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鞘火も絶対的窮地に立たされた。なにせ、この勝負は自分が戦うのではなく仁が闘うからだ。鞘火のメイド化は仁にかかっている。
気合を入れて作戦を考えていた仁は、少しだけ思考を止めて青い顔をしている鞘火を見た。メイド服を着て、所長が言うスカートをつまんで『おかえりなさいませ、ご主人様』と一礼する鞘火の姿を想像し。
「プッ」
笑ってしまった。その笑いを鞘火に捉えられてしまう。
「笑ったな?今、笑っただろ!少年」
鞘火は大股で近づき、仁の襟首をつかんで振り回した。
「ふ・ざ・け・る・な・よ!私がメイド等できるか!!この勝負、死んでも勝て!勝てなければ死ね!ちゃんと作戦は考えているんだろうな!?」
「さ、さっきは笑って作戦は自分で考えろとか言っていたのに・・・・お、思いつきませんけど」
ガクガクと揺さぶりながら、鞘火は鬼の形相で仁に食ってかかった。
「その頭は飾りか!飾りなのか!!今度の戦闘はさっきとはまったく質が違うことに気付け、この馬鹿者が!いいか・・・・・・」
「コリャー!何を助言しようとしとるんじゃ!?これはテストなんじゃから、仁様一人で考えねば意味がないじゃろうが!!」
「そうです!これは仁殿の問題ですよ。余計な口出しは無用です!」
仁にアドバイスをしようとしていた鞘火に、水緒と鍔木がストップをかけた。しかし、自身のメイド化がかかっている鞘火も簡単には引かない。
「うるっさい!さっきこいつは私の主人だとお前らも認めただろうが。憑神が主人に助言を与えるのは当然だ。更に、こいつは戦闘に関しても五行に関しても完全な素人。少し位ハンデがあってしかるべきだ!そうだろ、審判!!」
「むむむ、鞘火さんにしては珍しく筋が通っています・・・・・・・」
何か言い返そうとした鍔木だったが、必死の鞘火の言い訳は中々うまかった。咄嗟には言い返せない。そして、鞘火の言葉を受けて考えている所長。
「フム、確かに鞘火の言には一理ある・・・・・・・手を出すのはダメだが、口を出すのはOKとするのはどうだ?」
「よし!」
「「チッッ」」
鞘火は喜び、鍔木と水緒は同時に舌打ちをした。クールな鍔木には珍しい行動だ。
「スタート残り一分を切っているからアドバイスするなら早くした方がいいぞ」
自身には何の罰ゲームもなく高みの見物を決め込んでいる所長は呑気に鞘火に告げた。
「チッ」
「「よし」」
今度は反応が真逆だった。鍔木と水緒の二人は、最初は手加減をして仁の出方をみるつもりであった。うまく加減を行い、仁を追い込みつつ力を引き出そうとしたのだ。だが、罰ゲームによってそんな事は言っていられなくなった。スロースターター気味の仁には開幕アタックが一番効く。先程の戦闘で鍔木も水緒もそれを分かっている。
「負けられん」
「えぇ、全力で勝ちにいきましょう」
集中力を発揮していた先程の戦闘から時間も経って、仁のテンションは下がっているだろう。最初から全力で仕留めに行く。考えは一致していた。スタートカウントが終わるのを今か今かと待っている。
しかし、そんな作戦は戦闘巧者である鞘火は見抜いていた。だが、時間が少ない。襟を掴んだまま、早口で要点だけを仁に伝える。
「いいか、少年。水緒はお前にヒントをくれていたんだ。さっきは枝先による『点』の攻撃、今度は蔓と葉による『面』での攻撃、とな。では、守る方も『面』を守らなければならない。では、どうすれば『面』を守れるかという事だが。正直、少年の力は未知数だし、修行もしていないから具体的なやり方は教えられん」
「そ、そんな・・・・・・・」
鞘火の言葉に絶望的な顔をする仁。そんな仁を鞘火は襟首を引っ張って自分の方によせた。
「そんな情けない顔をするな、馬鹿者。いいか、私が言える事は一つだ。さっきは枝を狙って燃やしただろう?今度は狙いを変えていけ」
「そう言われても、あの植物凄い数だから捉えきれませんよ!それで困っているんじゃないですか」
鞘火はテンパっている仁の額に、自らの額をぶつけた。
「アイタっ!何するんですか」
「時間がないんだから余計な手間をとらせるな。話は最後まで聞け!いいか、狙いは床だ。植物は狙わなくていい。スタートと同時に視界に映る床を全て焼き尽くして、あいつらまで呑み込む位の炎を出してやる!と、気合を入れていけ。その後の事はまた指示してやる」
「り、了解です!」
「よし、では・・・・・・・」
鞘火はそう言って、仁の頬に軽く口付けた。
「えっ?今のって、えっ?」
「フフッ、景気づけだよ。頑張るんだぞ、ご主人様」
口を離し、先程までの怒り顔とはギャップの激しい笑顔を浮かべた鞘火は、仁の襟首を離して距離を取っていった。
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
口づけをされた頬をさすりながら呆然とする仁。いきなりの行為に驚きはしたが、確かに気合が入った。鞘火も怖いが、減棒も勘弁だ。
勝つ、と気合を入れて鍔木と水緒の方に目を向ける。最初は鞘火から言われたとおり、見える範囲の床を燃やし尽くす。それだけを考えることにした。
「フム、流石は鞘火・・・・・仁様は気合の入った表情をしておる。開幕アタックは難しそうじゃな」
「やはり戦闘に関しては鞘火さんは私達より一枚上手ですね。こちらが有利なのは変わりませんが、油断しないよういきましょう」
「当然じゃ。いくら鞘火といえど、自分で闘うわけでもなく、手も出せん。勝利はこちらにあり、じゃよ」
仁の様子に気合を入れ直して、二人も身構えた。
「・・・・・・・・では、開始十秒前」
所長が最後のカウントダウンを始める。
「三・二・一・・・・・・スタート」
「はっ」
鍔木がシュガーバインの蔓を一気に広げた。水緒はそのサポートに徹する。蔓の伸びる速さは先程の比ではではなく、かなり距離をとっていた仁の元へ素早く伸びていく。しかし、仁は伸びてくる蔓は見ていなかった。鞘火に言われた通り、床一面に炎を広げることしか考えていない。
「うぉぉぉぉお」
仁が咆哮を上げた。右手に持っていた天剣を目の高さで横に構える。
「燃え広がれぇ!」
気合一閃。
横一直線に振るわれた天剣の切っ先から炎が溢れ出る。その炎はまさしく怒濤の勢いを持って床を走った。
「こ、これは」
「おぉい、マジか」
「予想以上ですね」
「これは凄いな」
仁の放った炎は水緒と鍔木の方に迫ってきた。伸ばした蔓は全て炎に巻き込まれて焼かれてしまう。だが、蔓を焼いても火勢は止まらない。そのまま二人を飲み込まんとする勢いだ。ついでに二人の背後にいた所長も巻き込まれかけている。
「えっ、これってマズくね?」
所長は迫ってくる炎を見て焦りだした。このままでは三人共炎に焼かれてしまうだろう。
「惚けとるな!ちょっと手を貸さんか!できるだけ水で勢いを弱める。所長は壁を作れ。でないと燃やされるぞ!」
「仕方ない」
水緒は顔の前で合掌した。
「『水練膜』」
目を閉じ、両手を前につき出す。
水緒の手から、淡い水色をした膜のようなものが広がっていく。その膜は迫り来る炎に対してぶつかっていった。三人を飲み込まんとしていた炎が少しではあるが勢いを弱める。
「ムムム、やはり主人がいない状態では膜が薄いか・・・・・・致し方ない」
額に汗を浮かべて炎を押し返そうとする水緒。しかし、その数瞬後にはあっさりと膜は破られてしまった。だが、炎の勢いは先程よりは弱まっていた。
「所長、壁を天井に向けて斜めに出してください!炎を頭上へ逃がすのです!!」
水緒の後ろで術の準備をしていた所長に、鍔木が指示を出す。
「『土龍槍』」
所長がつま先で地面を叩く。それを合図として何本ものコンクリートの槍が滑り台のように斜めに突き出した。迫っていた炎は滑るように所長達の頭を抜けていく。しかし、直接炎には巻き込まれなかったが、その熱量と、漏れ出る火の粉までは遮断できなかった。
「マジか・・・・・すげぇ熱量持ってたな、今の」
「仁様を少々見くびっておったかもしれません」
「あれに巻き込まれていたら、間違いなく擬人化が解けていたでしょうね」
なんとか炎をやり過ごした三人は安堵の息をついてお互いの顔を見た。
「コラー、審判が手を貸すとは何事だ!」
三人が安堵したのも束の間、鞘火の怒りの声が聞こえてくる。
「本当なら、今のでノックアウト勝利だろうが!審判の手を借りてやり過ごすなんて、反則だぞ!」
どうあっても負けたくない鞘火は、クレームをつける事にも必死になっている。
……クックック、自分の身を守るためだからしょうがなかったなどと言わせんぞ。審判をカサに来てきたのはお前の方が先だからな




