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鍔木は時代説明の折にも難しい顔をして聞いていた仁に対して、若干冷ややかな目を向けている。仁はその視線から逃げようとして、鍔木から視線を逸らした時、所長と目が合った。なんとなく視線を逸らせない仁に対して所長が話しかけてくる。
「仁君は浪人生なんだろう?応仁の乱位は知っていないとマズイんじゃないか?戦国時代に突入する契機になったと言われている重要かつ有名な乱だぞ」
「・・・・・・・歴史は苦手です。特にその辺は年号がコロコロ変わって憶えにくいし、事件の数が多すぎて・・・・・・・」
「それを無理にでも憶えるのが受験だろうが。少年は馬鹿なのか?あぁ、そうか浪人生だったな。成績が残念なのはしょうがないな・・・・・・」
「くっ、本当の事とはいえ、言い返せないのが悔しい」
鞘火の揶揄に、項垂れる仁。
「しかし、全国の浪人生が全て仁君のような者ばかりじゃないぞ?学力が高くても、体調不良や緊張で失敗する人もいるだろうし。敢えて浪人生になり、学力を高めてレベルの高い学校へチャレンジする人達もいるだろう。全国の浪人生の皆様に謝りやがれ」
「五月蝿いぞ、所長。私は少年限定の話をしているのだ。少年が残念脳なのはもはや動かしがたい事実だからな。からかうには格好のネタだ」
「うぅ、今年こそは合格したいんですが、最近はバイトばっかりで勉強していないんですよ。鍔木さんはよくそんなにスラスラと年号と乱を言えますね。歴史が好きなんですか?」
「俺も知っているぞ」
「私も楽勝だ」
「水緒もあの程度なら・・・・・仁様、お茶をどうぞ」
先程のように、いつの間にか戻ってきた水緒は仁に対してお茶をサービスする。そのまま他の3人にもお茶を配った。
「皆さん、頭いいんですね・・・・・・」
お茶を受け取りながら、自分の勉強不足を痛感する仁であった。しかし、鞘火については若干懐疑的な目を向けている。
「ムッ、その目は私の事を信じていないな?」
お茶を啜っていた鞘火が仁の視線に気づいた。
「仁殿の学力の低さは横に置いておきまして、応仁の乱は私達に関係が深いので、少し説明をさせていただきます」
「待て、鍔木。続きは私が説明してやろう。そうすれば私の頭の良さを信じる事ができるだろうからな!」
応仁の乱は11年にも渡る長き戦いだった。室町幕府8代将軍 足利義政の次代将軍の座を巡り、首都・京都にて東軍約16万人・西軍約10万人に分かれて戦った。
「始まりを簡単に説明するとだな」
義政は将軍に即位した時にはやる気はあったのか積極的な政治活動を見せていたが、側近や大名の権力争いを見ている間にやる気がなくなったようだ。
教養人であり、文化を好む人間であった義政はそちらに没頭するようになり、早く引退して隠居したいと願うようになる。全国で起こっていた飢饉にも自身で対応しなくなった程だ。
隠居を願い、正室である日野富子との間に実子のいなかった義政は出家をしていた異母弟に将軍職を譲ると言い始めた。当時はまだ29歳であった義政に子供ができる可能性は捨てきれないと要請を断っていた弟だったが、義政は子供が生まれても出家をさせて将軍職に就かせることはないとの文まで書いて説得を行った。そこまで言われてはと意を決し、弟は足利義視として還俗を果たす。
本来ならここで義視に将軍職が渡される予定だったのだが、義視が還俗を果たして一年後。なんと義政の正室との間に子が生まれたのである。名を足利義尚。男子である。
こうなると収まらないのが正室であり権力を欲していた日野富子だ。実子である義尚の将軍擁立を熱望する富子は政治的暗躍を始めた。義視の後継である有力大名と対立する大名と手を結び、勢力争いを始めたのである。この対立する大名が自身の勢力の大部分を京都に結集し、とうとう武力による衝突にまで発展した。応仁の乱の始まりである。




