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「・・・・・・・・・・・・はぁ?何て言いました、今」
聞き間違いかと思い、鍔木に問いかける仁。
「『ご主人様』になって頂きたい、と申し上げました」
「言っている意味がまったく分からないのですが・・・・・・・」
某喫茶にて『おかえりなさいませ、ご主人様』という絵が仁の頭に浮かんだ。
「少年が想像している『ご主人様』とはまったく違うからな」
鞘火が、仁の顔を見て呆れたように言ってくる。
「この事に関しましては、一からの説明が必要になるかと思います。水緒さん」
「ホイホイ、これじゃろ」
鍔木に声をかけられ、水緒は仁の前に一本の刀を置いた。赤い鞘に黒い革紐のようなものが巻いてある。その鍔は青色。白色の柄に黒い目貫が目立つ。
「なんだか、自分がテレビとかでみるよりも随分短い刀ですね。それに、凄い派手な色。こんなカラフルな刀は見たことないです」
「一般に脇差、もしくは小太刀と呼ばれるものです」
通常、日本刀の大小二本を差すときは刀、脇差とそれぞれ呼び、一本のみを使用するときに小太刀と呼ぶなど、色々な謂れがある。
「この刀は単体使用ですので、小太刀と呼ぶのが正しいと思います」
「刃物が出てきたことには驚かないのだな?」
極彩色に彩られた小太刀を興味深そうに見る仁に、鞘火が話しかけた。
「なんだか、色んな事が起こりすぎて、驚いたりする感覚が鈍くなっている気がします」
仁は苦笑いを浮かべながら視線を鍔木に戻す。
「この刀がどうかしたんでしょうか?」
「この刀の銘は『天神五大元神剣』といいます。神道の大家、吉田家に伝わるものです」
「神道?吉田家?」
「・・・・・・・・簡単に説明させていただきます」
全く訳が分からないという体の仁の態度に溜息をつきながら、鍔木が説明を始めた。
神道とは、「神社」に象徴されるような日本人の民間信仰の形式が長い年月をかけて体系化され、とくに明治時代以降宗教として意識されるようになったものである。
そもそも神様というものは、いたるところにそれこそ数えきれないほど住んでいらっしゃる。身近なところでは台所にトイレ。玄関にいたりもする。遠くを見れば山や谷にも多くの神々が住んでいらっしゃるし、大きな川や大海には必ず誰もが名前を聞いたことがあるような神々が住まわれている。普通の人間たちの目には見えないだけで、この世界には神々があふれていらっしゃる、というのが神道の考え方だ。
日本人は、身近なものから大自然の猛威に神々の働きを感じ、あらゆるものに神々は宿るとして様々な物を祀り始めた。祀られた場所には神社が建てられ、日本各地で発生するようになる。信仰自体は大和朝廷の日本統一によりある程度形を整えられたが、神道という言葉が発生するのは、日本に仏教が伝来し、それに対して神道という言葉が作られた。
各地で神が発生しているので、あまりにも数が多く数えられずそれゆえ八百万の神々と言われている。奈良時代にできた『古事記』『日本書紀』には多くの神々の系譜と物語が語られている。
信仰とは伝えるべきものである。日本の神道も大和朝廷の時代から、様々な権力と結びつきながらその教えを伝えて来た。しかし、伝えるとは難しく、伝える側と伝えられる側での解釈が異なる事も多い。また、時には権力と結びつく事も多かったため、辻褄を合わせるために後世からの創作が追加されていくことも少なくない。神道も例外ではなく、単に神道とはいっても形態・体系・歴史等で様々に分かれていった。
中でも、伊勢神道・両部神道・吉田神道は3神道とも呼ばれ、非常に有名な神道である。その中の吉田神道は京都吉田神社の吉田兼倶によって中世に創唱・大成した。本姓は卜部という。
日本の中世とは戦国時代である。
戦国時代に突入して、知と富を牛耳ってきた公家や武家、大寺院からなる権門秩序が瓦解し、ほそぼそとつながってきた律令制の名残は吹き飛んだ。その時代に吉田兼倶は、仏教(真言・天台・禅)・儒教・道教・宿曜道・陰陽道・修験道等の思想を精力的に取り入れ、元本宗源神道と称する神祇道。すなわち吉田神道をうちたてた。それらの中でも特に陰陽的要素が強い。
吉田神道は日本中世の神祇界・宗教界・思想界に多大な影響を及ぼし、後世の神道理論発生の大きな原動力となったと云われている。
「非常に大雑把で、歴史もかいつまみまくっていますが・・・・・・これが神道であり、吉田神道の発祥と言われています」
卜部氏の始祖は卜部平麻呂と言われており、そこから兼倶まで、21代・600年の歴史がある古い家だ。代々、神祇官卜部を率いる宮主として陰陽道祭祀の主催者であった。家業は亀卜と家学(古典)である。
吉田兼倶の生きたのは世情不穏の時代。生まれは1435年。
永享10年(1438年) 永享の乱
嘉吉元年 (1441年) 嘉吉の乱
享徳3年 (1455年) 享徳の乱
応仁元年 (1467年) 応仁の乱
明応2年 (1493年) 明応の政変
1511年での生涯を閉じるまで、室町時代から戦国時代に突入する戦乱の世であった。
「吉田兼倶が生きた時期に起きた大きな戦乱はこのようなものがあります。受験生である仁殿は応仁の乱位はご存じですよね?」
「ハハハ」
鍔木の問いに、乾いた笑いで返す仁。分かっていないことを誤魔化すように、水緒が淹れてくれたお茶に手を伸ばすが中身が入っていないことに気がついた。
「これは申し訳ありません。私としたことが・・・・・・直ぐにお代わりを持ってきますので」
「そうですね。話を聞くばかりで仁殿も疲れている様子。お茶のお代わりをお願いします。少し休憩しましょう」




