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「よくわカらんガ、人数ガ減ったのは好都合ダ」
突然三人の姿が消えた事に驚いている様子の木霊鬼だったが、人数が少なくなったことを好機とみたのか、先程と同じように瘴気を仁に向けて吹き出させた。瘴気を漲らせて襲いかかってくる。
「飄鬼対策の予行練習、という事にしておきます」
しかし、仁は悲鳴も上げず助けも求めなかった。戦うと決めたのだ。
「天地は間に流転して停息す。万物組成の源よ、その力顕現せよ」
左手を腰後ろの小太刀に添えて、目を閉じて集中を始める。
「天神五大元神_・・・・・憑神・両足惶恨尊」
呟く仁の右手に黄色の輝きが灯る。
「まずは動きを止めます。兄貴!」
「おう。任せろ、義弟よ!」
姿の見えない所長の声がどこからから聞こえてきた。
「土行・顕正」
仁地面面に手を当てて、力ある言葉を発した。
「地林龍槍累」
仁のコウケツに応じる様にコンクリートで均された地面から土の槍が飛び出した。こちらに向かってくる木霊鬼の進路を阻むように何本もの土槍が生み出される。仁の前には土の槍が壁のように連なっていた。
「まだまだ!」
「ナ、ナんだ、これは」
危うく土槍に激突しそうになり、足を止めた木霊鬼の左右と背後にも土槍が現れる。
「囲まれタ?」
「動きは制限しました」
自分の周囲を囲む土槍を見回す木霊鬼。周りを囲まれて次にどう動かく迷っているようだ。
「次は足を止めます。行きますよ、鞘火さん」
「ちょろちょろ動けないよう、適度に炙ってやれ」
鞘火の姿も見えないが、いつものからかうような声だけはどこからか聞こえてくる。
「天神五大元神・・・・・・憑神・豊斟淳尊」
地面に手を付いたまま、再度力ある言葉を紡いでいく。
「火行・顕正!」
先程までは黄色に輝いていた仁の手が、今度は赤色に輝いた。
「『大炎界』」
仁の手から赤い輝きが強くなると同時に、土槍に囲まれた内側、木霊鬼の周囲に激しい炎が吹き出した。
「グァァァァァ」
炎に包まれた木霊鬼は、悲鳴を上げてのたうち回る。その場から逃げようとするが、周りは土槍に囲まれている為に逃げ場が無い。仁は、地に手を当てたまま炎に包まれている木霊鬼を観察した。
木霊鬼の動きが鈍るのには、そう長い時間はかからなかった。最初は炎から逃げようと動いていが、今は火勢から身を守るように瘴気を体から噴出させて炎を遠ざけようとしている。しかし、それも一時凌ぎ。炎は勢いを弱まらせることはなかったが、木霊鬼の瘴気は弱まってきた。
「そろそろでしょうか?これ以上はマズイ気が・・・・・・」
「このまま炙ればこんがりロースト鬼が出来上がるだろうな」
「それはちょっと・・・・・・」
仁が地に付けていた手を離す。それと同時に木霊鬼の周りの炎の勢いが弱まった。再度、木霊鬼へ指を向けて力ある言葉を発する。
「蛇縄焔」
鬼の周囲に残っていた炎が一本の縄のように編み合わさり、意思を持っているかのように木霊鬼の体へ巻き付いた。足から頭まで満遍なく巻きついていく。
「動きは封じました。お願いしますね、水緒さん」
足にも炎の縄が巻き付いているので、鬼は身動きができない。仁は木霊鬼へゆっくりと近づいていく。
「三段顕正になりますが、大丈夫ですかな?」
今度は水緒の声が聞こえるが、やはり姿は見えない。
「実は、結構な頭痛がきています・・・・・・でも、最初の頃よりは軽いです。これで終わらせたいので、なんとか頑張りますよ」
「ホッホッホ、仁様はやはり天才ですな。神を三柱その身に宿して大丈夫な人間は中々おりませんぞ?」
「おだてても何も出ませんよ?」
歩みを止めないまま、仁は右手を顔の前にかざした。
「天神五大元神・・・・・憑神・國狭槌尊」
仁の右手に青い輝きが灯る。
「水行・顕正!」
まばゆい程の青い輝きを右手に灯し、土槍を飛び越えて一気に木霊鬼へ飛びかかった。
「透水鏡蒼掌」
飛び越えた勢いのまま、立ち尽くしている木霊鬼の腹部に青の輝きを叩きつける。青い輝きはそのまま鬼の体に吸い込まれた。その数瞬後、木霊鬼の体から勢いよく瘴気が吹き出てくる。仁は吹き出る瘴気から逃げるように後ろに飛びのき、土槍の影に隠れて瘴気から身を隠した。
「ガァァァァァ」
鬼は苦しそうに身悶えするが、炎の縄があるために身動きが取れない。木霊鬼の体から吹き出る瘴気は益々勢いを増している。
「効いてますね。さすが水緒さんの技だ・・・・・・・」
「私の技ではありますが、仁様の力がなくばあれ程の威力は発揮できないでしょうな。修行の成果も出ております。技が綺麗に通っていましたぞ」
仁が木霊鬼へ放った『透水鏡蒼掌』は邪鬼妖仙がその力の源とする瘴気を、その体内から強制的に放出させる技だ。水気を練り込み、直接相手の体に叩き込んで浸透させなくてはならないので、中々扱いどころの難しい技である。しかし、決まれば効果は絶大。木霊鬼の様子の通り、体内の瘴気を残らず霧散させられてしまう。
「水気の練りが甘かったりすると、まったく効力がなかったりしますから難儀な技ですけどね」
仁は土槍の影から鬼の様子を伺っていた。鬼の体から吹き出る瘴気の量がかなり少なくなっている。鬼は既に悲鳴を上げることもなく、地面に倒れ込んでピクリとも動かない。体も幾分か縮んでいるようにも見える。
仁は、念の為に瘴気が鬼の体から出てこなくなるまで待っていた。少しの時間を置くと、瘴気が吹き出ることはなくなった。
おそるおそるといった感じで、仁が土槍の影から姿を表し、鬼へ近づいていく。
「そんなに警戒せずとも、技は完璧だったぞ。そいつにはほとんど瘴気は残されていまい。こちらを襲う力は残っていないはずだ」
鞘火の声にも後押されて、未だ解かないままでいた火の縄も解いた。縄が解かれても、鬼が動き出す気配はない。
「大丈夫そうですね。これで、正気に戻っていればいいんですが・・・・・・」
鬼の体は、既に普通の人間ほどになっている。長かった髪や、破壊力のありそうな鈎爪も今はない。死んではいないのかうつ伏せに倒れている木霊の胸は軽く上下に動き、手足も小刻みな動きをしている。
「あれ?目の錯覚でしょうか。木霊からなにか光の粒のようなものが・・・・・・・」
仁は何度も瞬きを繰り返して木霊の姿を確認した。見間違えではなく、木霊は指先から光の粒子上に変わっていき、それはすぐに全身に及んだ。粒子現象が全身に及んだ瞬間に、強い光が仁を襲う。




