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「今日の仕事はこの墓場にでるという妖怪の正体を突き止めることだ」
「相変わらず嫌な仕事ですねぇ。暗いし、怖いし、眠たいし・・・・・帰りたいです」
隣を歩く仁が小さな声でボヤく。それを聞き咎めた鞘火は不快そうに目を細めた。そのまま無言で少年のお尻に蹴りを入れる。
「痛っ!何するんですか⁉」
「馬鹿な事を言うからだ。私は口より先に手が出るタイプでな、言葉には気をつけた方がいい」
「そのくだりはさっきやったでしょ!?何度も蹴らないでくださいよ!」
「言葉に気をつけろという私の忠告を忘れていたようだったのでな、体に教えてやったのだ」
とても残念そうに首を振りながら鞘火は続ける。
「残念脳な少年に、仕事の上司である私に逆らうことの愚かしさを叩き込んでやっているのだ。尊敬してもいいぞ?」
……最悪だよ、この人・・・・・・・
仁は、心の中で盛大にため息をついた。
「何か言ったか?」
「何でもないです」
鞘火は先程より歩みを遅くして説明を続ける。
「人を驚かす程度のものだという風には聞いているが、数日前には襲われて怪我人が出たらしい。そのせいでこの墓地に妖怪が出ると広く噂として流れ始めている。実際、その噂を聞きつけて肝試しを行う輩もいるようだ」
鞘火は墓地の奥を睨みながら続けた。
「曰く、人魂だの、落ち武者だの、墓石を磨いている子鬼がいるだのと。様々な噂が流れているようだ。真相は今から調べてみなければ分からんが・・・・・・・あまりよくない兆候だ。驚かす程度ならば放っておいてもよかったが、人を襲うようになっては是非もない。早めに処理しておくに限る」
「鞘火さんがいつも言っているあれですか?『怪異・妖怪は人の畏れを食い太る』」
「うむ、残念脳の少年にしてはよく覚えていたな。この世にあらざるものがどこから生まれてくるかは知らんが、妖怪は人の口の端に立てば立つほど力をつける。また、一度滅したと思っても蘇ってくることがある」
「人の想念を核にして生まれてくるから、滅ぼされても復活する可能性がある、でしたっけ?」
「私たちはそう仮定している。良い妖怪もいれば悪い妖怪もおり、古い妖怪もいれば聞いたこともないような新しい妖怪が生まれてくる事もある。人の無意識の集合体。それが怪異と呼ばれるものであったり、実在する妖怪になる、と考えれば辻褄があうと思わないか?幽霊も同じ理屈だな」
「正直、あまり興味がないのでどうでもいいです」
「この仕事では重要な事なのだがな?相手の事を分析するのも大事なことだぞ?」
「今の俺にはバイト代と受験以外は全部どうでもいいです。一番重要なのは明日の模試に備えて早く仕事を終わらせて寝ることですから!」
「動機は別として、仕事をやる気になった事は評価しよう。目的地もそろそろだ」
鞘火は話をしている間も歩みを止めていない。仁は先ほど仕事の目的を教えてもらっただけだ。当然、目的地も知らなかった。
「えっ、近いんですか?心の準備が・・・・・・・・」
「そんなものは平常心だけで十分だ。日頃の修行の成果を見せるだけでいい。目的地はここだ」
墓石に囲まれた通路を出て、広場のように場所に行き着く。そこは木で囲まれた広場で、墓石に備えるための花や花瓶、また墓所を掃除するための水場になっている。隅には大きな木を囲むようにしてゴミ捨て場があった。枯れた草木や通常のゴミをそこにまとめてある。
水場のせいか、通ってきた場所よりもヒンヤリとした空気が漂っていた。
「水汲み場での目撃例が一番多いということだったからな。運がよければ引き合う(・・・・)だろう。開放しておけよ?」
その言葉を聞いて、仁は肩を落として大きく溜息をついた。
「本当に嫌な体質です・・・・・・って、あっさり引っかかりました。えーと・・・・・」
仁は一瞬体を震わせて周囲を見渡す。その視線が一箇所を捉えた。ゴミ捨て場の中心になっている大きな木を指差す。
「あの木から感じます。おそらく当たりですね」
「もう見抜いたのか?さすが少年だ!スカウトした甲斐があるというものだな」
「ハイハイ。俺は早く帰って寝たいんですから、さっさと仕事終わらせましょうね」
「少年に言われるまでもない。持ってきているな?」
「これですか?ちゃんと持ってきていますよ」
仁が手にしているのは刀。よく見られる日本刀と比べればだいぶ短い。その長さは約二尺(60cm)程度か。
「なんでバイトの俺が銃刀法違反しないといけないんですか?見つかったら即逮捕ですし」
「見つからなければいいだけの話だ。こんな深夜に墓場を巡回する者もいまい。必要だから持たせているのだ、文句を言うな」
このはるか天空から言葉をかけてくるスタンスは最初に会った時から変わらない。初めに会った時にはあまり話をしなかったので美人な印象しか残っていなかったが、二度目に会った時には・・・・・・・・・・・・
「では、私の格好いいところを見せてやろう。しっかり目に焼き付けて、私を尊敬するがいいぞ」
傲岸不遜に言い放ちながら仁が示した木に近づいて行く鞘火。その頼もしい後ろ姿を見つつ、スカウトされた日の事を思い出していた。