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「む~、確かに」
あまりの炎の大きさに、立場を忘れて手を出してしまった所長は、どうしたものかと考え込んでしまった。自身の安全を優先するのは審判だろうと当たり前なのだが、鞘火のクレームにも理がないこともない。
考え込む所長を放っておいて、鍔木と水緒の二人は槍に囲まれた場所から外へ出る。そこで目にしたのは、片膝をついて頭を抱えている仁の姿であった。
「仁様!いかがされたのじゃ!?」
「どうされたのですか、仁殿」
慌てる二人を尻目に、鞘火は芝居がかった風に仁の隣に膝をついて肩を叩いた。
「少年は、少年はな・・・・・・最初の一撃に懸けていたのだ。力を振り絞りあの凄まじい攻撃を繰り出した少年は見事という他はない」
そのまま手を広げて、頭を抱える仁を抱き込んだ。
「しかし、素人である少年は、慣れない霊力を使い続けたせいで、体が拒否反応を起こしてしまったのだ。あぁ、自分の体も省みずに闘う少年は、なんと美しいことか・・・・」
そこで言葉を切り、服にに幾つか焦げ目を作っている二人の方をチラリと見る。
「それに比べて、お前らは・・・・・・・なんと汚い事か。自分達がヤられそうになったら、審判を抱き込むとは」
「「ムギギギギギ」」
鞘火の言うことは、非常にムカツクが事実である。二人は何も言い返せずに歯軋りをして悔しがっている。そんな二人の様子を満足気に見た鞘火は、トドメとばかりに言い放つ。
「これは、もうあれだな。反則負けだ、反則負け」
「「何だと!?」」
流石にそれは承服できない二人が驚きの声を上げる。なんといってもこの勝負にはメイド化がかかっているからだ。
「お~い、鞘火よ。それは流石にないだろう。お前ら、義弟の姿に動揺しすぎ」
後ろから、所長が出てきて鞘火の案を却下した。
「何故だ?少年が力を振り絞り、正々堂々と戦った事に対して恥ずかしくないのか!?」
今度は鞘火が所長にビッと指を突き付けて言う。
「俺自身が危なかったから力を合わせて防御しただけだし。それに」
所長は仁の様子を少し見て、言葉を続けた。
「今日はこの状態になるまで痛め付けよう、とか言ってたのお前じゃん」
「な、なんの事だ?」
鞘火は露骨に所長から目を逸らした。
「霊力を使うことに慣れる為の通過儀礼みたいなもんだろ、その頭痛は。その内慣れてくればなくなる。お前ら二人も知っているだろうに。ある程度霊力を使えば頭痛が来るのは分かっていた事だ。当初の目標を達した訳だな、鞘火」
「・・・・・・・チッ。余計な事を言わなければ良かった」
ボソリ、と吐き捨てるように鞘火が言った。
「痛めつけるとか、ヒドイですよ、鞘火さん」
あまりの頭痛に声もでなかった仁が、自分の肩を抱いている鞘火をジト目で見ていた。
「おぉ、大丈夫か、義弟よ」
顔を上げた仁に、所長が声をかける。
「大分頭痛が引いてきました。いきなりでビックリしてしまいましたよ。こんな事ってあるんですね」
頭を振って立ち上がる仁。駆け足で近づいてきた所長は仁の顔を覗き込んで、本当に大丈夫そうだと納得する。
「危うく鞘火さんに言いくるめられる所でした。私とした事が不覚です」
肩を震わせて言う鍔木の目が釣り上がっている。
「な、なにおう。お前らが少年の攻撃を所長の力を借りて防いだのは事実だろうが!」
「聞く耳持ちません!」
今にも鞘火に飛びかからんばかりの鍔木。鞘火も立ち上がって戦闘態勢を取ろうとする。
「スト~ップ。ここは審判である俺が預かるところだろう」
両手を広げて二人を制する所長。留まった2人を確認して言葉を続ける。所長が後から出てきたのはどう落としどころをつけようか考えていたからだ。
「確かに、俺が手を貸したのは反則だろう。なので、ペナルティをつける」
まず、所長は水緒に目を向けた。
「二対一だったのを、一対一にする。どちらにしろ、水緒はさっきの防御でほとんどの力を使ってしまったからな。闘いに参加するのは難しいだろう」
「確かに、儂はもうスッカラカンじゃ。鍔木のフォローも難しいのう」
続いて、仁に目を向けた。
「霊力の使用に慣れていない義弟も、結構疲れているだろう。これ以上はオーバーワークになる可能性が高い。頭痛も出たし、目標は達している。そこで、制限時間を5分にする」
所長は、不満そうにしている鞘火にも話しかけた。
「これで、ペナルティとしては充分だろ」
話しかけられた鞘火は横を向いて態度で不満を表した。しかし
……向こうがやろうとしていた開幕アタックをこちらから先制してやったからな。一人脱落に時間の短縮。おかげでアドバンテージを稼げた
横を向いた鞘火の顔はニヤついていた。そのニヤついている顔を確認できるのは仁だけだったが、何も言わずに黙っておいた。どちらにしろ、自分も時給を減らされるのは嫌だからだ。
……契約した私だけが分かることだが、さっきの頭痛は限界によるものではなく、短時間での過剰使用によるオーバーヒートみたいなものだ。実は少年にはまだ余裕があったりする
そこまで、考えた鞘火は不満の顔に戻して所長を見た。
「まぁ、これも少年の修行に繋がる事だからな。仕方ない、その条件を呑んでやろうじゃないか。感謝しろよ?そして、寛大な私を尊敬するがいい」
遥か天空から言葉を下ろす鞘火。平常運転だ。そんな、鞘火の態度に闘争心を滾らせる鍔木。
「仁殿。あなたに恨みはありませんが、全力で行かせていただきます。そして、鞘火さんにはメイドとして私達にご奉仕してもらいます。えぇ、その言葉使いから矯正してあげますとも!」
「ひぃぃぃ」
先程、仁が怒られた時よりも更に怒っている。その迫力に仁は後ずさってしまった。
「コラ、逃げるな!なんだかんだと鍔木もさっきから霊力を使っているんだ。水緒のフォローがない今、底は見えている」
及び腰の仁を鞘火が叱咤する。
「そろそろ始めるぞ?」
所長が鍔木と仁に声をかけた。なにやら鍔木は鉢植えのシュガーバイン葉や蔓を自分の服のポケットに入れたり、腕に巻きつけている。
「準備できました」
鉢植えにあったシュガーバインを全て身に付けて仁の方に向き直る。鞘火はその様子を見て、仁に耳打ちをした。
「おそらくだが、霊力の残りが少ない鍔木の狙いは接近戦だ。最初はできるだけ距離を取れ。さっきみたいなでかい炎はいらないから、小出しにして鍔木を近づけるな」
「は、はぁ・・・・・・できるかどうかは分かりませんが、やってみます」
いきなり小出しにしろと言われても、そんな事をした事は無い仁は自信無さげに頷いた。
「では、二人とも構えて」
所長が右手を上げる。
「・・・・・・・・・スタート」
上げた右手を振り下ろし、開始を告げた。
開始の合図と同時に、鍔木はが全力で駆けてきた。鞘火の予想通り、接近戦に持ち込もうというだろう。仁は鞘火に接近戦の可能性を最初から言われていたので、少し落ち着いていた。近づいてくる鍔木に天剣を向ける。
「ハッ!」
できるだけ出力を抑えるようにして、鍔木の足元に炎を生み出す。
……フム、やはりセンスはあるようだ。いきなりの出力調整だが、中々できているようじゃないか
自らに流れ込んでくる霊力を感じて、鞘火は仁が調整に成功している事を確信する。しかし、調整に成功してもそれが効果を発揮しなければ意味がない。
「無駄ですよ」
鍔木は目の前に生まれた炎をあっさりとかわして、再度仁に向ってくる。仁は次々と鍔木の進行を阻むように炎を生み出すが、鍔木を捉えることはできなかった。炎を迂回しているので、その分仁に近づくのは遅くなっているが、距離は確実に縮まってきている。
鍔木と仁の距離が3分の2程縮まった時点で、鞘火は焦った声を上げる。
「少年、迎撃スピードを上げろ。そのままでは接近を許してしまうぞ!」
「そ、そんな。これでも精一杯なんですが・・・・・・・」
鞘火達の予想以上に仁は霊力をうまく操っている。しかし、素人は素人。狙いをつけて、念じて放つ。練習もしていない仁に、スピードを求めるのはいささか酷な注文だろう。
「一分経過」
「仕方がない・・・・・・鍔木が近づいてきたら、炎で囲んで動けないようにするんだ。絶対にくっつかれるなよ!」
「作戦を大声で告げるなんて・・・・・アホですね、鞘火さん」
先程の意趣返しのつもりか。前だけを見ていた鍔木は一瞬だけ鞘火の方に視線を向けて鼻で笑った。
「そして、今の仁殿の速さでは私を捉えることは難しいでしょう。残念ながら」
既に、鍔木は仁の目の前まで迫っていた。
「ハッ!」
「ウワワ」
鍔木は迷いなく仁に突きを繰り出した。目の前に迫る拳をなんとか避けた仁は、距離をとろうとしてバックステップを踏んだ。しかし、鍔木は仁が下がった分、更に踏み込んできて距離を開けさせない。そのまま、突き、蹴りと仁に流れるように連続での攻撃を加えていく。




