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戦う浪人生の育て方~20時間勉強と修行ができますか?~  作者: 久木 光弘
俺、騙されてないよね?
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1-3

「ここかな?」

 勧誘を受けた次の日、仁は名刺に書かれた住所を頼りに事務所にたどり着いた。目の前には5階建てのビルが立っている。事務所は建物の3Fらしい。一見すれば古い雑居ビルだ。最近のアパートの様にセキュリティがしっかりしているタイプでもない。

昨日はアルバイトが入っていたため詳しい話は聞けず、名前を告げるだけの自己紹介をしてから別れ、その際に鞘火から明日この時間に事務所にくるように伝えられた。そこでアルバイトの内容に関しての説明と、上司の紹介をしてくれるということだった。

現在の時間は夕方の五時である。

「大丈夫かな?心配になってきたぞ・・・・・」

 高い時給に釣られて話を聞くという約束をしてしまったが、時間が経つにつれて浮かれていた興奮も治まってくる。やはり、あんな美人から才能があるとおだてられ、時給2000円の高額バイトへの勧誘。ウラがありそうで怖い。

……事務所に入ったらコワモテのお兄さん達に囲まれて高額の何かを押し売りされるとか・・・・

 仁が一晩かけて出した結論はこれだった。美女を使って高額バイトを餌にしたキャッチセールス。ありそうな話だ。

……というか、ほぼ正解なのでは?やっぱり、やめておこうか?

 ここまで来たからには後は入口に向かうだけなのだが、中々勇気が出ない。ビルの前をウロウロしながら考え込んでしまう。

 ここに来るまでに何度も引き返そうとしたのだ。しかし、訪問の約束をしてしまった。

『どのような約束でも、一度約束したものは必ず守る』

それが仁のポリシーだ。美徳ではあるが、騙されやすい。幾度かそれで痛い目にあっているのだが、このポリシーは仁にとっては大切なものだ。

「約束は約束。当たって砕けろだ!」

 仁は自分を奮い立たせるように拳を握って宣言した。そして、勇気を持ってビルへ踏み出す。入口からすぐのビルのロビーでエレベーターのボタンを押した。

 エレベーターを待っている時間の緊張感。勇気を持って挑んだ筈だが、この時間はツラい。

 そんな空気を仁が味わっている間にエレベーターが着いた。開いたドアから着物を着た老婆が下りてくる。あまりの緊張感にドアの前で棒立ちしていた仁は、ドアの前から体をどけた。

……もう一回だけエレベーターを待とうかな?そうすれば、もう少し勇気が出るかも!

 と、締まるドアの前で仁が情けない決断をしようとしていると、先ほどエレベーターから降りてきた老婆に話かけられた。

「おやおや。こちらの建物になにか御用ですかな?」

「あっ、すいません。そんなに大した用事ではないんですが・・・・・・」

「そうですか?それにしてはビルの前で立ちっぱなしになっていたり、エレベーターを乗り過ごしたりと・・・・・・何かに悩んでいるようにも見えますが?」

「えっ?どうしてそれを・・・・・・・」

「ホッホッホッ、先程から挙動不審な若者が窓から見えましてなぁ。心配になりましてこうして声をかけにきたという訳ですよ」

「うっ。もしかしなくても俺の事ですよね?」

 確かに、仁の行動は傍から見れば挙動不審だ。しかし、優しげに笑う老婆の姿が仁の緊張感をやわらげてくれた。一度決めたことだ、ここまで来て何をしているのだろう、と。仁は決まり悪げに頭をかいた。

「もしかして、仁様ではないですかな?」

「はい。自分の名前は仁ですが。どうして俺の名前を?」

「ホッホ。この時間に鞘火から客人がいらっしゃると聞いておりましてな。事務所でお茶を用意して待っておったのですよ。そろそろ時間かと窓を覗いてみれば・・・・・」

「挙動不審な自分がいた、と」

「その通りですな」

「すいません・・・・・・・」

 仁は恥ずかしそうに俯いた。そんな仁に対して老婆は優しく声をかける。

「お気になさらず。やぶからぼうに声をかけられたと聞いております。いきなりの話で戸惑われるのも無理はありませんしなぁ。婆について来てくだされ。鞘火も待っております。事務所の方へ案内しますよ」

「ありがとうございます」

 そう言って、老婆は閉まっていたエレベーターのボタンを押した。動いていなかったエレベーターのドアはすぐに開き、老婆が先に乗り込む。仁もそれに続いて乗り込んだ。

 仁がエレベーターに乗ったことを確認すると、老婆が目的の階のボタンを押してドアを閉めた。動き出すエレベーターの中で、老婆が仁に話しかけてくる。

「まぁ、そんなにご緊張なさらず。妙なキャッチセールスではないのは保証します故」

「えっ?いや、その」

 自分が考えていた事を言い当てられて仁は返答に詰まってしまった。

「ホッホッホ、大方そんなような事を考えられているのはないかと思いましたよ。まぁ、そんなにかしこまらずに、のぉ?」

「はい」

 この優しげな雰囲気を持つ老婆と話していると、不思議と精神が落ち着いてくるような気がする。仁は少し老婆と話をしただけで、大丈夫だと安心感を得ていた。

「さて、着きました」

 エレベーターが目的の階についた。老婆が先に下りるように促してくるので、仁は先にエレベーターからおりた。

「こちらです。どうぞついてきて下され」

 後から下りてきた老婆が先に歩いて行く。それほど長くない廊下を進むと、目の前にドアが見えてきた。ドアには『神威探偵事務所』と書いてある。老婆は特にノックせずにドアを開いた。

「どうぞ中へ。奥に鞘火が待っております」

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