6話 回想5
『ねえ、シェリカ様に聞きたい事があるの』
ある日の昼下がり、リルはシェリカの部屋にやって来ていた。
城はとても入り組んでいたため、たどり着くまでに一苦労。やっとたどり着いた部屋も、兵によって守られていた。
そのままだったら到底入る事は出来なかっただろうが、今回は騒ぎに気づいたシェリカが招き入れてくれた事で、入る事が出来たのだった。
そのシェリカはベッドの縁に腰掛け、つまらなさそうにネックレスを弄んでいる。
この間と比べて、だいぶ元気が無いようだった。
『…シェリカ様?』
『良いわね。あんたは』
『…え?』
突然、刺々しく言われ、唖然とする。
シェリカはじっと俯いていた。
『私は、3日後追い出されるのよ。すごく遠い場所に』
『…追い出されるってわけじゃ…』
『追い出されるのよ。部外者が分かったような口利かないで』
シェリカはだいぶ苛々しているようだった。
リルのことを睨みつけて言葉を紡ぐ。
『だって、みんなここに残るのよ?あんたでさえ。私は蚊帳の外に追いやられるの。理由だって教えてくれない。…だから自分で調べてやったわ』
『…!何だった?』
『あら、知りたいの?…いいわ、教えてあげる。泣き喚かないことね。あと1ヶ月後にリオン様はねーー』
泣きそうな顔をしたシェリカが、リルの耳元に口を寄せる。
『神体返還の儀式で、死なないといけないの。王族だから。一つ前の時は、王族全員がやったらしいけど。今回は、リオン様が一人でやるんですって』
リルはパッと離れた。驚いたように数歩下がる。
『…それ、ほんと?…何?しんたいへんかんって』
『本当よ。城の図書館で調べたの。…神体返還っていうのは、千年周期で王族が神に大事なものを捧げる行事。命とかをね。国を神に守ってもらうために。隣国でも昔はやってたらしいわ』
城の図書館に、偽の情報があるわけがない。ということは、本当に1ヶ月後にーー。
『…リオンがやるっていうのは、どこから聞いたの?』
『…盗み聞きしたのよ。お父様達の会話を』
シェリカは口の端を吊り上げた。
『そんなに気になるなら、リオンに直接聞いてみれば?リルになら何かしら教えてもらえるかもね』
『…そうする』
リルはパッと部屋から飛び出した。廊下を走る足音が遠ざかっていく。
残されたシェリカは、大きな溜息をついた。
『あと、3日…』
『リオン!』
廊下を走っていると、リオンを見つけた。ロイとレオラスと話しているようだ。
『…ちょうどいい…かも』
リルは3人の前に躍り出た。
『…リル?おまえ、何でここにいる?どうしたんだ?』
訝しそうにリオンが言う。リルはリオンの顔を見た。
『あのね、シェリカに聞いたの。リオンって、王族だから“神体返還”して、死ななきゃいけないの?今年はリオンが、その役目なの?』
『な…、何言ってんだよ。おまえ、シェリカに踊らされてんじゃない?』
リオンが、ぎこちない笑顔でそう言った。レオラスは、困ったように首に手を当てている。ロイは無反応だ。
だが、リルには分かってしまった。シェリカの言ったことが本当なんだと。
リルは持ち前の無表情で、動揺を押し殺した。
『そっか。分かった。…急にごめん。先帰ってる』
いつもと変わらないようにそう言って、踵を返す。何だか、息が苦しかった。
“ついて来い”と言ってくれた時の、リオンの顔が脳裏をよぎる。頭が、ズキズキ痛んだ。
目の前が、景色が歪む。廊下がグニャ、と曲がった。フラ…と数歩歩む。
そして、リルはそのまま倒れた。
視界が、黒くなっていく。リルは涙を零した。何年ぶりの涙だろう。
『リオン…行かないで』
リオンの困った顔が、見えた気がした。