決まりです。よろしいですね?」
やはり、天剣からは何も帰ってこない。
「まったく・・・・・では、明日は最初に契約を行おうと思います」
「随分急だな?焦らなくてもいいんじゃないか」
鍔木の突然の意見に所長が疑問を投げかける。
「いえ、どちらの契約も行おうかと思っています。事務所に雇い入れる雇用契約と式神としての主従契約です」
それを聞いて、水緒が手を叩いて喜んだ。
「おぉ、なるほどのぉ。仁様と契約して頂ければ霊力の供給を受けられる。儂が霊力を回復できれば仁様の体を癒すことも可能という訳じゃな」
「ご明察です」
「それはいい、少年を折檻するときに何も遠慮がいらないではないか」
「そうだな、早いに越したこともないし、雇用契約すれば、明日からでもバイト代出してあげられるしな」
先程と同じように四人とも賛成の意を示した。話はまとまったと、所長が言う。
「義弟のお陰で明日からの毎日は楽しくなりそうだ。皆、よろしく頼むぞ?」




