6-4
「仁殿の力を低く見積もっていたようです。私達の予想を上回る力が仁殿には眠っているかもしれません」
「あれだけで分かるんですか?」
「本当は木を燃やしてもらうだけのつもりでした。どれほどの時間で火をつけられるのか、その火の大きさはどのくらいなのか。簡単に仁殿力を測るつもりだったのです。いくら力を持たれているとはいっても、仁殿は素人ですからね。小手調べのつもりだったのですが」
鍔木は水緒の手にある灰を見ている。
「まさか一瞬で灰にされるとは思ってもいませんでした。小手調べにもなりませんでしたので、所長には追加で燃やすものをいくつか用意してもらうようにお願いした所です。すぐに戻ってくると思いますよ」
鍔木の言葉通り、大きな箱を幾つか抱えて所長が地下に戻ってきた。
「頼まれたものを持ってきたぞ。それと、適当に目に付いたやつも持ってきた」
「お疲れ様です、所長」
所長は鍔木の近くに箱を下ろしていく。水緒は箱の中を覗き込み、何かを取り出した。
「さて、それでは早速始めましょうか。最初はこれで行きましょう」
水緒が取り出したのは金属の球体だった。球体には指を差し込むような穴が空いている。
「それって、ボーリング玉ですか?」
「ホホ、その通り。少し前にみんなでハマってしまいましてな。これは私のマイボールです」
「俗っぽい神様ですね。遊びに夢中になるなんて」
「ホッホッホ、世の中の事を勉強しようと色々としましたぞ?ビリヤードも楽しかったですなぁ。流石に今はしておりませんので、私のマイボールを仁様の役に立てようという訳ですじゃ」
水緒はボーリング玉を足元に置いた。少しグラついているが、そのまま静止している。
「あれ、随分バランスがいいんですね。普通は転がり出しそうですけど」
「仁様、玉と地面の接地面を見てみて下され」
「何か白いのが見えますね。模様かな?」
「それは氷です。私の力で玉が転がり出さないように固定したのですよ」
水緒が指をならすと、ボーリング球が氷に包まれていく。氷は更に大きくなり、正方形を形作る。まばたきをする間に、ボーリング球は角氷の中に閉じ込められてしまった。
「これが水を司る水緒の能力の一部です。驚かれましたかな?」
「凄いですね。いきなり氷を作り出したりできるなんて」
「ホッホッホ、空気中の水分を凝固させたのです。仁様の力をお借りできればもっと凄い事もできますぞ」
仁は、角氷の中に閉じ込めれたボーリング球を見ながら感心したように唸っている。そんな仁の様子を鞘火は面白くなさそうに見ていた。
「おい、水緒。さり気に自分の能力をアピールするな」
鞘火が水緒に厳しい目を向けている。
「ホホホ、嫉妬か?」
「何だと!今日は少年の霊力を測定する事が目的なのだから、お前の行動は無意味だろうが」
「仁様は我らのご主人様になって頂くのだ。儂の能力を知っておいてもらって損はなかろう?」
「限定的とはいえ、今は私の主人だぞ」
「だから、限定的だろうが。問題なかろ?」
口喧嘩を始めた鞘火と水緒。仁はどう口を挟めばいいのか分からず、オロオロと二人の間に視線を迷わせる。
「モテモテだな、仁君」
所長が仁の肩を叩いて笑っている。
「これってモテているんですか?」
「だってほら、二人が仁君を取り合っているように聞こえるじゃないか。まるで痴話喧嘩みたいだぞ」
「「誰が痴話喧嘩だ!」」
「お~、怖い怖い」
所長の言葉に二人は同時に反論した。二人の剣幕に仁はビビっていたが、所長はおどけたように肩を竦めただけだ。二人が更に所長に何か言おうとした時
「そろそろよろしいでしょうか?続きを始めたいのですが」
とても冷たい目をして三人を見る鍔木が口を挟んできた。元々釣り目がちの目が更に上がっている。それは、鍔木が怒り出す前のサイン。そのサインが出た鍔木には逆らってはいけないと経験で知っている三人は口を閉ざした。静かになった三人を一瞥して、鍔木が仁に先程のように氷に包まれたままのボーリング玉を燃やすように促す。
ジュッ!
結果は先ほどと同じ。角氷に包まれたボーリング玉も燃えるのではなく一瞬で灰になってしまった。
「ホホホ、私の氷はなんの役にも立ちませんでしたな」
「水と火では相性が悪い筈なんですが、それでも一瞬で灰にしますか。これは本当に予想以上かもしれません」
鍔木は鞘火に目を向けた。
「あなたが力を貸している訳ではありませんよね?」
「当たり前だ。私は少年の意思に従っているだけだぞ。この結果は少年の力の証明でもあり、未熟の証拠だな」
天剣の能力とはいわば変換器のようなものだ。仁の考えた事をそのまま事象に変換する。
「どういう事でしょうか?」
「対象物を燃やそうとしているのに灰にしてしまうのは、力の制御が出来ていないという事だ。私の感覚では、一の力で十分なところを、十は出しているんじゃないか?まぁ、素人だから仕方ないと思うが」
仁から供給される霊力を源にして、送られた命令を変換するだけだ。天剣には力を増幅したり、逆に抑えるような機能はない。
「なるほど」
鞘火の言葉に鍔木は小首を傾げ、顎に手を当てて考え込んだ。落ち着いた態度と口調のせいであまり目立たないが、鍔木は見た目には美少女。小首を傾げた姿はとても可愛いらしい。考えがまとまらないのか、右に左に首を傾ける。
「あれはな、鍔木の考え事をするときの癖みたいなもんだ。ちょっと可愛いよな?」
「えぇ、可愛いです。口を開かなければ文句なしの美少女ですね」
「お前、それ聞こえてたら殺されるぞ?」
小声で所長が鍔木の癖を教えてくれる。
「今度の主人が若い男子だとわかっていれば、儂だって外見を考えたものを」
鍔木の首を傾げる癖を仁が見ている傍で、水緒が呟いている。
「フン、キャラ付けが大事だ、とか言って少年と会う前にその容姿を決めたのはお前だろうが。ノリで決めるからそうなるんだ」
「ぬぬぬ・・・・・・・まぁよい、面白い事も考えついたし。今は甘んじておこう」
なにやら悔しがっていた水緒は、鞘火の言葉に歯軋りをしながら自己完結している。そんな二人のやり取りは他の三人には聞こえておらず、鍔木は考えがまとまったのか首振りをやめており、所長が持ってきた荷物から何かを取り出している。
「今度はこれで行きましょう」
そこから取り出したのはひと振りの幾つかの枝をもつ木の棒だった。
「水緒さんではありませんが、私の能力も少しお見せします」
鍔木が木の棒を手に持つと、棒から生み出されたいくつもの枝が蔓ように伸びて仁の方へ向かってきた。
「うわぁ!」
四方から迫っていた木の枝は、仁の目の前で急停止する。
「これが私の能力の一端になります」
「植物を操れるんですね、枝を伸ばしたりもできるなんて。さすが木を司る神様です!」
仁が手放しに賞賛すると、目の前にあった木の枝も元の長さに戻っていった。鍔木は眼鏡を押し上げて少し顔を伏せた。
……もしかして照れてる?
俯いた顔を覗き込むわけにはいかないので確かめようもないが、少し頬が赤くなっている気がする。
「今度は単一目標ではなく、複数を燃やしていただきます。今のように木の枝を仁殿に向かわせますのでそれを迎撃して下さい」
鍔木は自身の持つ木の棒を仁に向けた。
「いいですか、くれぐれも私の持つ枝ではなく、向かってくる枝を狙って下さい・・・・・・行きますよ」
「分かりました」
仁が身構えたのを確認して、鍔木は枝を伸ばした。その数は五本。真っ直ぐに仁に向かってくる。仁は、枝の先端に意識を集中するようにして、隣に立つ鞘火に念を向ける。
ボッ、 ボッ、 ボッ、 ボッ、 ボッ、 ジュッ!
5本の枝の先に一瞬火がついたかと思うと、そのまま炭化していき、ボロボロと崩れていく。しかし、予想の範疇だったのか、鍔木は特に慌てることもなかった。
「5本程度はダメですか、ではこれではどうでしょう」
今度は倍の10本の枝が仁に向かう。
「お、多くないですか!?」
目では追いきれない数に仁が慌てる。慌てながらも迫ってくる枝に狙いを付ける仁。
10本の枝の内、3本が炭化したが残りは仁に迫ってきている。
……霊力の測定というより、少年の戦闘センスのテストみたいになってきたな
鞘火は慌てている仁の様子を探るように見ている。
仁の様子が変わった。慌てても仕方ないと思ったのか、一度大きく深呼吸をする。そして手に持ったままの天剣の剣先を枝に向けた。剣先を向けられた枝が炭化していく。仁はそれを確かめようともせずに他の枝に剣先を向けた。
鞘火は簡易契約によって仁の思考の一部を読めているので、仁が何を考えていたのかがよく分かる。
……一気に燃やすことを諦めて一本ずつ集中していく、か。意外と冷静な判断だな
その作業を繰り返し、結局は仁の元まで伸びてくる枝は一本もなかった。最後の一本はほとんど目の前まで来ていたのだが、ギリギリのところで燃やすことができた。
……ウム、思ったよりも落ち着いているな。しかも、無駄な力を使って火行を連発しているにしてはほどんと疲れも見えないし、霊力が尽きる様子もない。まだまだいけそうだな
鞘火に供給されている霊力は、大きくなることはあっても、小さくなることはなかった。逆に仁が慌てている時にはコントロールが更に乱れたせいか、一番大きな霊力を感じた。
鞘火が思っていた事と同じことを鍔木も思ったのか、今度は更に枝の数を増やして仁にむける。しかし、仁は先程より冷静だった。慣れてきたのか、一本だけではなく三本ずつ位燃やして対処する。
今までのやり取りで、ネガティブな事ばかり言う根性無しのヘタレかと思っていた。どうその根性を叩き直してやろうかと思っていたのだが、肝を据えると中々冷静だ。スロースターターという言葉が鞘火の頭に浮かぶ。
鍔木は更に枝の数を増やして襲っている。仁は先程のように天剣で狙いをつけていたが、途中で間に合わないと諦めて後ろを向いて走り出した。枝はその後を追うが、仁は全力で走りながら時折後ろを確認し、視界に映る枝を次々と灰にしていく。ある程度の時間の追いかけっこで鍔木の繰り出した枝は全て焼かれてしまった。走りながらで狙いが荒かったのか、鍔木の手に持つ木の棒にも所々に焼け跡が付いている。
……ここまでやるということは、やはり少年の戦闘センスの確認に切り替えたな
枝を箱に戻した鍔木は、箱の中からまたも何かを取り出し、なにやら水緒と相談をしていた。
鞘火が仁に目をむけると、膝に手を落として肩で息をしている。体力的には消耗しているようだが、流れ込んでくる霊力には翳りは見えない。むしろ仁が霊力を使う度に増大しているようにも感じる。
……霊力を使うことに少しだけ慣れてきた、ということか?まぁ、無駄な力を使っていることにはかわりないんだが
「どんな感じだ?見る限り、中々頑張っているじゃないか、仁少年は」
やる事がなく見ているだけで暇なのか、所長が鞘火に声をかけてきた。鞘火は先程まで考えていたことを所長に伝える。
「というか、常人ならすでに気を失っているレベルで霊力使ってるけどな。体力はともかく霊力の方はまだ余裕がありそうだ。戦闘センスも悪くないと思うぞ」
「戦闘に関してはお前が一番だ。お前がそう感じるなら間違いないな」
「追い込んでやっているから、他に余計な事も考えている暇もないしな。始めた時は『俺にできるのか』『皆を失望させるんじゃないか』とか後ろ向きなことばかり考えていたぞ」
所長は感心したように仁の方を見る。
「案外と集中力もあるのかもな」
「発揮するのが遅すぎる。戦闘でのスロースタートは命取りだ」
「まぁ、そこら辺は今からの課題という事で」
所長と鞘火の話が一段落着いたところで、水緒と鍔木の相談も終わったようだ。座り込んで体力の回復を測っていた仁に、二人が近づいた。




