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久しぶりの大人数での食事を終えた仁は、最初に起きた部屋へ戻ってきていた。満腹になったお腹をさすりながら、ベットに腰掛ける。
「ふぅ、本当においしかった。水緒さんって料理上手なんだな」
そのままベットに横たわり、天井をボンヤリと見上げる。
「ここ一週間で色々あったなぁ・・・・・・俺、どうすればいいのかな」
逆ナンパの勘違いに始まり、詐欺と勘違いするようなバイトの誘い。正体不明の化物に襲われて死にかかり、いつのまにかバイトを解雇される。そのまま助けられた集団の根城で色々な話を聞かされて、ご主人様になってほしいと言われて、食事をご馳走になった。
「なんだかなぁ、こんなに慌ただしいのは人生の中で初めてかもしれないな」
仁は『神威探偵事務所』で働くことを前向きに考えていた。身の危険はあるが、高額なバイト料は魅力である。
「う~ん、でもなぁ」
しかし、状況に流されるようにして話に食いついていいものか?仁の警戒心が全力で警報を鳴らしているような気がするのだ。ベットの上をゴロゴロとしながら悩んでいると、部屋の片隅に自分のバックが置いてあることに気がつく。
飄鬼に攻撃を受けた時に一緒に吹き飛んだものだが、回収してくれたのだろう。仁は自分のバックの中身を確認した。中にはいつでも勉強できるようにと参考書類をいつも持ち歩いている。おかげで中々の重量だ。仁は参考書類を机の上に出してパラパラと簡単にめくって破れ等がないかを確認した。何冊か同じ作業を繰り返し確認をした後、バックの前についているポケットに手を入れた。
「よかった、ある・・・・・・うん、壊れてもいないな」
そこから取り出したのはネックレスだった。シンプルな赤い首紐に小指の先ほどの大きさの水晶のようなものがついている。仁は水晶を手の平に乗せて観察した。
「やっぱり、前よりも色がくすんでるよなぁ・・・・・なんでだろう?」
「ほぅ、珍しいものをもっているな」
「うわぁ!」
突然後ろから声をかけられた仁は声を上げて振り向く。顔を向けた先には、所長がニコヤカな顔をして仁の手元のネックレスを覗き込んでいた。
「よっ、珈琲でもどうだ?一応ノックはしたんだが、返事がなかったから勝手に入ってみた」
「返事がないからって勝手に入らないでくださいよ」
「ハッハッハ、気にするな」
勝手に人の部屋に入った割にはまったく悪びれる様子がない。所長は笑いながら手に持っていたコーヒーカップを机の上に置く。
「まぁまぁ、そんなに怒らないで珈琲でも飲んで落ち着け。インスタントだから味は保証しないがな」
「・・・・・・・ありがとうございます」
椅子に座り憮然とした表情で珈琲をすする仁。所長はベット脇に腰を下ろして珈琲をすする仁を見ている。仁は男に見つめられてなんだか落ち着かない気分になってきた。
「スマン、スマン。さっきは鍔木のせいで全然話ができなかったから、親睦を深めようと思ってこうして部屋まで訪ねてきたんだ」
「いつもあんな調子なんですか?」
「ヒドイだろ?アイツ等、所長の俺に対してこれっぽっちも敬意を払わねぇんだ」
「いきなりあんな事を言われるので驚きましたよ」
……意外と話やすい人なんだな
高身長とハンサムな顔立ちから、仁はなんとなく話しかけにくく思っていたのだ。しかし、こうして実際に話してみると口調は気取らないし鞘火みたいにこちらを苛めようとしない。最初に話した時より口調も大分くだけている。こちらが本当の姿なのだろうか。
「それ、珍しいな。水晶だろ?貧乏学生の仁君には不釣合いじゃないか?」
所長は自分の分の珈琲をすすりながら、仁が先程持っていたネックレスに興味を示す。所長の物言いに苦笑を誘われながら仁は言う。
「確かに自分には不釣り合いですけど、爺さんから貰ったものなんですよ」
「ん?仁君は身寄りがないという事じゃなかったか?」
「少し前に死んじゃったんです。自分が高3に上がる時に。だから形見みたいなもんなんです。肌身離さず付けていろって言われてました」
「それはすまなかったな」
「いえ、気にしないでください。流石に気持ちの整理はついているんで」
「そうか・・・・・形見だったらあまり人に触れられたくないよな??」
「いえいえ、全然構いませんよ。どうぞ」
仁は所長にネックレスを手渡した。所長は水晶を様々な方向から眺めた後、水晶を掌に乗せて目を閉じる。なんとなく真剣な様子に、仁は話かける事ができなかった。
1~2分程そうしていただろうか、所長は目を開いてネックレスを仁に返した。
「ありがとう、参考になったよ」
「今ので何か分かるんですか?」
「オイオイ、さっきの話を忘れたのか?俺様ってば式神とはいえ、神様の力持ってるんだぞ?で、俺様が司るのは土行。宝石鑑定もお手の物だ」
「あまりにも人間臭いので神様だという事を忘れていました。神様だったらなんでも分かりそうだ」
「まぁ、今はご主人不在で使える能力は制限されている状態だがな」
「・・・・・・・・・・・・・」
「あぁ、別に俺は勧誘しに来たわけじゃないから今の発言は気にするな。ゆっくり考えてくれればいいよ」
「はぁ、すいません」
「それで、今から勉強でもするつもりだったのかな?感心だな、浪人生よ」
所長は机の上に置かれた参考書類に目を向けて仁に問いかけた。
「勉強しようとしてた訳じゃなくて、本がダメになっていないか中身を確認していただけです。参考書って高いですから」
「そうか、回収しといて正解だったな。この手の本は値段がするからなぁ」
「もしかして、これも所長が?」
「おう、仁君を背負って、バックも運んだんだぞ?」
「本当に助かりました」
「こっちも下心アリで助けたんだから気にするな。本来なら高額請求なんだがな」
「ハハハ、それだけは勘弁してください。マジで金はないです」
仁は、所長の軽口を受けて緊張が溶けていくのを感じていた。
「最近はバイトばっかりで全然勉強できてないんですよ。ちゃんと勉強しないとマズイとは分かっているんですが、都会生活は中々大変で」
「最近こっちに来たのか?」
「はい、高校までは田舎で爺さんと二人暮らしでした。ほとんど自給自足で畑や田んぼをしていましたね。お陰でお金は必要なかったんで、あまり蓄えもないんです」
「ほう、それはそれでいいんじゃないか?しかし、何で田舎の農業少年が大学に行く気になったんだ?」
「それはそのう・・・・・・俺にも夢がありまして・・・・・・爺さんが死んだのを機に一念発起というヤツです」
所長はベットから立ち上がり、机の上に置かれていた英語の辞書を開いた。
「しかし、今まで田舎暮らしで受験戦争にも参加していなかった少年は、都会生活と大学受験を甘く見ていた、という訳だな」
「おっしゃる通りです」
所長の言葉に項垂れる仁。通っていた高校は進学する方が珍しいという田舎の農業高校。特に受験対策等もなかったので、自力で勉強するしかなかった。必死に勉強したつもりだったのだが、志望する大学はおろか、滑り止めにも引っかからなかったのだ。
「予備校に通う位の蓄えはあったんですが、進学するには心許なくて。生活もあるので自分で稼ぐしかなかったんですが・・・・・アルバイトを始めたら、今度は勉強する時間がなくなってしまいました」




