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「う~ん・・・・・・・・」
額に冷たいものを感じて、仁は目を覚ました。ゆっくりと目を開けると、誰かが仁の顔の前に手を伸ばしている。仁が感じた冷たい感触は、その人物が仁の額に手を当てていたようだ。仁の目が開いた事に気づいたのか、その人物は額から手を離して仁の顔を覗き込んできた。
「おや、お目覚めになりましたかな?」
顔を覗き込まれてわかったのは、その人物が老婆である事だ。柔和な笑みを浮かべて仁に話しかけてくる。
「何処か痛む所はありませんかな?」
問われた仁は、全身に意識を向けて痛みがあるか確認するが、特に痛む所はなかった。背中に鈍い痛みを感じるが気になるほどでもない。
「・・・・・・・特に痛い所はありません」
「それはよかった。早めに治療できたのが功を奏しましたな。熱も下がったようですし、一安心です」
仁の返答に安心したように息をつく老婆。しかし、仁には現在の状況が何一つ分からなかった。取り敢えず、最初に浮かんだ疑問を口に出してみる。
「あの、どなたでしょうか?」
仁の言葉に、老婆は驚いた顔を見せて仁の顔を再度覗き込んできた。
「おやおや、頭は打っていないはずですが・・・・・・・それとも、本当に私の事を忘れてしまわれたので?」
「・・・・・・・・・・・?」
老婆の顔を思い出そうとしたが、仁にはとんと心当たりがない。
「その顔は・・・・・・・・本当に私の事を忘れているようですな」
老婆が仁の顔を呆れたように見返してきた。
「まぁ、よろしいでしょう。頭が悪いのは最初からですので仕方ありませんしな。仁様が目覚められた事を伝えてきますので、少々お待ちください」
さりげに酷い事を言い残して老婆は部屋を出て行った。
仁は起き抜けで動きの鈍い頭を振って周りを確認した。ベットに寝ているのは起きた時から分かっていたが、自分のベットではない。周りを見回してもまったく見覚えのない場所だ。部屋の広さは仁のアパートより広く、何も入っていない本棚が目に付いた。大きめの机があり、部屋の四方にはテレビや冷蔵庫等の家電が置かれている。そして仁の寝ているベット。
何故こんな見知らぬ場所で寝ており、見知らぬ老婆が自分の顔を覗き込んでいたのか?
「何処だ、ここ?」
確か、ここで目が覚める前は・・・・・・・・・
「バイトの帰り道で変な化物に襲われたよな」
仁は思い返すように呟いた。
「あれ?俺、木に叩きつけられてすげぇ怪我しなかったか?それで、気を失ったような。その前に誰かに声をかけらたような気も・・・・・・・・」
化物の圧倒的な力で打ち付けられ、背中を街路樹で強打した筈だ。結構な量の血を吐いていたような気もする。どう考えても大怪我だ。しかし、まったく怪我もない状態でベットに寝ている。
「どういう事、これ?化物に襲われたあたりからずっと夢の中?」
「夢なわけないだろうが。現実を直視するのだな、少年」
「えっ?」
一人でつぶやいた言葉に返答され、仁は声がした方に顔を向けた。そこには、ドアによりかかり、仁をからかうような目をした赤いスーツの美女が立っていた。
「少年が鬼に襲われたのも、大怪我をしていたのも現実だ」
美女が寝ている仁に歩み寄りながら語りかける。
「気を失っていた少年は知らないだろうが、少年を襲っていた鬼を撃退したのは私だ。事務所まで少年を連れてきて治療をしたのも私だぞ?」
仁が寝ているベットに腰掛け、自分の顔を仁に近づけながら美女は続ける。
「命の恩人という奴だな。この恩はどうやって返してもらおうかな?少年よ」
「え、え~と」
美女に顔を近づけられ、仁は顔を赤らめながら身を引くが、狭いベットの上では逃げ場はない。言い募る美女に対して、仁は言った
「あの、どなたでしょうか?」
「ハァ?」
先程、老婆にも同じ問いかけをしたが答えは返ってこなかった。この女性はどうだろうと思い、同じ質問を投げかけてみた。
美女は仁の言葉に老婆と同じように驚いたような顔を見せたが、それも一瞬。すぐに不機嫌そうに目を吊り上げて、仁の頬を引っ張ってきた。仁の頬の伸び方を見ればかなり力が入っているようだ。
「痛い、痛い、痛い!やめてくらはい!」
本当に痛いのか、少し涙目になって仁は頬をつまむ美女に訴える。
「馬鹿な事を言う口はこれか?この口なのか?」
「すいみゃせん、すいみゃせん」
仁は自分の質問が美女の怒りを買っている事に理不尽さを感じたが、取り敢えず謝っておくことにした。頬を引っ張られているのでうまく謝罪の言葉が出なかったが。
「フン」
謝罪の言葉を聞いて、美女は手を離した。仁が頬を抑えて一息ついたのも束の間、今度は仁の頭に拳骨を落とす。
ゴンッ
「アイタァ!何をするんですか!」
相当痛かったのだろう、かなりいい音がした。仁は頭を抑えてベットに顔を埋めてしまった。
「フンッ、少しは思い出せるように刺激を与えてやったのだ。感謝しつつ、尊敬しろ」
「・・・・・・・・・」
なんという理不尽かつ傍若無人な物言いをするのか、仁は打たれた痛みも忘れて絶句してしまった。




