目の前は、田んぼ。
みーんみんみんみん…
みーんみんみんみん……
(蝉の鳴き声だ…いま夏だっけ?)
背中の畳に感触がする。
(うちに畳なんてあった?いやないよな…)
頬を風が撫でてくる。
(…お父さん、窓開けてくれたのかな)
そして…ゆっくり瞼を動かし目を開けると、
そこには見知らぬ木の天井が広がってた。
………
……………!?
「えっ!ここどこ!?!」
反射で声にでた。
あたりを見渡すが、此処はさっきまで私が居たあの安アパートではない。
年季の入った和室だ。
私の下は畳が広がり、ドアでは無く襖がある。
部屋には小さなTVと棚と、中央に座敷机が置いてある。
どう見ても、『のどかな田舎の古民家です』という感じな家に私は寝そべってた。
(!?どういう事?)
私は近くの三面鏡に駆け寄り、覗き込む。
(私、なんで制服じゃなくてTシャツに半ズボンきてるの…?)
鏡には、畳にぺたりと座る私がうつった。
着ているTシャツの胸元に「Thank you devil!」と印刷してある。
「ありがとう悪魔」って何!?
どんなセンスの奴が買ったんだコレ!なんか怖い!
ちょっと待って…
落ち着いて、今の状況を整理しよう。
私は深く深呼吸をする。
さっき、私はアパートで父の酒をヤケ酒して、目眩がして…
気がついたら知らない和室にいた。
いやちっとも整理できない!
前例が無さすぎる状況!!
意味が分からず冷や汗をダラダラかいてると、
私の後ろからさぁっと風が吹いた。
反射で、思わず後ろを振り返る。
圧巻した。
縁側の向こうに見えた外の景色は、
青々しい稲が一面に広がってる。
ぽたりと汗が、手の甲に落ちた。
見知らぬ場所、和室、畳、田んぼ、蝉の声…。
自分に置かれた意味が分からず、さわさわと風になびく稲を前に、私はただただ混乱した。
「お〜。結子、おきたか〜〜」
「!」
家の奥から、70代程だろうか?
腰が綺麗に伸びてるお婆ちゃんがでてきた。
さも普通に、まるで孫に接するお婆ちゃんの様に私に話しかけてきた。
……『結子』?
「お、お婆さん。私結子じゃな「飯にすんべぇ」
「………飯?」
「そうさ、今日は炊き込みにしたからたんと食べな」
その瞬間、
私の胃の中の蛙が、再び鳴き始めた。